☆ 大人のお付き合い ☆


 私、柊つかさが、何とか無事に陵桜学園高等部を卒業して。
 大好きな双子のお姉ちゃんのかがみも一緒に卒業して、大学に進学したお姉ちゃんと離れ離れに――はなっていない。同じ家に住んでて、朝も一緒、夜も一緒、休みの日も一緒の事が多いから。もちろん、着替えもお風呂もベッドも一緒で……。
(んふふ〜――はっ!?)
 お姉ちゃんの隅々まで鮮明に思い浮かべて、でれ〜としてた所で気付くと――、
 ――鷹宮神社の鳥居の下に、だらしない笑顔の巫女さんが一人(っていうか私なんだけど)。足元の玉砂利の上には箒が転がって、集めてた落ち葉も風のせいでちょっぴり散らばっている有様。
(わわわわっ! み、見てないよね誰も!?)
 思い返すまでもなく恥ずかしさのあまり頭から煙でも噴きそうで、慌てふためき周囲を見回す私。
 だけど、いくら鷲宮が東京や大宮や春日部に比べて田舎でも、そんな都合の良過ぎる事はありえなかった。
(ああっ、近所のおばさんとおじいちゃんと小さな女の子とおにーさんがー!! しかも「分かってますよ」とばかりに温かい笑顔で見送ってるしー!! おにーさんも親指を上に立てるのはやーめーてー!?)

 
「あううううう。恥ずかしかったよぉ」
 ……おばさんとおじいちゃんと小さな女の子とおにーさんがのんびりと通り過ぎてから、私はようやく落ち着きを取り戻した。ここの近所の人達は神主さんの娘の私の事を知ってる人が多いから、挙動不審な私を見ても別段不思議には思わないんだよね……。私がお姉ちゃんと仲良しなのは、上のお姉ちゃん達――いのりお姉ちゃんとまつりお姉ちゃんが仲良しなのと同じくらい有名だから。なのに何故、いのりお姉ちゃんは、仲良しだと言われると「そうじゃない」って言い返すんだろ? まるでかがみお姉ちゃんとこなちゃんみたい。
 今はお姉ちゃんとゆきちゃんも神社に来ていて、この辺りの歴史や文化に興味を持ったゆきちゃんにお姉ちゃんが神社の由緒やご神宝を披露しているから、二人に見られてないか焦ったけど、変な所を見られずに胸を撫で下ろす。そこで引っ掛かるほどの胸があんまり無いから、女の子の部分がしっかり発育しているお姉ちゃんやゆきちゃんが羨ましい。……こなちゃんは「小さくなんかないよ」って言ってくれるけど、こなちゃんのサイズはああだから、ねぇ。
 あ、離れ離れにならなかったのは、大事なお友達のこなちゃんとゆきちゃんにも言える事。こなちゃんは頻繁に遊びに来たり誘ってきたりするし、家が学校から遠くてお邪魔する機会がなかなかなかったゆきちゃんとは、かえってお呼ばれする機会が増えている。お姉ちゃんだけのお友達だったみさちゃんとあやちゃんも仲間入りして、特にあやちゃんとは、お料理のお勉強も兼ねてお泊まりまでした仲になった。もちろん、ゆたかちゃんもみなみちゃんもひよりちゃんもパティちゃんも、元先輩として色々面倒を見てあげている――つもりなんだけど、みなみちゃんに「私に妹がいたらこんな感じなのでしょうね。かがみ先輩が羨ましいです」と言われたり、パティちゃんに「ツカサはcuteナbodyデスね。Statesデはハンザイテキデスよ」と頭を撫でられたり……。
「二人とも私よりおっきいからって、ひどいよもーっ」
 あ、思わず心の叫びが洩れちゃった。二人とも年は私より下なのに、背丈は私より高いから、よく同い年扱いされてしまう。お姉ちゃんも背丈はちょっと大きいだけなのに、何でこんなに違うんだろう?
 そんな落ち着かない心のまま、お姉ちゃんにでれでれしてた間に手元から落とした箒を拾い上げて、私は神社の奥の方へと向かった。

 
 鷹宮神社は、神社としては珍しく(ってお姉ちゃんが言ってた)、参道が拝殿の東側に延びているから、拝殿の前に出たところで左――拝殿の正面にあたる南側へ回り込む。
 神様の事だけを考えて、気持ちを落ち着かせるために、いつものように拝殿の前へと歩み寄った。
 天穂日命、武夷鳥命、大己貴命。三柱の神様に手拍子、じゃなくて柏手を打ち、深々と愛情を込めて頭を下げる。
(かがみお姉ちゃんと私と、それに家族と友達のみんなが、ずーっと仲良く幸せでいられますように)
 お姉ちゃんは「神様が困るから、自分勝手なお願いをするのはダメよ」って言うけど、これは自分勝手なお願いじゃないからいいよね。お姉ちゃんだって、おんなじお願いをウチの神棚に毎日してるもん。
 そして頭を上げると、自然に視線が拝殿の中に向く。拝殿の中は、主にお父さんや一番上のいのりお姉ちゃんが神様にお祈りする時や、お姉ちゃんと私がお神楽で舞う時くらいにしか入らないから、今も薄暗い中の様子がぼんやりと見えて……。
(……え?)
