注意 このSSは大橋賢一氏の「フィクションデータボックス」をベースに執筆いたしました。
ちなみに、主人公の名前は「アルファ」です。
彼女がヴァンパイア・ハーフである事が判明したのは、フェニックス美術館窃盗事件で犯人とされた男−ジョートショップで働くアルファ−の無罪が確定した、そのお祝いのパーティの席上においてであった。おそらくは、さくら亭とジョートショップのかけ持ちをしていたためであろう、パティが貧血を起こしたのだ。たまたま隣にいたアルファに抱きかかえられたおかげで、倒れずには済んだものの、意識はもうろうとしていた。そんな状態にあって、目の前のアルファだけは、妙にはっきりと認識できた。そして、彼を「欲しい」という強い欲求も。いつもの彼女なら、そんな欲求は無意識に抹殺しただろう。だが、この時は、それが出来ないまま、彼に抱きついた。
「ちょっ・・・パ、パティ!?」
アルファが驚きの声を上げるのもかまわず、彼女は彼の首に顔をうずめ、そして、その牙を突き立てた。何かを吸い上げ、飲み干す感触と、飢えが満たされる満足感が彼女を包む。それがさらなる欲求を呼ぶ。彼女はその欲求に対し忠実に、さらに牙を深く突き立てにかかったが・・・幸いにして、その場にいた、エル、シェリル、シーラ、マリア、メロディ、リサの6人が実力でそれを阻止した。
「そんな・・・ひどい、シェリルチョップ!!」
シェリルが涙目で、どこからともなく取り出したぶ厚い本の角でパティに殴りかかり、
「抜け掛けはさせないわ!〈ホーリー・ヒール〉!!」
シーラはミニスカートもかえりみずに、必殺のかかと落しを、パティの後頭部に炸裂させ、
「いつまでひっついているんだい!〈ヴァニシング・ノヴァ〉!!」
エルはアルファのおかげで使えるようになった最強魔法を、
「アルファのバカ〜!〈ヴォーテックス〉!!」
マリアは使用可能な最強の集団攻撃魔法を、2人の間に炸裂させ引きはがした。そして・・・
「ふみゃみゃみゃみゃみゃみゃっ!!」
メロディが鋭い爪で引っ掻きまくり、
「でれでれしてんじゃないよ、ボウヤ!!〈連撃〉!!」
リサがラッシュをアルファに浴びせかけた。「抱きつかれた」アルファの方が「抱きついた」パティよりもひどい目にあっているが、まぁ、世の中えてしてこんなものであろう。
ともあれ、彼女達のとっさの判断(?)により、パティはアルファを失血死させずに済んだのだ。そして、パティの身の上が、彼女の両親から説明された。
彼女がヴァンパイアの末裔であること。
もっとも、ヴァンパイアの血はだいぶ薄くなり、「血への欲求」は極めて限定された相手、条件でしか起こらないであろうこと。
その条件とは、肉体的に極めて疲労した時、それも想い人に対してのみであること・・・
まぁ、そんな次第で、彼女の想いと正体が分かり(その時、パティが顔を真っ赤にしてうつむいたり、マリアやメロディが彼女の想い人に対し「所有権」を主張したりしたが、話とは無関係なので省略させていただく)、アルファに対しパティと同じ想いを抱く他の女の子達も、「血を吸うために、アルファを呼び出す」事に対して文句を言わない事にしたのだった。
さて今現在、パティはそんな特権を利用して、アルファと2人きりになっていた。
そして彼女は、この2人きりの状況下で、少し積極的に迫ってみようと思ったのだ。
「ねぇ、アルファ」
「ん?」
軽く首を傾げる彼の背中に腕を回して、「おねだり」する。
「もう一度・・・吸ってもいい?」
「ったく、しょうがないなぁ。・・・貧血にしないでくれよ」
苦笑混じりに同意して、アルファは目を閉じ、軽くかがんだ。噛みやすいように少しあごを上げる。それを確認したパティは彼の首の後ろに腕を回して抱きつくと、目を閉じ、彼の唇へ自分のそれを近づけ・・・。
シャッ!!
