カルチャーギャップ


どんな世界にもあるカルチャーギャップ。
カルチャーギャップを理解する事は背景文化そのものを理解するのと同様、有意義な事です。
では、悠久世界のカルチャーギャップをオールキャストでお届け致しましょう。
愛と友情と煩悩の加護があなたの上にありますように(笑)。

なお、この話はエタメロ老人会の同人誌「mooなやつら」への掲載用に書き上げたもの。挿絵イラストは妹(SAYA17)の作品です。


<カルチャー・ギャップ1〜人間ディザスター>

 店舗とは信じ難い、いかにも雑然とした薄暗いマーシャル武器店の倉庫。
 今にも自重に耐え兼ねて崩壊しそうな、埃の積もった戸棚。ごちゃごちゃと積み上げられた、来歴不明の金属と木と革の混合体。
 そして、マリアが足を一歩踏み出せば床の埃がもうもうと舞い上がる。
 好奇心半分で入り込んだ事を後悔しつつ、口から出るのは文句。
「やだ〜、服が汚れちゃう!」
「でしたら、それなりの準備をなさればよろしかったのでは……」
 心配するような呆れるような視線を、マリアに投げ掛けるクレア。
「兄様も訓練の時は、化粧を濃い目に致しますもの」
「関係あるのか?」
 前を歩いていたエルが、「え?」という表情をして振り返った。
 それに対して、クレアが首を縦に振る。
「汗で流れないようにですってよ。嘆かわしい事ですわ……」
「アタシにとっては、マーシャルの無駄遣いの方が嘆かわしいね。ほら、罠とか火薬とかあんな武器とか」
 倉庫の隅を投げやりに指差すエル。そこには、柄の長さ三メートル余りの大鎌が無造作に掛けられていた。
 錆止めの油を塗った鋭利そうな無紋の刃先は剣呑に輝き、この世のものと見えない禍々しさを存分に演出している。
「ねーねーエルぅ。マーシャルに黙ってあれ買っちゃってもいい〜?」
「ああ、好きに――」
 そこら辺の木箱を踏み台にして(背が低いので)勝手に手を伸ばすマリアを、エルはだるそうな目でちらりと見て――
 ――見た瞬間。
「ちょっと待ておいっ!」
「なあに?」
 と言いながらマリアは鎌に手を掛けた。
 鎌から魔法力が吹き出して、マリアの小柄な身体をすっぽり包んで……。
「くはははははははっ!」
「伏せろクレアっ!」
 エルが叫んでから間もなく、倉庫の天井が吹き飛ばされた。
 エネルギー、光、そして強烈な波動が満ちる。
「きゃあああああっ?」
 火薬に引火して引き起こされた二次爆発が、視界の一面を嘗め尽くした。

「…………?」
 クレアは衝撃波がにじんだ思考を掻き集め、ぺたんと床に座り込む。
 呆然として頭を少し上げると、マリアはいない。
 どこか遠くで、かすかに爆発音が響いている。
「あ、あ、あ……」
 クレアが震える声を何とか出すと、瓦礫の上に腰掛けて悠然と青空を見ていたエルがめんどくさそうに振り向いた。
「どーした、クレア?」
「あんな武器をどうやって手に入れたんですか、マーシャル様はっ!」
「知らないよ。エンフィールドだと武器は基本的に携帯自由。役所の取り締まりもザル同然だからな」
 唖然とするクレアを尻目に、エルは青空を虚ろに見つめ、
「確かにあの歩くジェノサイドをほっといて、武器の取り締まりやっても空しいわな……」
(マリア様にあんまりな言い方では……)
 そう思いながらもクレアは、煤と埃と瓦礫にまみれて反論する事が出来ないでいた。

<コラム:武器について>
 エンフィールドの武器規制は、はっきり言って甘いです(笑)。
 クロスボウ持ち歩くランディや斧を持ち歩くクランクを挙げるまでもなく、常に武器を携帯しているリサやアルベルト、ヴァネッサを見れば分かるでしょう。
 他には主人公(2)の刀も有名ですが、ジョートショップの背景画像にさりげなく置いてある大鎌なんかも存在します。実はあれはアリサさんの武器で、彼女はトルキア地方の傭兵騎士団で「幽鬼のアリサ」と呼ばれたとか何とか……(「みつめてナイト」か?)。
 ちなみに、ファイナル・ストライクや雲隠れ、身代わり人形など暗殺者っぽい奥義を多数所持するシーラは実は暗殺者で、ショールとスカートの下に多数の武器を、髪の中には黒く塗ったピアノ線を潜めているという噂があります(笑)。


