>アヴァン
ある晴れた初夏の日。私、泉こなたと愉快な仲間達は、私の家で暢気にだべっていた。毎度の如くお父さんは担当さんとの打ち合わせで東京行きだから、お父さんがみっともなく声を忍ばせ嗚咽していたのは言うまでもない。実は私が担当さんと裏取引して――なんて事実はないとはいえ、私ですら萌えてしまうかがみやつかさやみゆきさんに、お父さんが手を出さないとは限らないからねー。というか三人は私のものだから、手を出したら殺ス。
ホントはかがみとつかさんちの方が電車の駅には近いけど、ただでさえ家族六人で狭く感じる柊家に大人数で上がり込むのは申し訳ないから、近所に住んでいるかがみの友達――日下部さんと峰岸さんもいる時か、社務所を借りられる時でもないと、あまり大人数じゃせいぜい、かがみ達のお父さんがいる神社で色気のないデートして、鳥居の前の茶屋でくつろぐくらい。まあウチは柊家から自転車で来られる距離だし、近くには一時間に一本くらいだけどバスだってあるし。
さすがに今日は全員じゃなくて、かがみ+つかさの双子姉妹と私+ゆーちゃんの従姉妹コンビとみゆきさん+みなみちゃんの幼馴染コンビだけ。一年生と三年生の違いがあるけど、こうして並べると、つかさはゆーちゃんとみなみちゃんの側にグループ分けするのが順当に思える。背丈は私より頭一つ近く高いけど、どうにも雰囲気が幼くて、みなみちゃんと同年代にしか見えないくらいだから。ひよりんは来てないけど、来てたら年上で背丈も高いつかさに懐かれて面白展開があった事だろう。
にしても、私達ってズボン率高いよね。私は言わずもがな、みなみちゃんも男子みたいな服ばかりで、つかさも男の子みたいな格好が多いし、かがみは今日はスカートだけどズボンの時も多いし、ゆーちゃんも特にこだわりはないらしいから、ほとんどスカートばかりのみゆきさんはむしろ例外。まあどちらでも脱げば同じ――なんてのは冗談ですよかがみさん?
なんて、暑さに当てられやすいゆーちゃんに便乗してだべって(かがみとみゆきさんは本を読んで)いると、かがみに密着して暑苦しいくらいのつかさが、いつもの幸せ一杯な笑顔で、私達に口を開いた。
「こないだねー、教育テレビで『ピタゴラス装置』という番組を見たの」
「つかさ、あの番組好きなんだ?」
「うんっ。教育テレビの番組は、落ち着いて見られるから私好きだよ」
「のんびりしてる所はつかさそっくりねー。あ、私もあの番組はたまに見てるわ」
私にはなかなか見せてくれない優しい表情で、つかさに微笑むかがみ。もちろんかがみも、自分からつかさへの密着を求めてるから、まるっきり夫婦かそれ以上の何かだよ。
かがみとつかさの柊姉妹(上にお姉さんがもう二人いるけど)は教育テレビが好きで、帰りの早い日や、ひどくない風邪を引いた日や、長期休暇の間にちょくちょく見ているらしい。シュールな番組と声優さんの顔出し、そしてイケメン俳優の登用で、子供達のお母さんはもちろん、ひよりんやパティや八坂さんにも人気があるっていうんだけど、私にはいまいち良さが分からない。
「わっ、私も時々見てますっ。教育テレビの番組は、懐かしくもあり斬新でもあり、本当に味わい深い、伝統を受け継ぎながらも定石に安住しない作り込みというものを、しっかり感じさせてくれますからっ」
ゆーちゃんも身体弱かったからなぁ。しかしこの熱弁は、NHKはアニメしか見ないお姉ちゃんへの勧誘かね? ラノベを勧めるかがみと、なぜか同じ匂いを感じるんだけど。
とはいえ大人っぽいみゆきさんやみなみちゃんは、そんな子供みたいな事――、
「学校が遠くなって以来、平日にはご無沙汰していますけど、休みの間には欠かさず眺めています。ちなみにNHKとはNippon
Hoso Kyokaiの略で、英語ではJBC、すなわちJapan Broadcasting Corporationと(略)」
「私も……みゆきさんやゆかりさん、母さんやチェリーと一緒に……」
――と思いきや、しっかり見ている二人だった。オタク仲間が私の知らないアニメの話で盛り上がり、話について行けなかった時の事を思い出すこの状況。一抹の寂寥感が胸をよぎる、っていうのはこーいう事なんだろうか。
「と、ところでピタゴラスって何?」
物や場所じゃない事くらい知ってるけど、一人だけ話題に置いて行かれるのが何となく癪で聞いてみる私。「どこで何をした人か」くらいでよかったんだけど――みゆきさんの薀蓄は聞き流す覚悟で――、知識豊富な四人にとってはそれどころでは済まされなかった。
「ピタゴラス、もしくはピュタゴラスというのは、イタリア半島出身のギリシア人の数学者で、ピタゴラスの定理やピタゴラス音階で有名な方です。シチリア島出身のアルキメデスと並ぶ、イタリア出身の古代ギリシア人の著名人でもありますね」
「ピタゴラスの定理って、直角三角形の斜辺を辺とする正方形の面積は、他の2辺をそれぞれ辺とする正方形の面積の和に等しいというあの定理ですね。インターネットで調べたんですけど、ピタゴラス本人が発見したのとは少し違うらしいですね」
……みゆきさん、ゆーちゃん、その呪文は何なの?
「あとピタゴラスは、数の神秘を探求するピタゴラス教団の開祖としても知られています」
「ピタゴラス教団だと、無理数を否定するあまりそれを発見した教団員を殺害したり、茎が魂の通り道って理由でソラマメを食べる事を禁じていたりしたんですって。あと、ピタゴラスはソラマメ畑に追い詰められ、逃げられずに殺されたと伝えられていて、地中海周辺でよく見られる、ソラマメに対する重度の、時には命に関わるアレルギーがあったと考えられているのよ」
……みなみちゃん、かがみ、それってほんとーに数学者なの?
「……とまあこんな所です。古代の数学、のみならず学問は一般的に、世界の真理を解き明かすための手段として用いられた事が多々あります」
「……日本の国学が、文学作品を扱う学問であると同時に、神道の教学を扱っていたのと同じね。つかさも国学の流れくらい、神社の手伝いをする以上は覚えておくといいわよ」
締めにみゆきさんとかがみの手で、HPを0にされたどころか魂滅寸前の私。奇跡の能力(ちから)シャルトルーズが欲しいくらいの思いをしたのに、結局ピタゴラスがどんな人だったのか、情報過多でさっぱり分からない。外国人らしいから、ネトゲで黒井先生にでも聞こうっと。
その横で、私と同じく話について来られなかったつかさが、話題を転換させようと――いや、正確には、話題を元に戻そうと、後ろ手に持っていた布袋(エコバッグってゆー奴だね)から中身を取り出す。
「え、えーっと、そのテレビで、こんなのが出てたんだけど」
つかさが持っているのは、何かの空き箱に平仮名を書いた紙を5枚、ボタンみたいに貼り付けて、先が曲がるストローをアンテナみたいに取り付けて、「おねえさんスイッチ」と書いてある、幼稚園の工作のような代物。その怪しげなチープ感漂う物を見るなり、ゆーちゃんが目を輝かせる。
「あ、『お姉さんスイッチ』ですね」
☆ お姉さんスイッチ(Aパート) ☆
>1.つかかが
おねーさんすいっち。
頭の内で名称を噛み砕いてから――やはり意味が分からず、我ながら芸のない呟きを洩らしてしまう。
「お姉さん……スイッチ?」
まさかスイッチを入れるとつかさがかがみを甘えさせたり、ゆーちゃんが私の世話をしたり、みなみちゃんがみゆきさんに豆知識を披露したりするんだろうか。
「『お姉さんスイッチ』とは、『ピタゴラス装置』のコーナーの一つで、つかささんが持たれているような箱のスイッチを子供が押して、スイッチに書かれている文字で始まる動作を子供のお姉さんが行うというものです。やはりお姉さん限定では出場者の確保が難しいらしく、近頃ではお姉さんに限らず募集しているようですよ。……ちなみに母が応募して、外れた事があったりします」
「皆さんに楽しんでもらおうと思って、ゆたかやつかさ先輩と相談していました。私は家が遠くて、ゆたかの部屋は泉先輩が物を持ち出すから、かがみ先輩には内緒でつかさ先輩に作ってもらいまして……」
解説ありがと、みゆきさんとついでにみなみちゃん。しかしゆかりさんまで影響されているとは、教育テレビ恐るべし。てゆーかみゆきさんに押させても、もはや子供向けの番組じゃないよ。いや、教育テレビ番組マニア的にはそれもアリかもしれないけど。
「あ、母が応募に名前を使った相方は、まだ小学生の私のいとこですからね?」
なーんだ。しかしその、そつの無い注釈って、まるでテレパシーでも通じてるみたいだよみゆきさん。
まあつまりこの場合、つかさがスイッチを押して、その文字で始まる動作をかがみが行う――らしい。つかさの後ろには同じのが2つ並んでるから、ゆーちゃんとみなみちゃんが1つずつ持たされるんだろう。つかさの「お姉さんスイッチ」には「あ」「い」「う」「え」「お」の5文字が書いてあるから、「朝の挨拶」とか「イナバウアー」とかやるんだよね。
「いや、イナバウアーはこなたお姉ちゃん以外には無理だと思うなぁ」
ちなみに今のはテレパシーではなく、考えながら身振りで再現してたのをゆーちゃんが見てただけ。
私が命令できるならかがみにえっちな事をさせたいんだけど(いや、かがみに欲情してるわけじゃなくてね? 私はかがみに私のコトを楽しんでほしいのに、私と一緒だと怒ってばかりで、ゲームも漫画もノッてくれないから、それくらいしかかがみに楽しんでもらえるのを思い付けないだけで……)、私とは違う意味で子供っぽいつかさだからそんな事――、
「『甘える』」
――ありました。ていうかつかさ、日頃から甘えてるのにそれでも満足しないの!?