 中の様子に目を凝らすと、拝殿の中で――お姉ちゃんとゆきちゃんが、抱き合っていた。二人で床に座って、正座するお姉ちゃんに横座りのゆきちゃんが寄り添って、腕をお姉ちゃんの身体に絡めて。ゆきちゃんにはきっと、お姉ちゃんの息遣いすら感じられそう。もちろんお姉ちゃんも、至近距離でゆきちゃんを感じているに違いない。
 それが自然な感じで。長年連れ添った夫婦みたいで。
 で、お互いに囁き掛ける。耳に息が当たりそうな、お互いの白くて滑らかな肌の温もりを感じられそうなすぐ近くで。
「…………わね、みゆ……」
「かが…………ですよ……」
 凛々しくて、かっこよくて、何でもできて、私を甘えさせてくれる、大好きな可愛いお姉ちゃんと。
 温かくて、柔らかくて、いろんな事を知っていて、いつもとっても優しい、大事な可愛いゆきちゃんが――。
(あわわわわわわわっ!? え、えーとこれって、逢瀬? それとも密会?)
 ひとしきり混乱してから、自分に「何でやねん」と黒井先生から教わった突っ込みを入れて、ようやく衝撃を跳ね除けた。
 二人ともタイプは違うけど美人さんで、身体付きも女らしいから、薄暗がりの中でも、燃え盛る篝火みたいに目を惹いてしまう。無言で、息を潜めて、身を寄せ合うお姉ちゃんとゆきちゃんは、女の子同士だけど恋人か夫婦のように見えて、こなちゃんの持ってるえっちなゲームや、ひよりちゃんが持ってるのを見ちゃった刺激的な漫画を思い出して、私はお姉ちゃんとゆきちゃんで変な想像をしてどぎまぎしてしまう。ああ、ごめんなさい、お姉ちゃんにゆきちゃん。
(……そ、そういえば、お姉ちゃんとゆきちゃんは、私とこなちゃんがゆきちゃんと仲良くなる前からのお友達なんだよね)
 だからか、お姉ちゃんはゆきちゃんととても仲がいい。物知りのゆきちゃんがいろんな事を教えてくれても、私やこなちゃんはただうなずくだけなのに、頭もいいお姉ちゃんはきちんと理解して話をしてくれるから、きっとゆきちゃんもお姉ちゃんを大好きなんだろう(私だって、お料理の話がお姉ちゃんに分かってもらえないと寂しいし、こなちゃんが反応してくれるととても嬉しいもん)。
 でも、それ以上に気になるのが、お姉ちゃんとゆきちゃんの指に光る、お揃いの指輪。綺麗な石とかは付いていないけど、身体も中身も私よりずっと大人な二人の関係を示すみたいで、とても羨ましく思えてしまった。
 この気持ちは、お姉ちゃんに対してでも、ゆきちゃんに対してでもない。
 あえて言うなら、二人の関係に対してで――。
(こなちゃん……)
 そこで頭に浮かんだのが、こなちゃんの姿。
 男の子みたいに元気で、アニメやゲームが大好きなのは私と違うけど、あまり女の子らしくない体型とか(ううっ)、お料理だけじゃなくて家事全般ができる所とか、学校でも家でもよく一緒に寝てる所とか、お勉強が苦手な所とか(あうう)、嬉しい所から嬉しくない所まで私とよく似てる。そう、お姉ちゃんとゆきちゃんのペアよりずっと。
 そんなこなちゃんならきっと、私の隣にいてくれて、置いてかないでいてくれるはず。
 だから、きっと――……。
「私……こなちゃんと、大人のお付き合いするっ!」

 
「え、えーと……つかささん?」
 居間。畳の上で横並び。
 私にいきなり大人のお付き合いを宣言されて、緑がかった瞳をしている綺麗な目を見開いて、居心地が悪そうに視線がさまようこなちゃん。こなちゃんの太腿辺りまで届く長い髪は、いつも見慣れたかがみお姉ちゃんの髪より太くて色も濃く、あまりお手入れしなくてもつやつやしてるから、いつかお姉ちゃんが羨ましいって言ってたっけ。
「あ、ごめんなさい。実はね――」
 と、昨日の午前中にあった出来事を話す。
 今日、私とこなちゃんは、私達のウチで二人で遊んでいた。お姉ちゃんとゆきちゃんは、東京の博物館を見に、昨日の午後から一緒に出掛けて、そしてゆきちゃんちにお泊まりしている。いいなーとは思ったけど、私は二人みたいに知識が豊富じゃないから、博物館に行っても何が何だか分からないし、別に寂しくは思っていない。思っていないんだから。
 ……と強がってみても、やっぱり寂しい。一番上のいのりお姉ちゃんは、「かがみもつかさも、まつりとは違って、不満や不安を溜め込むタイプだからね」と言ってた。
 私はお姉ちゃんもゆきちゃんも大好きだし、向こうも私を大好きで、私の頭が良くなくても見捨てたりはしないと分かってる。そして、一緒に楽しみたいけど、一緒には楽しめない自分を私は知っている。
 だから。
「かがみとみゆきさんかぁ。頭が良くて気の合う二人だから、きっと大人っぽいデートコースとかしてるんじゃないかなー。博物館の後はちょっと珍しい外国料理のお店で、その後は夜景を堪能して――なんてね。みゆきさんちで一夜を明かした二人を、後でじっくりいじらせてもらわないとっ!」
 なんて言われて、お姉ちゃんとゆきちゃんが仲良くしてる所を思い出して、あんな恥ずかしい事を言っちゃったんだと思う。
 でも、いきなり「大人のお付き合いが欲しい」なんて言って、具体的な要求が何一つないのに、それじゃこなちゃんも困るに決まっている。だからやっぱり、こなちゃんにお付き合いしてくれるか確かめられて良かったのかもしれないんだけど。
 さて、私の事情を聞いたこなちゃんは考え込んで――、
「……しかし、まさかかがみとみゆきさんが、百合を通り越してガチでそーいう関係だったとは。いや、つかさの事だから、二人が純粋な友情でくっ付いてるのを勘違いしただけって可能性もあるよネ」
 ――えーと、まだ?
