☆ 此方と其方・1 ☆


※この作品は、「こなたにも双子の妹がいたら――」という設定のものです。

 
 埼玉県の春日部市、その郊外の上大増新田にある有名な進学校、陵桜学園高等部。
 秋のグラウンドの一角では、一年生が体育の授業を受けていた。
 短距離走のコースで先頭を切って走るのは、見た目がよく似た――いや、ほとんど同じ二人の女の子。小柄で細身で、青っぽくも見える長い髪をなびかせて、その他大勢を後ろに遠ざけている。
 二人はほぼ同時にゴールを切り、ストップウォッチを持っている、紫がかった髪の姉妹の所へ向かった。こちらの姉妹は背丈は中くらいでほとんど同じでも、後ろに控えている方は髪が長く、体型も順調に発育していて、全体的に大人びた凛々しい雰囲気を発している。前にいる方は何かと対照的で、全身から喜びを発しながら、小柄な姉妹の片方に跳び付いた。

 
 擦り寄る。
 甘える。
 長い髪に手櫛を掛けながら、温かく柔らかい身体を密着させる。
 相対的な長身と、普段のおっとりのんびりした言動からは決して想像できない俊敏さの前に、相対的にも絶対的にも小柄な少女は激しく翻弄されるがままだった。

 
「そなちゃん、凄〜い。陸上部の人にも負けないよっ」
「ちょ、ちょっと、つーちゃんっ!? かがみさんも姉さんも見てるのに恥ずかしい真似しないでったら!」
 猟犬に押さえ込まれた狐のように、小柄な姉妹の妹の方は、髪が短い可愛らしい女の子のやや控え目な胸元でもがく。友達にじゃれ付く妹を見ながら、その姉は「しょうがないわね」という雰囲気の息をついた。
 小柄な姉妹は泉こなたと泉そなた。対照的な姉妹は柊かがみと柊つかさ。泉姉妹は一卵性、柊姉妹は二卵性の双子である。
 と、そこにようやく、小柄な方の姉――こなたが戻ってきた。「いやー、負けた負けた」とか言いながらも、あまり悔しそうにはしていないのは、姉としての余裕だろうか、悠然と胸を張っている。しかし、下手をすると小学生にしか見えない背の低さとめりはりの貧弱さが、まるで子供が意地を張っているようにしか見させてくれない。……体格と体型については妹も一緒なのだが。
「前よりタイム縮んでるよね、そなた。姉として、ちょっと悔しいけど鼻が高いよ」
「姉さんの身体がなまってるだけでしょ」
 少しも悔しくなさそうな姉の様子に、妹は眉間に皺を寄せて愚痴をこぼした。やはり一卵性双生児の姉と同じく、下手をすると(以下略)。とはいえ、男子から同性同士の付き合い同然の扱いを受けている姉に比べれば、「可愛い」という扱いを受ける事も多く、柊姉妹の妹の方からもその例外ではなかった。
「ホント、姉さんは、道場の先生が未だに惜しんでるのに、『ゴールデンタイムのアニメを見ますから』の一言で辞めちゃうんだから」
 などと言いながら、つかさに熱烈なハグをされたままのそなたは、かがみにまとわり付くこなたを上目遣いで睨む。
 身長は同じ姉妹なので上目遣いをする必要はなくても、微妙に力関係が滲み出て――、
 ――滲み出ていない。妹の瞳に映る色は、一片の容赦も無く姉を打ち据えるもの。かがみと同じく、ことさらに短気でもヒステリックでもないとはいえ、限度というものを知らずに苛立たせる言動が多いこなたに対しては、どうしても声を荒らげてしまう。
「ったく! せっかくの身体能力も、かがみさんや高良さんにセクハラ紛いにまとわり付くみたいな、ロクでもない事にばっか使って!」
「うっ!」
 かがみとは違い、姉の威厳など欠片もないこなたは、それでも声が上ずって、必死に同じ姿の双子の妹に抗弁する羽目に。
「し、しかし私には、お腹をすかせたそなたに美味しいご飯を作ってあげるという姉としての使命がだね!」
 いくら熱弁しても、この手の言い訳を幼い頃から聞き続けているそなたには通用していない模様。それどころか、姉と同じ釣り目気味の目は、姉には真似できない冷ややかな色を湛えている。
「しかも、今はゴールデンタイムにアニメはどこもやってないのにねぇ。買い物だってご飯を作るのだって、お父さんができないわけじゃないし」
 と、そなたはぼやく。冷ややかな色は既に氷点下に達して、そろそろバナナで釘が打てる冷たさに近付いていた。
 一卵性の双子で生来の身体能力が同じでも、鍛錬で差が付くのが当たり前。こなたの趣味は徹底したインドア系で、運動は得意なのに好きではないから、昔やらされた武術も今はやっていないし、それでは今でも道場に通っているうえに日々の運動も欠かさないそなたに勝てるわけがない。