<カルチャー・ギャップ2〜美術館の罠>

「この美術館は、貴族の邸宅を改造したって事は知ってるわよね?」
 いつものように、イヴが淡々と話をする。
「え、そうなんですか?」
 そしていつものように、フェニックス美術館の廊下を歩きながらシェリルは眼鏡の奥の大きな瞳を丸くした。シェリルは元々この街の住民ではないので、細かい所には意外と疎い。
 イヴは透き通るような白い手で、長い黒髪を払い除けて話を続ける。
「旧王立図書館みたいに当時の姿って訳じゃないけど、セント・ウィンザー教会やリヴェティス劇場同様に貴重な遺産である事は間違いないわ」
「建物自体が歴史的遺産なんですよね、要するに……」
 うなずいたのは、エンフィールド育ちでその辺の事情に詳しいクリス。
「大戦をくぐり抜けて残った文化財はそれだけで貴重なのよ。……例えば」
 そう言ってイヴは『特別展示室』と書いてある扉を開ける。
「……部屋の中には入らないでね」
 そうイヴは言ったが、言われなくてもシェリルは足を止めたであろう。
 ケースの中の魔法書や儀式用の杖、その他諸々から漂う、圧迫されるように強大無比な魔法の感触。
 酒に酔ったような感覚を覚えて思わず顔を逸らすと、イヴも同様に、白い顔を更に蒼白にしている。
 それでも汗を流さずに、イヴはかすれた声でシェリルに言った。
「強い魔法力を感じるでしょう?」
「はい。展示ケースの中の魔法の品物に――」
「……だけじゃありませんね。ほら、展示ケースの周囲の床と空間にも働いてますよ」
「さすがクリスさん、素晴らしい観察眼ね」
 イヴが微笑を浮かべ、クリスの肩をぽんと叩く。
「ここに入り込むと魔法力を吸い取られて魔法が使えなくなるの。そして、墜落したら電撃床の餌食になるという訳」
「……そんな事したら死んじゃいませんか?」
「ええ。死ぬわよ」
 いともあっさりと答えるイヴ。
「ちょっとそれって――!」
「だから裏口の落とし穴や魔法猿なんかで、金髪のやんちゃなお嬢様や何でも屋に勤めてるシェリルさんの思い人なんかが死なないように配慮している訳なんだけど」
 …………。
 ……………………。
「ななななな、何でその事をっ?」
「シェリルさんの書いた小説に載ってたわよ」
 きっぱりはっきり、表情も変えずにイヴが言う。
「……はっ! そ、そうでしたっけ?」
「あはははは、シェリルさんったら……」
「からかわないで下さいよ、クリスくん……」
「……今度からノンフィクションは控え目にね」
 クリスの指摘に顔を赤くするシェリルを見て、イヴはくすくすと含み笑いをした。

<コラム:美術品窃盗事件>
 ジョートショップの青年が冤罪を受けた、フェニックス美術館における美術品窃盗事件。
 妻七人(笑)との馴れ初めとなったこの事件で、ジョートショップの青年は美術品十数点の窃盗により永久禁固/市外追放を宣告されております。
 大学で歴史専攻の私としては実に妥当な量刑だと――もとい、私情はさて置き量刑の軽重を考えてみましょう。
 日本では、刑法第二百三十五条で窃盗は懲役十年以下、二百三十七条で強盗は有期懲役五年以上とされています。
 それに比べればエンフィールドの刑法は過酷なようにも思えるのですが、ここで少し考えてみて下さい。
 エンフィールドでは、五十年前の大戦において美術品や歴史的遺産の多くが消失しています。それがゆえに美術品は貴重なものであり、それに対する侵害行為は厳しく罰せられて然るべきと考えられていても不思議はないという事です。
 あと、美術館には魔法の品物も数多く所蔵されていますから、それに対する保全処置と考える事も出来ます。
 タナトスの魔法書なんか、盗んだ方の生命に関わる危険極まりない代物でしたし……。


<カルチャー・ギャップ3〜ジョートショップの通い妻>

 綺麗な花の添えられた、白いレースの掛かった食卓。
 ディナーと見紛うばかりの豪華な朝食は、たった一人のためのもの。
 さくらんぼのアップリケの付いたエプロンをしたショートカットの女の子がたこさんウインナーをフォークに刺し、愛しの君の口元に優しく運ぶ。
「はい。あ〜ん」
「あ〜ん……」
 交差する茶色の視線と、朝日を浴びる茶色の髪。
 期待の目で見つめるパティをよそに、青年は情緒のない返事をした。
「まあまあだな」
「なによそれ……」
 客商売を営んでいるはずなのに、二人とも悪意はないが愛想がない。
「そんなに怒るなよ。可愛いんだからさ……」
「どーせ、シーラやシェリルにも同じ事言ってるんでしょ?」
 互いによく似た中性的な容姿に互いによく似た表情を浮かべ、兄妹のように睨み合う青年とパティ。
 そこにアリサが入ってきて、新聞と牛乳をテーブルに置く。
「あ、アリサさん」
「アリサおばさん……」
「……あの、仲良くしてる所を邪魔して申し訳ないんだけど」
(仲良くしてたっけ?)
 一瞬、二人の頭に全く同じ疑問が浮かぶ。
 だがそれに構わず、アリサは義理の息子の肩に手を置き、同じ年頃の女性を見つめて微笑んだ。
「この子と結婚してお店を継いでくれないかしら、パティちゃん?」
「け、結婚っ?」
 いきなりの刺激的な言葉に戸惑いながらも、パティは二つ返事で引き受ける訳に行かず、とりあえず保留にする口実を探す。
 青年は女癖の悪い煩悩魔人だが、好きになった相手は心の底から大切にしてくれる。だからパティとしては拒めないし、拒みたくもない。
 三十秒ほど経過して、ようやくパティは出したい言葉を紡ぎ合わせた。
「あ、あたしはさくら亭の跡を継がなきゃいけないし――」
「通い妻すれば問題ないでしょ?」
「あ、そうだっけ……」
 通い妻とは名前の通り、妻が夫の元に通う結婚形態の事である。
「それだったら別にいいよな。さすがアリサさん」
「あ……あたし、あんたの子供産むなんて決めてないんだからね」
 青年を前にしたパティがはにかんだような笑みを見せ、身体の前で両手を合わせた。
「それに、他の女の子を呼びやすいなんて考えてないわよね?」
「お前だって可愛いんだから、自信持てってば」
 青年の両手が、後ろからそっとパティの細い腰に回される。
 夢を見るように青年の綺麗な瞼が閉じられて、手は胸元に……。
「可愛いよ、パティ……」
「エッチ!」
 反射的に繰り出されたパティの拳が、青年を床に張り倒した。
 胸を高鳴らせたまま顔を赤くして荒い息をするパティと、床に倒れて気絶するジョートショップの青年。
 それを見て、アリサは小声で囁いた。
「まだ早かったかしら、この子には……」
 多分、早過ぎる。

