☆ 柊家の一族 ☆


「ところでさ、かがみっていとことかいるの?」
「へ? いきなり何よ?」
 ある日の昼休みの教室。
 柊かがみは、脈絡もなく発言した泉こなたに(こなたには常に脈絡がない)、とりあえず相槌を突いてみた。ここでスルーすると延々といじけ続けられる事があるので、とりあえず反応してやるというのは、五年越しの級友である日下部みさおとの付き合いで学んだ技術。
「いやー、ゆい姉さんやゆーちゃんを見てると、かがみのいとこってどの辺が似てて、どの辺が似てないのかなーって思ってね」
 ゆい姉さん=成実ゆい(旧姓:小早川)。ゆーちゃん=小早川ゆたか。二人はこなたの父の泉そうじろうの妹の小早川ゆきの娘、要するにこなたのいとこである。二人はこなたとはそれほど似てはいないので(ついでに言うと、ゆいとゆたかもお互いにあまり似ていない)、たぶん漫画やアニメやゲームの親戚キャラクターと比較でもして、リアルとも比較するためかがみに質問したのだろうが……。
 とそこで、二人の話に反応した柊つかさ──かがみの双子の妹が向き直る。なお、つかさとかがみは「似ているといえば似ている」くらいしか似ていない。きっちり大人びた雰囲気のかがみとほんわり幼い雰囲気のつかさでは、持たれる印象も正反対で、豊かな表情やお菓子の嗜好などといった些細な点はあまり注目されないのが常である。
「この前、蓮司お兄ちゃんが来てたよね? 彼女さん連れて」
「ああ、蓮司さんも振り回されてるみたいね。……って、同い年なんだから『お兄ちゃん』はないでしょ」
「彼女さんとは、どのような方なのでしょう?」
 高良みゆきも、興味津々といった感じで寄ってきた。みゆきは慎重な性格のせいか、一通り話を聞いてから輪に加わる事が多い。きっかけを掴めないと背景と化する事があるが、幸いにも今回はそれを免れたようだ。ちなみにこの場の四人とも、彼氏の類はまだいない。
 こうして四人は、いつものように輪になった。こなたは従妹のゆたかとどっこいどっこいの背の低さのため(他の三人より二十センチほど小さい)、上目遣いで強引にみんなと目線を合わせている。
 そして、ささやかないとこについての話を披露する柊姉妹。
「んっとね、蓮司お兄ちゃんの幼馴染で、神社の巫女さん。神社は秋葉原の近くだっていうから、こなちゃんも近くを通った事あるかな」
「蓮司さんは何やら拘束時間の多いアルバイトのし過ぎで進級も厳しいっていうんだけど、学年を下げられたというのはいくらなんでも冗談よねぇ。あと『レベルを下げられた』とか言ってたけど、まさかアルバイト先の人とネットゲームで遊んでるとか……。そうそう、徹夜でゲームした朝に神田川に浮かんでから、知り合いが模造刀を持ってたせいで警察に追い回されてたって聞いてるわよ。一体何があったんだか」
「ほほぉ」
 さすが柊姉妹の親戚というべきか、蓮司も一筋縄では行かない人物のようだが、つかさとかがみの話を耳にして、こなたはにんまりと笑みを深めている。
(こーいうウサギっぽい口元の時は、いっつも嫌な予感がするのよね。成実さんとそーいう所はそっくりなんだから)
 などというかがみの予想通り、こなたは露骨にそこへ食い付いてきた。大声で。マニアックな事を公言して。
「とゆー事は、いとこフラグは立ってないんだね。皆の衆〜、かがみ様を射止めるのは今がチャンスですぞ〜」
「『いきなり変なアピールするな! 男子も困るだろ!』」
「『というかこなちゃん、どうして私を恋愛関係の話題からスルーするんだろ?』」
「…………三人分をアフレコするのはやめなさい。確かに私もつかさもそんな事を言いそうだけど」
 始末に負えない一人三役戦隊に軽くチョップを加えて、話を本筋に誘導するかがみ。溜め息をついて両手を腰に添えているとこなたが「そのポーズ萌え」とか呟いていたが、突っ込んでいると際限がないし、ちょっと鬱陶しいので放置しておき、つかさ相手に語り合う。
「男の人っていえば、誠志郎さんもいたわね」
「誠志郎さんは近頃来てないけど、最後に会ったのは小学生の時だったかな?」
「全然近頃じゃないじゃない。高校の友達とかいう見掛けがヤンキーっぽいのに真面目な人を連れてたけど、円盤みたいな変な玩具を持ってたわ」
「お友達の人が、折り畳み式の鎌の玩具を持ってたのは覚えてるよ。あ、蓮司お兄ちゃんも誠志郎さんも、名字は私達とおんなじ『柊』だからね」
 長い間会っていないのにそこまで覚えている辺り、誠志郎も蓮司に劣らず印象が強かったらしい。さすがに一般の男子にまでこなたが萌えだの何だの言う事はなく、まるで一般人の会話のような雰囲気が流れていた。
 などと考えたかがみは、自分がちょっぴり嫌になる。
(……やっぱり私、こなたに染められて隠れオタになってるのかしら)
「ところで、誠志郎さんは一人っ子なんですか? それともご兄弟が?」
 かがみの心の葛藤など知る由もないみゆきは、緻密な知識欲を満たすべく、細かい所を詰めるような話を聞いてくる。ちなみに、みゆきには親戚は大勢いるが兄弟はいない。
「ウチは兄弟姉妹が多い家系みたいで、そこのウチもお姉さんと妹がいるんだけど、そちらは会った事もなくて……。あと、蓮司さんにもお姉さんがいるわよ」