ああっ、しかもかがみも、私相手には絶対にやらないほど素直に密着して、釣り目を優しい感じに潤ませて、白い頬をほんのり桜色に染めて、女性らしい丸みを帯びた胸と腰をつかさに押し付けてっ。
「ね…………ねえつかさ〜」
可愛い。
リアルで同性趣味はないはずなのに、普段より幼い感じの仕草と顔の表情と声に、腰の内側からぞくりとするモノを感じてしまう。やっぱり私にはかがみ趣味があるか、もしくはかがみが両性具有だったりするのかもしれない。いや、それはないと思うけど、もしそうなら私がかがみの子供を産――、
――ってそーじゃなくてっ!! 何なのさ、今私の脳裏に浮かんだ、かがみと私に半分ずつ似てる娘達はさっ!?
ま、まあ私のかがみが可愛いのはともかく、つかさに依存して甘えまくるかがみに、普段は大人びているけど、かがみはつかさと双子だと改めて思う。ああ、凄く萌えるよぉ。
「……やっぱりかがみ、つかさと一緒で根は甘えんぼなんだ」
「……なっ!? そんな事ないわよ、ねえみゆき?」
「授業時間を除いて、ほとんどいつもご一緒ですからね。特に学校でご自分からつかささんの所へ来られる辺り、つかささんのお気持ちに配慮して、かがみさんらしからぬ積極的な行動に出られるのは、まさしく姉の『かがみ』。あの時ばかりは本当に、かがみさんにそこまで愛されているつかささんが羨ましくなってしまいます」
「あうあうあう……っ。つかさ〜っ」
やはりみゆきさん、言葉責めの才能もハイスペック。私の言葉責めはかがみを怒らせる傾向があるから、ぜひぜひ見習いたいものだよ、うん。
で、肝心のつかさはというと、「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃ〜ん」と、いつものレベルでかがみの全身を撫で続けていた。「はあはあ」とか「あん」とか不穏な喘ぎも一部聞こえたのは、二人とも可愛いから右から左へ受け流しておく。ゆーちゃんとみなみちゃんには刺激が強過ぎるのか、お揃いで顔を真っ赤にしていた。
やがて――トリップ状態から復帰したつかさは、全身が上気しているかがみと見詰め合い。こういうさりげない仕草で私を萌えさせてくれる双子はもう犯罪的だ。検挙して私の部屋に収容させてゆい姉さん。
「え、えーと、次いい?」
「い、いいけど」
つかさが次の命令(ホントは指示とかなんだろうけど)をかがみに発するのを、みゆきさんやゆーちゃんやみなみちゃんはじ〜〜〜〜っと、私にラノベを勧めたかがみのように凝視する一方、私は、「イく」だの「陰〜」だのと危険な単語が洩れたら即座につかさを黙らせるために、たとえ「育成ゲーム」や「インド映画っぽく踊る」でも容赦しない勢いでスタンバイする。
しかし――つかさとかがみの破壊力は、またもや私の斜め上を行っていた。
「『いっぱい甘える』」
「同じでしょ……つかさぁ〜〜♪」
本気でつかさに弱いよかがみ! おねーさんは貞操が心配だよ。
ほら、みゆきさんも顔を真っ赤にして凝視してるし、ゆーちゃんは身体を密着させてるかがみとつかさをスケッチしてるし(しかも、ひよりんに教わったのかやけに上手)、みなみちゃんはメモ帳に何やら書き込んでるし。
ああっ、かがみが何やら耳打ちすると、つかさがかがみのほっぺを舐めたっ。
かがみがつかさの手を取って、指を軽く咥えてしゃぶると、つかさの表情が緩みまくり。
つかさもかがみに頬擦りすると、気持ちいいのか、かがみの全身がぴくんと震える。
そして舌を挿入して、かがみはつかさに、俗に言う「大人のキス」。お互いに手足を絡め合い、口を吸い合う淫靡な音が、空調の室内機が鈍い音を響かせるのに交じり合っていた。てゆーか自重する気はないのか二人とも。
「んっ……ふぅっ……」
「ううんっ……んっ……」
そこらのばかっぷるをぶっちぎりで凌駕する私の親友達は、きっかり十分後にようやくキスを終えた。口元で、銀糸のような唾液の糸を繋ぎ合わせながら。こんな凄まじい行為を黒井先生や桜庭先生に見られようものなら、生徒指導室に連行されるのは間違いない。もちろん天原先生なら保健室へ(略)。
もう真っ赤を通り越して血の気を失っているみなみちゃんは、ジョイントの作りが悪い可動式フィギュアのように、ぎごちなく私を向いてきた。
「泉先輩……お二人は普段はどのような事を?」
「かがみが朝につかさを起こしたり――かがみが潜り込むのとつかさが引きずり込むのと半々――、満員電車の中でひっついたり、バスで隣同士に座って腕を絡め合ったり、休み時間は必ず一緒にいたり――近頃はかがみのクラスの方につかさが行く事も――、お昼御飯も一緒だったり、休日のお出掛けはあまり興味がなくても相手に付き合ったり、一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝たりするだけだよ」
「……………………」
改めて思うけど、高校生の姉妹がやる事じゃない。いくら生まれた時から一緒だった双子でも、ただおさんもみきさんもいのりさんもまつりさんも、父として母として姉として、少しは控えさせて下さいってば。
で、ちょっぴり視線が虚ろで色っぽいかがみが言うには。
「ちなみに、いのり姉さんとまつり姉さんも一緒に――」
「やめて聞きたくない。で、つかさ。『う』はどんなの? 『嬉しいくらい甘える』とか『上になって(略)』とかいうのはなしだからね」
「えー?」
する気だったねつかさ。えろすも大概にしなさい。
……まあ釘も刺した事だし、でもつかさだから、また変な事を言われてしまう覚悟はしていた――その覚悟が結局は甘かったらどうするかという覚悟も無しで。
「『上目遣い』。お願いお姉ちゃん♪」
「んん〜〜っ。つかさぁ〜〜んっ♪」
同時に全部やる必要はないよかがみっ!! 可愛いから黙ってるけど!!