あと1センチでお互いの唇が重なり合う、というところで、パティの右側から、鋭く空気を切り裂く音が起こった。
「!!」
キンッ!!
反射的にヴァンパイア・ハーフの力を発揮して、右手の爪を刃渡り20センチほどの刃物に変化させたパティは、その右腕を振るって自分に迫る「音源」を叩き落とした。「音源」達は澄んだ音を立てて地面に落ちる。「音源」の正体は、黒塗りの手裏剣であった。パティは、それを使う人物の名を鋭く叫んだ。
「シーラ!!」
「・・・抜け駆けはなしって、約束しなかった、パティちゃん?」
暗がりの中から、シーラが抜け出てきた。いや、闇から染み出てきた、と言う方が正解かもしれない。そのくらい、彼女は闇の中に溶け込んでいた。
無論、いつものブラウス、ミニスカート姿ではない。黒のレオタードに身を包んでいる。手入れの行き届いた黒髪とあいまって、闇の中に彼女の顔だけ浮かんでいるようにも見える。当然、顔の下には身体があるし、アルファやパティにはちゃんと見えている。そして、彼女の手にある黒塗りの手裏剣も・・・。
これが、シーラの、いや、シェフィールド家の、暗殺者という裏の顔である。もっとも、暗殺業は50年前の大戦終結を境に廃業している(依頼方法を知っている者達がことごとく、王都もろとも吹き飛ばされたので)。だが、暗殺者教育を含んだ、家の習慣が改まったわけではない。そんな習慣の中で育ったシーラは、必然的に優秀な暗殺者としての素養をその身につけていたのだ。
そんな彼女が、今、剣呑な笑顔を浮かべてパティを見据えている。一方のパティはシーラから目をそらしつつ、ちょっといじけ気味に抗弁していた。
「だ、だって、みんな、あたしには監視がきつくて、2人きりにもなれないじゃない。シーラとかはしょっちゅうデートとかしてるのに・・・。だから・・・」
そこまで言って、パティは居直ったらしい。腰に手を当て、シーラを正面にとらえた。
「だから、たまの2人きりの時に、ちょっとくらいキスしたっていいでしょ!!」
「それはちょっと贅沢じゃないか、パティ?」
パティの背後から、声と共に腕が伸びてきて彼女を締め上げてきた。
「リサ!!」
一切の気配を感じさせず、いきなり自分の背後を取った女戦士の名を、パティは呼ぶ。
「私だって、ボウヤとキスした事なんてないんだ・け・ど・ねぇ・・・」
ちょいとばっかし剣呑に、パティを締め上げる。さすがに苦しくなって、パティが叫んだ。
「ちょっ、ちょっと、リサ、お願いだから勘弁してよ!」
「なぁ、リサ。その辺で止めにしないか?」
半ば耳に息を吹きかけるように、アルファはささやきかけた。するとリサの身体がピクンと硬直する。その瞬間をとらえて、すかさず彼女の腕からパティは逃れた。リサの間合いから逃れ、振り返ってみると、そこにはアルファに後ろから抱きしめられ、「口説かれている」リサがいた。
「ちょ、ちょっとボウヤ・・・」
「どうかした?」
「そんな、耳元でささやいたら・・・」
リサは顔を赤く染めながら、彼の腕から逃れようと試みたものの、耳元へのささやきのせいで力が抜けて果たせない。
