◆第十一章〜義経東下り(上)〜◆

 

 プロローグ
 京・五条大橋
 近江
 箱根山
 腰越
 由比ヶ浜
 鎌倉・若宮小路
 鶴岡八幡宮


◇プロローグ◇

九羅香「お久し振りです♪ 今回もまた、めーるまがじんで『製作スタッフよりも詳しい』と言われた歴史講座が帰ってきました!」
弁慶「ほんっとーに久し振りだけどな。『弐』発売からどれだけ経ってんだよ?」
紅葉「それは……店主様、というか執筆者様もお仕事があられますので……」
楓「それと、『ファン○ム・キ○グダム』とか『サモ○ナイトエ○ステーゼ』とか『Twe○ve』とかもね」
与一「……おほん。恨み言を連ねるのはこの辺にしておいて、弁慶や楓殿に可能な範囲で真面目な話に入るとしよう」
弁慶「どーいう意味だよ!」
楓「癪だけど弁慶と同じく!」
静「(無視)え〜、メールマガジンにもありましたように、製作スタッフの皆様が、かたじけなくもこのコーナーをご覧になって下さいましたね。その中で幾許か『弐』に反映させて頂けた、かもしれない部分の話題から行きましょうか」
弁慶「まず、鎌田と鈴木の判別方法が『眼鏡を掛けているのが鎌田、眼鏡を掛けていないのが鈴木』だと公式に決定したよな?」
楓「そーいうのは誰でも思い付くわよ。それだけで説明を済ませるあたり、書き手のデリカシーの無さが窺えるけど」
弁慶「じゃあ、お前だったら?」
楓「脇役を区別するのに時間を無駄にするなんて、そんな非生産的な事はやらないわ(ふっ)」
弁慶「待てい」
紅葉「……すみません、ふつつかな妹で」
与一「源氏兵が野盗の使い回しを脱したのは、紛れもなく書き手の功績と言える――かどーかは分からんが」
九羅香「でも源氏兵とか平家兵とかいう名称自体、ココで勝手に作ったものだったしね。『壱』だと全部『雑兵』だったもの」
紅葉「あ、あと与一様のエンディング――『弐』で言うエンディング1も、『足達』が『安達』に修正されておりましたわ」
与一「そうだな、紅葉殿」
九羅香「あれ? 与一って紅葉にも『殿』を付けるの?」
与一「ああ。このコーナーでは書き手が勘違いをしていたようだが、私は同格以上の身分か、そうでなくても見るべき技を持っている相手には、基本的に『殿』付けのようだ。げーむ内のシナリオを手掛けている者がどう認識しているかはさておくが、少なくとも書き手は以上のように解釈しているらしい。紅葉殿は年が近い友人でもあるが、同時に信夫荘の荘官の娘だから、書き手が混乱しても仕方がなかっただろう」
玲奈「じゃあ、与一があたしを呼び捨てなのは何でだよ?」
与一「忍びの技はさておき、武術の腕は今一歩及ばないようだからだ(与えるダメージも少ないしな)。それに私達より明らかに年下だという事もある」
弁慶「……オレは?」
与一「戦の場では半人前だし、お前や土佐坊のような僧形の武士というものは、普通の武士より一段低く見られるものなのだぞ。『吾妻鏡』でも武蔵坊弁慶は、義経配下の武士で最後に位置付けられていたではないか」
弁慶「まあ、オレとしては呼び捨ての方が与一に親近感を持てて嬉しいんだけどな」
与一「な……ッ!? そそそそそこに直れ弁慶ー!!」
九羅香「弁慶……脊髄反射で殺し文句を吐くのはやめないと早死にするよ?」