「そういえばまた別の、鎌倉に住んでる親戚で、そこも名字はおんなじ柊なんだけど、六人姉妹なんだって。いとこじゃなくてもっと遠い関係なんだけど、長女さんは時々神社で巫女さんしてるし、次女さんは弁護士してたかな確か?」
 そんなかがみの答えとつかさの補足に、猫っぽくなるこなたの口元。悪戯っぽいその形は、攻撃色……じゃないけど似たような代物。主にかがみをからかうためにそんな形になるのだが、ゆいやゆたかとは猫口になるシチュエーションはかけら程度の共通点もない。
「ほほぉ、代々お盛んなようで♪」
「お盛ん……?」
 にんまりと笑うこなたに、かがみは気の弱い人が泣いて命乞いしそうな眼差しで、抉り付けるような形相で詰め寄る。というか既に、周りの男子も女子も、かがみが垂れ流す恐怖のオーラの前に、硬直したり後ずさったりしていた。
「わわわ忘れ物〜〜〜〜っ!!」
「あ、白石さんが転んだ」
「しかも掃除用具ロッカーを巻き込んだ上に、箒が股を直撃して悶絶していますね」
 つかさとみゆきの前で起こったそんなどうでもよい(いや、白石みのるにとってはどうでもよくなどないが)騒動など耳にも視界にも入らず、かがみは拳を鳴らしながら、こなたを反応次第でどうにでもできそうな勢いで詰め寄った。
「まさかアンタ、ヒトの親で変な妄想してるんじゃないでしょうね」
「いやいや、かがみんならともかく、ただおさんとみきさんにそんな事するのは失礼だし」
「……かがみさんなら失礼ではないというのは、泉さんの中ではどのような基準ができているのでしょう?」
 慌てて弁解するこなたを見ながら、想像力旺盛なみゆきの頭の中では疑問が膨らんでいく。
 そして、疑問は妄想と化して破裂した。
(はっ! というかまさか泉さんにはかがみさんのお相手に心当たりが!? もしやC組の、かがみさんとプリントの受け渡しをよくしているあの人では──)
「……ゆきちゃん?」
「いえいえ何でもありませんっ!」
 白い肌を真っ赤に染めながら、みゆきはつかさの双子の姉のそういうシーンを慌てて頭の中から消し去った。
 みゆきは深呼吸をして息を落ち着かせると、「そっか〜」などと呟いているつかさを眺め、かがみとこなたを眺め、ちょっとはしたない自分に恥じ入った。
(……泉さんにお付き合いしているうちに、こういう所が似てしまったのでしょうか?)
 ここでかがみ相手に(当のかがみがうんざりするほど)一族繁栄と萌えについて一席ぶっていたこなたが、親指を上に立てて「グッジョブ」と言わんばかりのポーズを取る。
「でもいい事だよ〜。親戚いっぱいなら、特にかがみとつかさの親戚なら、萌え要素もきっとたっぷりだし〜。きっと決まりだよね、みゆきさん」
「泉さんにとっては、私だけではなく、かがみさんやつかささんも『萌え』なんですね」
「いや、だからその自己規定はどうなんだアンタ」
「まあまあお姉ちゃん〜」
 などと、緊迫感を孕みながらも和やかな四人。
 そこに、隣のC組から来た二人が近寄る。二人はかがみの友達で、中学以来今も五年連続で同じクラスなのに、妹べったりなかがみに隣のクラスへ居座られる、どことなく気の毒な二人組だった。
「柊ちゃん、こちらにいたのね」
「あ、峰岸」
「ところで妄想っていえば、みさきちのお兄さんと峰岸さんとか夜は激し──」
 ──と口を開いたこなたの背後で、リボンをほどいて前髪を散らした峰岸あやのが、口元に静かな怒りを湛えていた。それはまあ、自分と彼氏のそんなシーンを勝手に妄想されては致し方あるまい。
「柊ちゃんに妹ちゃんに高良ちゃん、泉ちゃんを体育館の裏まで借りてもいい?」
「だわっっ!? 即死選択肢踏んだっ!?」
 自分の不覚を呪いながらも、そういうネタ的発言は欠かさないこなた。そんなこなたに呆れながら、かがみは無情にも処刑執行許可をあやのに与えた。
「オーケーよ。こいつったらウチの両親まで変な想像してたみたいだから」
「かがみんの薄情者ー! みさきちも何とか言ってくれ!」
「兄貴の妹に命乞いを頼むのは、筋違いだと思うぜちびっ子?」
 あやのと一緒に来ていたみさおも、地獄の獄卒さながらの形相で、こなたの腕を手に取った。それはまあ、兄と友達のそんなシーンを(以下略)。
 みさおの反対側にあやのが回り、二人で抵抗するこなたを運んでいく。
「ちょい待ち峰岸さんっ! ロードロードロードーっ!!」
 そしてあやのとみさおは、こなたを引きずりながらB組の教室を退場して行った。
 後に残されたのは、かがみ、それに硬直して唖然と見送るつかさとみゆきだけ。……いや、他の生徒もいるにはいるが、みんな硬直しているのでこの際どうでもいい。
「……ところで、蓮司さんや誠志郎さんは、かがみさんやつかささんにどこか似た所はあるのでしょうか?」
「いや全然」
 みゆきの最後の疑問は、かがみにずっぱりと否定された。
「私達には蓮司さんみたいな不良でもないのに不良ぶった所なんかないし、誠志郎さんみたいな大人気ない意地悪でもないし」
「お姉ちゃん……そこまで言わなくても……というかこなちゃん大丈夫かな……」
 つかさの常にも増して弱々しい声が、気だるい空気に溶けていく。
 そんな陵桜学園の、ある日の昼休みの教室。
(終)

