悠久書店・偽通信販売 その5〜その8(担当:エル・ルイス&マリア・ショート)
その5、封印の札
エル:「さて、気を取り直して第5回は……」
マリア:「“封印の札”?」
エル:「アタシが邪竜に心を食われかけた時に、あいつがこれを使って邪竜を封印してくれたんだ」
マリア:「ふーんだ。マリアなんてタナトスの魔法書から助けてもらった時に、おでこにキスしてもらったもんね☆」
エル:「なにいいいっ!? どーゆー事だよ、マリアっ!」
マリア:「あはは……。エルもあいつの事、好きだったんだ」
エル:「違あああうっっ!」
(以下、しばらく聞き取り不能)
トリーシャ:「この封印の札の使用法は、以下の通りです。
まず、使用対象の封印するべき要素を心の中に強く念じて魔法力を注入します。封印呪文の大まかな構成は既に札の内部に編み込み済みですので、神聖魔法の使い手であれば、魔術師でない方にもお手軽にご利用頂けます」
(ぎゃあぎゃあぎゃあ)
トリーシャ:「その次に、鍵となる言葉を唱えながら札を対象に向け、かざして下さい。すると」
(ぎゃあぎゃあぎゃあ)
トリーシャ:「もーっ! 二人ともいーかげんにしてっ! ――大いなる存在よ、我に力を――!」
かっ――!
エル:「……はっ」
マリア:「あれ?」
エル:「何で喧嘩してたんだ、アタシ達?」
マリア:「え〜と、何でだろ?」
トリーシャ:「このように、封印の鍵となる言葉を省略した場合でもある程度の効果が望めます。完全な封印を施した場合の副作用が懸念される場合にも、封印の札は封印の呪文のような微調整を利かせる事が不可能ですので、あくまでも最後の手段として封印の札をお使い下さるようお願いいたします」
エル:「…………」(無言でそっと、封印の札を手に取る)
マリア:「…………」(やっぱり無言で、封印の札を手に取る)
トリーシャ:「今回は特別に、魔法アイテム使用許可証第二種以上をお持ちの方への販売のみに限らせて頂きます。お値段は特別にお安く、サービス価格2000ゴールド――」
エル&マリア:「大いなる存在よ、我に力を!」
トリーシャ:「え?」
どかああああああん!
…………………………………………。
エル:「……どこだよ、ここ」
マリア:「……真っ暗」
トリーシャ:「……多分、封印空間の内部なんじゃないかな」
エル:「封印空間?」
マリア:「ま……まさか……」
トリーシャ:「封印の札同士が干渉し合って、空間そのものを封印したんじゃないかと思うんだけど、ボク」
エル:「待てえええっ!」
マリア:「どーしたら出られるのおおっ!?」
トリーシャ:「知らないよーっ!」
エル:「……今日、店主はピート達と、ニーパントへ旅行に出掛けた」
マリア:「……帰って来るの、いつだろ?」
3人:「あははははははははははははははは☆」(乾いた笑い)
店主が帰って来たのは、1週間後。
魔術師組合の魔術師達に救出された3人は、そのままクラウド医院に直行した。
その6、幸せ屋のパン
カレン:「エルちゃんとマリアちゃんが入院している間は、みんなの頼もしいおねーさん、カレン・レカキスと――」
ウェンディ:「……ウェンディ・ミゼリアが担当させて頂きます」
カレン:「今日の品物は何かな、ウェンディちゃん?」
ウェンディ:「は、はい。若葉さんお手製の幸せ屋のパンです」
どさっ。
ウェンディ:「うわ、凄い量……」
カレン:「張り切ってるわね、若葉ちゃん」
ウェンディ:「どうせ私なんて……いじいじ」
カレン:「そうだ。ウェンディちゃん、試食してみてくれる?」
ウェンディ:「ええっ?」
カレン:「どんな味か分かってないと、売り込みにくいでしょ?」
ウェンディ:「……はい」
ぱくっ。
ウェンディ:「な、何ですかこの味……」
カレン:「あら、そんなにおいしい?」
ウェンディ:「表面が焦げてるのに中心が生地のままですよ。どーゆー焼き方したん……ですか……」