パティの勝利

<コラム:男女交際>
 エンフィールドの男女交際は非常に自由なようで、ジョートショップや自警団でもオフィスラブは横行しています(まあ、それでなくてはゲームが進行しなくて困りますが)。部下の誕生日にプレゼントを贈る習慣や履歴書へのスリーサイズ記入義務が、それを助長しているのは間違いありません。
 しかも、白昼堂々とパティの唇を奪おうとしたりシェリルを後ろから抱き締めたりするジョートショップの青年や、トリーシャに同衾されたりローラに路頭で抱き付かれたりする自警団第三部隊隊長など、上司・部下共に煩悩が暴走するケースが多々あるという困った所です。
 そして公認の仲の男女の場合、女性が男性の家に通い妻する習慣があります(由羅さんだけは夫を通わせていましたが)。ピンクのエプロンドレス着用のえぷろんパティ、ちょっぴり幼な妻なえぷろんマリア、寝起きに奇襲を掛けるえぷろんヴァネッサを御覧になれば理解できるでしょう。
 なお通い妻には、料理をおいしく食べさせるついでに本人もおいしく食べられるという危険性も(以下削除)。


<カルチャー・ギャップ4〜さくら亭のカウンター>

「ふぁ〜あ……」
 昼の十一の鐘の鳴った頃。
 さくら亭で留守番をしていたリサは、カウンターに頬杖をついてあくびをしていた。
 普段から妹のように可愛がっているパティが、ジョートショップに行ったまま帰ってこない。
 おかげで心配の余り、御飯のお代わりが四杯目でストップしている。
「まさかパティ……」
 パティの身を案じるリサのこめかみに、冷や汗が流れる。
 歯をきりきりと噛み鳴らし、無意識に腰のナイフに右手を伸ばしていた。
「唇奪われたり押し倒されたり、そういううらやまし――もとい、ひどい事されてるんじゃないだろうな?」
 朴念仁なジョートショップの青年がそこまで事に及ぶ可能性はないとは一応思っても、心配なものは心配である。
「五つも年下だからってパティに嫉妬してる訳じゃないからな、私は……」
「しっとチャンプがどーしたんだよ、リサ?」
「だあああああああっ!」
 素早く身をよじって、リサは身構えて戦闘体勢を取るが……。
「ちょっと待て、オレだオレ!」
「はあはあ……いきなり脅かすなっての、ピート!」
「脅かしてねーってば……。せっかくリオと一緒に来たのによ」
「と、ところでリサお姉ちゃんが食べてるそれ、一体何なの?」
 深窓の令息のリオが、リサの前の食事を興味深そうに眺める。
「納豆だよ」
「……納豆〜〜っ?」
 ピートが大口を開けて、納豆を指差しながら仰天した。
「知ってるの、ピートくん?」
「ああ。納豆って、あの何でも食べるアルベルトが苦手な腐った豆――」
 そこまでピートが口走った瞬間、リサは実戦で使い込んだ戦闘用ナイフを腰から抜き、ピートの首筋に素早く密着させる。
「……東方人の魂・納豆を侮辱して生きて帰れるなんて思ってたんじゃないだろうね、ピート?」
「だから東方人の魂って何なの、リサお姉ちゃん……」
 リオがぼそりと呟くが、目付きが既に行っちゃってるリサには全くもって通じていない。
「さあ。命が惜しければ納豆を食いな、ピート」
「助けてくれよパティ〜っ!」
「ふふふ、パティは通い妻に行って当分帰ってこないよ♪」
 どれだけ恐がらせたら許してやろうかと考えながら、リサは心の中で微笑んでいた。

