☆ 幸運の星を探して ☆


 いいひよりだった。
 陳腐かもしれない、いや陳腐に決まってるけど、本当にゆたかな緑の恵みのはたらきは、隣の彼にゆかりがあるというこの村を満たしていた。温暖な気候の証に、の葉の一枚一枚が光沢を帯びて目にまばゆくひかるすたれた様子は微塵も無い、手入れの行き届いた小さな旅館で、私は目を覚まし、そして暇を持て余している。
 視界の隅に入るのは、あまり大切にとはいえない、ちょっと乱暴に扱い続けている布の鞄。縫い目はまつり縫いしてあるから本当に丈夫だ。
「む〜〜〜〜っと。やっぱこれが限界だよね」
 ブリッジのポーズをしていた私は根気負けして、ぺたりと身体を気持ちの良い畳の上に倒した。……ら、彼がじ〜〜〜〜っと私を見ていた。ちなみに彼はほとんど年が変わらないとはいえ叔父さんで、ついでに言うと幼馴染の遊び相手だから、変な詮索は必要ない。というか、泊まる先々のフロントで説明するのも疲れ果てている。
「え、えーと?」
 私はかがみ、そしてこう言った。
「どんだけ保つかさ、自分で自分に賭けてたんだけど、やっぱり普段運動をしてないとダメよねー」
 と言いながら上を向くと――相手は私の足元辺りで膝立ちになっていた。
「そ、そうじろうーっと見ないでよ」
 スカートじゃなくても、ズボンに隠されていても、太腿を見られる感覚は嫌だった。小さな頃からお互いを知っていて、この辺は微妙にデリカシーが無い相手だから、ついつい許してしまうけど。
「このまま押し倒して、なんてシチュはありがちだけど、もうちょっと創意工夫が欲しいよねー」
「ちょっ、ちょっと」
 言葉のあやのみで、そんな展開に持ち込まれてはたまったものではない。いきなり絡みゆきなんて、朝から何を考えてるんだかもう。別に誰かにみさおを立てているわけでもないとはいえ、お互い二十歳も過ぎたんだし、子供みたいな扱いは恥ずかしいからよしてほしい。
 でも……一緒にいるのが楽しいのは確か。溢れるのような知識も、微妙な所で合う趣味も。ただおかしいだけでなく、読みきれないこの感情。斧かなたでも切り払えないこんがらがったそれを切り払うのはあきらめて、向き直ると、私のゆでだこなたくさんの表情を愛でながら、くしゃくしゃと髪を掻き回してくれた。
 かゆい所に手が届くこんな所が、私は嬉しい。でもそれはベタ過ぎるから内緒だけど。

 
 そして、まずは朝御飯。料金の内だからきっちり食べておきたいし、食事できる所が少ないこの界隈だから、お昼前にお腹が減らないようにしないと。
 温かい御飯に、黒いのり、麦味噌の味噌汁。冷やした麦茶をなみなみと注ぎ、「日よけに植えたらこんなにみのるからびっくりだ」と旅館の人が言っていた胡瓜の漬け物、そして、練り物――この辺で言う「てんぷら」が七箇。ハンバーガーパティくらいの大きさのそれを眺めながら、口にしたのは分かりきったこんな事。
ななこ?」
「この場合は僕が四つ、そちらが三つ」
「こっちの干物をあげるから、私に四つ食べさせてよー」
「いや、干物よりそちらの卵の方が」
 なんてちょっとした事件を挟みながら、何故か缶詰のチェリーが乗っているヨーグルトを食べて、「ごちそうさま」と手を合わせた。


