●流れ星の主題歌(テーマソング)
●浅桐静人

 いつもならもう眠っている時間。日付もとっくに変わり、エンフィールドに住む人々の大半が眠っている。明かりもほとんどない真夜中だ。
 予定の時間まで特にすることもないシーラは、いつもはあまり飲まないコーヒーをのんびりと楽しんでいた。ミルクと砂糖をたっぷり入れて、かなり甘くしているのだが、十分眠気覚ましにはなっていた。
 今頃トリーシャはブラックで飲んでいるんだろう。というのも、昼間、眠気覚ましにはやっぱりブラックじゃなきゃ、とトリーシャにしつこく勧められたからだ。さっき砂糖の瓶のふたを取る前に一口だけ飲んでみたが、シーラにはとても飲めたものではなかった。ミルクと砂糖を、多すぎと言われそうなほど入れて、やっとおいしくいただける。
 おかげで眠くはないのだが、ひとりで夜遅くまで起きているのは暇だった。あと一時間。ピアノを弾いているときなら「たった一時間」なのに、する事がなければとても長く感じる。
 とは言え、まさか今からピアノを弾くわけにもいかない。劇場や音楽室と違って、この屋敷は防音があまり徹底されていない。昼間は近くを通りかかった人がピアノの旋律に耳を傾けるが、夜中はどんな綺麗な音色も、安眠を妨害するただの騒音に成り下がってしまう。
 トリーシャが言っていた時刻にはまだ早いが、窓を開けて空を眺めてみた。澄んだ空にたくさんの星が見える。
 あと一時間もすれば、この星空に動きが現れる。流星群、それがトリーシャの聞きつけてきたビッグニュースだった。雲もなく、流れ星観賞には絶好の天気。わくわくするなというほうが無理な話だ。
 普段なら、流れ星なんて、夜空をずっと眺めているときにひとつでも見つけたら運のいいほうだ。なのにそれが前もって知らされているなんて、ちょっと変な気分だった。しかもたくさん降ってくるというのだから。
 トリーシャは街中を駆け回って、いろんな人にそのことを話していたらしい。流行の水先案内人は、手にした情報を広めるのも得意だ。誰かとすれ違うたびに「ねえねえ、知ってる?」と話しかける姿がありありと浮かんでくる。
 いつの間にか空っぽになったコーヒーカップを掴んだまま、ぼんやりとそんなことを考えていると、水が流れるかのごとく時間は通り過ぎていた。
 気がつくと、トリーシャが予告した時刻を数分過ぎていた。
 誰もが眠っているはずの時間に、自然界のショーは始まる。厳密な劇場の開館時刻と違って、知らされた時刻は目安でしかない。数分、数十分、数時間、ときには一日以上のずれもありうるが、シーラはトリーシャの言った時刻を信じて、空の見える部屋へと急いだ。
 星の光が世界を包んでいた。夜風がゆるやかに髪を揺らす。少しだけ冷えた風はシーラを安心させた。
 今日はどれだけの人が同じように空を眺めて、ショーの始まりを待ちわびているのだろうか。
 そして流星群が到来した。窓の向こう、ずっと遠くに流れていった最初の流れ星をシーラは見逃さなかった。もしかするとそれは最初じゃなかったかもしれないが、数秒ごとに空に軌跡が描かれ、ときには複数の光の糸がもつれあうのを見ていると、そんなことはちっぽけで、どうでもいいことだった。
 数え切れないほど、まさに星の数ほどの流れ星が次から次へと押し寄せてくる。気がつけば、窓を開け放ち、身を乗り出している自分がいた。
 今までに見たどんな絵にも劣らない、黒と黄色、たった二色の世界。画家ならば衝動的にキャンパスを真っ黒に塗りつぶしただろう。限りなく黒に近い青の中で光り輝く星たちは、白と黄色の絵の具だけでは描ききれない、でも描きたい。そんな気持ちが交錯して、いったい最後にどんな絵を描くのだろう。
 その答えは、シーラにもだいたい分かっていた。目の前に広がる世界を表したいと、シーラ自身がそう感じるから。もちろん絵ではなくて音という媒体で。
 シーラの頭の中を、無数の旋律が駆け抜けて消えていく。自分に与えられた能力を最大限に生かして、そこから選りすぐり、書き留めて、また消して、それをずっとずっと繰り返す。
 にわか雨が上がるように星がやみ、雲が消えていくように闇が薄れてくる。現実と夢の境界をさまよっていることにも気づかぬまま、シーラはひとつの曲を作ろうとしていた。
 