「随分前にパティには『リアルで同性趣味ないし』って言ってるけど、『人気を高めるには恋愛要素が必要』と自分で言ったしなぁ。それに私も、同性趣味はなくても、つかさ趣味もかがみ趣味もみゆき趣味も全く無いわけじゃないし」
 こなちゃんはしばらく、難しい事を一人で考える。
 でも、同性趣味って、この場合は「こなちゃんが女の子とらぶらぶになりたい」って意味だよね? つまり、こなちゃんの「つかさ趣味」は、私と、昨日のお姉ちゃんとゆきちゃんみたいな関係に……。
「んー、分かった。つかさと大人のお付き合いだネ?」
「ぽっぽぽぽぽ……え?」
 逞しい想像(具体的には私とこなちゃんが……)をして真っ赤な私に、こなちゃんはいきなり快諾してくれた。小学生の男の子みたいに目を輝かせて。いや、こなちゃんはサイズ的に全く違和感ないけど。大学三年生の時にプールで小学生の男の子に「お前何年?」と言われた漫画家さんみたいに。
「私もかがみとみゆきさんみたいな大人の恋愛に憧れる年頃だし、ここはつかさに協力するヨ」
(……『憧れる年頃』って、こなちゃんはみんなと同い年だよね?)
 私もヒトの事は言えないけど、こなちゃんは結構子供っぽい。体格だけの話じゃなくて、中身の方も。漫画もアニメもゲームも大好きで、アルバイトしたお金もほとんど趣味関係につぎ込んでいるみたい。こなちゃんの年じゃいけないゲームもたくさん持っていて、いつもお姉ちゃんに怒られてたっけ。
(でもまあ、そのおかげでこなちゃんも私に「大人のお付き合い」してくれるのかな?)
 こっそりドキドキしながら、こなちゃんの全身を見詰める私。こなちゃんも背丈とか目とか口元とか体型とか、いろんな所が可愛いのは質こそ違ってもお姉ちゃんと一緒だから、こんな子――いや、こんな人とお付き合いできるのはとても嬉しい。
 そこで、ちょっと芽生えた悪戯心で、こなちゃんに意地悪な質問をしてみた。
「ゲームの参考に?」
「い、いや、ゲームはあくまでもバーチャルだから、これを機会にリアルの大人のお付き合いを、つかさと頑張るのも悪くはないよねーって」
 言い繕っても、私を気遣ってくれてるのは見え見えだよ、こなちゃん。
 こなちゃんはお姉ちゃんには素直じゃない所があるけど、その分、私にはこんなに素直なんだよね。

 
 善は急げ、というのか、その後すぐに私とこなちゃんは一緒に出掛ける。東武電車で久喜まで行って、JRに乗り換えて大宮へ。そこから小さな電車に乗って、鉄道博物館という所まで行った。電車を乗り換えるのは私は得意じゃないけど、東京に住んでるゆきちゃんやみなみちゃんは得意そうだし、こなちゃんやひよりちゃんも催し物に行くから結構詳しいらしいけど、東京へ行くと必ず道に迷ってしまう私からするといいなーと思うの。
 そして着いたのは、「博物館」と聞いて私が想像していたような難しい所じゃなくて、体育館よりもずっと広い建物の中に、たくさんの電車や汽車が並んでる所。駅の改札みたいな入口から入って、さっそく何かの券を取って来たこなちゃんは、周りをぐるっと見回して、「じゃじゃーん」って感じのポーズを取ってみた。いつもの悪戯っぽい表情も、今日は頼もしく感じたりする。
「えへへー、たまにはこーいうトコもいいでしょ?」
「ん、うん。そだね」
「コミケで国際展示場に行った時は、つかさがもみくちゃにされてたし」
「こ、こなちゃんもごめんね。浅草から合羽橋に行った時は私が調理器具見て興奮しっぱなしだったし、馬喰町に行った時も洋裁のお店でこなちゃん退屈そうだったもん」
 ぱっと見回すと、そこに停まってる電車とかは、私が見た事もないような、物凄く古そうなのばかりで、ホームから見るよりずっと大きく見えるから、ちょっと怖いくらいの迫力を感じる。私は家事とかお料理とかには詳しいけど、それ以外の事はよく分からない。こなちゃんが「陵桜で平均レベルなんだから、世間の平均より全然頭いいじゃん」なんて言ってくれても、私の基準はお姉ちゃんだから。こなちゃんだって、あとみさちゃんも、自分達が行ってる学校を「あまり頭よくない」って思ってるらしいけど、私はそこまでは思わないけどなぁ。
「え、えっと、ココに来た事あるの、こなちゃん?」
「今日が初めてだけど、実は――この博物館って、アキバの近くにあったんだよね」
 秋葉原。こなちゃんが好きなアニメやゲームのお店がたくさんあって、いつもお姉ちゃんを誘って行く場所。こなちゃんはたまに私も連れて行くけど、私は秋葉原があまり好きじゃない。お姉ちゃんやゆきちゃんみたいにお店で売ってる物が分かるわけじゃないし、それに、こなちゃんがお姉ちゃんに取られてるみたいで、心の中のもやもやに押し潰されそうになったのも一度や二度じゃないもの。
 でも、そんな私の気も知らず、こなちゃんは腰の強い長髪に手櫛を掛けながら話を続ける。お姉ちゃんの癖のないさらさらした髪も、ゆきちゃんのほわほわした髪も好きだけど、こなちゃんの髪も触ると気持ちいいんだよ。いくらでも触らせてくれるお姉ちゃんとは違って、起きてる間に触られるのはこなちゃん嫌がるけど、ウチに遊びに来た時に寝顔を観賞ついでにあちこちを触ってみたんだ。こなちゃんちでお返しに寝顔を見られて、「つかさって、かがみとそっくりな可愛い寝顔してるんだ?」って言われたけど。