そんなささやかな彼女の抵抗も、アルファにとっては楽しみの1つである。そして、どんな効果があるかを承知の上で、もう1回ささやく。
「顔が赤いよ、リサ」
「ウんっ・・・」
何やら妖しげな雰囲気の2人を黙って見ていれるほど、シーラとパティの2人は大人しくはない。
「アルファくん・・・」
「リ〜〜サ〜〜〜ぁ」
トーンこそ異なるものの、声に含まれた剣呑さと嫉妬の波動はまったく同じである。その波動が持つ危険性を察知したアルファとリサは、慌てて離れ、それぞれ弁解にかかった。
「い、いやね、シーラ。あのまま放っておいたら危ないだろ?だから・・・」
「どうして・・・」
「え?」
「どうして、私には、何もしてくれないの?」
悲しげなシーラの声。だが、それは表面だけだ。その瞳は、怖いほどの怒りの色をたたえて揺れていた。
「あう・・・」
彼女の様子に、アルファは1つうめいて硬直した。迂闊な事を言おうものなら、彼女の暗殺術で殺されかねない。そのような事態を回避するには・・・彼は、内心の焦りを押し隠して、シーラの肩に手を置いた。
「あ・・・」
「悪かったよ、シーラ。お詫びと言ってはなんだけど、家まで送るよ」
「うん・・・」
シーラは頬を赤く染めて頷いた。
「ちょっと待ちなさい!」
「それは、危険だね」
パティがかみつき、リサがもっともらしく頷いてみせる。さりげなく、シーラを自分の方に引き寄せると、リサは「年長者」の顔を作って言った。
「ボウヤと2人きりなんて危険だよ。送り狼になりかねない」
「なってくれてもいいのに・・・」
即座になされたシーラのこの呟きは、幸いにもアルファの呟きにかき消された。
「あのなぁ、リサ・・・」
「おや?何か言い訳できるのかい?」
「シェリルを路上で抱きしめたり、あたしを公園で押し倒したりするあんたが、どう言い訳出来るってのよ!?」
「う・・・」
「ま、そういう訳だから、大人しく1人で帰りな。シーラは私たちで送るからさ」
ポンと肩を叩かれつつ、にこやかに言われては、反論のしようがない。軽く両手をあげて、ため息をついた。
「はいはい、1人で寂しく帰る事にするよ」
シーラ、パティ、リサの3人に言った通り、1人寂しくジョートショップへの帰路についたアルファは、背後に誰かの気配を感じ取った。
(誰だ?・・・メロディあたりがつけているのか?)
何しろ、彼を慕う7人の少女達は、彼を「モノにする」ためなら手段を選ばない所がある。だから、彼を尾行して、隙をついて押し倒すぐらいの事はしかねないのだ。まぁ、そういった危険を排除しても、既に女の子が1人で出歩いていい時間ではない。とりあえず、送る事にしようと決意すると、不意に背後から声をかけられた。
「アルファ?」
「はい?」
反射的に振り返る。すると、その声をかけた人物は無言で何かの薬品を吹き付けてきた。
「なっ・・!?」
慌てて息を止めるが、手遅れだった。即効性の睡眠薬だったのだろう。アルファの意識は急激に薄れていく。
「ようやく、捕まえた・・・」
彼を睡眠薬をかがせたその人物が、達成感に満ちた声で呟いた。その人物は鮮やかな緑の髪と、猫を思わせる琥珀色の瞳が印象的な少女だった。
(誰だ・・・?)