(数分後)
弁慶「うう……さすがランク8、景時と土佐坊を散々倒させては撤退しただけはあるぜ……(がくっ)」
与一「ふぅ。一足先に称号ランク10になっただけあって制裁も一苦労だったな」
静「与一さんは、近頃で言う『ツンデレ』さんだったんですね〜」
楓「わ、わたしは断じてそーいう軟弱なのとは違うんだからっ!」
九羅香「楓の場合、わたしには『デレ』だけで弁慶には『ツン』だけだし……しかもエンディング2でも」
紅葉「まあまあ。次は『壱』当時に店主様がお書きになられた部分で、一言二言付け加えられたい辺りなどをどうでしょう?」
九羅香「うん。……えーと、『義経』が討ち死にした場所って、厳密には平泉じゃなくて、そこから川を挟んだ向かいの衣川という所になるらしいんだって」
観月「鴨川を挟んだ、京と白河の関係のようなものですね。東京鼠園が千葉県にあるようなものでしょうか」
九羅香「後者は違うと思うよ観月ちゃん……」
与一「また私達の時代の風呂が『さうな』に近いと言ったが、蒸気浴なので『すちーむばす』の方がより近いらしい」
静「『公領は錐を』云々という発言は、藤原(小野宮流)実頼さんの『小右記』で、著者が同族の九条流の藤原道長さん(ちなみに仲はよろしくありません)について書き残した文が典拠なんですよね〜」
紅葉「桓武平氏の先祖にあたられる葛原親王様が、上総と常陸の太守を務めた事があって、その時の勢力基盤が高望王様に受け継がれたとも考えられるそうですわ」
楓「知盛の妻が未亡人となってからも朝廷で活躍し続けた結果、知盛と兄の宗盛が『知将とアレ』の典型例として語り継がれたんじゃないかとか……」
玲奈「義朝や義賢の弟の頼賢が、藤原頼長と(ピー)ってのもあったよな♪」
九羅香「玲奈…………義経伝のユーザーは男の人の方が多いだろうから、あまりそーいう発言を喜ばない方がいいよ?」
弁慶「執筆者へのツッコミはこれくらいにして、今回のゲーム本編内でのオーパーツの話でもしないか?」
楓「獄界聖――」
(べち)
楓「ぐへっ!」
九羅香「所構わず術を放つのはやめてよ楓! 弁慶は煩悩魔人でも一応人間なんだし!」
楓「ひどいわお姉様……わたしは父上にもぶたれた事はないのに……」
弁慶「そのうち唐渡りの壺を『あれはいい物だ』とか言い出すんじゃないだろうな……。それはともかく話を続けようぜ」
与一「ああ。まず第三章で土佐坊と戦う直前に私が言及するお茶漬けだが、お茶が普及していない段階でお茶漬けはないだろ。恐らくは湯漬けの意訳だろうが」
玲奈「甲羅干しに使った菜種油だって、あの時代に使っていた油は荏胡麻油が標準だったんだぞ? 菜種油の普及は戦国時代の頃だって聞いたんだけどな」
静「第四章でワタシが作ったおかゆに弁慶さんが添えてくれる佃煮も、摂津の佃村から江戸の近くに漁師が引っ越す前にあるはずがないですからね〜」
弁慶「すげー細かい突っ込みだな静さん(というか執筆者)。まあ醤油も、この時代には味噌の底に溜まる溜まり醤油があるくらいだそーだしな」
紅葉「平泉の町屋はこの時代でも不可能ではない板葺きになっておりますけど、できるならもう少しりあるに、茅葺き屋根も考慮して頂きたかったですわね。それと宿駅以外では、うどん屋のような食べ物屋は江戸時代初期までほとんどなかったそうです」
楓「自由行動6-2で弁慶は静が俳句か短歌を作っているんじゃないかってゆーんだけど、俳句は連歌の発句から生まれたんだから、連歌もない時代にそんな事言われても静は分かんないわよ」
九羅香「鎌倉で、兄上のお屋敷が完璧な寝殿造りなのはおっけーとしても、塀には相変わらず瓦を使っているし、材木の使い方もなんだか変だし」
紅葉「わたくしのエンディングで弁慶様と娘がお参りしていた、わたくしと楓の母上のお墓も、あの形状になるのは江戸時代もかなり後になっての事ですわ(ぽっ)」
九羅香「だーかーらー、なぜそこで頬を赤らめるのさ紅葉っっ!! ……あとサントラのリーフレットの中にあるわたしのイラストでも、当時は南アメリカとポリネシアの一部にしかないサツマイモを食べてるんだよねぇ」
弁慶「……もちろん最大のオーパーツは、コンプリートガイドの内表紙で九羅香と紅葉がはいているパンツに他ならないわけだが――」

(ざぐしゅざぐしゅざぐしゅ)←九羅香と紅葉、ついでに楓により弁慶粛清中。

玲奈「粛清されると分かってるのに、どーしてあいつは余計な事を言わないと気が済まないんだ?」
与一「そーいう事は書き手に聞け……」
観月「え〜〜、それでは『青年偽弁慶伝』特別編、『義経東下り』を始めたいと思います(汗)」


