〜夜露に濡らされて〜

*注意:この話は少々ブラックですので、重度のキャラット萌えの方やその手の話を受け付けない方は退出をお願い致します(汗)。


 月明かりが木々の梢から差し込む暗闇の中で、一組の男女がうごめいている。
 少女は青年より頭一つ分以上背が低く、体型もまだ成熟した女のそれではない。
 対する青年は少女の服に手を掛け、愛撫するように静かに脱がす。服の上からでも分かる引き締まった身体は、細い体格の少女と好対照を成していた。
 そして青年は全裸になった少女を後ろから抱き締めて、小さな胸の膨らみを手で弄ぶ。
 指先が獲物を狙う蜘蛛のように伝ってから、力強くそれを握り締めた。
 少女の持つ兎の耳がぴくりと動き、しなやかな手足が硬直する。
「あ……」
「静かにするんだ、キャラット」
 命令するように言葉を掛けながら、少女の大きな兎の手を掴んで柔らかい草の上に引き倒す青年。
 暗くて色はよく分からないが、手を包む密生した毛は昼の陽射しの下では短く切り揃えた髪と同じピンク色をしている。
 ふかふかした丸い尻尾を握り締めながら、青年は付け根に指を走らせた。

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「キャラット、キャラット……!」
「はぁっ……あはぁっ!」
 青年の逞しい肉体に貫かれながら、キャラットは雄と交わる雌の獣のようにひたすら腰を動かして、青年の全てを受け止める。
 人間の女性なら抵抗をする所だが、フォーウッドであるキャラットは違っていた。どちらかと言うと、種族的な特性で。
 フォーウッドの女は人間のように快楽を求めず、ひたすら生殖のために男に尽くす性質を持つ。発情期が訪れれば毎日のように男と交わり、毎年のように子供を産み続けるために。
 それが災いし――主な理由は外見の可愛らしさだが――、かつてのフォーウッドは愛玩用に女性を乱獲され絶滅寸前となっていた。
 現在でも決して数の多い種族ではなく、森の奥深くに他種族との交わりを避けるように暮らしているのは――文字通り、他種族との交わりを避けるため。
 それを知らなかった少女は森から出て、そして街で出会った青年と……。

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「んあぁっ!」
 完全に食い込まれたキャラットが、虚ろな目を開いて完全に果てる。兎の尻尾が腰の後ろでぷるんと震え、肉球の付いた手足が柔らかい雑草を強く踏み締めた。
 緑の草の汁と夜露が混ざり合ったかぐわしい匂いが漂い、同時に沈みかけた青年の意識を引き戻す。
「……もう一度、行くぞ」
「…………!」
 再度の行為に、キャラットの成熟し切っていない身体は本能通りの反応を繰り返す。既に意識の無い肉体は青年の成すがままに奉仕を続け、その欲求を満たし続けた。
 こうして、青年が一心不乱にキャラットと交わっていたその時――
 森の奥深くで、がさりと微かに音がした。
 このような事をしながらも明晰に働く青年の頭に、いくつかの可能性が現れる。
 同じパーティに所属して自分とキャラットの仲を怪しんでいるカレンが興味深そうに、ティナが哀しそうに見つめている姿。
 自称ライバルのカイルが、どこから湧き出るのか知らない敵愾心を露わにしている姿。
 何かと突っ掛かるレミットがアイリスと共に、汚らわしい物を見たような視線を向ける姿。
 吟遊詩人のロクサーヌが、脈絡も無く(ロクサーヌには常に脈絡が無い)面白そうに眺めている姿。
 それらを予期しながらそっと視線を動かすと……。
(うっ……)
 明らかに人ではない影が、鈍い星明かりを遮っていた。
 狼。
 青年が話にしか聞いた事のない異世界の狼に似ているが、人語を解する知能を備えた魔獣である。青い毛皮と爛々と輝く両目とを持ち、草食動物を餌とする。ちなみに、フォーウッドの主食はニンジンを中心とした野菜のみ。
 今は隙をうかがっているだけだが、無防備になった時――恐らくは自分とキャラットが共に果てた時に襲い掛かり、鋭い牙を掛けるに違いない。
 もっとも、自分だけなら何とかなるだろうが――
 キャラットは力も弱く、攻撃的な物理魔法もほとんど使えない。そもそも意識が散乱している状態では、自分自身もさほど変わりない状態だが。
 そのような状況に追い込まれた事を青年は後悔するが、そもそも他のパーティのメンバーに隠れてキャラットと交わる必要がなければ、カレンとティナが見繕った夜営地で大人しくしていればよかったのだが……。
 次の宿屋まで我慢する手もあったのだが、フォーウッドの発情期を迎えたキャラットが我慢をし切れなかった。
「…………」
 一瞬の沈黙。そして。
 青年は自分でも意外なほど慌てずにキャラットの両脚に手を掛けて、肉体の一部をキャラットの体内から力任せに引き抜いた。
 キャラットの体内から溢れ、柔らかい草の上に流れ落ちる白く濁った液体。
 気付いたらどうしようかとも思ったが、抜かれた事が刺激となって更なる快楽を返したらしい。
「ああん……!」
 大きく腰を痙攣させて喘いだままのキャラットを見捨てて、脱ぎ捨てた服を掴んだ青年はその場から必死になって走り去る。
 後ろも振り返らずに走る青年の脳裏に、どこかで読んだ魔獣の話がよぎる。
 魔獣は武術や魔法に長けた人間よりも、半獣人を獲物として好む。特にフォーウッドは力が弱い上に、草食動物なので肉の味も良いらしく、多くのフォーウッドが森の中で魔獣の餌食となっている。
 その分逃げ足は速いが、絶頂に浸っているキャラットの肉体は、魔獣の存在を知る事はできないだろう。
 たとえ食べられても、快楽に遮られて苦痛を感じる事はできない。――そう、全身を食らい尽くされるまで。
 それを思い返して青年は贖罪感と安堵を覚えながらも、足を止めずにひたすら森の木々の下を、声も立てずに走り続けていた。