そんな疑問を抱いたまま、彼は意識を失った。
崩れ落ちる彼の身体を、少女はしっかりと抱きとめた。いとおしむように彼の髪を撫でると、ポツリと呟く。
「責任、取ってもらうからね」
翌日・・・
「おっじゃましまーす!」
アルファを慕う少女の1人、マリア・ショートがジョートショップを訪れたのは、放課後すぐの事である。元気良くドアを開けた彼女を出迎えたのは、マリア同様にアルファを慕うエルとパティの、剣呑極まりない、冷たい視線であった。
「な、何よ・・・?」
「マリア・・・アルファに会わなかったか?」
うろたえるマリアに一切構わず、エルが静かな声で問いただす。その静かさの中に込められた剣呑さに、マリアは反発する前に恐怖をおぼえて、慌てて首を振った。
「あ、会ってないもん!会ってたら、アルファと一緒にいるもん!」
「それはそうね」
言葉と共に、納得の頷きを見せるパティ。確かにマリアであれば、アルファから離れるような真似はしないだろう。
もっとも、それで全てが解決するわけでもない。現にエルは眉をひそめてうなるように言ったのだ。
「それじゃ、あの馬鹿、どこに行ったんだ?」
「ね、ねぇ。もしかして、アルファいないの?」
「当たり前だろ。でなきゃ、こんな事、聞くもんか。昨日の夜から行方不明だよ」
「ええーーーーーっ!!?」
マリアの絶叫が、隣近所両三軒まで響き渡った。続けて、彼女の絶叫に耳をふさいだエルに食ってかかる。
「どーして探しもしないで、ここでノンビリしてるのよ!!」
「アタシ達は待機組だよ」
「え?」
「とっくにシーラやリサ達が探しに行ったに決まってるでしょ」
「ぶ〜☆どうしてマリアだけ仲間外れになのよ〜!!」
マリアがふくれっ面で2人に詰め寄る。だが、詰め寄られた2人は平然たるものだ。エルがさらりと切り返す。
「だってお前、今日、補習だったんだろ?シェリルが言ってたぞ」
「う゛っ・・・」
エルに事実をあっさり指摘されたマリアが、頭の上に大粒の汗を1個くっつけて後ずさる。さらにパティが追い打ちをかける。
「「いくらなんでも、補習をサボってまで来い、なんて言えるわけないでしょ」
「う゛う゛っ・・・」
汗の粒を2個に増やして、何も言えなくなるマリアだった・・・。
一方そのころ、シェリル、シーラ、メロディ、リサの4人は、昨夜アルファが「誘拐」された現場にたどり着いていた。
「くんくん・・・くんくんくん・・・」
「メロディちゃん、どうかしら?」
鼻をヒクヒクさせているメロディに、シーラが問いかける。それに対するメロディの返答はいたって悲観的であった。
「だめですぅ。アルファちゃんのにおいは、ここでとぎれてますぅ」
「そう・・・」
シーラのため息に続いて、リサもあきらめたように呟いた。
「やっぱりここからは手分けして・・・」
「ふみゃ?」
その呟きをさえぎるようにメロディが声を上げた。
「どうしたの?メロディちゃん」
「アルファちゃん、おんなのひととあってたみたいですよ」
鼻をヒクヒク、耳をピクピクさせるメロディから放たれた一言は、3人の爆弾を同時に炸裂させた。
「女!?」
「女の人!?」
前者はリサ、後者はシェリルとシーラの反応である。シーラとリサはそう言ったきり表情が消え、うつむいたシェリルの眼鏡は不気味な光を放ち始めた。そして、3人とも嫉妬による強烈な怒りのオーラを放ち始めた。その強烈さたるや、空を飛ぶ鳥が慌てて回れ右して引き返した程である。だが、匂いをかぐことに集中しているメロディは気付かない。そんな彼女にシーラが、表面だけの笑顔を浮かべて話しかけた。
「それでメロディちゃん、その女の人はどこに行ったか分かるかしら?」
その言葉に含まれるオーラに、メロディもびくっとなった。恐る恐る振り返り、目だけが笑っていない笑顔という凶悪なシロモノを見てしまった彼女は、思わず後ずさった。
「わ、わかりますよ・・・」
「そう。それじゃ、その匂いを追ってくれるかしら?」
口調だけは穏やかに、そのくせ殺気がありありとにじんでいる声でシーラが頼んだが、そこへ、相変わらず眼鏡を光らせたままのシェリルが口を挟んだ。
