ミッドナイト・シアター〜深夜劇場〜


「……いいの、私なんかで?」
 茶色のショートカットの少女が、目を潤ませて頬を染める。
「ああ……。俺には……お前しかいない」
 少し長めの茶色の髪の青年が、少女の肩を優しく撫でる。不安を取り除くようにして、暖かい視線を少女の瞳に向けながら。
 互いの温もりを求め、少女と青年は距離を縮める。
「好きよ……好きよ」
「俺も……愛してる……」
 体を摺り寄せる少女を、青年は強く抱き締める。
 盛大な拍手と共に、舞台の幕がゆっくり下りた。
 

 その十分後、リヴェティス劇場の控え室。そこに一組の男女が座っていた。つい先程の恋愛劇の主役を見事に演じた二人である。だが。
 この場には、十分前のロマンチックな雰囲気はかけらもない。互いにそっぽを向いて、ぎすぎすした雰囲気を漂わせている。
「気色悪かったわ、あんたとラブシーンなんか演じるなんて」
 活発そうな人間の少女、パティ・ソールが、吐き捨てるようにそう言った。
「……仕事なんだから仕方ないだろ、パティ」
 隣に座っている青年が少女に言い聞かせるが、少女は耳を傾けない。
 二人とも舞台衣装を脱いで、普段着に着替えている。パティはゆったりした白い上着に黒いスパッツ、青年は白い長袖と長ズボン。髪の色が似ている事もあいまってか、二人はまるで兄妹のようにも見える。
「仕事だったからいいけどね、本当にだったら願い下げよ、あんたなんか」
「ああ、俺もだよっ」
「何で即答するのよっ!」
「先に言ったのはそっちだろ!」
 後に引かない頑固さも、そっくりだ。
「大体あんた――」
「何じゃれ合ってんの、二人とも?」
「……?」
 声に気付いて振り返る青年とパティの目に、柔らかい金髪をした元気いっぱいの少女と、その横に立つ艶やかな黒髪を腰まで伸ばした清楚な少女、二人の人間の姿が目に入る。
「お疲れ様―っ!」
 金髪の少女、マリア・ショートが、乾いたタオルを投げてよこす。
「はい、ご苦労様」
 黒髪の少女、シーラ・シェフィールドが、アイスティーのコップを持って来た。
 この四人は、《ジョートショップ》で働いている。チケット売りからモンスター退治、草むしりから美術品の除霊まで引き受ける、早い話が何でも屋だ。
 今日の仕事は劇の俳優。演奏会に出場した事のあるシーラのつてで引き受けたのだが、主演の俳優が急病で倒れたために急遽主役に抜擢され、このような次第と相成った訳である。
 ちなみに、シーラの役は通行人A、マリアは魔法の舞台効果係。
「良かったわよ、パティちゃんの演技」
「そ、そう?」
 シーラの言葉にパティは微笑む。屈託のないその姿は、青年に対するものとは全く違っていた。シーラもにっこり笑いかえし、うんうんと首を縦に振る。
「特に最後の場面、素敵だったわ。……ね、マリアちゃん」
 その言葉にマリアはう〜ん、とうなり、悪戯っぽく微笑み返す。
「……アレフだったら、『ヒロインがパティじゃ、ちょっと色気が足りなかったけどな』とか言ったりして」
「何よ!?」
 吸血鬼のような鋭い牙を剥き出しにして怒るパティ。それを無視して、マリアはアイスティーを飲んでいた青年に向き直る。
「でねでね、どうだった?」
「マリアの演出だろ? 最高だったよ」
 青年は魅力的な微笑を浮かべ、マリアの金髪をくしゃくしゃ掻き乱す。乱暴な手つきもそれは愛情の証し。
 確かに、マリアの舞台演出は素晴らしかった。劇場付きの魔術師をして「弟子にさせてくれ」と言わせる繊細にして壮大な演出。霧雨の中に差し込む薄日も、燃え盛る劫火も、そして――クライマックスの街の灯火と天蓋を満たす星々も。
「心が優しいから精霊達が言う事を聞いてくれるんだよな、マリアは」