 
 こなたに明かした事はないが、そなたが格闘技に打ち込むのには、一つの切実な理由があった。
 こなたとそなたは、体型や体格が、父とは対照的に小さく、そして生命力に欠けていた母と似ている。母から体型だけでなく虚弱さも遺伝しているのではないかと恐れたそなたは、父に言われてこなたと揃ってやらされた道場通いに熱中し、父譲りの運動能力もあって、並の相手には本気を出せない格闘少女に成長していた。小学校でも中学校でもオタク趣味に突っ走り、他人との付き合いに乏しい、端から見ればクールに見えたこなたが苛められなかったのも、そーいう連中にそなたが片っ端から喧嘩を吹っ掛けて叩きのめしていたから。陵桜にこなたと揃って進学したのも、進学校ならそーいう下らない連中もいないだろうと思ったから。そして、いつでも大事な姉を護れるから。
 しかし、二人だけのモノクロームの高校生活は、姉が悪気の無い外国人に勘違いで暴力を振るったと聞いて、姉を丸一日引きずり回して、マーティンさんとかいう、娘がアニメ好きのおじさんに平謝りした頃から変わった。

 
 高校でできた、こなたの初めての親友――つかさ。
 妹に引きずられながらも、そして家に帰ってからも、その翌日も、そのまた翌日も熱烈につかさの事を話すこなた。そんなただならない様子に、そなたは警戒しながらもつかさに接近し、やがて打ち解けた。
 クールではなく、考え方が不器用なだけだった姉も、つかさの前では素直になり、無防備な寝姿まで見せている。姉は「天然だよねー」の一言で片付けるけど、かがみが「ツンデレ」で片付けられないのと同様、つかさには、そなた達の小さな従妹と共通した純粋さと、無条件で心が通い合うような温かさが備わっていて、いくらこなたが飄々とした様子を装っても、つかさに強く惹かれる気持ちを隠す事はできない。
 それを知った妹は、何年ぶりかに悪戯っぽい笑みを浮かべて一言。
「今まで抱いた事のない感情に混乱してるんだ、ねーさん?」
 ……その言葉を耳にした姉の反応は、他の誰にも明かさない、二人だけの秘密だと約束している。

 
 そなたは深く感謝している。自分の殻に閉じこもっていた姉に、眩しい光に満ちた世界を教えてくれた事を。
 つかさに。
 そして、他人に素っ気なさそうな自分に、ある日の放課後に声を掛けてくれた委員長――かがみにも。