結局、今までと同じ行為、ただし全部をパワーアップ、になだれ込んだ柊姉妹。そのうち「百合」を「柊」と言い換えたくなるような状況で睦み合うその所業は、私達にとって有害なんてモノじゃなかった。眼福を通り越して拷問紛いの光景を前に、ゆーちゃんとみなみちゃんはすっかり魂が抜けてるし、みゆきさんも何やら双子や百合行為の薀蓄を、壊れたCDプレイヤーのように呟き続けている。
「…………かがみ先輩……つかさ先輩……」
「……ああ……光が見える……」
「そもそも古代の日本では同じ母を持つ兄弟姉妹が交わる事は厳禁されており、衣通姫(そとおりひめ)伝説でも木梨軽皇子(きなしのかるのみこ)と軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)が道ならぬ恋のために自害しています。異母兄弟姉妹の場合、平安時代の初め頃までは、少なくとも皇族の間では容認されていたようですが(略)」
今の状態とは何の関係もない薀蓄を垂れ流すみゆきさんはほっといて、私はゆーちゃんとみなみちゃんを揺さぶって正気を取り戻させ、乳房と内股を押し付け合うかがみとつかさの間に割って入った。いちゃいちゃしている所を引き離されたかがみは不機嫌そうに頬を膨らませて、つかさはそんなかがみをなだめるように私へ親密な視線を向ける。
「何するのよこなた……ちょうどいい所だったのに」
「こなちゃん……もしかして混ぜてほしいとか?」
違う。
「あーのーねー! 『お姉さんスイッチ』は、みんなで楽しむために作ったんでしょ? なのに飽きずに『あ』から『う』まで同じような事ばかりして、私達はちっとも楽しめないってば!」
「でも楽しんでたでしょ、こなちゃんもみんなも?」
まあ確かにある意味楽しんでたけど、冷静に考えると昼間からやる事ではないと思う。というかこーいう場合、制止するのはいつもかがみなのに、何で私がこんな事……。
「身体をそこまで震わせて……本当は楽しくても、お二人の前では恥ずかしくてこらえておられるんですね」
みゆきさんに殺意を感じながら、天然にも許容限度があるという真理を会得した私だった。たとえ可愛いメイドさんでも、リアルで実害蒙ると結構イラ付くように。
そこで、さすがにこの調子では話が進まない事を心配して、みなみちゃんが口を挟んでくれる。
「さて、『え』ですが……つかさ先輩、そろそろ別の事をしないと私達の理性が危ない――いや、ゲームが単調になり過ぎです」
理性が危ないって何かねみなみちゃん。てゆーか今回、一番まともなのは私?
「そんな……私はずっとお姉ちゃんに甘えてもらいたいだけなのに」
「今はこなたやみゆき達がいるんだから、また二人きりの時に甘えればいいじゃない。ねっ、私の可愛いつかさ♪」
「うんっ、私の可愛いお姉ちゃん♪」
……………………もはやみなみちゃんも一切突っ込まず、私達四人は揃って死出の旅に出発した。とはいえつかさの事だから、せいぜい「えっち」とか「えろ」とかだろうと――、
「それじゃあ……『S』!」
…………えー、それは帝都高速度交通営団のマークですかなつかささん?
ちなみに、他のみんなも――かがみ含め――「理解できない」という目でつかさを見る。視線の全方位圧力につかさは、仕方なくという感じで補足説明。
「えっとね、いつもの優しいお姉ちゃんじゃなくてね、私を可愛いと思ってるのに、いじめるのが楽しくてしょうがないって感じになるのっ」
「つまり……『さど』って事ですか!?」
突っ走るつかさに怯えるゆーちゃん。それをみなみちゃんが後ろから包み込んで、胸板――じゃなくて胸元に抱き寄せて安心させてくれる。そんなみなみちゃんに父性――いや、母性を感じるのが、まるで私とかがみの関係みたい。かがみは表情がころころ変わって、親友だったり、お母さんだったり、お姉さんだったり、「私の嫁」だったり、はたまた「私が嫁」だったりと、いろんな顔に私は惹かれる。みなみちゃんも、みゆきさんのお母さんのゆかりさんによると結構可愛い所もあるらしいから、そのうちいろんな顔を見せてもらいたいよん。
「安心して、ゆたか。サディズムといってもかがみ先輩だから、つかさ先輩に非道な事はできないはず」
「それに、まかり間違ってかがみさんがつかささんを傷付けそうでしたら、私達が全力で阻止しますからっ」
つまりそれ以外ではほっとくという事ですかみゆきさん。まあ私もかがみ×つかさやつかさ×かがみには興味あるし、好奇心の赴くままにかがみを煽り立ててみよっと。
「ラノベで鍛えた想像力を活かす機会だねー。期待してるよかがみっ」
「しょうがないわね――つかさ」
今までの妹が甘えるような演技ではなく、普段のツンデレ(って、つかさにはほとんどデレしかないけど)ではなくヤンデレ気味に冷たい視線を向けて――、
「つかさは私のモノなのに、こなたに色目を使ってたでしょ?」
「ひぅっ!?」
「なぜその演技に私を絡めるのかねかがみーん?」
私の疑問に対してかがみは、ちょっと憮然としたツン気味の声と表情で、挑発するように胸を張る。実際、かがみはひよりん曰く「意外とある」から、みゆきさんを除く約四名には文字通りの挑発だったりするけど。
「じゃあ、みゆきでいい?」
「そーいう問題でもないと思うのですが……」
言葉も眼差しも理知的なのに、鼻血が説得力を完璧に失わせているみゆきさん。全然愛(う)くない。
「はぁっ……。素敵ですかがみ先輩……」
全身が汗でぐっしょり濡れているゆーちゃんが、脚の間に手を挟みながら、熱っぽい目で荒い息をして、かがみを見ながら興奮している。かがみは一応私のものなんだから、ゆーちゃんはみなみちゃんで充足しててよ。
「見習わないと……ゆたかのために」
そのみなみちゃんも既に理性を破壊され、かがみとつかさの胸を交互に、恐ろしい表情で凝視していた。つかさの胸も小さめとはいえ、この顔触れだと3番目だし、4番目と5番目を争う私とゆーちゃんにすら負けてしまうみなみちゃんが嫉妬してしまうのは仕方がないんだけど。
ギャラリーが完全に壊れているその間にもかがみとつかさはプレイに興じて――仲良し姉妹だけあってそのままハッピーエンドを迎える。どうやら、つかさがかがみのペットになる事で一件落着したという設定らしい。……もーおしまいだこの姉妹。
さて、残るはあと一つ。「お」で始まる単語なんだけど、今までのつかさの行動からすると、特別に危険な単語(例えば――「押し倒される」とか、英訳するとアブラナの同音異義語とか)に限らず、どんな単語でも危険な行為に及ぶのは免れない。当事者はドキドキ、当事者以外はハラハラしながら、好奇心旺盛なみゆきさんですらおずおずと尋ねる。
「あの、つかささん……最後はどうなされますか?」
「え、えええ、えーと……『おーがずむ』?」
何故オーガズムが平仮名発音なのさつかさ。……って、突っ込む所はそこじゃなくて。
「オーガズムって……まさか……」
「えへへ。お姉ちゃんと気持ち良くなりたくて♪ だからお姉ちゃんだけがおーがずむになるんじゃなくて、私もおーがずむにさせていいんだよ?」
…………ひーちゃんの羞恥心のなさに生ぬるい感覚を覚える私達の中、双子のお姉さんだけは当然ながら、顔を真っ赤にして恥辱に悶えている。そんなかがみもまた萌える……なんて言うと二人きりの時間が怖いから口にはしないけどネ。
で、何気ないふりを装いながら、私はかがみに質問。
「……どしたの、かがみん?」
「……オーガズムの意味を知らない事を期待してたのに、これなら間違いなくみゆき達の前で恥ずかしい所を見られるわ」
クラスの話題と同様に、こーいう時は平気で私を仲間外れにする鬼畜なかがみ。ツンモードで照れてると思いたいんだけど、もし単にいやらしい私が嫌いなのかもしれないと思うと、ホントはどうなのか聞く勇気がない。でもそんな繊細な事を考えてるのをかがみに知られると徹底していぢられそうだから、今日も私は無遠慮で無神経な、男子みたいな発想ばかりの泉こなたとしてかがみに接する。まあ、そちらの方が反応が楽しいし。
「……いや、もうとっくに十分恥ずかしいから、それ以上恥ずかしがる事なんてな――」
「あとこなた、『そんな事言ってるけどかがみん、私やつかさやみゆきさん相手には』とか言ったら一方的に到達させるからね」
みなみちゃんもいるのにそんな事言わないよかがみーん。私を色情狂か何かだと思ってるわけ? ……「ええ」とか言われても仕方ないかもしれないけど、もう突っ込む気力が私には無い。