「待ってください。パティちゃんとエルさんも呼んだ方がいいんじゃないでしょうか?人手は多いほうがいいですから・・・」
「そうだね、ちょっと私が呼んでくるよ」
リサがそう言って、ジョートショップへと走った。
知らせを聞いたパティ、エル、マリアが激怒して駆けつけたのは、言うまでもない。
一方、少女達の怒りを買いまくっている当の男は・・・彼女達が思っているほどには「いい思い」をしてなかったりする。
ちなみに、アルファが今おかれている状況は、見事な拘束状態である。手首、足首は縛られているし、上半身はどういうわけか裸にされている。脱がされた服は拘束のついでか、手首の所でからまっている。元々温暖なエンフィールドであるから、風邪をひく心配はないものの、快適とはほど遠い格好である。もっとも、その一点さえ除けば、あとは不満のもちようがない環境である。
部屋は整頓され、綺麗に掃除されている。彼に与えられたソファーベッドはダブルベッドさながらの広さを持ち、縛られていなければ、手足を伸ばして寝ることだって可能だろう。
「これで、縛られてなきゃあな・・・」
思わずぼやきが口をついて出る。彼の能力であれば、この程度の縄抜け、やれない事はない。だが、相手がどれだけいるかも、位置も分からないこの状況で、逃げ出すのは危険過ぎた。それよりは、必ず助けに来るであろうシーラ、パティら7人を待つほうが安全である。
そう判断すると、彼はもう一度ベッドに寝転がった。7人が来たときのいいわけと、誘拐犯の正体を考えるために。
(どーも、俺の事を知っているみたいなんだが・・・)
だが、思い出せない。意識を失うさいに、かなり可愛い美少女だということは見てとってはいるのだが・・・。
そんな風にあれこれ考えていると、当の誘拐犯が姿を現わした。
「おはよう。気分はどう?」
「誘拐されたって事実がなけりゃ、悪くないところなんだけどね」
アルファはそう言って、彼女に縛られた手首を示す。それを見た途端、彼女の琥珀色の瞳が陰った。
「ごめんなさい・・・どうしても、あなたに来て欲しかったから・・・」
こう来られると、彼は弱い。肩をすくめると、ぼやくように言う。
「それなら、ジョートショップに来ればいいんだ。別に逃げたりはしないんだし・・・」
「ううん、あなたはきっと逃げると思う・・・だって・・・責任を取ってもらいに来たんだから・・・」
「はい?」
思わず声が裏返った。
「ちょ、ちょっと待て!責任って・・・」
大慌てで自身の過去を振り返る。年頃の女の子に抱きついたり、キスしようとしたり、胸を触った事はあるが、「責任」を取らないといけないような事をした記憶はなかった。
(何か勘違いしているんじゃないか?)
例えば、似た誰かと間違えたとか・・・ありえない話ではないので、彼は注意深く問いかけた。
「な、なぁ、それって本当に俺なの?誰かと間違えてない?」
「いいえ、間違いないわ」
真剣そのものの視線で、ずいっと迫る。元が美少女だけに、可愛らしくもなかなか怖いものがある。
「責任・・・取って・・・」
「あの〜」
迫る美少女に押されるアルファ。とことん、押されると弱い男である。いよいよベッドに押し倒され、逃げ道が無くなったところで、救いの女神がやってきた。
ズドーーーン・・・
「な、なに?」
突然の爆発音に驚いていると、部下の1人が駆け込んで来た。
「た、た、た、大変です!7人の女が殴りこんで来ました!!」
「何ですって!?たった7人くらいで何で・・・」
「そ、それが・・・うわっ!?」
事態の報告をしようとした男は、横合いからの強烈な爆風に吹き飛ばされた。そして、その爆風がおさまると・・・
『ア〜ル〜フ〜ァ〜〜〜』
7人の怒れる男達・・・もとい、怒れる乙女達が、悪魔だって裸足で逃げ出しそうな形相でそこにいた。
(こりゃ、明日の朝日は拝めないかな?・・・)
7人の表情1つを見ただけで、彼は絶望的状況に対する、諦めの思いを抱いた。無言で天井を仰ぎ見ると、パティがずいっと迫ってきた。
「この娘、一体誰なの?」