 同じ頃、セント・ウィンザー教会では、半分眠りかかったローラが虚空を見上げてコーヒー入りのコップを傾けた。飲もうとしたわけではない。一瞬、意識が途切れて力が抜けただけだ。
 熱湯で入れたコーヒーは多少冷めてはいるものの、三十六度前後の体温などよりは何十度も熱い。
 トリーシャに勧められたコーヒーは、誰の意図とも違った方法で、眠気を完全に吹っ飛ばしてくれた。
 ローラは声なき悲鳴を上げ、冷やすための水を求めて早歩きした。大声を上げなかったおかげで、誰も目を覚ますことはなかった。孤児院の子供達は遊び疲れてとうに眠っているし、セリーヌとネーナも普段の規則正しい消灯時間を律義に守っている。
 ほんの少しだけ砂糖を入れたコーヒーを、三杯ほど飲んでも引き下がらなかった睡魔も、突然の攻撃にしっぽを巻いて逃げてしまったようだ。素直には喜ぶのは無理だとしても、悪いことばっかりじゃないとくらいなら思う。
 痛みが引くまで、そう時間はかからなかった。冷水に浸すのをやめ、ふと窓の外を見やると、なんとなくいつもより明るいような……。
 ローラは窓枠に駆け寄って、少しでも広く夜空を見渡せるように位置取った。
 星の舞う景色。聞いたとおりの流星群。いや、この数なら流星雨と称してもいい。流れ星の数を数えようと心に決めていたが、そんなことは到底やっていられなくなった。
 何秒おきまでなら数えられただろうか。たぶん、一コンマ数秒程度が限界だ。で、現実は一秒に数十個くらい。数える気など一瞬で失せてしまう。
 予想を遥かに超えた数の流星を目に映しながら、ローラは呆気に取られてしばらくぼーっとしていた。うっすらと陽が昇りはじめ、最後の一つが落ちたあとも。
 そしてふと我に返ったとき、やっと気づくのだった。願いごとするの忘れた、と。
 

 星を眺めながら、トリーシャは砂糖もミルクも入っていないコーヒーを飲み込んだ。純粋なコーヒーの味は、ただひたすら苦い。神経中枢を興奮させる成分の効果が現れるより先に、その味だけで眠気覚ましとしての役割を果たしてくれる。
 今夜の流星群。それは今まで生きてきた中でも一二を争う大ニュースだった。今日は人と会うたび誰彼構わず、そのことを教えていた。学校の友達にも、普段はあまり話をしない知り合いにも、すれ違った見知らぬ人にも。
 それだけ話題を振りまいて、自分だけは見れなかったなんてことになったら悲しいし、情けない。もちろん、純粋に流星群を見たい気持ちも大いにある。そう考えたら、苦いブラックコーヒーもなんでも……なくはない。やっぱり苦い。
 流星群はどの方角の空に見えるか。それを聞き忘れていたことを今になって思い出したトリーシャは、東西南北、四方八方が見渡せる場所、つまり家の外に出た。見晴らしのいい山の上が最高だろうが、さすがに真夜中にそんな場所に行っていられない。
 予告の時間より少しだけ早く、最初のひとつを視界に捉えた。まずひとつ、と呟くが早いか、第二、第三、第四、第五……がほぼ同時に出現した。それを見つけた頃には、夜空全体が星たちの動き回る舞台になっていた。
 言葉では言い表せないぐらいの絶景。言い表せなければ話のタネとして使えないが、適した言葉が見つからない。人の言葉が無力なのか、単にトリーシャのボキャブラリーが乏しいだけなのか。たぶん両方だ。
 すごく綺麗な、吸い込まれるような、眩しいくらいの……。どれも間違ってはいないが、何か足りない。
 いい表現を必死で考え、流星群に圧倒され、ブラックコーヒーの効き目が現れ、結局ほんの少しも眠れずに、トリーシャは夜明けを迎えた。
 