カレン:「若葉ちゃんの故郷だとそういう焼き方が主流なのよ、きっと」
ウェンディ:「絶対違うと……思います……」
カレン:「そうかなあ?」
ウェンディ:「目眩と……吐き気が……。変な物質でも入っているんじゃ……ないですか……」
カレン:「まさか。メイヤーちゃんじゃあるまいし」
ウェンディ:「……はうっ」
ばた。
カレン:「……あら?」
ウェンディ:「…………」
カレン:「まあいいか。寝る子は育つ、って言うもんね♪ さてお値段は、1斤10ゴールドの通常価格を、特別に3斤で27ゴールド――」
ウェンディ:「…………若葉さんの、ばかぁ……」
その7、蒸気式エレベーター
マリア:「今回の悠久書店・偽通信販売――愛称偽通販は、エンフィールド郊外・アルフォンヌ炭坑、直径30メートルの竪穴の側からお届けしておりまーす☆」
エル:「前々回は散々だったけど、今回は変な真似するんじゃないぞ、マリア」
マリア:「……エルだって同罪じゃない」
エル:「(聞こえないフリ)さて、今回の商品は……」
がらがらがら……ぷしゅううう……(エレベーターの音)。
トーヤ:「久しぶりだな、お前達」
エル:「ドクター!」
トーヤ:「書店の店主が変な企画を立ち上げたという話は聞いていたが、俺まで協力させられるとは思わなかったぞ」
エル:「だからってエレベーターに乗って、地下から登場しなくても……(^^;)」
マリア:「今回の商品を紹介してくれる、ドクター?」
トーヤ:「ああ。……今回の商品は、この蒸気式エレベーターだ」
エル:「待てえええっ!」
トーヤ:「食あたりか、エル?」
エル:「そーじゃないっ! ファンタジーにどーして蒸気機関が出てくるんだよっ! 第一炭坑内で火ぃ焚いていいんか、おいっ!」
マリア:「今じゃ近代技術がファンタジーに登場するのは当たり前じゃない。エルって流行遅れなんだから。服だってダサいし」
エル:「何だとおおっ!?」
トーヤ:「変な方向にエキサイトするんじゃない、お前達」
エル:「うっ……」
トーヤ:「安心しろ。蒸気機関の設置個所が坑道外にあれば、別に火を焚いても一酸化中毒その他の有毒ガス中毒や可燃性ガスへの引火、炭塵爆発が起こる危険性はない。エレベーターのケージ自体には基本的に動力は存在しないからな。現世はともかくこの世界でどうなのかは店主はよく知らないが(笑)」
マリア:「精霊魔法の炎も、物理的現象じゃないから大丈夫だよ☆」
エル:「……アタシだって知ってるよ、それくらい」
トーヤ:「もっとも、蒸気機関自体が坑道内にあれば話は別だ。しかしこの蒸気機関は、普通の蒸気機関とは一味違う」
マリア:「どーいう風に違うの?」
トーヤ:「これから説明しよう。まず、水をボイラーに入れて、石炭を焚いて水蒸気を作る」
エル:「ふんふん」
トーヤ:「然る後に、付属の蒸気タンクに水蒸気を送り込み、高圧で圧縮する」
マリア:「へえ〜っ」
トーヤ:「後は普通の蒸気機関と同じで、シリンダーに掛かる蒸気の圧力でピストンを動かし、それを回転力に変えて滑車を回し、ロープを引っ張り、先端に付いているケージを上下させる」
マリア:「それだけ?」
トーヤ:「そうだ。圧搾水蒸気で動いている他には、通常の蒸気式エレベーターと何等変わる点はない」
マリア:「やだー、結局空気が汚れるじゃない。魔法を使った方が綺麗なのに」
エル:「マジックアイテムは軒並み高いし、ここには燃料がたくさんあるから経済的なんじゃないか?」
マリア:「……で、いくらなの、ドクター?」
トーヤ:「59,800ゴールドってとこだな。この型の物はここにはこれ1台しかないが、魔法式のエレベーターに比べれば、まあ安い」
マリア:「1台だけなの、ここ?」
トーヤ:「そうだ。資金上の都合で、他のエレベーターは全て通常の蒸気式――」
どかああん…………。