かがみの貞操を守るためにつかさを止めようと思ったけど――普段のかがみとつかさにやってる/やられてるあれこれを考えると、つかさを止める資格がなさそうで、心の中で天穂日命と武夷鳥命と大己貴命に「ごめんなさい」と手を合わせておいた。巫女さんが正式の神職じゃないと聞いててホントに良かった。いや、全然良くないけど。
お姉さんスイッチを机に置いたつかさは、そのまま双子の姉をきつく、きつく抱きすくめて、喘ぎ混じりの睦み言を囁く。
「行くよ、お姉ちゃん……」
「一応注意するけど、脱衣禁止だからね。ゆき叔母さんやゆい姉さんはウチの鍵を持ってるから、こんな所を見られたらゆーちゃんと一緒にいられなくなるし」
私のせめてもの注意を聞き入れたのか、ゆーちゃん達への配慮か、つかさは着衣のまま、かがみの身体を責め始めた。
「んっ……くんっ……。可愛くしてあげるね、お姉ちゃん……」
「つかさ……やめ……っ! あ、あそこが硬く……っ!」
えっちなかがみは最高級品のフィギュアよりも綺麗な身体を仰け反らせて、つかさが与える快楽をこらえながら可愛い声が口から洩れる。「あそこ」がどこなのか気にはなったけど、恐ろしくて追求はできなかった。
「あ、ホントだー。お姉ちゃんのここって敏感だよねー」
「ひぁっ!? つ、つかんじゃやぁっ」
だから追求しないって――つかさが両手で一度につかんだ、胸と股間のどちらかなんて。
「あっ……あああっ。そんなに強くつかまれると出るわよ、つかさぁっ!」
「お姉ちゃんが出してくれるの、私大好きだよ? お姉ちゃんは私のもので、私もお姉ちゃんのものだから」
熱い吐息と甘い女の匂いを溢れさせて、相手が私だったら抵抗するのに、つかさ相手には従順なかがみ。ゆーちゃんがちらちらと私を見るけど、私は断じてかがみにこんな調教はしてないからね? 欲望としてはするのもやぶさかじゃないけど、かがみに無理強いするのだけはしたくないから。いっその事三人で……いや冗談だから本気にしないよーに。そんな事すると姉妹に同時に責められそーな気がするよ。
「ほらほらー。こなちゃんやゆきちゃんの前でも、気持ちいいから身体の奥からたっぷり出そうね?」
「つ、つかさに熱いの出されちゃ――ああああっ!」
かがみは感極まった声で絶叫を上げると共に腰をがくがくと震わせて、快楽に身体を酔わせながらつかさに折り重なる。つかさはかがみに頭の場所を合わせて自然にキスさせると、目が瞬く双子の姉を床に横たえた。
「ああ、もうっ。お父さん譲りで激しいんだから、つかさはっ」
「お姉ちゃんも喘ぐ声とか叫ぶ声とか、他にもいろいろ可愛かったよ」
もー何も言う気はしない。口を挟むのが無粋とかじゃなくて、得体の知れない何かに感染するのが怖かったから。
「続きは……私にもさせてね? 私も可愛いつかさを見たいから」
「ひぁあっ……お姉ちゃん、熱いの擦り付けないでよぉ……」
(ああもう、天然なのかプレイが特殊なのか分からないよ。最後の選択肢はありえないからカットするけど)
そんな私の葛藤を知る由もなく(そういえば、「葛藤」って、蔓が絡み合う様子から来てるんだよね。何かえっちだよ)。
最愛の人を組み敷いた姿勢で見詰め合う夫婦、もとい姉妹は、ポジションはかがみが下、つかさが上。背丈がほとんど同じだから体勢も自然で、私を抱く――じゃ語弊があるから、私と抱き合う時みたいな年の離れた姉妹や親子にしか見えないような事はないのが羨ましい。かがみがゆっくり胸を上下させると、膨らみも盛り付けたゼリーみたいにぷるんと震えて、むしゃぶりつきたくなるのを止めるので私は精一杯だった。両側から聞こえる「自重して自重して」「自重いたしましょう自重いたしましょう」という呟きが誰のものかは、気にするとゆーちゃんとみゆきさんに抱いているイメージが完璧に崩れ去りそうだったので、あえて気にしない事にする。
かがみはつかさを受け入れながら、腰の動きをつかさに合わせて大きくしていく。まるで、男が女と交わるように。……いや、リアルで見た事はないけどさ、柊家でただおさんとみきさんが、今のかがみとつかさみたいに絡み合う所は見た事あるし。
うう、着崩れた襟元や裾から大きく覗く素肌が綺麗。インドア派のくせにお父さんに似て色が黒っぽい私とは違って、二人とも色が白くて、近くで見るとつかさは滑らかで、かがみは産毛が多くて毛深いけどしっとりした感じ。つかさの生え際も、かがみの後れ毛も、色っぽいのはこの場の空気のせいだけじゃないよね。もうみゆきさん以上に反則だ。
「ん……あぁあっ! つかさっ、つかさぁっ!」
「お姉ちゃん、お姉ちゃんっ! 私のっ、私のっ!」
妹は姉を押し倒したまま、身体のあちこちを押し付けて、愛撫する手を休めない。姉は妹の情欲を受け入れながら、反撃して妹の身体をついばんでいる。
「んふぅっ……つかさっ! 可愛いっ、大好きよぉっ!」
「か……かがみっ! 愛してる……んあっ!」
ますますエスカレートして行く、双子の姉妹同士の行為。もうこれ以上の具体的な表現は成人指定を受けそうだから慎むけど、比翼の鳥、連理の樹、貝合わせ、割り符、鍵と錠前、雄ネジと雌ネジ、その他様々な「二つで一つ」のものが頭の中でぐるぐる回る。かがみはみきさんに生き写しで、つかさも顔立ちの雰囲気がただおさんに一番そっくりだから、本能レベルで好き合うのかもしれないと思うと、ご両親で危ない想像をしそうになってしまった。いくら四人の子供を作ったお二人とはいえ、あまりにも失礼な想像を。
それともう一つ、二人の脇に転がる箱を見ながら。
(……お姉さんスイッチ、発案したのは間違いなくつかさだね)
ゆーちゃんは顔を真っ赤にしながらも、食い入るように社会見学中。私は日増しにゆき叔母さんとゆい姉さんに顔向けできなくなっていく。
みゆきさんはみなみちゃんの両目を塞ぎながら、鼻血を出している。視覚を遮られる分妄想を刺激された読書家のみなみちゃんは余計に掻き立てられるモノがあるようで、上ずりながら口から洩れる喘ぎが、とっくの昔に自重していない。
もちろん私は、携帯電話の動画撮影機能をオンにして、絡みの一部始終を収録していた。
>2.ゆたこな
……婉曲表現しようがないほど愛し合う二人が思う存分達したところで、つかさ×かがみ(かがみ×つかさ含む)は終わりを告げた。つかさは動物だと犬のイメージだったけど子犬じゃなくて猟犬だったし、かがみもウサギの皮を被った虎か狼かそれとも鷲かだったとしか言いようがない。
生身の女の子同士の絡みでここまで興奮するとは思わなかったけど、かがみもつかさも物凄く萌えるし、私にはつかさ趣味もあったのかもしれない。みゆきさんはもちろんの事、ゆーちゃんとみなみちゃんにも嫌悪の色は見えず、ただ羨望と興奮が二人を包んでいた。
動画データをパソコンにメールで転送後、速やかに原データを破棄、しかる後に何食わぬ顔でギリシャ文字のオメガの小文字みたいな口をしながら、熱烈に交わった余韻を身体の奥に残すかがみとつかさを愛でる。単体だと何度か見てるけど、同時に見るのはホントに久し振りだった。――そこの君、シチュを追及しないよーに。
「百合姉妹を堪能したところで、次は誰かなー?」
「堪能するな馬鹿!」
着衣が乱れてよれよれのかがみが、それなりに豊かな胸に甘えるつかさを持て余しながら、私を猛禽類のような目――まあ「怖い目」だけど、猫科のようには状況を楽しまない、感情を抑えながら端的な殺意すら秘めている目――で睨み付ける。「素敵だったよお姉ちゃん」とつかさに言われれば耳まで真っ赤になって「つかさも可愛かったわよ」とか言ってキスするのに、毎度の事ながら不公平だと思う。
なんて所で、かがみの乳房の真下、心臓辺りに服越しのキスをして、腰を絡み合わせたまま床に横になったつかさが(随分と器用だね)、いつものにこにこした顔で私におねだりしてきた。
「お姉ちゃんも可愛かったけど、次はこなちゃんの可愛い所も見たいな〜」
「任せて下さいつかさ先輩。かがみ先輩のお礼に、こなたお姉ちゃんをたっぷり見せてあげます」
ああ、次はゆーちゃんと私か。お姉さんスイッチだけど、今回はいとこのお姉さんってわけだね。
ゆーちゃんのお姉さんスイッチには、か行の文字五つが入っている。――「か」「き」「く」「け」「こ」。まあゆーちゃんはまだお子様だから、このお姉ちゃんの運動能力なら、ちょっとくらい無茶でも準備は万端だヨ?