「心が、って何よ?」
 微妙にデリカシーに欠けた――いつもの事だが――青年の言葉にマリアはむくれる。
「訂正。顔も可愛い」
「えへへ……」
 照れるマリア。その笑顔には一点の曇りもない。いつものわがままなショート財団の会長令嬢の姿とは思えない、一人の純真な少女がそこにいた。
 その視界の影から突き刺さる、痛々しさを感じさせる一対の視線。
「…………」
「どうしたの、パティちゃん?」
「な、何でもないわよっ」
 思わずマリアに嫉妬めいた感情を抱いているところにシーラに声を掛けられ、パティは意識もせずに顔を赤らめうつむいた。
 ようやくそれに気付いた――青年だけは相変わらず気付いていない――マリアがくるりと振り返り、シーラを見上げる。
「ねえねえ、シーラ」
「マリアちゃん?」
 シェフィールド家の令嬢は、頭半分小さなショート家の令嬢の緑の瞳を自分の黒い瞳でまじまじと見つめる。
「シーラって、リヴェティス劇場には詳しいんでしょ?」
「ええ。小さな頃からパパやママに連れられてしょっちゅう来てたから」
 王国時代から芸術家を輩出してきたシェフィールド家は、リヴェティス劇場との繋がりも当然ながら深い。いわば劇場は、シーラの第二の家のようなものである。
「じゃあ探検しよ☆ ねっねっ」
「え? え?」
 小柄な体格の割には意外に強いマリアの力に、シーラの華奢な体が天女のレリーフを施した扉に向けて引きずられる。
「マリア探検隊、しゅっぱーつ☆」
「ちょっと〜……」
 開け放たれたままゆっくりと閉まっていく扉の彼方から、次第に小さくなるシーラの声があたかもシルフィード――風の精霊――の声のように響いた。
 ばたんと扉が閉まり、青年とパティが二人きりで残される。
 耳の痛くなるような静寂が、控え室を包んだ。
 見つめ合う二人。
「……パティ」
「な、何よ!?」
 心臓が高鳴り、パティがうわずった声を上げる。
「舞台にジョートショップの鍵、落としてた」
「…………」
 打って変わって、は? と言わんばかりの目つきで凝視するパティ。
「あんたね、そんなもん身に付けて舞台に立ってたの?」
「当たり前だろ。俺がアリサさんから預かってる店なんだから」
 さも当然の事のように言う青年の顔を見て、パティはほう、と感心する。
「普段はいい加減に見えるのに責任感あるのね、あんた」
「だったら何で、そのいい加減な男と一緒に働くつもりになったんだよ?」
 投げやりな何気ない言葉に、パティはぴくりと体を震わせた。
「……パティ?」
 少女の顔をまじまじと見据える青年。その行為がパティの心の内に、奥底に、どんな想いを与えているのかも分からずに。
「……じゃ、行ってくる」
 パティの動揺に気付かずに、朴念仁な青年は扉を開け、部屋を出る。
「ねえ、待って……待ちなさいよっ!」
 青年を追って、パティも控え室を後にする。
 アリサおばさんのためで、あんたのためなんかじゃないんだから。
 前から口にしていたその言葉が、今では出ない。
 何故なんだろう……。
 

 かつん……。
 舞台の床を踏みしめる足音が、雫の落ちた水面の波紋のように広がる。
 典型的な王国風の建築意匠で統一された劇場の内部。花をかたどった照明用のガス灯、劇場の創設者であるシェフィールド家の薔薇の紋章の透かし彫りが入った木製の長椅子、自然の光を取り込むための大きな天窓、金の刺繍が美しい真紅のカーテン、舞台の隅にあるシュタインハルクのピアノ、もはや座る者はない国王専用の席――
 朧気な魔法の光に照らし出された客席は、物寂しげにたたずんでいた。人で溢れた舞台を見慣れているパティには、それがより深く伝わってくる。