<コラム:大陸と文化>
 エンフィールドのある大陸はいくつかの地方に分けられており、人種差と文化的差異が存在します。しかし概ね、色の薄い肌と大き目の瞳、そして欧州風と和風を基調にした文化には変化がないようです。
 北方には五十年前の大戦後に誕生した帝国と周囲を取り巻く都市国家群が存在し、たびたび小競り合いを引き起こしています。ここの人間特有の特徴は白い髪。リサさんの髪はこの地方の人種の血を示しています。ちなみにエルフにも人種差はあり、この地方のエルフには金髪が多いそうです。
 東方はリサさんの出身地です。悠久世界では全世界的に和風文化が混ざっているので、別にここだけ和風文化があるという訳ではないようですが、褐色の肌の人間は概ねここの血を引いているようです。
 南方は旧王国領一帯とその更に南を指し、北寄りの地域は平穏ですが、遥か南方は紛争地帯と呼ばれる物騒な地域です(ちなみに、ベケット団長が第二の人生をエンジョイするのもそこですが)。ここの人間には際立った特徴はありませんが、エルフにはエルさんみたいな緑の髪が多く見られます。
 エンフィールドは南方最北端にあるらしく、至近に王都跡の砂漠があるために北との交通は妨げられています。なお、この地方の名前は大半が英語風、一部が和風です(由羅や紅月など)。
 しかしいずれにせよ、言語は地域・種族の別なく共通のようです。実際、東方出身のリサも北方出身のリカルドやランディも、言語については不自由していません。
 ……で、女の子が脚線美を披露してくれるのも大陸全体で一般的な風潮のようです(笑)。
 パティやトリーシャは、もっと大胆な格好で愛しの君を悩殺していますが……。


<カルチャー・ギャップ5〜祈り捧げて>

 エンフィールド唯一の教会、セント・ウィンザー教会。
 純白に統一された簡素な内装。正面の祭壇には十字の聖印が掲げられ、ステンドグラスから差し込む光は祭壇の前で祈りを捧げる小柄な少女に優しく降り注ぐ。
「……」
 なぜか膝の上にテディのぬいぐるみを乗せたセリーヌに、ルーとハメットが静かに歩み寄った。
「おい、セリーヌ」
「…………」
「セリーヌ、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「…………」
 ルーに呼ばれても姿勢を崩さずに、セリーヌは一心に祈りを捧げている。
 それでもセリーヌを起こそうとするルーの袖を、ハメットは押さえた。
「あの、ルーさん」
「どうしたんだ、ハメット?」
「セリーヌさんは目が細いですから、もしかしたら寝てるんじゃないでしょうか?」
「……確かにな」
「……それに寝起きが悪いですから、いきなり握手なんかされたら複雑骨折しますよ」
「更に確かだな……」
 と立ち去ろうとする刹那。
「ちょっと待って下さい」
 すっとセリーヌの腕が伸ばされ、頭一つ分身長の違うルーの肩をあっさり鷲掴みにする。
 ルーは内心の動揺を意思の力で押さえ込み、そして悠然と振り返って。
「……いつ起きたんだ、お前?」
「さあ、愛と友情と煩悩を込めて神様にお祈りしましょう」
 セリーヌの顔に浮かんだのは、いつも通りのにこやかな笑み。
 思考の空白を脇に押しやり、ルーはかろうじて声を出した。
「……煩悩?」
「ええ。煩悩です」
 断言するセリーヌ。
「な、何で煩悩が大事なのですか?」
「人の心の根源は愛。そこから友情も煩悩も生まれるんですよ」
 そう言うセリーヌの顔を冗談でも言っているのではないかと思い。ルーが覗く。
 当ては外れた。
 かけらほどの冗談も介在しない真剣な目で、どこか遠くを見つめている。
「お祈りの後で特製ジュースを作りますから、楽しみにして下さいね」
 と言ってすぐさま、祭壇に向き直るセリーヌ。
 それをよそに、男二人は寒い気持ちで虚ろな視線を漂わせていた。
「……教会って何なんでしょうかね?」
「俺に聞くな……」

<コラム:魔法の原理と信仰>
 物理・神聖・精霊・錬金。この世界には四種類の魔法があります。
 この中でも、神聖魔法は少々特殊な存在です。他の三系統と違って魔術師組合ではなく教会が管轄しているという事も、特殊性の裏付けと言えるかもしれません。
 魔法の系統を分類立てて見ると、
・物理魔法、錬金魔法=物理現象に直接関わる魔法
・神聖魔法、精霊魔法=物理現象に直接関わらない魔法
 というような組み合わせが想定できます(マリアが使った水魔法は精霊を介して水を呼び出したのであって、自力で生成した訳ではありません)。
 ところで、物理魔法がエネルギー、錬金魔法が物質組成と分野を異にするように、神聖魔法と精霊魔法の違いもあるはずです。
 精霊魔法の使用には各種の精霊が関わっているのはご承知の通りです。
 では、神聖魔法の発動には神様が関わって――
 ――いそうにありませんね(笑)。シャドウでも使えますし。
 やはり、自己の外部に存在する精霊と対照的な内なる「神」を想定すれば理解もしやすいでしょう。効果が生命・精神の本質に密接に関わる治癒・精神力賦与・精神打撃などに限られる事も、ここから考えると納得できます。
 外部から経過を観察できないために「技術」として成り立たないので、魔術師組合と縁が遠くなっているのかも。
 ……この推測が正しいかどうかは責任持てませんが(汗)。