 
 第十一章 〜義経東下り〜
 


◇京・五条大橋◇

(ざわざわざわ……)
楓「…………」
紅葉「あ〜、今日は素敵な秋晴れですわね。奥州下りの初日にはもってこいの天気ですわ♪」
楓「……それよりっ!! いつまで待たせれば済むのよあいつらはっ!? 長旅には早朝出発で距離を稼ぐのが基本なのに、もーすぐおてんとさまが真南に行っちゃうじゃない!!」
紅葉「まあまあ楓。日本国が平穏を取り戻してから久方振りの旅ですから、少しくらい準備に手間取っても大目になさりなさいな」
楓「でもお姉ちゃ――紅葉。静とか玲奈とか、特に弁慶は時間にいい加減そうじゃない」
右助「にゃお♪」
楓「あいつの時代には時を刻むからくりがあるってゆーのに、ホイホイとお姉様に贈り物にしちゃうし――ってなに、この頭上の猫っ!?」
玲奈「こいつは右助。忍ねこのりーだー格で、いわばあたしの右腕ってとこかな?」
左助「ふにゃー♪」
玲奈「そしてこっちが左助。あたしにとっては左腕みたいなもんだな。まあともあれ、久し振りだな紅葉に約1名♪」
紅葉「は、はあ……」
楓「誰が約1名よっ!! というかいきなり現れないでよ驚くしっ!!」
玲奈「おや? 待たせられてお姉ちゃんにわめいてた巫女様はどこのどなただっけ〜?」
楓「うう〜〜っっ!! いつか呪ってやる〜〜っっ!!」
紅葉「やめなさい楓。弁慶様の時代なら冗談で済むけど、今の時代だと呪詛は殺人と同じ扱いを受けるのよ?」
玲奈「くっくっく――」
(がば)
玲奈「――うああああっ!? だ、誰だ襟首を掴むのはああっ!?」
弁慶「よっ、玲奈」
玲奈「さりげなさを装ってなに演技してんだよ。九羅香の屋敷になった元詰所から朝一番に飛び出て、物陰に隠れて隙を窺いやがって」
紅葉「…………ともかく、お久しゅうございます弁慶様に玲奈様」
弁慶「待たせてゴメンな、紅葉にえーと……妹の方」
楓「『妹の方』って何よ!? 某市や某学園を代表する美人姉妹じゃあるまいし!」
弁慶「(無視)さて、玲奈も相変わらず成長してな……じゃなくて元気だな」
玲奈「おう! そーいえば、これお土産の手料理な」
弁慶「……手料理? 忍者食か?」
玲奈「ほら鶯餡。ちゃんと鶯の肉も入れたんだぜ?」
弁慶「いや、だから鶯餡というのは材料の青豌豆(あおえんどう)が緑色をしているだけで……てゆーかこの展開は第三章であったよーな……」
楓「……久し振りに顔を合わせたのに、相も変わらず変な事してるのねあんたって」
弁慶「えーと…………砂糖楓だっけ? 樹液がメープルシロップやメープルシュガーになるやつ」
九羅香「ちーがーうっ!! というかその樹木は旧大陸にはないっ!!」
与一「やれやれ、相変わらず楓殿は騒々しいな。新キャラクターとして『あぴーる』する姿勢は分かるが、無理して背を伸ばさなくても人気は付いてくるものだぞ?」
静「まあ百合というキャラクター設定も、有利な事は間違いないでしょうからね〜」
楓「い、いえっ! わたしのお姉様に対する気持ちは、そういう愛欲とは離れた、もー少し純粋な憧憬が介在するっ!」
玲奈「純粋なのは『少し』だけかよ!?(汗)」
九羅香「あえて言うなら、『トリコロ』の潦景子と七瀬八重ってトコかもね(汗)」
弁慶「(九羅香に何読ませてるんだよ執筆者……まあ的確な意見だってのは認めるけど)」
観月「あの……差し出がましいようですけど、そろそろ本題に入られては……」
弁慶「そうだな。――ここは五条大橋。鴨川に架かる橋の中でも一番大きなやつだ。戦国時代の末に三条大橋ができるまで、京の東の玄関口だったよな」
九羅香「うん。ここから上流は結構浅くて、人でも馬でも牛車でもそのまま渡れるの。今の鴨川は未来ほど護岸工事が進んでいないから、その分浅くて広いんだよねぇ」