「何なの、これ?」
 いつもの「きら☆すた」の二次創作じゃないみたいだし、なんて考えながら、私――かがみは、微妙にまっとうではないけど大事な親友の一人であるこなたを背後から見下ろしていた。私が立っていてこなたが座っているだけでも頭の高さに差があるのに、こいつは二十センチ近く私や双子の妹のつかさより小さいから、まるで年の離れた妹を見ているような気分になってしまう。まあ中身はおじさん趣味というか、一歩間違わなくても男性向け成人指定ゲームの主人公――いや何でもないわよ。
 なんて私の一人芝居を知る由もなく、こなたが私の方に引っ付くように背を反らして言うには。
「ネット上の『かがみ』の検索結果に邪魔なの多くてさー、鬱憤晴らすためにこんなの書いたんだけど」
「書くな。ていうか検索システムに謝れ」
 と言う私の傍らで、得意分野以外は微妙にピントがずれている我が妹と、よかれあしかれ知識欲が旺盛なまともな方面での親友は、こなたの打ち込んだ文章を見ながらきゃいきゃい騒いでいた。
「すご〜い。ウチの金魚まで入ってるよ〜」
「私の名前を入れれば自動的に、泉さんの叔母さまのお名前も入るんですね」
 つかさもみゆきも楽しそうね。こなたの叔母さんは「ゆき」。娘の成実「ゆい」さんと紛らわしいと思ってたけど、よくよく考えるとつかさが呼ぶみゆきのあだ名「ゆきちゃん」と被ってるのよねぇ。……っと、一応私も見てみようかしら。
「あ、よく見ると姉さん達まで入ってるわ」
 かなり無理矢理だけど。「まつり縫い」はともかく、「海苔」をわざわざ平仮名にしてまでいのり姉さんを突っ込むのはね。
「さすがにきー兄さんや天原先生までは無理だったし、名字も私とかがみ&つかさしか入ってないけど、それを除けばほぼパーフェクトだよ」
「文章の中に別の単語を織り込む遊びは、外国でも古くからあるようですね。日本語は音節の種類が比較的少なく、また組み合わせの自由度も高いですので、和歌の掛詞からありがちな駄洒落まで、日本の文芸や娯楽の一要素ともいえるでしょうか」
 いつもながら博識で感心するわねみゆき。でもつかさとこなたには、表情から察する限り、ちょっと難しかったみたいよ?
 で、つかさはお父さんに似た優しい目を瞬かせて――ついでに私に擦り寄ってきて――、こんな事を言う。
「でもこなちゃん、『かがみ』で検索って、やっぱりお姉ちゃん関係で?」
「さすがに自分を検索する勇気はないからね。かがみとつかさがエロゲーのヒロインにパクられもといインスパイアされてるのは興奮するけど、私が同じ事されたら凄いショックだし」
 ちょい待て。つかさが真っ赤になって硬直してるわよ。前の無垢なままなら分からなかったんだろうけど、こなたのせいで私やみゆき共々、その手の内容を知ってしまっているし。
「……そんな事実ないわよ絶対!! ていうか商業ソフトでそれはマズいでしょ!!」
「……私は成人向けゲームの似たキャラクターを拝見済みですので、もしそのような事がおありでしたら、かがみさんが落ち着くまで抱き締めて差し上げてもいいですよ?」
 みゆきの優しさは有難いけど、同病相憐れむみたいでちょっとだけ嫌だし、こなたにいじられるのも癪だし、『クラナド』は全年齢推奨だけどギャルゲーには違いないから、こなたの凶ちゃん呼ばわりが正しいなら、私は即座にみゆきの胸元に抱き寄せられないといけないし。
 という事で、私はみゆきの手を、男の人がエスコートするような感じに取った。みゆきの白い頬は血が通うのを少しだけ目立たせて、視線の憧憬がちょっとだけ危険な範囲に達したのを見て、気まずくなった私は視線を微妙にずらす。田村さんの容姿を褒めたら「もし男なら立派なたらしっスよ?」と言われたのも、私のこんな些細な仕草のせいなのかしら。
「あ……かが……みさん……」
「手だけでもみゆきは安心させてくれるから、それで十分よ」
 ……幸いにもこなたは、例の文章をアップロードしながらつかさの質問攻めに遭っていて、こちらの様子には気付いていない。つかさもこなたに専念してるけど、この子は勘違いはしても悪い方向には取らないだろうし。
「ちなみに泉さんも、成人向けゲームにそっくりさんを出されたばかりですから……」
「……有名になった代償かしらね。アニメ化された途端に私達を扱った同人誌が多くなったけど、成人向けのも同様に増えてるし」
「……お気遣い有難うございます。しくしく……」
 さて、こなたは「でもこれをアップして、本当に引っ掛かったらギャグだよねー」なんて気楽に言いながら、パソコンの前から移動して床に――具体的にはつかさの前に転がる。こうするとますます、つかさとセットで妹みたいな子なんだから。
 そして私とみゆきはパソコンの前で寄り添って、誰の名前がどこに入っているか一緒に探してみる。さすがにこの数は暗記しきれないので、手近な紙とボールペンを拝借して。
「さて、お父さんお母さんに、ゆかりおばさん、峰岸……」
「田村さん、桜庭先生、みなみさんちのチェリーちゃん……」
 ……こんなに名前を織り込んだこなたの努力は、(意図はともかく)尊敬するわね。
 私はこなたと一緒にいる楽しさについて、ろくでもない事ばかり言われたりされたりするのと差し引いて――、
(ちょっとはプラスかな?)
 と、つかさから子犬がするみたいにじゃれ付かれて困っているこなたを傍目に考えていた。
(終)


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『らき☆すた』:(C)美水かがみ/角川書店/らっきー☆ぱらだいす