 
 しかしそんな気も知らない、知るはずもない双子の姉は、いかにもめんどくさそうに肩を落として溜め息をついた。こなたの体力をよく知っているそなたは当て付けがましい態度に腹が立つが、当然ながら、変な所で繊細なくせに普段は図太い姉は、自分と同じ姿をして、同じ顔に自分にはありえない表情を浮かべる妹に気付かない振りをする。
「相変わらず辛辣だヨそなたは。でも姉としては、格闘ゲームやかがみとのスキンシップで特訓は欠かして――」
「あーはいはい。行こ、かがみさん」
 もう何かを諦めたような表情のそなたは、二十センチ近く(こなたは「十センチちょっと」と主張)背が高いかがみを見上げながら腕を組ませる。かがみもそなたと同じクラスで、体育の合同授業でつかさやこなたのクラスと一緒になっているだけなので、ペアを組んでいるのはあくまでも、そなたとかがみ、こなたとつかさで、別にこなたとそなたが一緒に行動するべきというわけではない。
「そうね、そなた」
 ずっとこなたにまとわり付かれていたかがみも、当然そなたに同意した。かがみはこなたを嫌いなわけではないが、かがみ相手にはやけに駄々っ子になるこなたに「保護者的に疲れる」ため、同じクラスで、こなた関係の苦労を共有するそなたと意気投合する事の方がずっと多い。
 でもまあ、つかさとしては、大好きなお姉ちゃんと引き離されるのには不満もあるわけで、当然その不満はそなたに向かう。
「むー。ヒドいよそなちゃんっ」
「まあまあ。放課後にいくらでも一緒にいられるじゃない」
 可愛らしくむくれてしまったつかさをなだめるかがみ。なだめられてかがみに頬擦りするつかさ。あまりの甘えん坊ぶりに「それは母娘だよつーちゃん」とそなたが呻いても、母娘――ではなく姉妹の耳には届いていない。いや、それでも、かがみの耳には届いたらしく、恍惚としたままのつかさに距離を取らせた。
「でも、まだ他の競技が終わってないグループもいるし、ちょっとくらいはつかさ達と一緒にいてもいいわね」
「わーい。お姉ちゃん大好き♪」
 結局もう一度つかさはかがみと密着を深めて、そなたもこなたも二人の世界の外に追いやられる。お互いに合わさる双子の胸の膨らみに見入ってしまい、一瞬後にそなたは顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「かがみさんはつーちゃんに甘いよねー。つーちゃん可愛いから気持ちは分からないでもないけど」
 そう言いながらも、寛容なのか諦めたのか、そなたは双子の姉を突き放さずに、わざとらしく潤んで上目遣いをするのを受け流していた。そなたはこなたにあれこれ言われると反発するのだが、かがみに対しては大人しく従う傾向がある。「そなたにばかりデレてずるいよかがみ」「だから何故私に言う?」とこなたとかがみはやり取りするけれど、雑然とした部屋が漫画とゲームとアニメで埋もれた姉に、整頓された部屋が格闘技関係で一杯の妹が同調するのはちょっと難しいだろう。
「それにそなたも、せっかくお姉さんと一緒にいられるんだからさ」
「かがみさんは可愛い妹と一緒にいられるからいいよっ。私の姉さんは全然可愛くないもんねっ」
 不満を抑える気もなく頬を膨らませる、一卵性双生児でも微妙に仕草の違うこなたの妹の姿に、かがみとつかさは「やっぱり仲がいいんだ」とそなたを赤面させて、こなたは「そなたってつかさ趣味があるんだー。ふーん」と別の意味でそなたを赤面させる。それだけならまだしも、調子に乗ったこなたはニマニマと嫌な感じに笑いながら、そなたの小さな胸に平然と手を掛けてくる。……まあ授業中なので、手を掛けるより先の事まではしないものの、そなたは硬直してわなわなと身体を震わせていた。こなたは「こんな所で興奮して身体を震わせるなんて、かがみん並みの性欲だね〜」と言う誘惑に駆られるが、なけなしの理性が働いてそれだけは止めた。そう、「それだけ」は。
「自分と同じ容姿の姉を『可愛くない』なんて、もっと自信持てば? かがみみたいなロリコンには、私達の体型はステータスで希少価値なんだからさ」
「……待てアンタ」
 勝手にロリコン扱いされたかがみはもちろん形相を変える――というか、簡単に表現するとそなたと同じような形相になるが、自身の劣等感をあげつらわれたように感じたそなたは一気に激昂している。

 
 何で。
 何で、いつもオタクな会話か所帯じみた会話かしかできないの。
 何で、かがみさんやつーちゃんに迷惑掛けるのさ。
 私にとって、いつも素敵な姉さんでいてほしいのに。