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「……いないわね、キャラットちゃん」
 カレンが抜剣したまま草を掻き分け戻ってきて、反対の手を額に当てて溜め息をつく。その後ろからティナも現れ、肩を落として悩んでいた。
「キャラットさん、一体どこに行っちゃったんでしょう?」
「ほんと、夜目の利くティナちゃんが探しても見付からないなんてね……」
 その傍らで、フィリーはじろりと無言のままの青年を睨んで大きさ以上の威圧感を醸し出している。
「まさかいつもみたいに、キャラットを変な所に連れ込んだんじゃないでしょうね?」
「してない。万が一してれば探す必要もそもそもないだろ」
 それを聞いてフィリーは何も言わずにへろへろと梢に舞い上がり、小さく呟く。
「……白々しい」
 たった一言が、心臓を抉り出すナイフのように青年の心に突き刺さった。

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 それから日が高くなるまで探し続けたが、変わった物といえば、ティナが見付けた大きな丸い尻尾だけ。
 カレンは探し続けて時間を無駄にするよりも、このまま旅を続けてキャラットが追い着くのを待とうと言った。
 ティナも同意見のようだったし、フィリーも森の民であるフォーウッドなら迷う事はないだろうとあっさり同意した。
 青年を元の世界に戻すためにも急がなくてはならなかったし、そして何よりも、青年とキャラットの関係のために、彼女達はキャラットを憎んでさえいた。
 ……一つの愛を貪るために、かけがえの無いものを犠牲にしてきたらしい。
「さあ、次の目的地まではまだ長いから早く行きましょ」
「……ああ」
 無言で首を縦に振る青年を残し、カレン達はいそいそと準備をする。
「この分だと川まで辿り付けそうだけど、夕ご飯は何にするティナ?」
「そうですね、途中の村でお塩を買い足して……」
 感情的なしこりが消え去った彼女達の表情は、今までになくうきうきとしていた。

>>>

 どこまでも広がる、青い空と緑の大地。
 今日もまばゆい太陽が、一行の足元を照らしている。
 一行の人数が一人減ったが、そんな事にはお構い無しで燦々と。

 カレンとティナとフィリーが楽しそうに歩く(フィリーはカレンの背中の荷物の上だが)数歩後ろで、青年は意気消沈して足を引きずっていた。
 昨日までは青年ともう一人がスキップするように歩み、その後ろを三人が黙々と機械的に歩を進めていたのだが、今日からは違う。多分永遠に。
 喪われた恋人の声を、手触りを、体の感触を思い浮かべながら、小さく一言だけを呟く。

「……キャラット」

 青年の右手に握り締められていたのは、根元が無残にも食いちぎられたピンク色の大きな兎の耳だけだった。


〈後書き〉
 え〜…………、「悠久書店」店主の大橋です。
 某「座敷牢」向きに書いてみましたが、掲載は7ヶ月後になりました(汗)。
 普段とは全く違う作風ですが、一応こんなのも書けるとゆー事でご了承願います。
 なお、抗議等は一切受け付けませんのでご容赦の程を。

 2000.4.5、大橋賢一(2000.11.20後書き加筆)


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