「元々、中央本線の万世橋って駅があったんだけど、秋葉原駅が近くにできたせいで、昭和の初め頃に駅舎を交通博物館の敷地に取られて、駅自体も戦争中に廃止されちゃってさ。いちおーホーム跡は今でも中央本線――橙色の帯の電車の線に残ってて、『肉の万世』の上の方の階から見えるけど」
「ハンバーグの辺り?」
「その覚え方はつかさらしいネ。ハンバーグでもちょい上の階からが見えやすいカナ?」
 こなちゃんの苦笑交じりの笑顔に、私もつられて笑顔になる。自分でも分かる話題だと途端に元気になる、都合のいい私。
「交通博物館は長年の間親しまれてたけど、手狭だから何年か前に閉鎖して……で、鉄道関係の物を、大宮の鉄道用地へ持って来たんだ。だから厳密には移転じゃないそうだけど、でもそんなの関係ねぇよね」
「こなちゃんのくせにーっ!」
 いくら古くなったからって、それは私の持ちネタなのっ。うう、近頃はあやちゃんにも飽きられてるし、3の倍数と3の付く数だけ変になるあの人とか、ワイングラスを持ってるお髭の人とかの芸に挑戦してみようかな?
 でもそんな私の心の中には構わないこなちゃんは、手元のパンフレットを見ながら早足でその場を離れる。
「いろんな車輛があるけど、食堂車の展示とかないカナ?」
「あ、こなちゃん待って――きゃんっ?」
 慌てて足がもつれて……いつもお姉ちゃんにされてるみたいに、こなちゃんが手を取って支えてくれたの。
「…………」
「…………」
 ほんの少しだけ見詰めあい――気恥ずかしくて、どちらからともなく微妙に視線をそらした。
 こなちゃんの手は、堅く引き締まった感じがして、まるで男の子みたいだから、私はドキドキして血の気が増してしまう。大人のお付き合いというよりは、何だか「初めてのデート」みたい。
「んー、こっちみたいだけど。ほらほら、もっと向こう」
「え、ええっ?」
 有無を言わせないでこなちゃんは手を引っ張り、私は慌てて後を追う。ぎりぎり転ばない速度で引っ張るのが、まるでお姉ちゃんみたいで、利き手じゃない右手をつかんでくれたのも、たまたまかもしれないけど一緒。
 手を繋がれた私と、繋いだこなちゃんは、綺麗に整備された黒塗りの電車、じゃなくて客車がたくさん並んでる所に向かう。ガラスの向こうにあって中には入れないけど、窓越しに大きなホテルのロビーみたいな、豪華で品も良い、その、中身、いや車内が窺える。
「ほらこれ。私が想定してたのとちょっと違うケド、偉い人が使うモノってやっぱり仕上がりが違うねー」
 御料車の食堂車。昔の天皇陛下とか皇后陛下とかがご飯を頂いた、え、えーと、車。車でいいんだよねゆきちゃん?
「ここでみゆきさんじゃないけど、食堂車ってのは――」
「うんうん」
 歴史は日本史も世界史も得意じゃない私でも(ゴメンなさい黒井先生)、興味のある料理関係の話なら、お姉ちゃんにもゆきちゃんにも負けないくらい頭に入る。
 一番昔は、食事したい時はお弁当を食べるか、途中下車して駅の食堂に行ってた事。
 昔の中国の偉い人が、専用列車に調理車まで何輛も付けて、ご飯の度にいちいち停車させてた事。
 昔の日本だと、食堂車は列車の真ん中辺りに繋いで、違う等級の車に乗ってる人が混ざらないようにしてた事。
 お鮨を握ってくれる食堂車があった事。
 昔の特急は必ず食堂車があったけど、特急の本数が増えてからは食堂車のない特急が増えた事。
 列車が速くなって中で食事をする時間がなくなり、遠くへ行く人は飛行機に乗るようになって、日本だと食堂車はほとんど残っていない事。
 こなちゃんは、そんな知識を披露してから、「お父さんの友達に鉄オタ――ええと、鉄道好きな人がいてさー」と可愛い照れ隠しをする。もしかしたら私のためにネットとかで調べたりしてたのかもしれないけど、それでも私のためにしてくれたのは変わらないし、いきなり「大人のお付き合い」を欲しがった私に付き合ってくれたのはとても嬉しい。
「ありがとね、こなちゃん」
「い、いきなりデレモード? つかさの気持ちは嬉しいけど、かがみにもちょっと似てるその容姿で不意打ちは反則だって!」
 いきなり照れモードになって、顔だけじゃなくて耳まで真っ赤にして蒸気機関車みたいに煙を吹き上げそうなこなちゃんは、私の右腕に左腕を通して、男の人がエスコートするように私を促した。
「さ、さあ行こっ。ミニ列車の運転があっちでできるから。しかもルート上の駅に昔の駅名を付けてるから、万世橋駅だってあるっていうし」
 古い友達のような場所との再会を求めたこなちゃんは。
 自分も精一杯楽しみながら。
 私とこなちゃんが二人で楽しめるように気を配ってくれる。
(こなちゃん……。それともたまには、お姉ちゃんがするみたいに「こなた」って呼んだ方が大人っぽいかな?)