さてゆーちゃんは、そっと口を開け――、
「行くよお姉ちゃん。えーと、『可愛くなる』」
い、いきなりその路線ですかゆーちゃん? 「快感に悶える」とか「快楽に身を任せる」とかいうよりは遥かにまともだけど、可愛いなんて私には未知の領域だってば。確かに私はお母さんに似てても、趣味は完璧に男子だし、かがみからはあまり女の子扱いされないし……。
「可愛くって言われても難しいよね。こなちゃんは最初から可愛いし」
「そうよね。ゆたかちゃんが言うのが『普段とは別方向の可愛さを見せる』って意味ならよく分かるけど」
……私がどう思っているかとは関係なく、かがみとつかさには反応良いらしい。みゆきさんもみなみちゃんも口を挟まない辺り、同意しているのか呆れ返っているのか。
ともあれ、ゆーちゃんは少し考え込んで(小首をかしげる様子が萌え)、実質的には初めての指示を私に出した。
「んー、まずは純情で照れ屋の女の子って設定で、かがみ先輩に告白してみて」
いきなりハードルが高いけど、かがみを純粋な憧れで見ているゆーちゃんの目に、ちょっと安心するものを感じる。ゆーちゃんとかがみが私を取り合うなんてドロドロの展開は耐えられないし、ましてやゆーちゃんと私がかがみを取り合うというのもそれはそれでみなみちゃんが気の毒だし。
私はすぅ、と息をついて、舞台に立った女優のように、とゆーかバイト先のコスプレ喫茶の舞台に立った時のように、ちょっと高めであどけない感じの声で……かがみに声を。
「か、かがみんっ。わ、私、かがみんが……好き」
「こなたあああああ――ぐはっ!?」
暴走してみゆきさんに撃沈されたかがみはさておいて、ゆーちゃんは幸せそうに目を輝かせていた。
「次は六歳になって、椅子に座る時につかさ先輩の膝をせがむの」
なぜ六歳なのか問い詰めたいけど、随分とマニアックなシチュ選択だねゆーちゃん。
「つかさぁ。このてーぶるたかすぎるから、ひざにのせてぇ」
「こなちゃあああああ――はうっ!?」
暴走してみなみちゃんに撃墜されたつかさはともかくとして、ゆーちゃんはすっかり満悦していた。
「今度はお姉ちゃんが分裂増殖したうちの一人、両性具有こなたになって――」
「分裂増殖って何――」
「――脚の付け根の疼きを、『構って構って〜』って雰囲気で高良先輩に相談」
泣くよゆーちゃん。ついでに二人きりの時に鳴かせるからね。
「ど、どうしよみゆきさん。みゆきさんと一緒にいると、ズボンの中が変なの」
「泉さああああ――あやっ!?」
そして復活したかがみに撃破されるみゆきさん。この場合の「あや」は平野綾じゃなくて遠藤綾だと思うけど、それは放置して、ゆーちゃんは恍惚に身を委ねていた。
「それじゃ次は、お姉ちゃん型のアンドロイドの『そなた』になって――」
「どこかで聞いたような展開なのは……いやいいから忘れてお願い……」
私の傍らでみゆきさんとかがみが「ちなみにandroとは古代ギリシア語で『男』を意味する単語であるため、曲解すれば全ての女性型アンドロイドは両性具有的要素を――」「ンなわけないでしょみゆき?」なんて話してるから、そんな設定を採用されないうちに、何とかそなたの設定を捏造して、オリジナルのモデルである「泉こなた」との一人芝居を開始した。
こんな調子で、ゆーちゃんに次から次へと遊ばれる私。そのうち他のみんなも妄想を出し合い、そして何個目かよく分からない「男の子として友達付き合いしていたけど、実は女の子だった事をかがみに知られてしまったこなた」にかがみが暴走しかけて思いとどまったところで、最初なのに長引いてしまった「か」を終えた。
さてゆーちゃんはというと、首を可愛らしくかしげて、次に私に何をさせるか妄想――もとい、考えている。
「えーと、次は『き』だから……」
「ゆたか……今のはスイッチ以外の指令を送りすぎじゃ……」
みなみちゃん……そう思ったら最初に言ってよ。
そしてゆーちゃんのお次の要望は〜♪
「『キス』」
……って、誰・誰・誰が〜、誰・誰・誰に〜? なんてかがみの歌が頭の中を流れるけど、「ゆーちゃんが」「私に」なのは言うまでもないだろう。普段のゆーちゃんはここまで大胆じゃなかったはずなのに、主につかさの悪い影響を受けたに違いない。
んで、当の諸悪の根源(のうちの一つ)は、うろたえながら私とゆーちゃんを交互に見てくる。
「ゆ、ゆたかちゃん、それってハイペース過ぎないかな?」
「大丈夫ですよつかさ先輩っ。私もお姉ちゃんに、いろいろ教えてもらいましたからっ」
「……そのお姉ちゃんってこなた? それとも成実さん?」
……かがみには両方だなんてとても言えない。ゆい姉さんには私も仕込まれてるし。ええ、私が女なのにエロゲーに抵抗感がないのは、5%くらいはゆい姉さんのせいだよ。
「それじゃ……お姉ちゃん……」
「う……っ」
詰め寄るゆーちゃんの顔が近付き、目を閉じかけたその時――双子の妹との睦み合いをオカズにされたかがみが、ゆーちゃんに囁く。
「されるのね? キスを」
思わずかがみとゆーちゃんの両方に嫉妬してしまう、甘い蜜さながらの声。私の頭に、身体にかがみの声が沁みるやいなや、速やかに私は行動に出る。
「え――ひぁああああっ!?」
華奢な肢体を床に押し付けられたゆーちゃんは、自らの過ちを理解する間もなく、かがみやゆい姉さん相手にいろいろと鍛えている(だって、つかさもみゆきさんも反応鈍いから)私に体勢を崩されて、お姉さんスイッチを落としながら、朽ち木のようにくず折れた。
「ナイスアシスト。さすが私の夫っ」
「誰が夫よ。まあ嫁よりはいいけど」
かがみに「グッジョブ」と指を立てながら、その反対側の手でぬかりなくゆーちゃんを捕獲。力があるかがみやみゆきさんやみなみちゃん、背丈の分体重もそれなりにあるつかさやひよりんやパティには両手が必要だけど、私より小柄で力もないゆーちゃんは、片手で易々と捕獲できた(余談ながら、警察官であるゆい姉さんを捕獲できた事は一度もない)。
一言で言うならば、顔が近い。さっきも顔が近かったけどなお一層。もう曖昧どころじゃなく明晰3センチ。
あくまでも妹に対する愛情で、性的な感情じゃないはずなのに、身体の奥からこみ上げる、ゆーちゃんを求める衝動が止まらない。成長期に身体を鍛えた私とは違い、普段運動をしていないゆーちゃんの身体は、お姫様みたいに柔らかく、微々たる胸なんか問題でもなんでもない、本当の意味で女の子らしい感触。かがみがつかさを想う気持ちが、こうしているとはっきりと分かる。でも人前では自重してほしいけど。
「お、お姉ちゃん。キスをするのは私――んんっ!?」
「『キス』とだけ言って、するのかさせるのか指示を忘れたゆーちゃんが悪いんだよ。ちなみにお姉さんスイッチには、リセットボタンはないからね。みなみちゃんも慌てて書き足したりしないよーに」
ゆだった青菜のように手足の力が抜けたゆーちゃんを、自分好みに調理する私。かがみやつかさと同じで、結構素直なんだから。
ここでギャラリーを観察すると、「ちょっとマズいとは思うけど、お互い様っぽいからあえて何も言わないわよ」的なかがみに、「どどどどうしよう」ってつかさ、「微笑ましいですね」とばかりに対決に近いこの場のノリを理解していないみゆきさん――、
――そして、ゆたか姫の騎士は、この状況が心の底から不本意だった。
「泉先輩……!」
