○ 祭りの後は ○


「あ〜〜っ! 恥ずかし〜!」
 とゆのが叫び、
「うーむ、果てしなくローセンスでしたなぁ」
 と宮子が腕組みして感慨に耽り、
「まったくもう。初めて考え付いた人の顔を見てみたいよ」
 と沙英が溜め息をつき、
「あうあうあう……実家が遠くてよかったかも……」
 とヒロが真っ赤になってうずくまる。
 やまぶき高校の体育祭があったその日、ひだまり荘に帰ってきたゆの達四人は、みんなの溜まり場であるヒロの部屋で、揃って恥ずかしさを思い返して悶絶していた。
 具体的に言うと、赤組(美術科A組チーム)が白組(美術科B組チーム)に勝った(つまり、普通科相手には勝負にならない美術科二チームが最下位争いをして赤組が最下位を免れただけ)記念に、『伝統の勝利の儀』として、金太郎のような腹掛けをさせられて、『きんたろう』の替え歌を歌わされた恥ずかしさを。
「反復するなっての!」
「沙英さーん、誰に言ってるんですかー?」
 などという沙英と宮子はさておき、ゆのとヒロは赤面しながらも衝撃的だったシーンを回想し続ける。
 

 全身が真っ赤に火照りながら、何が何だか分からないまま調子外れな歌を歌い続けたゆの。
 そんな奇怪極まる状態でも、平然と歌っていた宮子(のように見えたが、そこは宮子のこと、本心はいまいち分からない)。
 もう耳まで真っ赤で、歌うどころでなくうずくまってしまったヒロ。
 平静を装いながらも声が上ずる沙英。
 多かれ少なかれ似たような状態だったA組のみんな。
 ただ一人、心底楽しそうに指揮を取りながら歌っていた吉野屋先生。
 残念ながら最下位だったものの、生ぬるい視線で称えてくれた(何を?)B組の面々。
 何も指示がないのに自然と微妙に距離を置きながら、唖然として何一つたりとも理解できなかった普通科の皆さん。
 遠い目で吉野屋先生の奇行を眺めながら、長ーい頭をふるふると震わせていた校長先生。
 

 ──ゆのはそんなどーしよーもない諸々を回顧しながらも、安堵と諦念をない交ぜにした感情を洩らす。
「私達はともかく、中山さんや真実ちゃんなんか悶絶してたよぉ〜」
「はぁ〜〜〜〜っ。もう泣いちゃいそうっ」
 まだ恥ずかしさの余韻が抜けないヒロは、机に突っ伏してだらしなく伸びをして……指取りをしようとする宮子の指から逃れるために手を引っ込めた。
 そして、視線を上向きにして、指先を咥えて物思いにふけるヒロは、隣のゆのと語り合う。
「でも白組が勝ってたら、どんな格好したのかしら」
「そうですねぇ。私も疑問です」
「だからヒロもゆのも、何でそういう不毛な事を考えるかな……」
 相変わらずの二人のボケっぷりに、沙英は呆れ返り……そんな場をかき回すのは、いつもの如く宮子の吹っ飛んだ想像。
「白……死に装束?」
 ……………………そんな季節は過ぎたのに、みんなの背筋に寒気がよぎる。
 静まり返った部屋の中、鈍い夕日がほんのりと温もりを残しながらも、乾いた風に窓がかたりと不自然に鳴ったように感じた。
 そして。
 ゆのは無言でうずくまり、ヒロは泣きそうな顔で頭をぶんぶん振りながら、異口同音に、ひだまり荘に他の住人がいればうるさいだろうという大声で絶叫。
「やっ! やめて宮ちゃん〜!」
「夏目にそーいう格好されると、化けて出そうでヤだよねぇ」
 そう言いながら沙英は、叫ぶヒロをクッション越しに抱き締めて慰める。宮子は「まるで夫婦ですなぁ」と思ったが、今更なのでいちいち指摘しなかった。ちなみに、なぜか沙英に対抗心が旺盛な夏目は、白組が負けてから今日は一度も顔を見ていない(向こうからは遠目に見ているのかもしれないが)。A組チーム(=赤組)だけでなく、B組チーム(=白組)にも変な勝利の儀とかがあるのかもしれないが、それは来年になってから考える事にしようとみんなは思った。
(クラス替えってあるのかな。ずーっと宮ちゃんと一緒がいいよぉ)
 などと思いながらゆのが、ふと思い付きを口にするには……。
「白……というと、ワイシャツとか?」
「裸にワイシャツ……沙英さんの小説に出て来そうですなぁ」
 宮子のそんなとんでもない意見に、ぴーとお湯を沸かせそうなほど真っ赤になった沙英。
「出ないよっ! そもそも十八歳未満でそんなの書いちゃまずいだろ!」
「いやいや、普段真面目な作品を書いている人ほど、裏で何を書いているか分からんものですよー」
 上ずった声で抗議する沙英だが、その程度で宮子は気にするわけもなく、猟師のように絶好の獲物を追い詰めていく。
 調子に乗った宮子は沙英の弱味──恋愛小説を書いているのに恋愛体験は無い、そのくせに虚勢を張って設定に難のある恋愛話(彼氏が曜日交代制で八人? 動物園でヌーの大群?)を披露する──に狙いを定め、とどめの一言を解き放った。
「もしや……沙英さんはヒロさんとの愛の日々を恋愛小説に活かしているのかも。さっすが経験豊富♪」
 沙英さん沸騰。
「何を言うんだいい加減にしろってのー!」
「まあまあまあまあまあまあまあまあ」
 湯気を立てている沙英をヒロがなだめ、沙英いぢりで喜んでいる宮子をゆのが止め。
 そしてヒロは、いくつめになるのか分からないお菓子を食べる。部屋の主なので誰も制止はしないが、そのうち到来するダイエット騒ぎを三人が三人とも予期していた。まあ、甘い物の前では意思が弱いヒロには予想を通り越して必然だろうけど……。
「実のところ、体育祭の後は赤組と白組が顔を合わせたりしないから、白組が何をしていたのかは分からないのよ。……ほら、いくら友達でも顔を合わせるのは気まずいでしょ?」
「なにしろ、やまぶき高校の運動音痴として一、二を争う間柄ですからなぁ。普通科はその辺あまり気にしてないのに」
「黙ってな宮子!」
 いらん口を挟んだ宮子は、沙英にクッションの山へ埋葬された。この二人は美術科では随一の運動能力の持ち主だが、普通科と比べると……宮子なら勝っちゃいそうな気も。
 宮子と沙英はあえて無視して、ゆのはヒロと話を続ける。
「ところで、赤組が負けた時は、罰ゲームとかあったんですか?」
「…………」
 何気ないゆのの疑問にヒロは硬直し──、
「言わないで言わないでそれだけは言わないでっ! 思い出すだけでも──いやぁぁぁぁっっ!!」
「…………その罰ゲームも、とても恥ずかしいものだったみたいですね」
 最後の疑問は疑問のままにした方がよさそうだとゆのは考えながら、クッションに埋められた宮子を救出するために沙英をなだめに行った。
 とりあえず、来年も頑張れ女の子達。目標は下から三番目だ!
「低過ぎですそれっ!」
(終)


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