エル:「……え?」
トーヤ:「おや、また石炭ガスに引火して爆発したか」
マリア:「『また』って何よ、ドクターっ!」
トーヤ:「まったく、ここの社長は安全性というものをちっとも考慮しないで……ぶつぶつぶつ……」
エル:「…………」
マリア:「…………」
エル&マリア:「…………………………………………」
その8、豪華化粧品セット
エル:「さてと、第8回は……」
アルベルト:「ここか、偽通信販売の収録場は?」
マリア:「うわっ、アル?」
アルベルト:「アルって呼ぶなっ!」
マリア:「じゃあ、リカルドおじさんの下僕」
アルベルト:「た、隊長の下僕……ちょっといいかも……」
エル:「今回の商品を提供するんだろ、アルベルト? いーかげんに現世復帰して、本題に入ったらどうなんだ?」
アルベルト:「……はっ」
マリア:「やだ〜。アルっておじさんとそーゆー関係だったの?」
アルベルト:「何でそうなるんだあああっ!」
マリア:「トリーシャにこっそり話しちゃお、今度☆」
ごき。
マリア:「きゅう〜っ☆」
エル:「……トリーシャを変な世界に引っ張り込むんじゃない!」
アルベルト:「さ、さて、今回の商品はアルベルトお薦め、800年前の豪華化粧品セットだ」
エル:「フェニックス美術館の古美術鑑定会に持ってきたやつだな」
アルベルト:「その通りだ。ちなみにスペックは――」
エル:「木目を活かした彫刻を施した外箱、無駄を排した機能的な作り、蓋を開けると間抜けな音楽が流れる、以上だろ?」
アルベルト:「肝心の中身はどーした、中身はっ!」
エル:「で、希望価格は?」
アルベルト:「(うぐぐ……)そうだな、ざっと10000ゴールドは下るまい。女のお前より化粧に詳しい俺の言う事だからな、間違いはないだろう。……ついでだからエル、お前に化粧術を教えてやろうか? 間違いなく今より綺麗になれるぞ」
エル:「余計なお世話だっ! 大体な、この化粧セットの値段が10000ゴールドというのは無茶苦茶だぞ」
アルベルト:「は?」
エル:「ま、せいぜい100ゴールドだな。前にも言ったけど」
アルベルト:「なにいいいっ!?」
エル:「まず、こんな様式は800年前には存在しない。大陸南部風の意匠に酷似しているが、細かい点がまるっきり違う」
アルベルト:「…………」
エル:「具体的な点を挙げるのはさて置いても、模様のバランスが当時の品物としては悪すぎる。王立組合が製造・流通を完全管理していた800年前の南部では、ここまで明らかな不良品は流通経路に乗る前に廃棄されていたはずだ。それに、当時の製品に義務づけられていた刻印の痕跡も見受けられない」
マリア:「……?」
エル:「アタシの推測としては、70年ないし80年前に土産物用に大量生産された粗悪品だね」
アルベルト:「……………………」
マリア:「店主の日常会話と同じくらいマニアック……」
エル:「あいつが付けようとした1ゴールドってのは、ちょっとやり過ぎだけど。……アルベルト、元気出しな。人間やエルフは失敗を繰り返して大きくなるもんだから――」
アルベルト:「…………………………………………」
マリア:「あれ? どーしたの、アル?」
エル:「アルベルト……?」
アルベルト:「……………………………………………………………………………………」
エル:「……ダメだな、こりゃ。アタシは仕事があるから後はよろしくな、マリア」
マリア:「ちょっと待ってよ、エル! マリアだって宿題が――」
ばたん。
アルベルト:「……………………」
マリア:「……かわいそ、アル」
アルベルト:「アルって呼ぶなああっ!(滝涙)」
《注意》
800年前の木製品の生産・流通過程の部分は、私が勝手に設定したものです。公式設定ではありませんのでご注意を(笑)。
まあ、ほんとに800年前の物だとすれば、100ゴールドはちょっと安すぎますからね。