 翌日、というか同日のさくら亭で、パティは走り書きの譜面を必死に読み解こうとしていた。衝動のままに書かれたおたまじゃくしの群れは、汚くて判別できないわけではない。何と言っても、書いたのはシーラである。走り書きとはいえどもなかなか達筆だ。
 そのシーラが、感想を求めてパティのところへやってきたのだが、
「ど、れ、み、ふぁ、ファでしょ。ど、れ、レね。ファレ。……ど、れ、み、ミよね。ファレミミ……」
 一小節読むだけでも時間がかかる。ひとつずつ音を確かめ、いくつか並べたら始めのほうの音を忘れていく。
「あ、しかも点がふたつある。えっと……なんだっけ、ど、れ、み、ふぁ、ファ。そうそう、ファミレ……あれ?」
 二小節進んだところでいい加減あきらめた。そんなことをやっているより、シーラに歌ってもらったほうが遥かに効率的だ。
「ねえ、シーラ」
 パティに呼ばれたシーラは、カウンターに突っ伏して熟睡していた。もともとシーラは朝に弱く、しかもほとんど寝ていないと言っていたから、多少は予想していたが。
「ファミレ、ど、れ、み……」
 仕方なく、五線譜の解読を再開する。声に出していちいち音を確認しなければならないパティには、主旋律を読むだけで精一杯だった。音楽を聴くのは好きだが、こうやって悪戦苦闘するのは好きじゃない。
「ねー、あたしにも見せて」
 突然の声に、読み終えた音もごちゃごちゃになってしまった。カウベルの音にも気づかないほど集中してしまったようだ。声の主であるローラは、すでにカウンター席に腰を下ろして、寝息をたてているシーラを物珍しそうに眺めている。
「読めるの?」
「もっちろん」
 差し出された楽譜を目で追っていく。特に速いわけではないが、パティと比べたら数十から数百倍のスピードで読んでいる。
「パティーっ、何でもいいから甘い飲み物ちょうだいっ。あ、ローラもいたんだ。それにシーラも……」
 突然現れたトリーシャは、椅子に座って熟睡中のシーラを見て絶句した。
「珍しいよね」
 次に取る行動を見失ったトリーシャに、ローラが話しかけた。
「う、うん。こんなところに来るだけでも珍しいのに、ねえ」
 起こさないように声をひそめて、シーラの寝顔を伺う。
「こんなところで悪かったわね」
「あ、別にそんな意味で言ったわけじゃ……」
 悪意があるわけでないと、もちろんパティも分かっている。その証拠に、トリーシャの返事が終わるより先に表情が和らいでいる。
「それじゃ、ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーでいいわね」
 トリーシャの表情が瞬く間に険しくなった。隣に座っているローラも、なぜか同じように表情を曇らせている。
「やだ」
「その様子だと、かなり効いたみたいね。だったらココアにでもする?」
「そうする。思いっきり甘いやつね」
「はいはい」
 くすっと笑いながら厨房のほうへ歩いていく。“甘い飲み物”と聞いた時点で、パティはトリーシャがブラックコーヒーに懲りているのが分かった。そもそもコーヒーを勧めたのはパティで、眠気覚まし用に苦みの強いものを用意したのもパティだった。だが一応、砂糖やクリームを多めに入れたほうがいいという忠告もしておいた。
「で、話は変わるけど、それ何?」
 ローラの持つ五線紙を指さして、トリーシャが訊ねた。が、返事はない。見ると、熟睡しているシーラの横で、ローラまでもが「すー」と寝息をたてていた。
「なかなか見られない光景だね」
「二人ともほとんど寝てなくて眠いのは分かるけど……ま、混雑する時間でもないか別にいいか。トリーシャは全然眠そうじゃないけど、もしかしてまだコーヒー効いてるとか?」
 暖かいココアを差し出しながら、三人の顔を見比べるパティ。
「ボクは午前中寝てたから」
 学生であるトリーシャの午前中とは、もちろん授業中だ。今日受けた全授業を居眠りで過ごしたと公言する学生はあまりいないだろう。パティはしらけた視線を送ったが、
「昨日のはすごかったからねー、授業なんかより絶対よかったよ」
 と笑顔で言われて、余計に気分がしらけるだけだった。
 パティはさくら亭の手伝いもあり、夜更かしはしていられないと、トリーシャのしつこい説得を退けて、話題の流星群は見ていない。朝食を食べに来た客から話を聞いて、とにかくすごかったというのは知っている。
「あのシーラが寝るのも忘れて作曲に没頭するくらいだから、相当すごかったんでしょうね。ここに来てから、流れ星の話ばっかりしてたわ」
「そりゃあ、すごかったもんね。ってことは、ローラが持ってるやつが?」
「そういうこと。シーラにしては珍しく走り書きで読みにくいけど」
 トリーシャは眠っているローラの手から楽譜を抜き取って、走り書きの音符を確かめた。
「読めるの?」
「もちろん。……と言いたいとこなんだけど、実はひとつずつ音を確かめてかなきゃだめなんだ。あー、しかもピアノ曲みたいなのは難しそう」
 曲を知りたいのはやまやまだったが、楽譜が読める二名はカウンター席で眠っている。
「やっぱし、二人が起きるまで一音ずつ拾ってくしかなさそうね」
 トリーシャというあまり役に立たなそうな味方を加えて、楽譜の解読作業を再開した。
 