 お姉ちゃんもゆきちゃんも、私とこなちゃんには保護者になっちゃうから、こうして二人でいるのは、結構新鮮な体験かも。
 そう考えていると、こなちゃんの姿が無性に愛しくなって、いつもお姉ちゃんやゆきちゃんに感じるのとは、えーと、方向性が違う感じの想いがこみ上げた。
「えいっ!」
「ちょ、ちょっ!? つ、つかささん?」
 こなちゃんを横から抱き締めると、妹みたいにちっちゃな身体から、ちょっと高めの体温を感じる。
 お姉ちゃんとゆきちゃんみたいな大人らしさはなくても、十分にお姉ちゃんの気分を味わえて、「大人のお付き合い」からはちょっと脱線してるけど、でも嬉しい。あ、でもここは鉄道博物館だから、脱線しない方がいいのかな?
「こうしてると、まるで私がこなちゃんのお姉ちゃんみたいだね」
「本来は私の方が二ヶ月近く年上なのに、どこで道を誤ったんだろ……」
 違うよこなちゃん。私達とこなちゃんの年の差は、こなちゃんが五月二十八日生まれで私達が七月七日生まれだから、厳密には一ヶ月ちょっとの方が正しいの。
 とまあ、そんな細かい事は置いといて。
「でもずっと前に、お姉ちゃんと私とこなちゃんで映画を見に来た時、こなちゃんは私達の妹になりたいって言ってたよ」
「いや、だからあれは、気兼ねなく子供料金で入るために」
「なんてのは冗談だよね。こなちゃんはそんな、払うお金をごまかすような悪い子じゃないもん」
「でもあれは本気――」
 ――こなちゃん?
「――なわけはないデスよ? うんうん、あの時からずっと、かがみやつかさと一緒にいると、お姉さんができたみたいで嬉しかったんですから? あああ、つかさも神主さんの娘だから、かがみ並みにお堅いのを忘れてたヨ」
 本当にありがと、こなちゃん。
 私、こなちゃんと親友になれて、凄く幸せ。

 
 鉄道博物館でお昼近くまで楽しんで、大宮まで戻ってきた私達は、駅前のランチバイキングのお店でお昼を食べていた。お味はまずまず、デザートもいっぱいで、お料理で満足した私達は、そのまま別腹へと突入している。
「かがみと一緒だと、こーいうトコにはなかなか入れないからねー」
「だねー。お姉ちゃんは体重を凄く気にするもん」
 メロンを頬張る合間に喋る私。にやにやするこなちゃん。お姉ちゃんは私より少し重いけど、長い髪とか女の子の体型とかあるから、それくらい気にしなくてもいいのになぁ。
「身体を抱き締めると、胸やお尻は割と大きいのに身体付きは結構細いから、お肉が付くのを気にするのは分かるけどね」
 私の発言にこなちゃんはちょっぴり引き気味になりながら、何やら振り払うように頭を動かしている。「シェイプアップしないとネ」と言いながらお姉ちゃんの胸や太腿を揉んで気持ち良さそうな声を出させるのが好きなのに、何でそこまで動揺するんだろ?
「……つかさは体重気にしないけど、二年の時の健康診断で、『横に伸びちゃった』とか呻いてなかった?」
「え? う、うん。あの時バストが大きくなってから今までに」
「言わないでお願い。でさ」
 普段は見られない真剣な目で私を見据えて、でもこなちゃんは、すぐにいつもの悪戯っぽい輝きの目に戻る。最初は嬉しいとか楽しいとかいう気持ちが欠け落ちたような印象があったけど、(思い込み半分で)私を助けてくれた時の笑顔がとても印象的で、見慣れると感情豊かなのが分かってくるんだよ。それにこなちゃん、昔よりずっといろんな表情を見せてくれて、私達といる時にもよく笑うようになったし。
 そんなこなちゃんは、頭のてっぺんで跳ねている一筋の毛を傾けるように、私をじーっと見ながら照れさせ……るけどそーじゃなくて、口元を猫ちゃんみたいにもにもにさせてくすくす笑い。
「え?」
「つかさもさ、早く食べないと溶けちゃうよー?」
 こなちゃんの視線の先には、お皿の上で溶けかけているアイスがあった。メロンを食べたりお話したりでほっといてたうちに、気温で溶けてしまったらしい。
「はわわっ!?」
 慌てて食べようとしたら、アイスの上のクリームがほっぺにぺたりと付いてしまう。まだ室温にはなっていなかったクリームの、冷たくねっとりとして濡れる感触が、お世辞にも気持ちの良いものではない。服に付いちゃうと洗濯が大変だから、不幸中の幸いかもしれないんだけど、やっぱり嫌な事には変わりないよぉ。
「あ、つかさにクリームがトッピング」
 注意力の鋭いこなちゃんは、いつも細かい事を見逃さない。言いにくい事に気付かれてうろたえるお姉ちゃんとか私とか。
 即座にナプキンを手に取るこなちゃんだけど、私はその前に取って置きの行動を。
「んーっ♪」
 口元に付いたクリームをこなちゃんに舐めてもらうために、こなちゃんの口元に顔を近付ける。私もお姉ちゃんもゆきちゃんも、二十センチくらい背丈がこなちゃんより大きいから、一緒に座ってるか、それとも寝てるか、私達が身を屈めた時くらいしか、こなちゃんの可愛いお顔を間近に見る機会がないのが残念。