静「ちなみに河原は特定の領主の支配の及ばない土地ですから、あちこち渡り歩く人や生活に困った人が住処にしていたりするんですよ〜。磯ノ禅師様は芸人との付き合いが広いお方で、ワタシもしばしば顔を出していましたね〜」
弁慶「……でも死体が転がってたし(ぼそり)」
楓「死体くらいで驚いてどーすんのよ。魂魄が離れた肉体なんて、いずれは白骨になるだけの物体じゃない」
玲奈「未来の日本人は遺体の埋葬にこだわるって聞いたけど、ほんとーに信じ難い話だよなー。とゆーか弁慶、平家兵や源氏兵をあれだけ殺しといて今更死体を気にすんのかよ?」
紅葉「……ゲーム上その辺は端折ってあるようですけど、長刀で斬られては普通の方は儚くなっておしまいになりますわ」
弁慶「あー、その辺を真っ向から採り上げたら『少女義経伝』が別の意味でPS2で出せなくなるんだけど(汗)」
九羅香「『別の意味』って、本来の意味でギリギリにしてるのはキミのせいでしょ弁慶!?」
観月「と、収拾の付かない話はここまでに致しまして、そろそろ出発しませんか?」
弁慶「ええっ!? いたの観月ちゃん?」
静「そりゃもう〜。ワタシが連れてきていましたからね〜」
観月「一応先程から話に加わっていたのですけど……皆様がいわゆる『濃い』きゃらくたーだから目立てないのでしょうか?」
九羅香「……しばらく顔を合わせない間に、すっごく神経太くなったね観月ちゃん?」
与一「突っ込みが増えて有難い限りだ観月殿。私達が奥州平泉に向かうには――脇道だとか船だとか細かい事を除けば――東海道、東山道、北陸道の3つの道がある。かつては幅の広い直線道路が存在したが、今は大半が放棄されている」
弁慶「オレ達の時代のごく最近になって、そーいう道があちこちで発掘されたんだよな。でも、何で使わなくなっちまったんだ?」
九羅香「いろいろ理由はあるんだろうけど、やっぱり道の保守が大変だったのと、通行量に比べて道が立派過ぎたって事があるんだろうね。そもそも重い荷物は運ぶのに船を使ってたから、道は牛馬がすれ違えれば構わないし」
玲奈「あと、勝手に道を耕して狭くしちまう奴もいるんだぞ。京でも家を道にせり出させる奴が多いけどよ、田舎でも人間のやる事って一緒だよな」
紅葉「おかげで未来の京は狭い道だらけになってしまうのですけど、それはさておいて出発致しましょう」
弁慶「で、途中はどこに泊まるんだ?」
九羅香「……え?」
弁慶「まさか野宿するわけにもいかないし、平安末期に江戸時代みたいな旅籠なんてないだろう?」
九羅香「…………いつも紅葉任せだったから、誰かお願い教えてぷりーず♪」
与一「やれやれ(苦笑)。武士の旅としては、既に宿駅は存在しているから、何らかの代価――銭はまだ通用せんがな――で、従者と馬も含めた一夜の宿をあがなうのが普通だろうな。当然ながら、食事は付いてこんぞ」
観月「ですから、庶民にとって旅などは思いもよらぬものなのでしょう。商売や社寺参詣によるものでない世俗的な見聞と娯楽の旅が一般化するのは、山賊、海賊、戦乱、関銭(関所の通行料)が一掃された江戸時代に入ってからとなります」
紅葉「もちろん、途中に親族や郎等や主人の館があるのでしたら、そこで一晩お世話になるのも可能でしょう」
楓「義朝の場合、ついでにあちこちの武士の娘や宿の遊女に手を付けていたっていうから、ほんとーにお姉様を除く清和源氏って不潔よね」
弁慶「……なあ九羅香」
九羅香「……え? 内緒話?」
弁慶「……京の貴族の男性は複数の女性に手を出すのがむしろ普通だと聞いたんだけど、やっぱり奥州だとその辺は違うのか?」
九羅香「……そーみたい。伊豆出身の政子殿も兄上を『女癖が悪い』って怒ってたから、吾妻の方だと京の流儀はエッチだと思われるみたいだね。あ、もちろんわたしは弁慶一筋だから変な目で見ないでよ?」
弁慶「…………」