 シーラが目を覚まし、続いてローラも目を覚ました。正確には、夢うつつのシーラがいすを倒したからローラも起きた。音探しを始めてから小一時間が経っていたことになるが、作業は一割も終わっていなかった。
「あ、やっと起きた」
「ねむ……あっ、ごめんなさい、パティちゃん」
「別に謝らなくたっていいわよ」
 シーラは必死に起きようと目をこすっていた。隣で目を覚ましたローラは、驚いて目を覚ましたために、もう眠気がかき消えていた。
「ピアノ曲って、やっぱり読むの大変だね」
 音譜の解読に全精力を注いでいたトリーシャが、それまで凝視していた楽譜から視点を遠ざけて目を休める。
「あ、これはピアノ用の曲ではないのよ。詞はまだないんだけど、歌のつもりで書いたの」
 シーラが指摘すると、楽譜を見ていた三人は驚いた表情になって、一斉にシーラのほうを向いた。
「でもひとつの音符に玉が三つもあるよ」
 と、トリーシャ。パティもそうそう、とうなずく。
「それは三部合唱だから」
 シーラがそう言うとあっさり納得して、また一音ずつ拾い上げるという解読作業を再開した。
 三人の中で唯一、寝る前に楽譜を読み終えていたローラは、まだ納得がいっていないらしく不思議そうな顔をしている。
「ねぇ、シーラ。この速さだとこのあたりは速すぎて歌えないんじゃない? それに、一番高い音と低い音が3オクターブ半も離れてるんだけど……」
「えっ?」
 シーラは頭の中で、自分が作った曲を鳴らしてみた。確かに、詞をつけて歌うには速すぎる箇所もあるし、高音と低音の差が激しすぎるパートもある。ピアノ曲を書くときの癖と言えなくもないが、シーラがこんな間違いを犯すのも珍しい。
「えっと……どうしよう」
 顔を赤らめて戸惑うシーラ。
「んー、ひとつだけちゃんと歌えるパートがあるから、あとは伴奏にしちゃえばいいんじゃない?」
 音楽のことでシーラに助言ができるのも今くらいだろう。そう思うと、ローラはちょっとだけうれしかった。それ以上に、シーラもそんなミスをするんだと驚くやら感心するやら、複雑な心境ではあった。
「そう、よね。そうするわ。ありがとう、ローラちゃん。パティちゃん、トリーシャちゃん、ちょっと貸してくれる?」
 シーラは楽譜に清書のための注意書きを書き加えて、また二人に渡した。事実上歌えないパートを必死に解読しようとしていたトリーシャとパティの苦労は、水の泡になってしまった。
「ボクたちの苦労っていったい……」
「無駄ってことね」
 音楽の知識のなさを痛感して、ため息をつくふたりだった。
 