「妬いてるのーみなみちゃん? まるでつかさを襲われた時のかがみんみたいだね? 心配しなくても、ゆーちゃんと一線を越えるつもりはないから安心しな?」
「なんて言われて引き下がれるわけないでしょ。ああもう、何でアンタって、いちいち挑発するような真似をしてくれるかな?」
私の芸風――というわけじゃない。ひよりんならこーいうのを芸人気質とか表現するんだろうけど、発信型じゃない私には当てはまらないような気もする。
それにひきかえ、かがみは素直なタイプの子の扱いが上手で、自分より背の高いみなみちゃんを、お姉さんモードできゅっと抱き締め説得してくれる。
「抑えてみなみちゃん。こなたは結構ヘタレだから、みなみちゃんが心配するような事はないわ。それに襲うのは今じゃなくても、こなたと二人きりになった時でいいじゃない」
「はい……」
……不穏な会話にコネクトしたくなる気を抑え、もう一度ゆーちゃんをついばむために、私はゆーちゃんに薄い胸を重ね合わせる。黒井先生並みに胸が大きなゆい姉さんと血が繋がってるのに、お互い悲しくなるほどの貧乳同士。それでも女として成長しているだけ、今が絶頂の黒井先生より未来に期待を持て――いや冗談ですごめんなさい。
「ちなみにキスとは、口付けの他に、天麩羅などに用いる白身魚でも」
「みゆきさんうるさい」
いじけるみゆきさんに心の中で謝りながら、私は妹のような相手の唇を奪う。一瞬、「あふっ」という吐息が洩れたまま、ゆーちゃんはキスされたつかさのようなとろりとした目になり、従順に身体を委ね続ける。小早川家の血筋は垂れ目がち、というよりくりくりした大きな目なのか、ゆい姉さんに似た優しい目と間近で見詰め合い、そしてもう一度口を強く吸う。
可愛い唇と喘ぎ声を散々貪り続けてから、ゆーちゃんとの結合部分をパージ。すっかり出来上がってしまったゆーちゃんをぬいぐるみのように抱き締めながら、こんな可愛い従妹をくれたゆき叔母さんと義叔父さんに感謝する。普段は抑え気味なのにスイッチが入ると激しいかがみとも、そんな時にも素直で激しいつかさとも違う、胸のように控えめな味わいが、後味として口の中に残っていた。
「んー、さすがゆーちゃん。可愛くて私よりず〜っと萌えるよ」
「い、今のはちょっと凄かったね。ひよりちゃんの漫画と同じくらい」
……つかさはひよりんの漫画を、成人向けも含めて見てしまっている。もう18歳のつかさが見るのはともかく、ひよりんは18歳未満なのに同人誌でもブログでも18禁を描いてるのはどーかと思うけど、中学時代から男性向けエロゲーをプレイしていた私が何か言える義理じゃないし。ちなみにひよりん、浅草や浜松町に出撃する時は、東京都が厳しいから15推までしか持って行かないらしい……それ以外は年上の人に委託してもらって。
でもまあ、今のゆーちゃんを頂く展開は、我ながら理想的だった。つかさやみゆきさんにも通用するかもしれないけど、意地っ張りのかがみにいつかは試してみたい。かがみは理性が強過ぎて素直に楽しめない分、続けているうち向こうから求めて――いや、今はゆーちゃんに専念するべきだって。
そんな想像で口元から溢れるものをこっそり拭いながら、にまにまと余裕で笑う私。
「ふっふっふ、智多星の呉用と呼んでくれたまえー」
「……それって、『水滸伝』の、やる事なす事裏目に出る軍師じゃなかったか?」
「……かがみさんの言われる通りの人物ですので、中国では同音の『無用先生』、日本でも『誤用先生』と呼ばれているそうです。策に溺れる策士、計算高いが計算ミスするという点は、かがみさんやつかささん相手の計画が裏目に出る事の多い泉さんにそっくりでしょう」
……みゆきさんに話したのは間違いなくつかさだから、後でたっぷり、みゆきさん込みでつかさにお仕置き決定。
で、次のゆーちゃんの要求は――、
「『口付けされる』」
さっそく学んだらしいけど、今のと同じだよそれ……と油断していた私に、いきなり唇を奪うゆーちゃん。
「んーっ♪」
「んむ――――ッッ!?!?」
な、何これ!? 舌が絡み合い、腰の内側がゾクゾクして、私が私じゃなくなるような感覚。同性で親戚、しかも体格がそっくりなゆーちゃんの口付けは、まるで自分自身にされているような錯覚すら覚える。成人向けの小説なんかだとここで感じたりするんだろうけど、動転した私はそれどころではなかった。
ゆーちゃんは「ふぅ」と息を接いで、すっかり上機嫌な様子。私より小さいとはいえそんなに変わらないから、ゆーちゃんが攻めだとまるで、向こうの方が立場が上になるんだよね。
「お姉ちゃんは『される』方なんだから、抵抗しちゃダメだよ」
「私もゆい姉さんもそんな妹に育てた覚え――ありますすいません」
かがみとみゆきさんの、茶匙の一すくいほども私を信用していない視線を浴びながら、「プリンセスメーカー」で娘が夜の花になってしまった時のようなやるせなさを感じてしまう。
これもゆき叔母さんからの罰だと決意しながらゆーちゃんに身を任せる悲壮な思いも、いやらしい音を立てながら積極的に口腔を貪るゆーちゃんへの劣情で、片っ端から台無しにされていくのが悲しかった。
ゆーちゃんに思う存分、口付けどころか組んづほぐれつ蹂躙された私はようやく解放されて、唇が銀の糸を引きながらゆっくりと離れていく。やがて限界に達した糸は音もなく切れて、口の端から垂れる唾液の一部となった。
「かがみ先輩とつかさ先輩みたいに、綺麗な糸を伸ばしたかったのになぁ」
やけに血色のいいゆーちゃんの不穏な発言をとがめる元気もなく、私はへにゃ、と床に座り込む。後ろから抱き止めるみゆきさんの胸の感触がお母さんみたいに落ち着かせてくれて、脱力した身体がちょっとだけ癒えてくれた。……いや、実際のお母さんは胸ぺったんだったけどね。
「でもまさか、いつもはかがみさんにも強気な泉さんが、小早川さんにここまで弱いとは想像できませんでしたね」
分析ありがと、みゆきさん。かがみにはちょっとハードな事をしても最後にはあの温かい胸で受け止めてもらえるのに、ゆーちゃん相手だと身体が弱いから心配でね。それにこんなでも一応は姉だから、かがみがつかさに激しくはできないのとおんなじだと思うよ?
「か、可愛いよこなちゃん……。今度お姉ちゃん達にもしてみようかな?」
「ね、姉さん達はダメよっ。いのり姉さんとまつり姉さんは、私達よりいろいろ凄いんだからっ」
同類でしたか、いのりさんにまつりさん。しかしまさか、柊姉妹が親密なのにはそーいう理由があったとは。
「…………で、次は何かなゆーちゃん?」
「えーと次は、け――『今朝のお姉ちゃん』」
「内容が苦しいわね……『懸想』とか『穢される』とか言われても困るけど」
冷静な評価ありがとうかがみん。でも今のは、私以上にゆーちゃんには負担だっただろう。「こ」を待たずにダウンするのは悲しいから、「け」だと絶対に体力消耗できないし。……とはいえ今のかがみの発言に、うっかりミスをしたつかさみたいな顔をしたゆーちゃんが、そこまで自重できてるとは思えない。ひよりんの悪い癖がうつってるよホント。
実は私は寝相も悪いし、寝言もかなり多いらしい。いろいろ恥ずかしい事はあるだろうけど、今までに比べたらマシかと……。
「今朝のお姉ちゃんは、私が起こしに来た時には、こうやって手足を伸ばして――」
私はゆーちゃんに指示されるがままに、床に仰向けに寝そべった。
「かがみ先輩とつかさ先輩の名前を喘ぎ声で呼びながら――」
「わああああっ!?」
本気で何をしてたんだ自分ー!?