「人気の無い舞台がこんなに寂しいだなんて、思ってもいなかったわ」
「でも、ムードはあるだろ?」
 パティの肩にそっと触れようとする青年の手を払い、パティは鋭い目付きで睨む。
「……ちょっと様子が変じゃない、あんた?」
「そうか? 別にいつもと変わりないけど」
「あ、そうね。あんた、いつだって変だもんね」
「……ともかく、鍵がどこにあるか見つけないと――」
「…………足元で踏みつけてる鍵みたいなの、一体何?」
 ……………………。
「何だ、全然苦労せずに見つかったな」
 苦笑する青年の背後で、パティがわざとらしく肩を落として息をつく。こんなに呆気なくては、パティでなくても溜め息の一つや二つはつきたいだろう。
 青年はしゃがみ込み、銀色の小さな鍵を懐に放り込んだ。
「さ、帰ろ」
「待って……」
 身を翻す青年の腕を、無意識の内にパティは掴んでしまう。
 パティの意外な行動に驚く青年と、自分の突発的な行動に戸惑うパティ。しばし見つめ合って、澄み切った茶色の瞳に相手を映す。
 胸の鼓動を二十個くらい数えた、その矢先。
「…………あのさ、今日……」
 妙にもじもじしながら、パティがおずおずと口を開いた。
「名演技、ありがと……」
「素直だな」
「素直じゃ悪い?」
 話の腰を折るような悪い冗談――いや、もしかしたら本気かもしれない――に、少女の握り拳に力が入る。
 が、何故か拳の力は緩み、どことなく熱に浮かされたような声で、劇の筋書きについて熱心に語り出す。旧王立図書館の蔵書に合った古代の劇の台本から仕立てられ、再現された古典劇。ありきたりな筋書きをありきたりと思わせない素晴らしい作品で、現代の劇作家でも、このような話を書ける人物は世界に五人といないのではないだろうか。
 そのような評価についてはパティも例外ではなかったようで、自分達の演技の余韻を確かめるかのように、青年と様々な事を話し合った。特に恋愛の事に話が及ぶと、途端に饒舌になる。意外にも(?)、パティは恋愛物が……それも純粋な愛情を扱った話が大好きだったのだ。
 ひとしきり話を終え、ふぅっと溜め息をつく。
「でも……恋愛って素敵よね。たとえあんたとのお芝居の中でも」
「パティにもきっと、素敵な恋人がその内できるよ」
 青年がふわりと笑う。その素直な目に見入ってしまい、パティは思わず顔を赤らめた。不器用だが心の底からの気遣いを感じさせる、無意識の笑み。
「で、でもっ」
 なぜかパティはうろたえ、それを隠そうとして慌てて口を開く。
「あたしってがさつで乱暴で、シーラみたいに女の子っぽくないし……」
 その後もパティは、様々な同性の友人達と自分を比較し続け、話の種の尽きたところで口篭もる。その間、青年は一言も口を挟まず、静かに耳を傾けていた。
 しばしの時が過ぎ、パティが再び口を開いて。
「や、やっぱり料理が得意なだけじゃいい奥さんになれないって典型みたいなもんだから、だからあたし……」
「パティはパティなんだから、いいじゃないか」
 青年の、相手をいたわる優しい声。優しい声なのに、何故か心が痛くなる。薬が傷口に染みる時の痛みに、それは似ていた。
「どうしてそこまで優しくできんのよ、あんた」
 冷たい響きの声で、突き放すようにパティは言う。まるで優しくされる事を恐れてでもいるかのように。
 実際、パティはこういう風に優しくされた経験はなかった。自分が女性として扱われる事にも馴れていない。短く切った髪も、活動的な行動も、自分を女性としてことさらに意識していない証拠のようなものだ。
 例外はアレフだが――どの女の子にも優しいアレフの事、あくまでも例外である。
 なのに――