 シーラが直々に歌ってみせると、さくら亭に拍手と歓声が広がった。といっても三人だけなのだが。
「トリーシャちゃん、よかったらこの曲に詞をつけてくれない?」
「……ボク?」
 自分を指さして、「なんで?」といった眼差しを向けるトリーシャ。ローラは羨ましそうにそれを眺めている。
「昨日の流れ星のことを教えてもらったお礼もあるし……」
「そっか」
 トリーシャは納得がいったから、ローラは確たる理由を指摘されてしまったから。別の理由で同じ言葉を呟いた。
「そーんな水くさいこと言わないでさ、みんなで書こうよ。そのほうがきっと楽しいよ」
「うんっ、書こう書こう」
 トリーシャが提案すると、すぐにローラの表情が一転した。
「それはいいんだけどさ、どんな詞にするの?」
 口調はずっと変わっていないが、パティも乗り気だ。その疑問に真っ先に反応したのは、トリーシャではなくローラだった。
「もちろん、甘くて切ないラブ……」
「却下!」
 即座に、パティとトリーシャの声が重なった。
「なんでよー」
「シーラがこの曲作ったのは昨日のあれの影響でしょ。だから、詞のほうも流星群のイメージで書くのがいいと思うんだ」
 その答えに誰もが納得した。そうでなくとも、成り行き上、トリーシャの発言が最大の権限を持っている。
「トリーシャもなかなかいいこと言うじゃない。でも、あたし見てないんだけど」
「あ、そういえば……。ま、その辺はイメージでなんとか」
「まあいいけど」
「じゃ、早速。うーんと、“たくさんの星たちが……”ってとこかな」
 トリーシャとパティのやりとりが終わったのを確認するや否や、ローラが一番乗りで詞を付けはじめた。
「あ、ずるーい。じゃ、ボクも……」
 トリーシャは慌てて楽譜に向かったが、いきなり行き詰まった。一度聞いただけではメロディが覚えきれていなかったのだ。もちろん楽譜を見ても、頭の中で音楽にならない。そうやっているうちにも、ローラは一人で勝手に作詞を続けていく。
「ローラ、音が分かんないからちょっと歌ってみて」
「うん。ララーラララー……」
「うーんと、“深い夜……”ってとこだね」
 トリーシャもやっと手を付けはじめた。しかもローラに歌わせているので、今度はトリーシャが一人で進めていることになる。
「シーラは書かないの?」
「私は音楽だけで充分よ。そういうパティちゃんこそ書かないの?」
 パティは「うーん」とうなって楽譜の一部分を指さした。
「……この辺り、ちょっと歌ってみてくれない?」
 トリーシャと同じく、パティも覚えていない。
「え、ええ。ララララー……」
「んー、これがシーラの見た流星群のイメージかあ。ふんふん、“空から落ちてくる……”、いや、“降りそそぐ”のほうがいいかな」
 ローラとトリーシャで半分ぐらい書き終えたところへ、パティも加わった。
 途中、あーでもないこーでもないと言い争ったり、いつの間にかローラが楽譜読み担当になっていたり、書き直したりして、やっと詞ができあがった。
「じゃ、ローラ、歌ってみて」
 やはりまだメロディを覚えきっていないトリーシャが促す。
「あれ? なんであたしだけなの?」
「そりゃ、あたしたちはまだ音が分かんないから」
 パティに言われて、ローラが独唱する。シーラも一緒に何度か歌い、すぐに残りの二人も加わった。
 場所が場所だけに伴奏はなく、副旋律もなくなってしまったが、それで充分だった。さくら亭に四人の歌声が響き渡り、ちょっとしたコンサート会場のようだった。
 息のあった歌声が消えると、不意に拍手が起こり、さくら亭の外で待機していた人たちがどっと押し寄せてきた。大衆食堂としてのさくら亭が一番忙しい時間――ちょうど昼飯時を少し過ぎた頃だった。
「うわ、もうこんな時間だったんだ」
 パティは注文を聞いたり厨房のほうに伝えたりと、いきなり大忙しになった。一方、残りの三名はカウンター席に陣取ったまま、
「それじゃ、私たちもここでお昼にしようかしら」
「あ、それいいね。ローラは?」
「もちろんあたしも賛成っ」
「はいはい。定食三つね」
 店内を駆け回るパティを見て、笑いながら話をして過ごした。
 この日、さくら亭に居合わせた人たちは、流星群、そしてシーラの曲の話題で持ちきりだった。

『流れ星の主題歌』
 作詞:トリーシャ・フォスター、ローラ・ニューフィールド、パティ・ソール 作曲/編曲:シーラ・シェフィールド
 

●History

2000/03/29 書き始める。
2000/05/14 書き終える。


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