「そ、それより凄い事とかはしてないから! あと、着崩れた格好で、ちょっぴり息が荒かったよね」
少しは安心できたけど……でもその衝撃的な発言に、私は目の前が暗くなる。ゆーちゃんは嘘をつくような悪い子じゃないから――かがみとつかさでいやらしい事を考えていた私。想像の中で親友を辱めていた私。そんな所を当人達の前でシミュレートしろだなんて、「ダメだよゆーちゃん」と一言で断ればいいんだろうけど、強引にゆーちゃんの唇を奪った私としては、そんな冷たい態度を取れなかった。
そして、つかさを庇う体勢で立ち上がるかがみと、憮然としたみゆきさんに私は責められる。無言のままだったみなみちゃんは言うまでもなく。
「こーなーた? 私とつかさで何の夢を見てんのよ? まるで日下部に変な夢を見られた峰岸みたいな気分じゃないのっ」
「なっ、何で私の夢ではないのですか泉さんっ?」
「みゆきさん……また鼻血が……」
……実際にはあまり責められなくても、私の罪悪感は膨らむばかり。押し潰されるような思いの中、私は自分の発育不良の身体を慰め始めた。もちろん実際に慰められるはずはなく、空しい演技の声を私は上げる。
「あ、ああっ……かがみぃ、つかさぁ……」
顔は喘いで心は泣いて、想像以上の恥辱プレイを楽しまれた私は、来週のDVD限定版の発売や、再来週のコミック単行本の発売や、そして夏コミや数多のオンリーイベントやアニメの新番組がなければ、この場で死んでしまいたいくらいだった(って多いよそれ)。ゆーちゃんは憧憬の眼差しを向けていたけど、軽蔑されるよりよっぽど心に痛い。
「でもゆたかちゃん、こなちゃんが真っ赤になるほど凄かったんだ……」
そー言うつかさも真っ赤で萌えるけど、そんなつかさをゆーちゃんは「可愛いなー」ってな感じでにまにま見ながら上機嫌。
「私もね、ゆいお姉ちゃんの妹なんだよ? ゆいお姉ちゃんもこうなのは、こなたお姉ちゃんはよく知ってるでしょ? お姉ちゃんがやってる成人向けゲームを見逃してたり」
「でも叱られた事もあったよ。パティと一緒にやってた時とか」
……それはパティを見咎めたんであって、私を見咎めたんじゃないよーな気もするけど、確かにゆい姉さんはきー兄さんとそちらの経験もあるし。耳年増どころではない染まり過ぎに、嬉しいんだか悲しいんだか分からない有様だった。
ここでゆーちゃんはお姉さんスイッチを手に取って、私に最後の要求をする。
「『コスプレ――』」
最後にしてはおとなしい要求に安堵――、
「『――えっち』」
――できませんでした。『拘束』とか『交合』とかされなかったのはよかったのに、別の意味でよくないモノを多々感じる。
「……ど、どこで、そんな単語を覚えたのかねゆーちゃんっっ!!」
さすがの私も赤面し、誰か突っ込んでくれないかと周りを見るけど――にやにやして「たまには一方的に責められてみなさい」と言わんばかりのかがみ。かがみに密着しながら、同じく自重できないゆーちゃんに「頑張ってね」なんて言ってくれるつかさ。また鼻血が出て、鼻の穴にティッシュを詰めるのに忙しいみゆきさん。ぼそりと「自業自得」なんて心外な感想をしてくれるみなみちゃん。ああ四面楚歌。
そしてゆーちゃんの手により私は、頭にはかがみに甘えるために購入した猫耳カチューシャを、手足には猫手猫足を、腰の後ろにはベルト固定式の猫尻尾を装着状態になる。
「こなた……お姉ちゃん♪」
ゆーちゃんの柔らかい口付けの感触に、私のブレーカーは呆気なく弾け飛んだ。全身をくまなくくすぐられ、従姉妹同士の近親姦――いや、親近感のせいか、指先は容赦なく私の小さな身体を責め立てる。猫手を着けている私は指先で反撃する事もできず、ゆーちゃんに見せたあんな漫画やあんなアニメやあんなゲームを悔やみながら、身体をぴくぴく震わせた。
「んあっ、ああっ、ああっ、ゆーちゃんっ!?」
「んん〜、聞こえんな〜?」
間断なく溢れる、私がゆーちゃんを非難する声に、ゆーちゃんは普段の笑顔はそのままで、冗談めいた悪人声でお返しした。
「そういえばお姉ちゃん、私の無邪気な笑顔が腹黒く見えるって、かがみ先輩に言ったんだってね?」
「確かにこなたはそんな事言ってたけど、本気じゃなかったから許してあげてっ! こなたがそんな奴じゃないって、ゆたかちゃんが一番知ってるでしょ!?」
「そうだよっ。ゆたかちゃん、こなちゃんにヒドい事しないでっ」
こーいう状態で言うのもなんだけど、これもプレイの一種なんだから(多分。とゆーか本気だったらそんなゆーちゃん怖いし)、かがみ、つかさ、そんなマジになって反論しなくても。特にかがみん、顔近すぎ。
「ふふっ、真面目ですねかがみ先輩。それにつかさ先輩も」
悪戯っぽく笑うゆーちゃんが、そこで穏やかな顔になり……唇がかがみの唇に軽く触れ――くちゅっと濡れた音を立て、そして離れた。私やつかさがするのとは比較にならない、軽い肉体的な繋がりなのに、心に杭を打たれたようなショックを感じる。……横でうつむいて、うちにボトルキープしているバルサミコ酢の瓶を逆手に握り締めてみゆきさんに止められるつかさほどは血迷っていなくても。
目を白黒させたかがみは――かがみとつかさの瞳は青紫色だけど――、舌まで入れたと思しき口付けに、もう耳まで真っ赤になってて、こんな状況でなければ押し倒したいくらい。
「ゆ、ゆたかちゃん!?」
「お姉ちゃんのためにそんなに真剣になってくれて、お姉ちゃんが先輩を好きになるのが分かります」
不意討ちでゆーちゃんにキスされたせいか、ゆーちゃんの言葉責めのせいか、すっかり真っ赤になってデレモードのかがみ。そのまま返す刃でゆーちゃんは……、
「私もこなたお姉ちゃんの事は、つい思い込みが突っ走ってしまう所が、私やゆいお姉ちゃんと似ていて大好きですから」
「ななななななっ!?」
恥ずかしい所を突かれたかがみのように真っ赤になる私に、余裕綽々のゆーちゃんはにまーと笑って曰く。
「そういうプレイもありだよね、お姉ちゃん?」
私は反論しようとして、ゆーちゃんの舌を口の中に入れられ、かがみの何倍も何十倍も激しいディープキスをさせられた。
>3.みなみゆ
そしてゆーちゃんが満たされるまで身体を貪られた私は腰砕けになって、ついさっきのかがみと同じ――いや、もっとひどい状態になった。かがみは疲れきってもつかさを受け止められたけど、私は逆にゆーちゃんに膝枕をされている始末。
その枕元では、すっかり意気投合したつかさとゆーちゃんが笑い合っている。ゆーちゃんは私にも増してくたくたになって、肌には汗が浮いているけど、興奮が収まらない姿は全然爽やかじゃない。間違いなくこの二人、天然系Sだ。
「うわー、ゆたかちゃん凄いー」
「えへへ。つかさ先輩にはかないませんよぉ」
ゆーちゃんは、体力ないくせに歯止めが効かない。私に仕込まれて何を学んだのか、自分が責められないように相手を一方的に責めるという悪い癖が付いてしまった。私も大人びた身体のかがみやみゆきさんにはそーいう事をする傾向があるけど、あくまでも私の場合は「楽しいから」で…………される側からすればどっちもどっちか。
で、かがみはそんな私を、夫との関係に微妙な問題を含む娘を見る母親のような呆れた表情で見ている。腰に手を当てて見下ろすという、普段の私相手の表向きはMっぽい態度とは逆の、Sっぽい体勢で、そのくせ視線は妹の身体をいたわる姉のようで、こーいう状況なのに萌えてしまうのが自制できない。
「散々私とつかさの事を言っておいて、やっぱりこなたもゆたかちゃんには逆らえなかったのね」
「ち、違うって。これはみなみちゃんのために姉として知識を伝授してあげようとっ」
「……私相手にも、前半は強気なのに後半は受身になるものね?」
「……恥ずかしい台詞禁止ー!」
かがみは理性が邪魔をして、私が身体を責めても強がって我慢をするのに、スイッチが入ると途端に積極的になってくるから。ちなみにつかさは素直な分スイッチが入りやすく……なんて、ひくひく腰を震わせた身体では説得力がないケド。
窓の外では夏の太陽が燦々と輝くのに、何を間違えたのか深夜にふさわしい、表現の限界に挑戦するかのような爛れた行為に突っ走ってしまった私達。お母さん、ゆき叔母さん、みきさん、あと前もってゆかりさん、名前を知らない岩崎家のおばさんごめんなさい。
「と、ところで、もうそろそろお昼にしませんか?」
と言うみゆきさんだけど、今は十一時くらい。日差しの方角から時間を判断するのは夏だから難しいとはいえ、まだ正午前なのは時計を頼らないでもよく分かるし、昼食くらい、料理できないかがみと未知数のみなみちゃんを入れなくても、四人もいれば六人分の食事くらい、船頭が多い船が山に登るよりずっと簡単だ――って、意味違うじゃんそのことわざ。まあ言いたいのは、まだ昼食の準備には早過ぎるって話。
どこぞの占い師みたいにずばり言うけど、ごまかすつもりだねみゆきさん? 自分だけ、「妹」のなすがままにされるのを?