「ねえこなちゃん、早く……」
「……あ、あの、つかささん?」
 こなちゃんが後ろに行くから、私はもっと身を乗り出して、こなちゃんのお口に私の口元を近付けた。こなちゃんが威圧感を感じないように、姿勢を低く、目を軽く閉じて。
 すると、こなちゃんはもっと後ずさりして、おずおずと震え気味の声を出す。
「えーっと――何それ?」
「クリーム」
 真面目に答えたのに、期待していた答えと違うせいか、真剣に考え込むこなちゃん。
「いや、何でつかさが私に迫ってくるのか理由を聞きたく――」
「え、えっとね、こなちゃん。口元に付いたクリームを」
 そこで唇にこなちゃんの右手の人差し指を押し当てられて、私は黙ってしまう。こなちゃんの指はちっちゃいから、無意識に唇で咥えようとしても不思議じゃないよね。
 でもこなちゃんはいきなりは嫌なのか、すぐに指を引き抜いて、唾液の線をナプキンで拭いながら、震える声で私に尋ねてきた。
「つかさ……かがみはいつも、そーいうコトをつかさにしてたわけ?」
 何というか、その……魔物を見るような目で私を見詰めるこなちゃん。猟犬に怯える子狐のような雰囲気が、私のこなちゃんに対する保護欲をそそってしまう。そこで当然「うん」と答えると、こなちゃんの目はちょっぴり虚ろに。
「えー、と、とりあえず拭くからじっとしてて」
「も、勿体無いよ、クリーム」
 私の抗議を聞く余裕もなく、機械的にナプキンでクリームを拭って、お絞りでごしごしとした私の親友は、そのまま伝票を持って立ち上がろうとするから、私は後ろから抱き寄せて隣に座らせた。
「え、えっと、そろそろ会計ヲ」
「まだ残ってるよこなちゃん。あ〜ん♪」
「……あ〜ん」
 私が差し出したケーキをお口で咥えるこなちゃんの様子は、まさしく借りてきた猫のようだった。

 
 食事を終えた私達は、駅前のお店をあちこち見て回った。アクセサリーのお店とか、こなちゃんがお姉ちゃんとよく行くアニメイトとか、クレーンゲームに可愛いぬいぐるみがあるゲームセンターとか。ちょっぴり落ち込んだ様子のこなちゃんを励まそうと、時々寄り添ってみたりすると、半分魂が抜けたみたいになっててなかなか注意を払ってくれなかったこなちゃんもちょっとずつ元気になって、私が綺麗なパワーストーンを買ってる間に何かを買ってたり、私に可愛い女の子が出てくる漫画を教えてくれたり、野球のチームのコアラのマスコット人形をクレーンで取ってくれたりと、いつものこなちゃんに戻ってくれた。
 それでもこなちゃんは、まだ引っ掛かるものがあるみたいで……。
「つかさとかがみは、大人のお付き合いを通り越して既に夫婦だヨ……。いのりさんとまつりさんも常々妖しいと思ってたけど、ただおさんとみきさんに似てるからお互いを求め合うのかな……」
「こなちゃん?」
「ななな何でもないからっ!」
 お姉ちゃんが私にしてくれるみたいに、私がこなちゃんを後ろから抱き締めようとすると、こなちゃんは恥ずかしがって逃げてしまう。柊家では普通の、女の子同士のスキンシップだし、こなちゃんもお姉ちゃんには抱き締めたがるのに、なぜかこなちゃんは抱き締められるのは恥ずかしいみたいで、その割にはゆたかちゃんを抱き締めてるのになぁ。
「でさ、さっきのお店で買ったアクセサリーなんだけど」
 お姉ちゃんに誘いを掛ける時とは比べ物にならないほど不器用に話を逸らしながら、こなちゃんはさっきのお店で買った手元の袋を開けた。
 袋から取り出したのは、真鍮でできた鍵が付いているペンダントと、同じ材質の錠前が付いているペンダント。あまり高価だったり手が込んでいたりしない所が、私とこなちゃんの関係に似ているかもしれない。
「こっちが私で、こっちがつかさね」
 こなちゃんは鍵のペンダントを自分の手元に残して、錠前のペンダントを私に渡す。そして私の首の後ろで鎖をはめてから、自分の首にも鎖をかけてお揃いの状態にした。
 見詰め合う二人。そして顔を合わせて――、
「ストップ。……今の私には、顔にクリームも綿飴も付いてないよ?」
「あ。お、『大人のお付き合い』をしようと思って……」
 頭に血が上って熱くなり、こなちゃんをまともに見られない私に、こなちゃんは「しょうがないなー」って顔で、お姉ちゃんというより背伸びした妹のような感じで、私のほっぺをふにふにとした。
「つかさ猛り過ぎ。かがみとみゆきさんもキスまではしてないでしょ」
「だねー。えへへ」
 緊張が解けて、笑い合う二人。こなちゃんのいろんな表情を見られて、今日は本当にいい日だったと思う――いや、昼下がりなのに気が早過ぎるよ私。
 そこに……。