<カルチャー・ギャップ6〜守護者のパワー>

「私を甘く見ないでよ!」
 アカデミーで鍛えたヴァネッサの格闘術が、ギャランの顎に炸裂する。
「オラオラオラオラーッ!」
 実戦仕込みのアルベルトの長槍が、ボルを鮮やかに叩き伏せた。
 元公安の二人が、弧を描くようにして相次いで緑の地面に倒れる。それを念入りに確認してから二人は肩の力を抜き、深呼吸をして清々しい空気を味わっていた。
 木漏れ日が優しく差し込んで、森の全てを平等に照らしている。
 自然というものは、生来の金持ち同様に吝嗇という概念とは無縁らしい。
 そんな感慨を胸に抱きながら、アルベルトとヴァネッサはゆっくり腕を背中に回し――
「やれやれ、野良公安もしつこいな」
「街の平和を守るのも楽じゃないわね」
「公安が潰れてうちの団長が辞任して、あのいけすかない何とか言った評議員が評議会追い出されて万々歳だと思ったのに……」
「後腐れなく通りすがりの冒険者にでも始末されてくれないかしら……」
「勝手な事言うんじゃないわよおおおおっ!」
 甲高い声が辺りに響き、復活したパメラががばりと跳ね上がり、アルベルトの胸板を勢いよく掴んだ。
 それを見たアルベルトは、めんどくさそうに頭を掻く。
「年の割に元気だな、おばはん」
「きいいいいっ!――なんて事をしている場合じゃなくて、あなた方」
 一方的に叫ばれ、アルベルトは心底めんどくさそうに猫のような瞳でパメラを見下ろす。
「何だよ、おばはん?」
「ここは市内でしょっ! なのにさっきからばんばんと魔法を撃ち込むわ長槍振り回して襲い掛かるわ!」
 そう叫びながら、パメラが指差したのは――
 草木がずたずたに引き裂かれ、街中から延々と伸びている凄まじい破壊。
 それをヴァネッサはちらりと見渡して。
「おばさんが抵抗するから悪いんでしょ?」
「うがああああああっ!」
「カルシウム不足は健康に悪いぞ、おばはん」
「だぎゃああああっ! ――はあはあはあ……」
 ひとしきり絶叫を続けてから、パメラは呼吸を整える。
「……脇から見てると飽きないわね」
 ヴァネッサがぽつりと、何だかひどい台詞を漏らしたのも気にせずに、元公安維持局の最後の一人は自警団員達をぎろりと見据えた。
「と、ところであーゆー破壊行為を繰り広げるのは立派な犯罪じゃ――」
「……そういえば、今までそんなの気にした事もなかったな」
「え?」
 パメラがぴたりと動きを止め、サングラスが少々ずり落ちる。
「そういや、エンフィールドの器物損害は刑事犯罪にはならないのよね」
「というか、訴え出ないと罪にはならないんだよな」
「第五部隊がアフターケアしてくれるから、訴える人は事実上いないけど」
「……よし、問題解決。犯罪者に人権はない!」
「ちょ、ちょっと待って――きゃあああっ!」
 そして飽きるまで、アルベルト達はパメラを踏んづけ続けた。

<コラム:器物破損>
 スゴロクでジョートショップ、ないし自警団第三部隊はライバル達と共に戦闘を繰り広げます。
 しかし、あれだけ派手な戦闘をやっておいて周囲に被害が及ばないはずがありません。物理魔法や攻撃系能力を乱用した後だと、特に悲惨な様相を挺する事でしょう(笑)。
 通り道に罠を仕掛けないだけエタメロよりましとはいえ、物理魔法のパーティー間遠隔射撃は充分に周囲の迷惑です(再度笑)。
 人間が無茶苦茶丈夫なので(物質と反物質の爆発に巻き込まれても大体平気です)死人は出ないのでしょうけど、器物破損の問題は一体どうなっているのでしょうか。
 よく考えてみると、全てのスゴロクには自警団のパーティー(1では第一部隊、2では第三部隊)が関わっています。ですから、公務執行に関わっているという事で、自警団なり役所なりが弁償しているのでしょう。
 やはり、スゴロクの後に災害対策センター(2では自警団第五部隊)が一生懸命後始末して回っていたりして(笑)。


<越後屋さんの「悠久大辞典」準拠・悠久小辞典>

・暗殺者シーラ
 シーラの変形バージョン。黒髪の中に黒く塗ったピアノ線を、ショールとスカートの内側に戦闘用ナイフを忍ばせて、かかと落としでトドメを刺す。
 攻撃対象は、浮気した想い人が中心だとか(笑)。

・生贄
 ジョートショップの青年に対するパティの立場。警戒心に乏しい無防備な行動と首筋や腰のラインが見える無防備な服装が災いしている。
 第三部隊隊長に対するトリーシャの立場も似ているが、この場合はパティを手本にした可能性が濃厚(笑)。

