☆ 此方と其方・2 ☆


此方と其方・1から

 
 そして季節も巡り、二年生になった春。そろそろ心地良い季節も終わり、雨の底冷えと合間の蒸し暑さが、天気予報を前触れに埼玉県へ襲来しようとしていた。

 
「あー、それにしても」
「どうなさいましたか、こなたさん?」
 だらしなく椅子にもたれて薄い胸を張る泉家の長女に(当然、泉家の次女と柊家の三女には「はしたない姿勢はやめてよね」「同感だわ」と言われている)、高良家の一人娘は覗き込むように身を乗り出した。みゆきがこなたより二十センチメートル少々背が高いからで、決してそういう趣味があるからではない。多分。
 さて、今は放課後。みさおは陸上部へ、あやのは茶道部へ向かい、揃って部活に入っていない五人は、いつものように取り留めのない話に耽っていた。
「かがみとそなたって、ホント仲いいよねー」
「ん、そうよね。私達のクラスだと、大抵二人で話してるし……で、そこで変な事を言わないのはおかしいなアンタ?」
 露骨に挙動を不審がるかがみに、こなたは「イ、イエ、何デモナイデスヨ?」と必死に否定する。これがかがみだけを相手にしていれば「へー、友達いないんだー」とか無神経な放言もしかねないこなただが、中学の時からあやのとみさおと一緒だったかがみとは違い、自分だけでなくそなたも中学時代にほとんど友達がいなかったから、双子の妹を傷付ける事だけはしたくない一心で口に出すのを思い留まっていた。たとえその尽力が妹に届かなくても、姉としての責任は最低限でも果たそうと。
 ――などという心中の葛藤はおくびにも出さず、こなたは別方向に放言する。姉の妹への想いなど、微塵も感じさせない笑顔のままで。
「いやー、あのクールで気難しいそなたがあんなに懐くなんて、一体どんなフラグを立てたんだか」
「気難しくさせてるのはアンタだろ。少しは姉としての自覚持て」
 遠慮の欠片もなく、こなたに釘を刺すかがみ。胸元につかさを甘えさせながらという状況にこなたは(後にみさおの兄とあやので妄想するのとは別方向で)突っ込みたかったが、双子姉妹百合を堪能するために思い留まった。
「いや、かがみとは違って、私は勉強も一夜漬け以外はさっぱりだし、胸も太腿も柔らかくないからね」
(やっぱりお前は糠漬けの糠か)
 糠に釘。漬物に錆びた釘を入れると茄子の発色が良くなると聞いた事があるので、青っぽいつやのある髪をしたこなたに、せめてその程度でも効き目があればと思うから、いつもかがみはそなたと一緒に世話を焼いてしまう。まあ、多々空しい気分に襲われるのはいつもの事だけど。
「でしたら私が」
「私は姉さんじゃないんだから、みーさんの胸は、そりゃまあ女の子として関心が全くないわけじゃないけど」
 明白に何かを勘違いしているみゆきの言葉と仕草に、そなたの頭痛は悪化する。その様子にみゆきは更に勘違いをして「保健室から薬を頂いてまいりましょうか?」などと間近で言ってくれるから、そなたは余計に頭を痛くしながら、ボールペンでノートに関係図を描いてみゆきに渡した。
「相変わらず汚い字だねー」
「出した年賀状を書き損じ扱いされた姉さんが言う筋合いはないヨ」
 いつもと同じこなたの放言に、いつもと同じそなたの苦言が返される。一応、そなたの字はそれほど汚いわけではないが、かがみやつかさやみゆきほど丁寧なわけでもない。

 
(関係図(作:泉そなた))
  私   ←同級生で仲良し→  かがみさん
  ↑
  かがみさんと仲良くしてるのを、
  「友達が少なかったのに何故だ」と
  からかう
  │                   ↑
  姉さん ─「気難しい」(そんな事ないヨ)私を
       どんな手段で懐かせたのかしつこい
       (かがみさんの女性らしい体形に対する
        セクハラ込みで)