※柊蓮司:TRPG『ナイトウィザード』に登場する魔剣使い。エピソードの登場回数も多いが、何かといじられる役が多い、通称“下がる男”。「巫女さん」は幼馴染の赤羽くれは。
※柊誠志郎:PS・SSのSRPG『デバイスレイン』のオーギュメント使い。主人公である雲野十夜の陽気な友人だが、発想が狡猾で時には敵よりも卑怯。かなりの大食い。
※六人姉妹:成人向けPCゲーム『姉、ちゃんとしようよっ!』の登場人物。ちなみに主人公は、姉妹の義理の弟。


☆ 高良家の一族 ☆


「……ところでさ、みゆきさんの親戚ってどんな人がいるの?」
「私もですか? かがみさんとつかささんだけでなくて?」
「いやー、あの後でかがみやつかさだけじゃなく、みゆきさんの親戚も気になっちゃって……」
 ある日の放課後の教室。
 昼休みの不穏な発言のせいで、みさおとあやのに体育館の裏に連れ込まれ、色々されたこなたは、へろへろになりながらも午後の授業を何とかしのぎ、放課後もちょっぴりへばり気味だった。つかさはかがみと一緒に帰ってしまい、教室に残っているのはこなたの他にはみゆきとその他数名。
 こなたは少しうなだれ気味に机の上に伸びながら、みゆきの発育の良い身体を低い視点から見上げている。女子高生なのに中身がほとんどおじさんなこなたなので、その意図は言うまでもないだろう。というかそんなの言いたくない。
「前さ、みゆきさんがチョコをお父さんとお兄さんにあげたって聞いたじゃない」
「実はその兄は、実の兄ではなくて親戚の兄なのです。……泉さんがご期待しているような事は多分ありませんからね?」
 慌てながら両手を振って、何かを掻き消すような動きをするみゆきの姿に毎度の如く萌えながら、こなたは半分呆れ返っていた。
(……みゆきさん、私が何を期待してると思ったんだろ? そりゃまあ確かにいとこ以上は結婚可能な範囲だけど……)
 いくらこなたでも、リアルで同性趣味がないのと同様、近親趣味も当然ながらない。そこまで率直に誤解される自分に、こなたはちょっぴり自己嫌悪を感じてしまった。
「父方の親戚は、田舎に住んでいる人もいますけど、都内に住んでいる人も結構いるようです。母の実家は都内でもこちらに近い所で──だから母の母校も陵桜だったんです──、そちらの親戚も大勢いて、ちょっと把握しきれていませんね」
「みゆきさんの親戚か〜。きっと萌え要素たっぷりなんだろうな〜」
「ふふ、泉さんらしいご感想ですね」
 そんな予想通りの反応に、みゆきは小さな頃の自分に向けられたゆかりお母さんの微笑みを思い出し、自分も優しく微笑してみた。
 そこでみゆきは少し間を置き、よく通るはっきりとした声で言う。
「あと、皇居にいる人もいるんですよ」
 