・ヴァンパイア・パティ
 暗殺者シーラと同じく、パティの変形バージョン。怒った時に牙が見えるのみならず、泳げない=流れ水に弱い、ティナとバスト・ウエストのサイズが一致、テンプテーション能力に秀でている、などと証拠は数多い。
 愛しの君の血でも吸って、体力回復していそうである。

・N極とS極の法則
 エンフィールドの人間関係を律する法則。磁石のN極とS極が引き合うように、性格が正反対なほど意外と仲良く行くというものである。
 ジョートショップの青年とアレフ、トリーシャとエル、シーラとパティ、第三部隊隊長とアルベルトなどがこれに当たる。

・オフィスラブ
 主人公達が、ジョートショップや自警団事務所でやってる事(笑)。
 なお、履歴書へのスリーサイズ記入義務、上司の部下への誕生日プレゼント贈呈など、この街の風習が助長している面もなきにしにあらず(嘘)。

・通い妻
 エンフィールドにおける愛情表現の一つ。えぷろんパティやえぷろんヴァネッサのように、時折夫の家に通うのが基本中の基本。
 ただし例外として、由羅は夫を通わせているので要注意。

・鬼畜大王
 「2」の主人公、第三部隊隊長の通称。年齢不問の幅広い恋愛関係から、このように命名された。
 その対象は幅広く、男性は十二歳のリオから推定七十代〜八十代のベケット団長、女性は十三歳のローラから百十三歳のローラまで含まれる(笑)。

・近親憎悪の法則
 エンフィールドの人間関係を律するもう一つの法則。内容は説明不要。
 当てはまるのはジョートショップの青年とパティ(一線を越えると逆転するが)、ジョートショップの青年とアルベルト、アレフとアルベルト、アルベルトとヴァネッサ……。
 ……アルベルトばっかり(笑)。

・十八歳以上推奨イベント
 全年齢推奨であるはずの悠久幻想曲に潜む、ちょっぴりアブないイベントの総称。パティ、トリーシャ、ローラの「かしまし娘」トリオに比較的集中している。

・妻七人
 ジョートショップの青年の女性関係。全員美少女であり肉体的精神的にも高度な能力を有しているのは、偶然か選り好みした結果かは定かでない。
 ちなみに第三部隊隊長は「妻八人&夫一人」(笑)。

・煩悩魔人
 「1」の主人公、ジョートショップの青年の通称。普段は朴念仁なのに、時折煩悩方向に暴走する事からこの名が付いた。
 その目標の大半がパティであるという事は、言うまでもない(笑)。

・有能危険人物
 その名の通り、有能にして危険な人物の総称。ジョートショップの青年や自警団第三部隊隊長とその仲間達が代表例。
 リカルドやアリサのような飼い主でないと扱えない上に、総じて暴走癖を所持しているので、一般人は決して近付かない事(笑)。


<カルチャー・ギャップ7〜夜光魚の怪>

 トリーシャはヘキサのぬいぐるみをぽふ、と壁に投げつけて、可愛く頬を膨らませて座り込んだ。
「どうして隊長さん、ボクがデートに誘ったのに逃げるんだか……」
「あのー、トリーシャちゃん?」
 トリーシャの部屋に上がり込んで一緒に七杯目のお茶をすすっていたディアーナが、トリーシャの肩をとんとんと叩く。
 そっと涙をにじませるトリーシャは自分の世界に浸り、反応はない。
「初恋の相手が煩悩魔人。次は鬼畜大王。やっぱりボクって男の趣味が悪いのかな……?」
「……独り言だけじゃなくてあたしの話も聞いて下さいっ!」
「トリーシャ・チョ〜ップ!」
 友人の再度の催促に前触れもなくトリーシャはチョップ棒を引き抜くと、右斜め四十五度の角度で振り下ろし、ディアーナを衝撃波に巻き込んだ。
 そして数秒後、テーブルの破片を払いのけてディアーナが立ち上がる。
「いきなり何するんですか、トリーシャちゃんっ!」
「まあまあ、ディアーナちゃん」
 うさうさパジャマを着て粗大ゴミのように転がっていたリカルドが、熊のように起き上がって義娘とその友人の間に割り込んできた。
「トリーシャも悪気はないんだから、勘弁しておいてくれんかね?」
「悪気が無くたって嫌なものは嫌です〜っ!」
「う……ごめんディアーナ……。ボクちょっと自己嫌悪……」
 トリーシャは精一杯の溜め息をついてから一転。そして、にっこりと野の花のような笑顔を見せる。
「……じゃ、夜光魚でも食べてストレス発散しようっ!」
「どええええっ?」
 トリーシャの言葉に、思わず絶叫を上げるディアーナ。
 そしてたまらなく虚ろな声で――
「トリーシャちゃん家だと夜光魚、食べるんですか……?」
「食べるよ?」
 当たり前の事のように、平然と言ってのけるリカルドの養女。
「もしかしてこの地方では食べないのかね、ディアーナちゃん?」
「北方だと食べる事があるって、先生に聞いた事はあるんですけど……」
 信じ難いものを見たように、白衣の袖をだらりとさせるディアーナ。
 リカルドとトリーシャは北方生まれ。それなら夜光魚を食べるのはむしろ当たり前の習慣だが、生粋の南方育ちであるディアーナにとっては想像を絶した習慣である。
 当然ながら――
「――ですから、さくら亭にもラ・ルナにも置いてなんかありませんよ」
「そういえば、マリオン島の近くだと大顎月光魚ってのがいるんだよね」
「……へ?」
 大顎月光魚というのは身長一メートル余り、大きな顎をした夜光魚の亜種である。性格は狂暴で、小型船のマリオン島への接近を一切許さない。
「うむ。あれだったら食べ応えがありそうだな」
「……本気ですか?」
 と呟いたディアーナを、トリーシャの両腕ががっしり掴んだ。そしてそのままふわりと持ち上がり、天井の近くまで舞いあがる。
「よ〜し、パティのメニューに加えてもらお〜っ!」
「やめて下さ……あああっ!」
 しがみ付いたディアーナを引きずったまま、トリーシャは高速飛行の魔法で窓を突き破り飛んでいった。