アルファに(まだ)ひっついている少女をゆび指して、問い詰める。が、それは彼も聞きたい事であった。
「いや、誰と聞かれても・・・そもそも、この娘の名前も知らないんだけど・・・」
「ソニア・ラングレイよ」
困ったように呟くアルファに、誘拐犯の少女−ソニアはあっさりと名前を告げた。
「あ、そう・・・」
「もう、忘れちゃったの?あんな事したくせに・・・」
何となく、毒気も気力も抜かれた体のアルファに、ソニアは涙目で訴えた。
そして、この一言がパティを筆頭にした「妻7人」の怒りに油を注いだ。もはや剣呑なんてレベルを遥か彼方に飛び越えた形相の彼女達に、アルファは全力で言い訳せねばならなかった。
「い、いや、本当に心当たりはないぞ!神様でも尻尾でも、何にでも誓うけど!!」
「そんなひどい・・・3年前、あんな事したっていうのに、忘れたって言うの!?」
ソニアは叫ぶやいなや、アルファの肩つかんで、思いっきり揺さぶった。
「あうあうあう・・・」
戦士として、一流と言って差し支えない実力を持つはずのアルファだが、この揺さぶり攻撃に何の抵抗も出来ないまま、なすがままに揺さぶられた。あまりの激しさに、口をきく事さえ出来ない。
「ねえ、何か言ってよ!!」
ポン
そんなソニアの肩に、すっかり怒る気のなくなったパティが手を置いた。
「そこまでにしといた方がいいんじゃない?」
「え?」
「アルファさん、目を回していますけど・・・」
シェリルの冷静な指摘を受けて、ソニアも我に返った。確かに、指摘通りアルファは目を回し、意識朦朧となっていた。
「あ・・・」
「とりあえず、話ぐらいは聞いてあげるわよ。だから、ここまでにしましょ」
このパティの一言で、ひとまず休戦となったのだった・・・
「3年前、シュタンデルの山の泉で水浴びをしていた時のことなんだけど・・・」
ベッドに腰掛けたソニアは、その時のことを思い出すように目を閉じたまま語り始めた。
「道は1つしかなかったし、そこには服を引っ掛けておいたから、のぞかれる心配もないだろうって思って、安心していたんだけど・・・」
「けど?」
「この人、泉の反対側から顔を出したのよ・・・」
「と、いうことは・・・」
「この人、私の裸を堂々と見たのよ!!」
アルファに指を突きつける。正面切って非難されたアルファは大慌てで記憶を探った。
「ちょ、ちょっと待てってば!3年前、シュタンデル?えーと・・・」
考える内に、1つの記憶が呼び起こされた。ポンと手の平を拳で打つ。
「あ、ひょっとして、道に迷った時の・・・」
「ほら、見たんじゃない!」
叫ぶと同時に、しっかりと彼の襟首を締め上げる。
「ねぇ、責任取ってよぉ!結婚するまでは誰にも見せないつもりだったんだからね!!」
遠慮無く揺さぶる。あまりの勢いの良さに、アルファは半ば気絶している。そんな彼女に、「妻7人」が黙っていられるわけがない。ボソッと自己経験談を呟いた。
「あたし、気を失っているところにのしかかられてキスされそうになったことがあるんだけど・・・」
「え?」
その一言で、ソニアの手がピタリと止まった。
「アタシも、『お人形さん』状態にされて、いいようにされたことがあるぞ」
「なん、ですって・・・」
彼女のこめかみがピクピクと痙攣しはじめた。
「マリアもね、寝ている間にキスされたことあるよ☆」
事実を偽ってはいないが、多大に誤解を招くであろう説明不足な証言をするマリア。
そしてこの証言が、ソニアの理性を弾き飛ばした。
「アルファ〜〜〜〜・・・」
剣呑極まりないソニアの声に、アルファは己の運命を悟りざるおえなかった。
「こんの煩悩魔人が〜!!天誅!!!」
チュッドーーーン・・・
何やら妙なオーラをまとったソニアの攻撃は、鮮やかにアルファを葬り去ったのだった・・・。
その後・・・
「おじゃましまー・・・って、何であんたがいるのよ!!」
いつものようにアルファの昼食を作りに来たパティは思わず叫んだ。本来であれば自分がいる場所を、エプロンドレス姿のソニアに、取られていては無理もない。そのソニアはと言えば、にっこり笑って切り返した。