「…………」
 ──あまりにも予想外な展開に、普段物に動じない(というより、かがみ曰く「物に動じる神経がない」)こなたも呆然とした。
(まさかみゆきさん、皇室と縁続きだとか!? 優雅な物腰もそれで説明できるかも!?)
 歴史は苦手ではないもののさほど得意ではないくせに歴史系の漫画やゲームも好きなこなたは、つい色々な事を考えてしまう。元華族なのかとか爵位は何なのかとか臣籍降下しなければ女王様だったのかとか鞭を持たせてボンデージなんて似合うんじゃないかとか。
(…………いや、だから最後の想像は何なんだ私)
 何とか妄想を鎮めたこなたは、少し遠慮がちに、精一杯恭しくみゆきに質問してみる。
「……で、その皇居に住んでいるのって何殿下……ひょっとしたら陛下、なんでしょうか?」
「宮内庁病院のお医者様ですので、たまに宿直があるのを除くと、住んでいるわけではないのですが……」
「え?」
 少し恥ずかしげで、萌え心をそそるようなみゆきの言葉に、こなたは動きを止め──、
 ──そして再起動した途端に、みゆきの胸元へと飛び込んだ。身長差が二十四センチもあるせいで、こなたの顔は自然とみゆきの胸の豊かな膨らみに押し付けられる。
「良かった〜〜!! 高貴な血筋のみゆきさんも萌えといえば萌えだけど、みゆきさんとタメ口利けないのはヤだったよ〜〜!!」
「で、ですからそのっ、かがみさんにしているみたいにっ、胸に顔をうずめないで下さいっ」
 凄まじく不敬な事をぬかしながら、みゆきの胸の谷間にここぞとばかりに顔をうずめるこなた。ぐりぐりと頭を全力で押し込んで、ハアハア息を荒くしながら感触を味わう姿は、某白石みのるが鼻血を垂らしながら、仕事で呼びに来た某小神あきらに張り倒されて余計に鼻血を流すほどだった。これぞ流血の惨事。いや違うか。
 

 そして次の朝の教室。いつも通りの四人が集まり、いつも通りのまったりした時間が流れる。
 こなたは椅子ではなく机に腰掛けて、他の面々との身長差をカバーしながら、昨日の出来事を報告していた。
「……という話を、みゆきさんとしてたんだよ」
「あー、そりゃまた災難だったわねみゆき。というか女同士でもそれはセクハラだから、その場で張り倒してもいいのよ? こいつってばアンタをネタに、しょっちゅうおじさんみたいな妄想繰り返してるんだから」
 具体的には、みゆきを動物に例えると胸が大きいから牛だとか、みゆきは身体の凹凸が激しいから障害物競走は無理だとか。
「は、はぁ。しかし泉さんはまるで妹が甘えているような感じでしたので、かがみさんのご意見のように実力行使に及ぶほどのものではなかったのではないかと……」
「ゆきちゃんにとって、こなちゃんは妹みたいな感じなんだ……。こなちゃんちっちゃいから、私もその気持ち分かるけど」
「…………」
 散々な言われようにこなたはちょっぴりへこむが、そこはゆい姉さんの従妹、エネルギー源である萌え属性持ち三人がいれば、気を取り直す速度は速い。打ち据えられたダメージはすぐに癒され、朝の恒例行事と相成った。
「それじゃ、多分第四百回くらい・今日の宿題をかがみ様とみゆきさんに見せてもらおうのコーナーっ!」
「誰が見せるか!」
「まあまあかがみさん、私もかがみさんと答え合わせをしたいところでしたし……」
「ごめんお姉ちゃん、私も分からない所だけでいいから……」
 こうして朝の時間は、無駄っぽくもかけがえのない感じで過ぎていく。
 

 そして隣の教室では。
「なーあやの、柊はまた妹やちびっ子の所?」
「そうみたい……。たまには私達と一緒にいてほしいな。柊ちゃんはきりっとした美人だから、男の子に人気あるみたいだし」
「プリント渡したがる男子多いしなー。それにしてもちびっ子め、私の柊を独占しやがって」
「……もしかしてみさちゃん、泉ちゃんに妬いてる?」
「だ、誰がっっ! あやのこそ兄貴以外に重婚しちゃダメだぞー?」
「もう、みさちゃんってば!」
 今回も出番がなかったみさおとあやのが、まるでお嫁さんかお婿さんを出した実家の両親のような会話を交わしていた。
(終)


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『らき☆すた』:(C)美水かがみ/角川書店/らっきー☆ぱらだいす