「おーい、つかさー、こなたー?」
「あ、お姉ちゃーん♪」
 私が一番大好きな、双子のお姉ちゃんの声。耳にした途端に私は飛び出して、お姉ちゃんに全身で突撃すると、お母さんが子供を抱き締めるように自然な形で、お姉ちゃんは私を受け止めてくれた。お姉ちゃんの身体は、私より細くて、それでも筋肉がしっかり付いていて、胸とかお尻とかも大きいから、抱き返していると感触が頼もしくて、それでもやっぱりドキドキしてしまう。
 お父さんもお母さんもいのりお姉ちゃんもまつりお姉ちゃんも、こなちゃんもゆきちゃんも、他の友達もみんな大好きだけど、一緒に生まれて、一緒に育ったかがみお姉ちゃんはやっぱり特別な人。こなちゃんは「恋人同士だよネ」って言うけど、それよりもっと強い……お互いが自分の一部のような関係だと思う。
 それに対して、お姉ちゃんや私と、こなちゃんやゆきちゃんとの(あと、こなちゃんとゆきちゃんのお互いの)関係は、新しく生まれて少しずつ近くなっていく関係。自分と違う、相手のいろんな所が、嬉しかったり楽しかったり、たまには怒ったり悲しかったりする事もあるけど、それでも全部合わせると、とても大切な宝物。
 例えば、ほら。私とゆきちゃん。
「つかささん、かがみさんをお返ししますね」
「うんっ。ありがとゆきちゃんっ」
 例えば、お姉ちゃんとこなちゃんも。
「かがみもみゆきさんも、何で大宮に? やっぱりデート?」
「違わい」
 お姉ちゃんは、普段は女らしい言葉遣いなのに、私やこなちゃんには怒ったり呆れたりすると男の人の口調になる。やっぱりお姉ちゃんにとっても、こなちゃんは手の掛かる可愛い妹なのかな。
「みゆきが大宮の盆栽町を見たいっていうから案内して、ついでに氷川神社にお参りしてただけよ。これからデパートの地下で、十万石饅頭でも買おうと思ってね」
「ええ。盆栽、神社、家族のお土産と、お恥ずかしながら、若者らしくない、どちらかというと熟年夫婦のようなデートコースでして」
「や、やめてよみゆき……。私とみゆきが、ふ、夫婦だなんて……」
 ゆきちゃんにデートとか夫婦とか言われても、恥ずかしそうになるだけで、強い否定はしないお姉ちゃん。こなちゃんは「不公平だよかがみは。つかさとみゆきさんにはいつもデレてるのに」なんていじけている。
「で、つかさは? 朝に電話したら、こなたと家で遊ぶって言ってたけど?」
「えっとね――」
 いつも通りのきりっとした調子に戻ったお姉ちゃんに、今までの出来事を伝える。もちろん、お姉ちゃんとゆきちゃんの秘め事(?)を見ちゃったのは内緒でね。
「私とこなちゃんも、お姉ちゃんとゆきちゃんみたいな大人のお付き合いをしてみたかったの。そうしたらこなちゃんが、ここの近くの、えーと、電車博物館? に連れてってくれたんだ」
「んー、その……つかさに付き合ってくれて、こなたに感謝しないとね」
 いつものお姉ちゃんなら「変な所に連れ込んだりはしなかったわよね?」と心配してくれるトコなんだけど、今日は普通に受け止めてくれた。でもこなちゃんは、お姉ちゃんとゆきちゃんはオタクっぽい趣味のお店に誘っても、私にはあまりそんな事しないよ? まさか、お姉ちゃんとゆきちゃんも問い詰められると困るような所に……いやいや、いくら二人が大人のお付き合いでも、まだ大学に入ったばかりだもんね。
 あ、そういえばこなちゃんとゆきちゃんは?
「……鉄道博物館ですよね? 大宮駅の構内に案内が出ていますし。もしかして、東武の東向島駅にある東武博物館と間違われたのでは?」
「……つかさの記憶力は、得意分野に偏ってるからネ。具体的には料理とか家事一般とかかがみ関係とか」
「……陵桜で成績が平均レベルだったのも、かがみさんが教えて下さるからというのが大きかったのかもしれません」
 ……凄く心外なのに、反論できない自分が悲しい。
 まあ、それはそれとして、買ってもらったペンダントの報告をしよっと。
「でね、お姉ちゃん。このペンダント、こなちゃんに買ってもらったの」
「へえ。こなたとお揃い――んなっ!?」
 私の胸元をお揃いの色合いの瞳で覗き込んだお姉ちゃんは――一気に表情を硬くして、凄い勢いでこなちゃんに詰め寄った。身体を震わせて、こめかみにしわを寄せて、こなちゃんやみさちゃんにはいつもの事だけど、私がされたら悲しくて泣き出してしまいそうなくらいに。
「こなた、まさかつかさに、アンタがやってる成人向けのゲームみたいな事をするつもりじゃないだろうな?」
「私を何だと思ってるのさかがみっ! いじっても平気で流すようになったと思ってたら、近頃は本気で遠慮なく失礼だヨっ!」
(でもこなちゃんは女の子だから、私にああいう事はできないよね? も、もしかして、お姉ちゃんとこなちゃんしか知らないゲームだとそんなのもあるの!?)
