天堂の賛歌(結城信乃さん作)

お誕生日記念に頂きましたシーラです。
タイトルは毎度の如くこちらでの命名ですが、歌っているようなポーズに見えるもので。


歌を捧げる相手は…

 その場を埋め尽くす歓声、そして拍手。大劇場に響いた曲の余韻を追うように、魔法の明かりで照らす空間を無数の音が谺した。
 舞台の上の奏者はシーラ・シェフィールド。音楽の都で伝説のピアノ奏者として名を馳せ、この大陸のみならず諸島国やセリーヌ大陸まで知らぬ者なき最高の音楽家である。……と同時に暗殺術をその身に秘めた一流の戦士でもある事も、数々のエピソードで知られていたりする。
 しばし歓声が静まるまで待ってから、ピアノの前から立ち上がったシーラは黒髪を垂らして深々と一礼し、
「皆様、盛大な拍手をどうもありがとうござ――」
 そこに不意に響くのは、窓を砕いた際のガラスの破砕音。
「もう終わったのかシーラ!? せっかく急ぎでドラゴン退治の仕事を終わらせてきたのに!?」
「ご挨拶の途中で邪魔をしないでよお願いだからあなたっ!!」
 カウンターで放った踵落としが、観客を蹴散らして駆け寄る後ろ髪を結んだ青年を、脳天からの衝撃で絶命させた。

「って、私は殺したりなんかしていません!」
「……誰に謝っているかはともかく、近頃のお前はパティ以上に容赦が無いな」
 控え室で鏡に叫ぶ妻に、大きな瘤を作った夫は恨めしげな視線を泳がせた。もちろん妻はその程度では引っ込まず、今度は夫にきつい視線を向け返す。
「大勢の観客に怪我をさせたあなたが悪いんでしょ? もう少しで終身刑か追放刑を免れるために住民投票で8割以上を得るために奉仕活動を行う羽目になる所だったのよ」
「昔の事件じゃあるまいし……ともかくごめんなシーラ」
「え!?」
 素早く反応して背後に向き直ろうとするシーラだが、その前に青年はシーラを後ろから抱き締めた。シーラの身体の女性としての柔らかさと戦士として鍛えたしなやかさが、すっぽりと青年の腕の中に収まる。
「誕生日記念の演奏会には毎年パティと一緒に来てたけど、今年は自警団から緊急の依頼があって来られなかったからな。腹いせにアルベルトの野郎を囮役にしてやったけど、主役と思って調子に乗ったところを炎の息で黒焦げになったのは笑えたぞ」
「……そこは笑って語る場所じゃないと思うし、ちょっと寂しかったのは本当なんだけど」
 と言いながらも、シーラは普段より少々落ち着いて演奏をこなしていた。普段は貴賓席で自分の夫と『もう一人の妻』が隣同士に座っていて嫉妬を感じてしまうのだが、今年はそんな事がなかったからだ。かといって平気だったわけでなく、一人居心地悪そうにしていたパティを気の毒に思っていたのは、恋敵であると同時に親友であるからだった。シーラ自身も、女でなくて男ならパティと結婚したいと思っただろうと夢想する事がある。実際に『男』になった経験もあるのだが、その時の記憶はなぜか頭に残っていないし、原因だった呪いの指輪は既に破壊されて存在しない。
 そこで身を離し、青年は懐から本を取り出す。表紙に書いてある魔法陣からすると、どう見ても魔法書の一種らしい。
「えーと、これが今日の誕生日プレゼント」
「ところで、この魔法書って何の呪文なの?」
「モフェウスが呪いの指輪に込めていた呪文のアレンジ版。これを使えば俺が忙しい時でもパティと……」
「〜〜っ!!」
 そして再び踵落としが放たれ、神聖魔法が込められた脚が青年に食い込むと同時に浄化の力が発動、光に分解されて消滅した。

「って、そんな事していないのに嘘を書かないで下さい!」
「…………」
 再び叫ぶシーラの悲痛な声を、蹴り倒されて気絶した青年はもう全然聞いていなかった。今の事実をパティが知って放った神聖力を帯びた右拳が青年の息の根を即座に止めるのは、またもう少し後になる。
「だーかーら、あたしは息の根を止めるまではやんないーっ!!」

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…………シーラファンの皆様すいません(汗)。
ちなみに設定は、シーラとパティの両方を奥さんにしているといった所で。


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