エンフィールド。
悠久なる世界にある一つの街。
この街では、一つの騒動が持ち上がっていた。
美術館窃盗事件。
ジョートショップで働いていた一人の男が容疑者となった。
男は無実を訴えたが、聞き入れられず、犯人とされた。
このままでは、一生懲役か、エンフィールドを永久追放になるか、2つに1つだった。
それを救ってくれたのが、男が働いていた、ジョートショップの主人、アリサ・アスティア。
行き倒れていた男を介抱し、働くところを世話してくれた、この人。
自分の住むジョートショップの敷地を担保にし、保釈金を支払った。
しかし、男にとっては、他人事ではなかった。
この日より1年以内に保釈金の分の金額を返済しなければ、自分の恩人の住むところが奪われてしまう。
男はこの街の司法制度を利用することにした。
再審制度。
一年以内に、街の人々の8割の信用を得ることができれば、もう一度裁判をやり直すことができる制度。
この制度を使えば、そして、自分の無罪を証明すれば、保釈金を支払うこと自体がなくなり、ジョートショップの土地はアリサ・アスティアのもののままとなる。
男はすぐに、ジョートショップの依頼をこなし、人々に自分の無実を訴えていくことにした。
それに協力してくれた3人の女性。
さくら亭の看板娘、パティ・ソール。
そのさくら亭に半ば居候の身になっている傭兵、リサ・メッカーノ。
エンフィールド一の音楽奏者の娘である、シーラ・シェフィールド
この3人とともにジョートショップに持ち込まれる依頼をこなしていった。
そして、街の人々の信頼も、ゆっくりながら上がっていった。
そして、残り3ヶ月・・・。


 
「メルティング・スノウ」の恋人たち
前編
melting snow=雪溶け

その日は、雪が降っていた。
パティ・ソールにとって、大切な日。
12月20日。
その日は、両親の結婚記念日だった。


大切な日。
あたしを生んだ両親が、結ばれた日。
その日を祝うために、こっそりと準備をしてきた。
あとは、食事の準備のみ。
両親には、前夜祭といって隣町まで旅行に行ってもらった。
パーティーの食料を手に入れるために、夜鳴鳥雑貨店に買いに行った。
帰り道。
あたしは事故にあった。


事故の現場にいたのは、偶然でした。
パティちゃんが馬車にはねられたとき、私は、自分の家に帰るところでした。
陽の当たる丘公園で、トリーシャちゃんとローラちゃんとおしゃべりしていまして、
夕方になったので、送ってもらっていたのです。
そのとき、私は、どれほど自分を見失っていたのでしょう。
気がついたときは、さくら亭で、パティちゃんの看病をしていたことを覚えています。


あのとき、私らしくもなく、慌てていたのを覚えているよ。
シーラに、トリーシャにローラ・・・だったかな?
とにかく、3人が、パティを抱えてさくら亭に入ってきたんだよね。
馬車にはねられたって聞いて動揺してたけど、パティの様子を見て、何とか落ち着いたんだ。
外傷は、とりあえずすり傷ぐらいだったし。
そのことを、3人にちゃんと話して、指示を出したんだね。
ちゃんと調べてもらおうと、トリーシャに、ドクターを呼ぶように言って、
傷のせいか、ちょっと熱がでてきたみたいだったから、シーラに、パティの額に濡れたタオルを当てておくように言って。
えーと、それから・・・。
そうそう。そういえば、何であのとき、あんなこと言っちゃったんだろうね。
そのあとの修羅場が予想できたはずなのに。
ひょっとしたら、ただ単に修羅場を見たかったのかもしれないけど。
とにかく、ローラには、こういったんだっけ。
「ボウヤを呼んどいて」って。


「パティ!」
俺はさくら亭に飛び込むなりそういった。
パティがケガをしたと聞いて、アリサさんに一言も言わず、飛び出してきた。
俺のすぐ目の前に、リサがいた。
「リサ! パティは、パティはどうなった!?」
「落ち着きな、ボウヤ!」
という声と同時に、頬に軽い痛み。
「まったく・・・。ローラは何て言ってた、ボウヤ?」
「ぱ、パティが事故にあって・・・ケガをしたって聞いて・・・」
というと、リサは「はあ・・・」とため息を吐いた。
「とりあえず、すり傷ぐらいしかないから、大丈夫だよ。」
それを聞いて、俺は全身の力が抜けた。
「ま、今は寝込んでるから、顔を見るだけにしときな」
最初からそうするつもりだった。
俺は、パティがいるところを教えてもらって、行くことにした。
「パティはこっちか?」
聞き覚えがある声がして、振り向いてみると、ドクターとトリーシャがいた。


ボク? とにかくドクターを呼ぶことしか頭になかったよ。
どうやら誰かが通報してくれたらしくて、こっちに向かってたところだったんだ。
すぐに案内したよ。もちろん。
まさか、あの人が来てるなんて、その時は思いもしなかったよ。
でも、落ち着いて考えると、来ていないはずはなかったんだよね。
その時は、認めたくなかったのかもしれないけど。


お兄ちゃんを呼んだとき?
ほんとはね、呼びたくなかったんだ。
だって、パティちゃんが、誰を好きなのか、知ってたもの。
あたしだけじゃなく、エンフィールドの人はみんな、知ってるかも。
唯一知らなかったのは、お兄ちゃん本人だけだったかもね。
でも、お兄ちゃんも、パティちゃんを好きだって知ったのは、その時だったんだ。
だって、お兄ちゃん・・・
だれの時よりも、必死な顔していたもん。