<コラム:食生活>
 「1」の小説ではアレフが「夜光魚は食べられない」と断言しました。
 しかし「2」では、トリーシャが「夜光魚のステーキ」なる料理を口走っています。
 ですが、ここで製作スタッフに文句を突き付けるよりは何とか整合させる方が建設的ですし、何といっても面白いので(笑)、右のような説を立ててみました次第であります。
 なお、エンフィールドの住民の主食はパンと御飯。エンフィールド周辺では農場(「1」のオープニング参照)で麦が、牧場で牛肉や牛乳が、ローズレイクで淡水魚が取れますが、降水量が少ないせいか田んぼは見当たらないので、お米はきっと移入品でしょう。
 ちなみに「スズキの香草グリル」がさくら亭にあったり、トリーシャにスベスベマンジュウガニの事をほのめかしたら海に行きたがったりしてましたので、恐らくエンフィールドから海へは意外と近いと思われます。
 電撃系雑誌の表紙にも、水着シーラ&メロディが出てましたし(笑)。


<カルチャー・ギャップ8〜しっぽでふさふさ>

 ぽろんぽろんぽろん……。
 シュタインハルクのピアノに置かれた白い繊細な指が、美しい音色を紡ぎ出し、リヴェティス劇場の舞台の上で、ささやかなリサイタルはクライマックスを迎える。
 やがて静かに音色は尽き、余韻は空気の中に溶け込んでいった。
「ふみぃ〜!」
 ぽすぽすぽす。
 シーラが演奏を終えると同時に、白い猫耳と猫の手足、おまけに尻尾まで備えた少女が歓喜の声を上げて拍手をする。
「シーラちゃんすごいのぉ〜!」
「ありがとう、メロディちゃん」
「みゃう。くすぐったいのぉ……」
 ピアノの前から立ち上がったシーラが柔らかい笑みを浮かべてメロディをぎゅっと抱き締めると、メロディは嬉しそうに猫のような声を出し、シーラの黒髪にうずもれてピンクのリボンにじゃれついてくる。
 そして、ぴょこぴょこと尻尾を振りながら……。
「シーラちゃん、メロディうれしい〜!」
「――きゃっ! ちょ、ちょっと!」
 ざらざらした舌で頬を舐められながらも、飼い犬の事を思い出して幸せに浸るシーラであった。
「ホント、しっぽぴか〜んな演奏だったわね」
「……しっぽ?」
 メロディの付き添いとして後ろで見ていた由羅が漏らした謎の言葉に何となく反射して、シーラは問い返す。
「しっぽがどーかしたの、シーラちゃ〜ん?」
「そ、それは……」
「あ、ゆらおねーちゃんもきてたんだぁ」
「…………あのー……」
 そこでシーラは、何かを探すようにショールの中に手を突っ込み、冷や汗を流しながら文脈を組み立て、演奏会直前のような緊張した面持ちで由羅に言葉を掛けた。
「……しっぽぴか〜んってどういう意味ですか、由羅さん?」
「しっぽぴか〜んっていう意味なのよ。分かった?」
「……いいえ」
 当然、しっぽが生えていないシーラに分かる訳はない。
「んもう、人間とかって不便よね。想い人が相手でも言葉に出さないとダメなんて……」
「ええっ?」
 目を丸くして体を引きつらせたシーラを見て、由羅は悪戯っぽく笑い。
「……ま、シーラちゃんとかは特別かな?」
「えとえとえと、それはそのっ!」
「そういえば、シーラちゃんはしっぽがないですね」
 何がそういえばなのか意味不明だが、メロディがシーラを見つめて言う。
「あ、そーだ。ハメットに頼んでシーラちゃんも改造してもらおうか?」
「べ、別にそんな事しないでも……」
「大丈夫。しっぽに誓ってもいいわよん」
「改造しないでもいいですってば〜っ!」