 
「見てくれの話じゃない! むしろ中身――」
「お〜〜い」
 頭に血が上って興奮しているそなたに掛けられたのは、元気なくせに気の抜けた声。
「柊ちゃーん、泉ちゃーん」
「あ、峰岸ー。日下部も一緒かなー?」
 少し離れた砂場から、長い後ろ髪とカチューシャで留めた前髪が印象的な、おっとりした女の子がにこやかに手を振っている。その子の横にいる、いかにも元気という感じの、こなたやそなたとは別の意味で小学生の男子みたいな女の子は、両手を大きく振り回し、渾身の力を込めてかがみとそなたを呼んでいた。
 峰岸あやのと、日下部みさお。二人はかがみと中学生の時から同じ学校で、かがみと、そして近頃はそなたとも、親友とまでは行かないが親しい関係である。というのも、かがみとそなたがつかさとこなたばかり気に掛けているから仲が進展しないのと、あやのとみさおが(みさおの兄も含めて)幼馴染だから間に入りにくいからではあるのだが……。
「柊ー、ちびちゃーん、一緒に幅跳びしようぜー」
 みさおが呼ぶ「ちびちゃん」というのは、同じクラスにいるそなたの事。こなたも体格は同じだが、別段親しくはないため、「泉」とか「姉貴」とか呼んでいる(あやのもこなたを「泉ちゃんのお姉さん」と呼んでいる)。みさおがこなたと知り合いになればどう呼ぶのかは謎だが、「相乗反応でだらしなさが増すからなぁ」「ひどっ!!」というのが、かがみの感想とこなたの反応。
「あー、やっぱり」
「あやのさんとみさお、いつも一緒だもんね」
 かがみとそなたは、みさおがあやのと一緒にいるのを見て、揃って声を上げる。かがみとそなたが姉妹のいるクラスに入り浸っていて、二人が寂しく思っているのを、好意に鈍感な、こなた曰く「フラグクラッシャー」のかがみはともかく、そなたは感付いているから、そなたの声には微妙な苦渋も含有されていた。
 そんなあやのやみさおやそなたの気も知らない、ギャルゲーの主人公さながらのかがみは、しょうがないなーという風に、中学以来の友達を見遣って――凛々しい感じの笑顔を見せる。そこで振り返る姿勢も力強さを感じさせるのは、つかさとの夫婦――ではなく母娘――いや、姉妹関係で培われた、矜持と自負によるものだろうとそなたは思った。
「じゃ、私とそなたは行くから、また後でね、みゆき」
「ええ。つかささんとこなたさんのお守りはお任せ下さい」
 ようやく出番があった、かがみ達の親友――高良みゆき。大人びた顔立ちと背丈と体型は、かがみ以外の三人と対照的で、娘とは逆に若々しい容姿をした母のゆかりが「OLが高校生のコスプレしてるみたいだわ〜」と口を滑らせた経験がある。美人で博識で物腰も柔らかく運動も得意なのだが、その一方で意外とボケた親しみやすい所もあるため、かがみにも、かがみ経由で知り合ったそなた達にも、まるで姉妹のように仲良くなっていた。……まあ、そなたとかこなたとかつかさとかには、下手をすると母娘のようになっているかもしれないけど。
 さて、みゆきはかがみと言葉を交わしてから、そなたに対して「お姉さんをお借りしますね」という眼差しを向けて、にこやかに別のクラスの二人を見送った。つかさよりはっきりと高い背丈なので、こなたと並ぶと、体操服姿でさえなければ、完璧に母と娘の微笑ましい姿でしかない。胸も立派で均整が取れながらも豊満な肢体を持ち、髪も量が多いので、きっとそれなりの体重があるのだろうが、細かい数値の追求をしないでも、小柄なこなたが単純に引っ張るようなわけには行かない。ましてや、かがみ並みの背があり、体格も双子の姉よりしっかりしているつかさがみゆきに同意していては。
「またねー、お姉ちゃんにそなちゃーん」
「ああっ、そなたもかがみんもかむばーっく!」
 右腕をつかさと組んで、左腕をこなたに組ませて、満面の笑顔のみゆきに手を振りながら、かがみとそなたはあやのとみさおの所へ向かった。
「……ああやって姉さんとつーちゃんを抱えてると、高良さんもお母さんみたいだね」
「……『も』が引っ掛かるけど、とりあえずは不問にしてあげるわ」
 何のかのと言っているのに、そんな発言はしっかりこなたと双子である小さな親友の言葉に、かがみは呆れながら頭を振った。

 
「行くヨ、みさおっ!」
「さあ来い、ちびちゃん!」
「走り幅跳びするなら、こちらから助走してってば泉ちゃんっ!」
(ホント、一生懸命な事があると、それ以外が目に入らないのは、双子のお姉さんとおんなじよね)
 砂場の助走コース外から疾走して跳躍、勢いよく砂を撒き散らすそなた。
 迎え撃つ姿勢のまま、盛大に砂煙を浴びるみさお。
 咳き込むあやの。
 こんな関係がどこまでも続くといいなと、かがみは冬の近付く青空を眺めながら、これからの学園生活に思いを馳せていた。

 
此方と其方・2へ続く


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