 この青年の前では、何故か憎まれ口ばかり利いてしまう。だからといって嫌いな訳ではないのに、好きだと認めると自分の何かが変わってしまうような、そういう漠然とした恐怖感が心の底にわだかまり、どうしても素直な態度を取れなかった。
 その気持ちを何と呼ぶのか、恋愛感情に疎かった彼女には分からない。
「……俺の事、嫌いなのか?」
 ぼそりと辛そうに、青年の囁く声が聞こえる。
 胸が痛い。
 そう感じた瞬間、心の中の想いが堰を切って溢れ出した。
「嫌いなんかじゃないわ! ううん、そうじゃなくて……」
「…………」
 初めて出会った時から心の底に埋もれていた、今の今まで隠し続けていたパティの一番大事な想い。そして……。
「あんたの事、好きよ。本当に大好き」
 心の中の真実だけを編み込んだ、小さな囁き。
 その純粋な想いを受け止めるように、青年はパティの背中に腕を回し、優しく優しく抱き締める。
「あ……」
 温もりが、近付く。
「パティ……愛してる」
「な、何してんのよ……ちょっとやだ……」
 頬を桃色に染めて、生まれて初めての経験に少女は戸惑う。
「パティ……」
 青年は顔をパティの短い髪の中に埋め――
 ずるずると青年の体が崩れ落ち、どさりと音を立てて床に倒れた。
「……え?」
 暖かい感触から解き放たれ、名残惜しさを感じながらも呆然とする。
 すると。
「え、え?」
「よかった……パティちゃん」
「眠りの魔法……効いたみたい」
 シーラとマリア。その二人が舞台に――ここにいる。
 いつの間にか、シーラの白い手が古いぼろぼろの本を携えていた。本のタイトルらしき控え目な大きさの文字だけが記してある、質素な装丁の本。
「シーラ!? マリア!?」
「ごめんなさい」
 顔を上げたマリアの緑の瞳は、かすかに怯えるように潤んでいた。
「何よ、いきなり謝っ――」
「だってマリアが、マリアが台本ちゃんと見てればこんな事になんてならなかったのに。アリサおばさんに言われて、慌てて捜してたんだけど――」
「アリサおばさんが!?」
 雇い主とかいう前に母親のように感じる人の名前を聞き、パティは叫んだ。
「パティちゃん……」
 シーラの後ろから現れたのは、青年と同じ茶色の髪に柔らかい輝きの茶色の瞳をした、年齢というものを感じさせない落ち着いた雰囲気の女性。
 アリサ・アスティア。ジョートショップの店主。そして青年の義理の母親的な人。
「あなた達がなかなかお店に帰ってこないから、心配になって……」
「や、やだおばさん……。あたしもシーラも、もう十八なんだから……」
「子供を母親が心配するのは、当然でしょ?」
 言葉の通り、当然の事のように優しく微笑む。ちなみに、アリサに子供はいない。
「う、うん」
「あの……パティちゃん、これ」
 シーラからパティに本が手渡され、そしてシーラはちらりと床の上の青年を見やる。
「今日、パティちゃんがこの人と主役やった劇の台本の原本なだけど、ほら」
 シーラの開いたページ、そこに記してある内容には見覚えがある。間違いなく、自分と青年が舞台の上で演じた部分と全く同じ、劇の一幕。古語の知識に乏しいパティは文章を朧気にしか理解できないが、それくらい分かる。
「これは……」
 アリサが行を指でなぞり、説明を加える。
「……魔法の儀式が巧みに織り込まれている劇の台本ね。別の言い方をすれば、一種の魔法書と言えるかもしれないけど」
(儀式?)
「うん……アリサおばさんだから分かったんだけど……」
 不思議そうに目を瞬かせるパティに、マリアはいつになく真摯な表情でうなずく。
「遅効性――要するに、後から効果が表れる呪術の一種で……本来は、婚礼の宴で演じるものだったらしいの。新郎と新婦が主役になって」
(新郎!? 新婦!?)