<コラム:種族>
 悠久世界の種族には様々なものがあります。
 人間(現世の人間と同種族かは疑問ですが……)はエンフィールドで最多の種族で、メインキャラのほとんども人間です。
 エル以外にも何人かエンフィールドに住んでいるエルフは魔法力に優れ、「エルフ大評議会」なる種族統合組織を持っています。
 ピートの属する人狼族は非常に珍しい種族です。満月を浴びて獣人化する以外には、エルをも上回る類稀な怪力以外には特に変わった事はありません(十分変わってるってば)。
 この街には由羅しかいないライシアンは美しい反面、能力的に優れた所がないためにしばしば密猟の対象にされています。
 なお、ねこみみ人工生命体や人形は一体のみなので割愛します(笑)。
 余談ですが、パティやヴァネッサやディアーナがヴァンパイアだという噂が流れています。特にパティの場合は、怒ると牙が見えたり流れ水に弱かったりティナとバスト&ウエストが一緒だったりと証拠は十分(おい)。
 最後に忘れてはいけないのは主人公達。共に種族不明、第三部隊隊長に至っては性別不明です(笑)。
 何なんだあんたら(爆)。


<カルチャー・ギャップ9〜百年分の嘆き>

「おいでよ、お兄ちゃ〜んっ!」
 洋品店ローレライの広い店内に、ピンク色の小柄な少女の声が賑やかに、隅々まで響く。
 圧倒的なその雰囲気に押されるようにずるずると、華奢な体付きの青年は怯えるように後ずさった。
「うふふふふ〜っ♪」
「な、何だよローラ……」
「やだなあ。今日はあたしとお兄ちゃんのデートでしょ?」
 そう言ってぐいぐいと、トリーシャの隙を突いて捕獲した自警団第三部隊の若き隊長を引っ張るローラ。さりげなく体を密着させて、温もりを感じてみたりする。
 更にホッペをすりすりしようとするが、そこにお邪魔虫が割り込んだ。
「あ〜、何やってんだローラ?」
「……なぁに、アレフお兄ちゃん?」
 愛想笑いとごまかし笑いを浮かべるローラを見て、アレフは頭に巻き付けた布を直しながら。
「お金に余裕のないお役人にたかっちゃ悪いだろ?」
「うっ……」
「それくらいだったら俺がおごってやるからさ、代わりにデート――」
「さ〜てと、お買い物お買い物♪」
「……ふられたな、アレフ」
「やかましいっ!」
 皮肉そうにぼんやりとした隊長の灰色の瞳を、アレフは睨んで涙した。
 そんなアレフの事を露ほどにも気にせず、ローラはすっかりフリルとリボンの山に浸って歓声を上げる。
「レインシャインかイージー・ゴーイングの服、ここにはないかな〜?」
「確かそれ、どっちも王室の御用達だったよな」
 隊長がいつものように、ローラの髪を撫で付けながら言葉を加えた。
「へー、お兄ちゃんの割にはよく知ってるのね」
「……五十年前の大戦まではな」
「へ?」
 ぼそりと呟いた青年の声に、ローラの緑の瞳が一瞬点になる。
 確かに大戦で大陸は多大な被害を受けているが、いくらなんでも――
「……どーゆー事、お兄ちゃん?」
「ファランクスの砲撃で、デザイナーも何もかも吹っ飛んだよ……」
 素っ気無い口調で、隊長は非情な事実を告げた。
「…………」
「あそこの男物、ノイマン隊長が若い頃愛用してたんだけど……」
「……本社が王都に移転してたからな」
 苦々しい口調で、青年とアレフが続けて呟く。
「そ、そんなっ! ――じゃあグローリー・マーチは?」
「オーナーと子供全員が戦死したから……」
「シャープ&メジャー……」
「使っていた素材の産地が壊滅して、終戦直後に倒産」
「エターニティー・ボックス!」
「北方にあった伝説のブランドだけど、王国軍の侵攻と戦後の混乱に巻き込まれて工房の職人が全滅したもんで、今は跡形もないぜ」
「……………………」
 ショックに目を虚ろにして立ち尽くすローラ。
 そんな彼女の頬をぺしぺしと軽く叩いてから、隊長は首を左右に振った。
「ダメだこりゃ……」
「雷鳴山の地下で百年間蝉みたいに眠ってたから、感覚も百年前そのまんまだったか……」
「……じゃ、帰ろうかローラ」
「戦争のバカ――っ!」
 切実な思いで、戦争反対を訴えるローラであった。

百年蝉ローラ

<コラム:大戦>
 言うまでもない、五十年前の大戦です。
 ノイマンやベケット、紅月や風月が出征して北方の国家と死闘を繰り広げ、ある者は生き延びある者は前線離脱して故郷に帰る途中で最期を遂げある者は鼠退治用毒饅頭で中毒死を遂げました(汗)。
 結果として南方では九百年余り栄えた王都の滅亡と跡地の砂漠化。北方では国家の崩壊と、未だに続く帝国と都市国家群との抗争。
 ともあれ、石切場の遺跡から二千年、タナトスの世界制覇から千年、エンフィールド建設から五百年を経た歴史からすれば些細な事です(おい)。


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