 
 みゆきは眼鏡の奥の大きな目を懸命に見開いて、精読黙考する事しばし。
 やがてみゆきの脳内に結論が出て、少し潤んだ熱烈な瞳を小さな親友達に向ける。
「……つまり、こなたさんが、内気だったそなたさんのお心をかがみさんが開いて下さった事に感謝されたのですね。こなたさんとそなたさんのかがみさんに対する好意が、この関係図からも溢れています」
「……みーさん。いくら善意に解釈してもソレはちょっと……」
 目眩に襲われる小さな少女に、その理由が分からないみゆきは――、
「恥ずかしがらなくてもよろしいんですよ?」
 ――と、優しく頭を撫でてくれた。撫でられたそなたは、みゆきの柔らかい掌の感触に頬を赤らめてしまう。つかさはそんなそなたの姿に、まるで可愛い子犬を見たような緩んだ表情になった。
『そなちゃん可愛いね〜。お姉ちゃん、そなちゃん飼おうよ〜』
(……いや、いくらつかさでもソレはないから)
 一瞬変な幻聴がこなたの脳裏をよぎるが、この時点では入学していない後輩ではないので、その妄想を作品につぎ込む事はなかった。
 それはさて置いて、こなたはそなたにべとべととまとわり付く。つかさとかがみとは姉妹の間柄も相手の反応も逆で、少なくとも人前ではそなたが喜ぶ事はない。姉の特権を無駄に使って喜ぶこなたは、自分と同じ腰の強い長髪を勝手に、かがみと同じ左右のお下げ――俗に言うツインテールにし始める始末。テールの一部を肩より前に流しているので、かがみの髪型の再現度もやけに高い。
「我が妹ながら可愛いよー。かがみもそなたを見習って、これくらいのツンデレになってほしいよね」
「お姉ちゃんは今でも可愛いけど、そなちゃんみたいになるともっと可愛くなるの?」
「……つかさ、こなたがあらぬ事を口走る――いい加減な事を言う時は、十中八九――ほとんどいつも皮肉だから」
 世間の平均より頭は良くて、陵桜での成績も中くらいのはずなのに、料理関係か家事関係か神道関係でない限り難しい言葉を理解できないつかさに、こっそりとかがみは涙していた。今日は帰ってからつかさに現代文を念入りに仕込む事を決めながら。自分の食欲に対する以上につかさのあれこれには甘いかがみだから、それにかがみが関わると物覚えも良いつかさだから、かがみがこなたやみさおに教え込むほど厳しくはない……はず。
 そんな四人を前に、相手がいない寂しさを豊かな胸の内に抱えていたみゆきだったが、こんな時こそ積極的になろうと決意して、かがんだ姿勢でまた(髪型を元に戻している)そなたを覗き込む。こなたはみゆきの胸がよく見える姿勢に(まるで男子のように)見入り、そなたは逆に視線を逸らしきれずに顔を赤らめている。
(み、みーさん、胸が大きくて形も綺麗で……かがみさんも素敵だけどもっと凄いヨ)
 いくら否定してもこなたと姉妹で似た所があるのか、鼻の奥を熱くしてしまうそなたが慌ててティッシュを取り出したところで、みゆきは――、
「そなたさんがかがみさんに惹かれたのは私とご一緒――いえ、何でもありませんからっ」
「へ?」
 意味深過ぎる発言に、鼻血を拭いていたそなたと、悪友にうんざりしていたかがみは一瞬硬直。みゆきの言葉の真意に気付いてしまい、二人、いや、自分の爆弾発言に気付いたみゆきも揃って三人で真っ赤になってしまった。思春期で想像力も割と旺盛なせいで、「三角関係の自分達」を思い浮かべて意識が飛びかける。三人で世界を作ってしまったそなた、みゆき、かがみをジト目で見ながら、こなたとつかさは「三角関係もいいけど合意の上とゆーのも萌えるよね」とか「お姉ちゃんもそなちゃんもゆきちゃんもずるーい」とか愚痴をこぼしていた。
「そそそ、そのっ!?」
「つっ、つかさを仲間外れにしたわけじゃないから!」
「ねーさん、かがみさんとみーさんに変な事を言ったら技掛けるからネっ!」
 外見は小学生の女の子、内面は中年のおじさんである双子の姉の不始末に、そなたはもはや半泣き状態だった。