「その呪術には、愛情を増幅する効果があるんですって」
 シーラが付け加える言葉を聞いて、血の気がすっと引く。
「じゃあ……もしかして……」
「うん。パティが抱き合ったのもそのせいなんじゃ……」
「あたしは抱いてないっ!」
 パティに怒鳴られ、マリアの目尻からじわ、と熱いものが溢れる。
「だって気が付かなかったんだもん……マリア、悪くないよーっ!」
「マリアちゃん……」
 優しく、優しくマリアを抱き締めるアリサ。
「……ごめん、マリア」
 パティも震える手で、ぎごちなく柔らかい金髪を撫でた。
「ほんとに泣きたいのはあたしなのに……」
 そう口にして、無性な悲しさが胸の中で膨れ上がる。
 女の子として見てほしかったのに。友達扱いは、もうよしてほしいのに。
(あたしって……そんなに魅力、ないのかな)
 思わず、涙がぽとりと落ちた。
「パティちゃん……」
「ほっといて! お願い!」
「……増幅する、って、さっきシーラちゃんが言わなかったかしら?」
 辛さの余り肩を震わせるパティに、アリサの暖かい声が掛かる。
「え?」
「元からお互いに、ほんの些細な好意でもいいから持っていないと、こういう種類の呪術は効果を及ぼさないんですって」
 それを聞いたシーラが、顔をぼっ、と赤くした。
「パティちゃん……まさか」
「ななななな、何でよっ!」
「だって、効果があったんでしょ? だったらパティちゃんは――」
「知らないわよ、こんな奴っ!」
 完全にやけになってわめき散らす。シーラの肩がぴくりと動き沈黙したのを見て、少しまずかったかなと思い、パティも後ろに引く。そっぽを向いて。
「……ふんだ」
 複雑な想いがパティの心をよぎる。
 そして切ない視線を青年に向けて、思考を巡らす。青年が自分を抱き締めたのは劇の魔力のせいだとしても、抱き締められた一瞬の気持ちは偽りではない……はず。――恐らくは、抱き締めた側の青年の気持ちも。普段は意地っ張りな自分も、彼も、あの一瞬だけは何の衒いもない素直な気持ちで向かい合えた。
 なのに、それなのに、今までずっと――
 青年の想いに気付かなかった自分、そして何よりも、自分の想いに気付いてくれなかった青年に対する怒りが、次第に沸き上がる。
(……こいつ、後で殴る)
 そう心の中で決心した矢先。
「パティちゃん……」
「……ん? どうしたの?」
「起きたわよ。ほら」
 心配そうに倒れた青年を見つめていたシーラに声を掛けられパティが目をやると、青年はどことなく可愛い伸びをしてから目をこすり、上半身を起き上がらせる。
「あはは、眠り姫のお目覚めね」
「おいおい……」
 マリアの冗談に、呆れ返ってかぶりを振る青年。目に残る涙の跡が気に掛かるが、とりあえずは気にしない。いつものマリアと同じ笑顔を見て安堵したのと、頭が何となしにぼやけて複雑な事を考えていたくないから。
(酒なんか、飲んでないはずなんだけどな……)
「ねえ、ちょっと」
 パティは心配気に、青年の中性的な容姿を覗き込む。
 心の枷の外れた柔らかい表情と相手を思いやる暖かい眼差し。
 想わず頬を赤らめてしまうほどの、素直な表情。
「大丈夫?」
「…………」
 青年は無言でうなずきながら、わずかにその身を引く。
「……どうして逃げるのよ」
「よく覚えてないんだけど、何となく殴られそうな気がして……」
 その言葉を聞いてパティはうっ、と息を飲む。自分の行動を振り返るとまさにその通りなので、パティも反論できない。
「――だけど、パティが殴りたいのなら殴ってもいいよ」
 自分が悪いのなら、と言って目をつぶり頬を差し出す青年に、パティはくすくす笑い、ぱたぱたと手を振る。