「何で、って・・・私、ここで住み込みで働くことにしたの」
「住み込みって・・・あんた山賊じゃなかったの!?」
「元々、山賊は廃業するつもりでここに来たのよ。縄張りまで捨ててきたんだから」
ちなみに、彼女の配下は全て自警団に入団している。実戦経験者はそれなりに必要とされるからだ。
あまりにあっさりと返されて絶句するパティに向かって、彼女はさらに付け加えた。
「そ・れ・に、こうでもしないと出遅れた私が不利じゃない。そういうわけだから、これから彼の食事は私が作るわね」
さすがに我慢できなくなって、パティは噴火した。
「じょ、冗談じゃないわよ!!何でそうなるのよ!!」
「だってあなた、家の仕事で忙しいんでしょ?その代わりをしてあげるだけよ」
相変わらず笑顔のまま、あっさりと反論する。そんな彼女に対するパティの反応は表面だけは大人びた、そのくせ全く子供じみたものであった。
「いーえ!ソニアこそ、ジョートショップの仕事をこなすので大変でしょ。アルファの事はあたしに任せて、そっちに専念しなさいよ」
と、同時にアルファの腕を自分の方に引き寄せる。
「いーえ!さくら亭の仕事で忙しいあなたに、これ以上仕事を増やさせるなんて出来ません!どーぞ、お気になさらず!!」
負けじと言い返し、ソニアもまだ空いている方の腕を引き寄せる。それを見たパティがますますムキになってやりかえす。
「あたしがやるったら、あたしがやるの!!」
「いーえ、私がやります!!」
そう叫び、ソニアはにらみつけてくるパティをにらみ返した。強烈な視線の火花が散る中、アルファは1人天井を仰ぎ見てため息をついた。
(何か、えらいことになったなぁ・・・)
他人事のように思っていると、突如、2人の矛先が彼に向けられた。
「ちょっと!何、ぼーっとしてるのよ!!」
「そうよ!他人事みたいにため息なんかつかないで!!」
「い、いや、そう言われても・・・」
どう反応したものか困ってしまい、言葉に詰まる。
(まさかこんな事になるなんて・・・)
彼は心の中で頭を抱えた。
・・・結局、この日アルファはパティとソニア、それぞれが作った大量の料理を残さず平らげるハメになったのだった。
そして、この日以来、アルファは「妻7人」から「妻8人」の身分になり、その争奪戦は激化の一途をたどるようになったのだった・・・。
END
後書き
松です。大変時間がかかりましたが、悠久幻想曲フィクションデータバージョンSSをお届けします。
プレバージョンを書いてから1年以上経ってしまいました;
しかし、「あの」フィクションデータをベースにしたにしては大人しいなぁ、壊れ方(^^; 何でだろう?
こんな大人しい作品でも、お楽しみいただけたら何よりです。
それでは。
E-mail:GZL06137@nifty.ne.jp 松
ホームページ
http://homepage2.nifty.com/8AF/index.html
余談
#その1(書架の目次のコメントに関して)#
>シーラ:「……まさか私、パティちゃんと熱い一夜を激しく……」
>パティ:「それはフィクションデータじゃなくて裏ページでしょシーラ〜っ!!(汗)」
・・・(^^; そーゆーこと言っていると、書かれるよ、シーラ・・・;
書きませんから大丈夫です。……表では(爆)。
#その2(読後感想について)#
>「緑の髪」のくだりで、ディアーナかパメラを連想した私は何なんでしょうか(^^;)
あれは大橋さんもご存知の某「聖魔大戦」の押しかけ女房さんや、その前作のキャラを参考に作ったんですが・・・;
ディアーナだったら問題がありすぎですし、パメラだったら抹殺されます(^^;
「ディアーナ恋愛物語」か「パメラ始末記」かと思ったんですけどね(私が書く場合、オリジナルのキャラは入れませんから)。
なお、「押しかけ女房さん」というのは山賊少女、ルナール・セロンの事です。元が18禁ゲームですので、18歳未満の方は興味があっても元を当たろうとは考えないように(汗)。
「悠久書店」店主・大橋賢一