 
 結局、みゆきとかがみが落ち着いて、そなたを四人がかりで落ち着かせるのに、カップラーメンを二回作れそうなほど時間が掛かり、仕切り直していつもの会話に戻る。
 今度は座る位置を調整し直して、こなたとそなたは視線の高さを合わせるために、机の上に腰掛けた。少し行儀は悪いが、みゆきやかがみどころかつかさまで標的にする、胸に執着したこなたの余計な一言をこれで抑えられる。
 とはいえ、さっきの騒ぎが騒ぎなだけに、こなたもそなたもかがみも話の口火を切れず、つかさもおろおろしているままなので、みゆきは「おほん」と咳払いをして、前々からの疑問を解決するべく、健康的な薄桃色の唇を開いた。
「そういえばそなたさんは、私を『みーさん』と呼ばれますよね。つかささんは『ゆきちゃん』と呼ばれますけど」
「実はさ、私と姉さんの叔母さんが『ゆき』って名前なんだー。だから『ゆきさん』だとごっちゃになりそうで。『ゆきさん』の方がいいなら呼び名を変えてもいいケドね」
「いえ、そのような事はありませんのでっ」
 慌てて手を振り、無用の誤解を避けようとするみゆき。柔らかい風貌に似合ったそんな仕草も可愛らしいと、のんびり眺めていたかがみも思った。
 そこでつかさが、垂れ目気味の大きな目を見開いてたずねる。
「ゆき?」
「そ。小早川ゆき。お父さんの妹。二人の娘がいて、上が今度結婚するゆい姉さん、下が私達の二つ半、年下のゆーちゃん――ゆたか」
 ここであえて『半』と『年下』を強調するこなた。よほど年上をアピールしたいのだろうと一同は思う。
「ゆい姉さんは好きなもの――自動車と彼氏――の事ばかり頭の中にあるし、強引で相手の都合を考えないし、姉さんとよろしくない所まで似てるのに、ゆーちゃんは身体が弱いけど、心は純粋でホントに可愛いよ」
「陵桜に進学しようか検討してるらしいけど、マスコット的な妹キャラだからつかさの出番が食われそうだし、家が遠いから同棲するとかがみが嫉妬するし、純粋なのも二次創作だと腹黒くされる典型だからねー」
(あーはいはい)
 こなたの余計な言葉にかがみは突っ込みかけるが、いちいち相手するのも面倒になってきたかがみはそのままスルーした。視界の端に寂しそうなこなたが映るので、後で一緒に大宮のアニメイトとゲーマーズに行ってあげようとも思ったが。
(まったくもう。そなたと隅から隅まで似てるくせに世話を掛けるわね)
 気を取り直したかがみはそなたに向き直って、こなたが嫉妬するような柔らかい声と表情で接する。視界の中途半端な位置に移動してきたこなたが微妙に(……イコール、心中では相当に)むくれるのを見て、みゆきの帰りに途中まで付き合い、行き先を秋葉原に変更する事も考えていた。
「つかさみたいな子?」
「んー、かがみさんの方が似てるかも。髪形も似てるし」
「背丈は小さいし、ロリコンのかがみには対象範囲内だネ。ああ、みゆきさんも眼鏡を外すとロリだからかがみと――」
 そなたが無言で絞め技のポーズを取ると、こなたはそこで言葉を止めた。
 一卵性双生児が交わす緊迫に気付かず、二卵性双生児の父親似の妹は、一卵性双生児の妹と、自身の母親似の姉を見比べる。
「でも、お姉ちゃんとそなちゃんって似てるんじゃないかなー」
「ああ、そだねー。私とつかさも似たトコあるからいいコンビだヨ」
 と、自分の双子の妹と、相手の双子の姉をちらりと見て、にまにまと笑うこなた。また嫌な予感がして、不躾な視線を向けられた二人は眉間に皺を寄せて詰め寄り、そして揃って不機嫌な声を。
「例えば?」
「真面目な所とか」
(つかさも真面目でしょ。ていうか、こなたと同レベルで不真面目なのは、まつり姉さんと日下部くらいよ)
 かがみ、一発で否定。
「成績いい所とか」
(つーちゃんは成績悪そうなイメージあるけど、かがみさんと比較すると良くないだけで、実は平均レベルだヨ)
 そなた、容赦なく否定。
「隠れオタクな所とか、シスコンでツンデレな所とか」
「ラノベ読んで家庭用ゲーム機でゲームしてるとオタクなのか? それに私もそなたも、つかさやアンタを好きなのは、普通の家族間の愛情なんだからね」
 呆れ返って肩をすくめるかがみだが、善意の塊である双子の妹は、こなたの意味不明な発言に対しても、いつも予想外の反応を見せる。澄んだ瞳を上目遣いにして、期待に色素の薄い虹彩を輝かせて。
「それ以上じゃダメなの? お母さんのお腹の中から一緒だったお姉ちゃんは、私にとって特別な人なのに」
「えええ、えっと、ダメよつかさ、こんな所で」
 思い詰めた表情と荒い息でかがみにしなだれかかるつかさと、つかさを拒めず甘い息を洩らすかがみを引き剥がしながら、そなたはお気楽なこなたをいつもの如く睨み付ける。こなたを睨み付ける時のかがみと力強いイメージは共通するものの、背丈がほぼ同じなので、かがみが「びしっ!」と指を突き付ける時とは違い、身を乗り出さずに。
「姉さんとつーちゃんだって似てるじゃないさ。家事が得意で、のんびりしてて、勉強苦手で、授業中はしょっちゅう居眠りしてて」
「うっ!? で、でも、私はつかさとは違って、お父さんと物を賭ければ一夜漬けでテストも上位に入るし!」
「こなちゃんのくせに〜!」
「ほほぅ、そーかい泉。せな、ちょいと職員室まで付き合うてくれんか?」
 こなたがかがみをそなた込みでいじって、そなたにつかさ込みで反撃される。これがいつもの、泉姉妹と柊姉妹の日常。今日はおまけに黒井先生による職員室連行までセットで付いてきたが。

 
 黒井先生とついでに桜庭先生にまで引きずられるこなた。
 先生達に平謝りするそなた。
 嘆息するかがみ。
 苦笑いするつかさ。
 いつもの普通なようで貴重な光景を前にして、みゆきは親友達の仲睦まじい様子と、その輪の中に自分もいる幸せに満ち足りていた。
(みなみさんも陵桜を受けると言っていましたから、無事合格して、こなたさんとそなたさんの従妹さんと仲良しになれるといいですね)
 そして窓から、爽やかな初夏の匂いを孕んだ風が教室を吹き抜ける。

 
此方と其方・3へ続く


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『らき☆すた』:(C)美水かがみ/角川書店/らっきー☆ぱらだいす