「みゆきさ――ええっと……」
「あのね、みゆきその……」
でも、指摘しようとしてもつい口ごもる私とかがみ。親友として自分達の責め苦と痴態を体験させたくない思いがある一方で、みゆきさんだけ逃げるのは不公平だという思いもある。
ためらいながらも私とかがみが同時に口を開こうとした矢先――ずっと黙っていた、背が高いのに胸が貧弱なコがそれを指摘する。ためらう理由が何一つ存在しないコが。
「――みゆきさん。私の番が残っています」
「ですねー。高良先輩の素敵な所、いっぱい見たいなー」
みなみちゃんのある意味当然の主張と、それに対するゆーちゃんの同意に、みゆきさんが露骨に身体をびくつかせる。どうやらみゆきさんも、ゆーちゃんの相手をさせるためにみなみちゃんを仕込んでいたらしい。
そーいうお姉さんとしての配慮が、今回は裏目に出たというわけで、かがみがつかさに、私がゆーちゃんにさせられたような目に遭うのが怖いんだろう。歯医者を怖がるのといい、目薬をさせないのといい、みゆきさんは意外と意気地がないのかもしれない。
「だよねーみなみちゃん。かがみがあれだけ淫らなのを観賞しておいて、みゆきさんにはぐらかされるなんて癪だよね」
「あんたも十分乱れてたでしょーが。ああもう、三人の教育に悪いわね」
つかささんに悪い教育した責任者とは思えない言い草でございますがかがみ様。親馬鹿の素質十分だよ。
そしてつかさとゆーちゃんはきらきらした、穢れを知らないようでその実穢れきった眼差しをみなみちゃんに向けていた。
みなみちゃんは宝塚の男役のように、みゆきさんの背中に両手を回して抱き寄せる。身長が高い二人だから、取り合わせが結構様になるねぇ。
そしてみなみちゃんは、おもむろにみゆきさんの胸の膨らみと脚の付け根を握り締め――ちょっ! 目が据わってるよみなみちゃん!?――、
「み、みなみさんっ!?」
「『誘う』」
…………。
「『下になる』」
……………………。
「『吸われる』」
………………………………。
「『せがむ』」
…………………………………………。
「『そして食べられる』」
――この結果、みゆきさんとみなみちゃんがどうなったかは、私の口からは怖くて言えない。ごめんみゆきさん。
>4.かがつか
こうして私――小早川ゆたかとつかさ先輩とみなみちゃんは、「お姉さんスイッチ」で姉への想いをかなえる事ができました。
こなたお姉ちゃんがやっているえっちなゲームより、ずっと刺激的だった生身のお姉ちゃん達。さすがに高良先輩のしどけない――えっと、とても着崩れた姿は刺激的にもほどがあったけど、かがみ先輩も、こなたお姉ちゃんも、なぜあんなに可愛いのか、その理由がもう少し分かったような気がします。
「ゆーちゃーん」
……まあ一部、私達も刺激的な姿を見せられたけど、つかさ先輩の、お姉さんに楽しませながら自分も楽しむ姿はとても可愛かった。私はこなたお姉ちゃんと同じでつい一方的になるから、未来のみなみちゃんに楽しんでもらうためには、この悪い癖をどうにかしないと。
「起きないとキスしちゃうよ? 下の」
「いきなりハードな展開はやめなさいって」
「それじゃ、かがみの希望通り上の――」
「い、泉さんっ!? かがみさんも穏便にっ!?」
でも体力差があるとお互いが楽しむ分量の調整が難しいし、そもそもこなたお姉ちゃんとは体力の差があり過ぎて一緒に楽しみにく――、
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
「――――――――っっっっ!?!?!?!?」
私はいきなりお姉ちゃんに唇を奪われ、その上に舌まで入れられて、抵抗できないように押さえ込まれた上で息の続く限りの長いキスをされてしまい、超音波になっちゃうんじゃないかと言わんばかりの高い叫び声を上げて一気に覚醒した。
私は激しく胸を高鳴らせ(驚いたのが半分、こなたお姉ちゃんだったのが半分)、腹筋が弱いから一気には跳び上がれずに、利き手の左手を床に突いて勢いよく身を引き起こす。激しい動作に立ちくらみを起こしかけたけど、それどころじゃない私はばっちり目を開き、憧れの(恥ずかしいから当人には言わないけど)従姉のお姉ちゃんに声を上ずらせた。
「おおおおおおおおおおおおおお姉ちゃんッ!!」
「おはようございます。起きられたのは小早川さんが二番手ですね」
叫ぶ私を前にしても、相変わらずにこやかな高良先輩。さっきみなみちゃん相手に……ごにょごにょ……していた姿は想像も付かない。でもよく見ると、他の二人と一緒で、ちょっとだけ息が上がっていたりして。
そして残りの、つかさ先輩とみなみちゃんは……。
「私達はあの後寝てしまって……先輩達が先に起きて、毛布も掛けてくれました」
「ん〜、八丁味噌〜」
みなみちゃんはいいけど、愛知県名物のお味噌の名前を寝言で呟くつかさ先輩。いつものバルサミコ酢より和風だけど、またご馳走になる時には、味噌煮込みとか味噌カツとか豆腐田楽とかになるのかなぁ。
「夢でも勉強熱心なんだから。ほらとっとと起きろー」
「きゃうんっ!?」
かがみ先輩に小振りな、でもはっきりとした胸の膨らみをつかまれて、つかさ先輩は犬みたいな叫びを上げます。そしてつかさ先輩はかがみ先輩に気付いて真っ赤に。先輩のはずなのに、何でここまで小動物っぽくて可愛いんでしょうか(お姉ちゃんは「ゆーちゃんも一緒だよ」と言うけど、私はあんなに元気じゃないし)。
で、私を見てにまにまというのか、によによか、にとにとか、にもにもか、まあそんな名状し難い表情のお姉ちゃん。お姉ちゃんは表情豊かに見えるけど、その大半は場を盛り上げたり自分で演技を楽しんだりするためのもので、本心からの表情は喜怒哀楽に乏しい。先輩達とのお付き合いが始まる前、私が中学一年だった頃までは、どことなく冷たそうに見えてしまう――みなみちゃんみたいな印象だったような気がするけど、今はその頃よりずっと……某双子の先輩達の四分の一くらいはいろんな感情を露出するようになってくれた。お姉ちゃんを多分良い方向に変えてくれた先輩達には、私はとても感謝しています。
みなみちゃんも三年生になる頃には、「あははー、ゆたか楽しいー!」とか「ゆたか凄いー!」とか、私のまだ知らないいろんな表情を見せてくれるんだろうか。……いや、今のはかなりありえない絵だったような。
話は脇道にそれたけど、お姉ちゃんは――、
「いやー、私としては、姉として先輩として、ゆーちゃんにやられっぱなしなわけには行かなくてねー」
>次回予告
小早川ゆたかを始めとする妹達三人の悪辣な計略の前に、姉としての、そして人としての尊厳を踏みにじられた主人公・泉こなたと他二名。
しかしこなた達は、勝ち誇るゆたか達に復讐の牙を剥いた。
その手に持つは希望の装置。邪な妄想を打ち破る破邪の箱。
埼玉の辺境の地で今、姉妹の戦いはより激しさを、いろんな意味で増していく。
次回、「お姉さんスイッチ(Bパート)」。
人よ、未来を侵略せ――、
「次回予告を任せたら、なに堂々とパクってるのよアンタは」
あ、かがみん、よく「異界戦記カオスフレア」なんて分かったね。リプレイとか読んだんだ?
「それもありますけど、泉さんの台詞は次回予告になっていないような気が……それに『他二名』とはどういう事でしょうね?」
あのーかがみ様、それは一体何でございましょうか? みゆきさんもそんなのやめ――ああああああ〜〜ッッ!!