「いいわよ、昔の誰かの書いた台本のせいであんな事になったんだし」
「でも……」
「……じゃあ、責任取ってくれる?」
 頬を赤く染め、目を潤ませて青年を見つめる。はかなげな声と表情が、いつもの元気な彼女と違った魅力を醸し出し、非常に愛らしい。
「い、いやその……そこまでは……」
「……『そこまで』……?」
 沈黙。
 パティの果てしなく冷たい視線。
「…………覚えてたのね、何したか」
「しまったあああっ!」
 自らの軽率さを呪うように絶叫して、青年がその場から逃げ出す。舞台から飛び降り、そのまま客席をかき分けひたすら逃げた。しばらく呆然と見送っていたパティがふと我に帰り、後を追う。
「こらっ、待ちなさいよっ!」
 どたどたという足音が、次第に遠ざかる。
「あの……パティちゃん?」
「放っとこ。好きでやってるんだから、どーせ」
 客席の彼方から響いてくる、怒号と悲鳴。
「素直になればいいのにね。パティも、それに……」
 青年の名前はあえて口に出さずに、マリアが気楽に笑う。
「……そうね」
 くすっ、とシーラが笑う。やや沈んだ感情を浮かべた、可愛らしい微笑を浮かべて。
「シーラちゃん……」
「……なあに、アリサおばさま?」
 アリサは軽く、充実した一言をシーラに掛ける。
「頑張ってね」
「うん!」
 アリサの励ましを受け、気の置けない仲間に普段向けている明るく、そして元気な表情を取り戻す。
「お仕事頑張って、みんなの役に立たないとね」
「誰のためになの、シーラ?」
 再度のマリアの発言に、ぴくりと硬直するシーラ。
 そして、楽しそうに微笑むマリアとアリサ。
「…………え〜と……」
 顔を恥ずかしそうに赤らめてから、自分のしている事に気付いて余計に顔を赤くする。
「……もう、マリアちゃんの意地悪」
「ふん。マリアはどーせ意地悪だもん☆」
「あらあら……」
 そんな二人を優しく見つめ、アリサはぱたりと台本を閉じた。
 爆音と破壊音にまでエスカレートしている客席の彼方の惨状を心配そうに眺め、思いを巡らす。
(明日のお仕事、大丈夫かしら……)
 


<後書き>

 信じ合える友達はいますか?
 仲間に裏切られた事はありますか?
 男と女の友情はあると思いますか?
 あなたの大切なものは、何ですか?

 〜悠久幻想曲のCMより〜

 こんな事聞くと何だかどろどろした人間関係の話に聞こえない事もありませんが、別にそういう事を真剣に考えなくても、ゲームをプレイする分には何等不都合はありません(笑)。
 このメンバーの設定は、私のお気に入りをそのまま使用したものです。一押しがシーラとパティ、二押しがエルとマリアなので。当然、全員に戦闘術奥義を習得させます(笑)。シーラにもパティにも平等に愛を注ぎたいのですが、シーラを手放すのが嫌で(爆)、一枚絵エンディングの条件を満たしてからえぷろんパティとのエンディングに持って行くのが習い性となっています。教会の保母さんシーラはもちろん(核爆)、二年後シーラも好きなんですけどね、大人っぽくて。
 だからって訳でもないんですが、主人公とパティのらぶらぶ話。
 パティちゃんに見られたら「誰と誰がラブラブなのよっ!」とコンボ食らいそうだけど、そこはまあ、「公然の秘密」とゆー訳で(爆殺)。
 実はこれの元話では、マリアとアリサさんの代わりにアレフ君が登場をしていました。それを大幅に加筆修正したのがこの作品です。
 感想:同性より異性の方が好きという辺り、やっぱり人は正直なものだと(笑)。
 馬鹿者。
 


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