 思い掛けないお姉ちゃんの剣幕と、激しく動揺するこなちゃんの様子に、すっかり混乱している私。
 そんな中、ただ一人冷静だったゆきちゃんが、私の両肩を両手でつかんで、眼鏡の奥の大きな青っぽい瞳を向けてくる。そういえばゆきちゃんって、髪の色も薄いし、ゆかりおばさんの方から外国の人の血を引いてるのかな? お肌も白くて、というよりちょっとピンク色で、身体も柔らかくて、そして胸も……。
「つかささん、もしかして、鍵と錠前の比喩――たとえ話をご存知でなかったとか?」
「え? ……えーと、ごめんね」
 間近なゆきちゃんに見とれて返事が遅れたけど、もちろん知らなかった私は、それを正直に伝える。ゆきちゃんは少し頭を痛くしたように口元を引き締めておでこに手を当てるから、「お姉ちゃんと楽しかったのは分かるから、帰ったらゆっくりお休みしてね?」と伝えたら、ちょっと困ったような笑みを見せて話を続けて――、
「か、鍵と錠前は――」
 口ごもったゆきちゃんは、そこで耳まで真っ赤になる。
「――え、え〜と、男性器と女性器の比喩として用いられます。つまり泉さんの行為は、いわゆる『つかさは私の嫁』というものでして……」
 その説明を聞いて、私はそっと、こなちゃんの正面に立った。こなちゃんと言い争っていたお姉ちゃんは私に場所を空けて、デートしていたゆきちゃんの隣に寄り添う。
「こなちゃん?」
 自分の声とは思えないほど、深く、そして沈んだ声。
 私は首の後ろに手を回し、いつもよりあっけなく簡単に留め金を探し当てて、慎ましい膨らみの上にぶら下がる錠前のペンダントをかちゃりと外した。
「ひっ……!」
 怯えた声を上げて、そのまま震えるこなちゃん。でも私は、本気で怒ったお姉ちゃんや黒井先生みたいにこなちゃんをぶったりはせず、こなちゃんが首に掛けていた鍵のペンダントも外して、代わりに私がしていた錠前のペンダントをさせて、こなちゃんから外した鍵のペンダントを私の首に掛ける。
 つまり――、
「こなちゃんは私のお嫁さん!」
「ふ、ふぇっ!? つ、つかささんっ?」
 手を上げられると思っていたのに予想に反して密着されたこなちゃんは身をよじって逃げようとするけど、いつもお姉ちゃんにぎゅーっとしている私は逃がさない。こなちゃんの身体は割と硬くて、胸も私より小さくて柔らかさはないのに、撫で回すと癖になりそうな、引き締まった感覚が返ってくる。いつも家の中で遊んでても外を歩くだけでそれなりに日に焼ける肌は、つるつるした私の肌やしっとりしたお姉ちゃんの肌とは違って、ちょっとかさかさしてるみたいだった。
「お肌荒れてるよ? またゲームのし過ぎじゃない?」
「い、いや、だから、あくまでもモンハンやり込んでるだけで、つかさが怒るようなゲームは近頃全然やってないからっ!」
 こなちゃん、いい匂い。普段はお化粧とか全然しないけど、今日は私に会うためにシャンプーとか制汗スプレーとかしてくれてるんだ。
 それがまた嬉しくて、私は可愛いこなちゃんをより強く抱き締める。いつもお姉ちゃんが私を抱き締めるのも、夜中にこっそりお母さんがお姉ちゃんを抱き締めるのも、きっとおんなじ気持ちなんだろうな。
「こなちゃんは私より二十センチ近く小さいから、やっぱりお嫁さんが似合うよね」
「十センチちょっとだヨっ! それに『やっぱり』って、つかさの脳内では前々から私をそーいう処理してたわけ!?」
 それは内緒だよ。お姉ちゃんにもゆきちゃんにも。
 で、そのお姉ちゃんとゆきちゃんの夫婦(?)は、お互いの腰に手を回しながら、「都合のいい方に端数を処理するなよ」「まあまあ。背伸びしている妹さながらで可愛いのではないですか?」「確かに可愛いけど、手の掛かる妹が増えて大変ね」「むしろ娘でしたら、かがみさんと子育ての楽しみも」「へ、変な所に指を掛けないでよ?」なんて楽しそうに話している。
「かっ、かがみー! つかさの暴走を止めてーっ!」
「立場は逆だけど、元はこなたが望んだ事でしょ? 本気で危なくなったら止めなくもないけど、それまではそーして反省してなさい」
「良かったですね、泉さん。私とかがみさんも、つかささんと泉さんに負けませんから」
「あー、みゆきはもーちょい自重して欲しいなー。少なくとも公共の場では」
 何十年も添い遂げてきた夫婦みたいな、仲睦まじいお姉ちゃん達に見守られながら、私はこなちゃんに、お姉ちゃんから教わった「大人のキス」をする。ちょっぴり抵抗されたけど、こなちゃんがお姉ちゃんに言ってた「嫌よ嫌よも好きのうち」っていうのはこの事だと思って、こなちゃんを精一杯気持ちよくしてあげた。お姉ちゃんは「暴行犯の言い分だそれは」と言ってたけど、こなちゃんはそうは思わないんだよね?
 そして――キスをしながら私にあちこちを擦られて、気持ち良さそうに身体を震わせたこなちゃんに向き直り、遊び回って疲れ気味の「私のお嫁さん」に元気を取り戻させてあげる体勢に入る。
「という事で――大人のお付き合い承認済みだね、こなちゃん♪」
「ちょ、ちょっ、つかさっ! それ以上微妙な所を責められると、ていうかここは駅の構内であにゃああああああっっ!?」
(終)


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『らき☆すた』:(C)美水かがみ/角川書店/らっきー☆ぱらだいす