その時のやりとり、本当はちょっとだけ聞こえてたんだ。
あいつが、ふだん出したことのない声で、「パティ!」って怒鳴ってたみたいね。
ちょっと・・・嬉しかったな・・・。
でも、なんだかそのあと、ちょっと寒くなったみたいなんだけど。


さくら亭に入ったとたん、空気が冷えたような気がした。
実際、冷えたんだろうが。
とりあえず、修羅場というか、面倒事に巻き込まれるのはご免被りたかった。
だから俺は、こう言った。


「もう一度言うぞ。パティはどこだ。」
ドクターはいつもの冷静な声で、そう言った。
「こちらです。」
今聞こえた声は、シーラか?
声のした方を向くと、シーラがパティのいるらしい部屋から顔を出していた。
・・・パティに、リサ。ローラと、トリーシャ。それに、シーラまでもがさくら亭に・・・?
俺は、なにか「運命のいたずら」というものを感じ取っていた。


実際のところ、俺はローラが俺を好いていてくれるというのは知っていた。
でも、シーラとトリーシャまでもが、俺を好きだとは思ってなかった。
今日までは。


「それで、パティの容体はどうなんです、ドクター?」
俺は診察を終え、部屋を出たドクターにそうたずねた。
ちなみに俺は診察の間部屋を追い出されていた。
『診察のためとはいえ、服を少し脱がさなければならんからな。
 あとでパティに殺されたいのなら、ここにいてもかまわんが。』
こう言われて「自分の寿命を延ばす」のと、「最後の晩餐」を秤にかけるやつが、たぶんいるだろう。
だが、少なくとも俺は、命が惜しい。
「心配いらん。軽いケガだけだ。特に大きなケガはないな。
 念のため、明日の朝うちに来るように言っておけ。」
「わかりました。」
「ありがとな。」
「ご苦労様でした。」
「ありがと、ドクター。」
「バイバーイ♪」
さて、ドクターは帰ったけど、どうするか。
「で、このあとどうするつもりだ、ボウヤ?」
「んーと、なにかすることあるか?」
そろそろさくら亭が忙しくなりそうだし。


こういう時まで、パティ主体に考えるかね。まったく。
まあ、パティが事故にあったんじゃ、しょうがないかもしれないけど。
実際には、やることはあるんだけど、ちょっと言わないでおくか。


「特にないね。パティの両親は、旅行に行ったし、それに伴って、さくら亭は臨時休場だし。」
・・・そういえば、いつもはカウンターから見える親父さんの姿がないな。
「別に何もしなくてもいいと思うけど?」
「そーだよ、お兄ちゃん。やることないのに何かやったら、怒られちゃうかも。」
トリーシャとローラまでこう言うし。
「たしかに、怒るだろうな。それだけじゃなく、拳も来るかも・・・。」
そうつぶやくと、
「・・・そこまでしないわよ・・・」
「んなこたないと思うけどな・・・って?」
今の声、誰のだ?
「あ、パティちゃん、目が覚めたの?」


私って、もしかしたら、とってもいやな女なのかもしれない。
パティちゃんが気づいたのがわかった時、おもわず、「もう目が覚めちゃったの?」と思ってしまったから。
だって、私の声が聞こえたとき、あの人、すぐにパティちゃんの方を向いてしまったから。


「パティ! 気づいたか!?」
俺はすぐに声をかけた。シーラが何か言いたげな顔をしていたが、気づかなかった。
「ちょっと前から、声は聞こえてたわよ、ばか・・・。」
「いつからだい?」
リサがそうパティにたずねる。
「えーっと、何かあんたが怒鳴っていたはずだけど。そのあたりから声ぐらいは聞こえてたけど・・・。」
そう、俺の顔を見ながら言う。
「てことは、さっきの会話も聞いてたわけ?」
「なんか盗み聞きしてたみたいね。」
トリーシャとローラが、いたずらっ子の顔でそう声をかけた。
「なっ・・・ち、ちがうわよ!」
そういって、いきおいよく体を起こすパティ・・・って、おい!
「パッ、パパパパパティ! ふとんかぶれっ! ふとん!」
慌てて俺はパティから顔をそむけた。
「ん、なによ・・・・・・きゃああああ!」
パティは、自分の体がどうなっているか気づいたらしい。
パティは、一糸まとわぬ・・・ではなく、上半身が下着姿だった。さすがに下の方は見えなかったが、あのスパッツでは似たような状態だろう。
「おっとっと。そういえばドクターに診察させるときに脱がしたまんまだったね。」
リサが、俺の方に笑いをこらえながら言う。そういうことは先に言ってくれ!
俺の顔は、パティと同じように真っ赤になっていた。


どーも、大橋さん。naoです。
うちのホームページ名変更協力感謝SSの前編を送らせていただきます。
さて、この作品、初のSSだったりします。本当は裏モノになるはずだったんですが、どこを間違ったのか、こんなにシリアスになっちゃって・・・。
うーむ、これでは、うちのHPにアップする予定だった作品を一つ削らねばならんではないか。まあいいか。
で、後編の発表予定なんですが、ちょっとネタに詰まっていて、いつになるかわからないのですが。
それに、後編がどういうふうにまとまるかも不明です。予定は未定といいますし。
まあ、ちょっとは満足してくれる作品を作ろうと思っております。
それでは後編のあとがきでまたあいましょう。では。


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