◇近江◇

紅葉「ふぅ〜、今回の旅は快適ですわね。いつぞやの奥州下りに比べると雲泥の差がありますわ」
観月「紅葉様……そう言いながら3回は血を吐いておられたようですが……(汗)」
弁慶「…………後ろの異次元会話はさておき、この先どんな所を歩いて行くんだい静さん?」
静「え〜、東海道を通ると伊勢、尾張、三河、遠江、駿河、伊豆、相模、武蔵、下総、常陸を通って勿来関から陸奥へ〜、東山道では美濃、信濃、上野、下野を通って白河関から陸奥へ入る事ができますね〜。また東山道をもう少し行った先では、北陸道に入って越前、加賀、越中、越後を通って鼠ヶ関から出羽に入れます〜」
楓「なんつーか、随分国の数が違うわね」
九羅香「国の大きさが違うんだってば。特に東山道は大きな国が多いし、名前の通り山道も多いから、想像するほど近道でもないよ?」
紅葉「ゲーム内では北陸道を通っておりますけど、今回はどの道程を取るおつもりですの?」
観月「今は秋。旅の途中に冬を迎えると、北陸道では大雪で難渋する事でしょう。越中から越後へ抜けるには波打際を通る危険な道しかありませんし、わたしは他の道を取る事をお勧め致します」
与一「私は東海道を勧めておこう。これから雨も少なくなるし、川で渡れず待たされる事もまずないはずだ」
九羅香「わたしは東山道は嫌だなぁ。義仲殿を討たれた木曽の人達は友好的と思えないし、美濃の青墓だと朝長兄上が死んでるから……」
弁慶「木曽? そんな国あったか?」
楓「マジボケはやめてよね。木曽っていうのは信濃にある地域よ。もっと昔は美濃の一部だった時期もあるし、人口が少なすぎて郡にもなっていない(筑摩郡の一部)けどね」
静「では東海道で、鈴鹿峠を越えて行きますね〜。伊勢の安濃津(現在の津)から船に乗って、尾張の野間で補給をしてから一気に鎌倉へ行きましょう〜」
玲奈「やったー! 鈴鹿峠で実家の連中と会えるかもしれないし、途中でねこ達に魚を食わせてやれるぞ!」
九羅香「だーかーら、安濃津でも補給はできるのに、どーしてそこで父上の殺された野間をわざわざ通るのさーっ!?」
弁慶「で、でも九羅香。親父さんの供養くらいしても罰は当たらないと思うぞ? ――そうだ、未来で修学旅行の土産に買ったこの木刀を墓に供えてやれよ」
九羅香「木太刀?」
与一「武具を供えるのは武士に対しておかしくはない事だが……しかしなぜ本物の太刀ではなく木太刀なのだ?」
弁慶「未来で勉強したんだけど、義朝は死ぬ前に『せめて木太刀の1本でもあれば』と言い残したって伝説があるんだ」
静「それに木太刀でしたら、太刀を買えないような生活に余裕の無い人でも、義朝さんを『ご供養さま』と供養して差し上げる事ができますから〜」
九羅香「……静の下らない冗談はともかく、『それはナイスなアイデア』ってやつだね」
弁慶「ちなみに鎌倉時代には東海道が美濃経由になるから、すぐ上の兄貴の義円が死んだ墨俣(当時は美濃と尾張の境界、木曽川が洪水で流路を変えた後は美濃の国内)も通って、3人分の供養を1回でコンプリートできるぞ?」
九羅香「前言撤回。父上の供養はちゃんとするけど」


◇箱根山◇

玲奈「……で、結局は船旅は三河までで、そこから先は馬になったんだよな」
静「すみません〜。冬は海が荒れて渡海が難しい事をつい忘れていました〜。平家物語などの義経さんみたいに『船を出さないと殺す』とか脅さないと外海を渡れませんけど、ワタシはそんな残虐な事はとてもできませんね〜」
九羅香「斬るよ静?」
弁慶「相変わらず静さん、このコーナーだと毒舌というか身も蓋もないというか……」
紅葉「江戸時代には江戸への物資補給を欠かせないので真冬でも無理して廻船を動かしていますけど、この時代にそこまで需要はないですものね」
弁慶「なあ、京からずっと牛車に乗ってくる事はできなかったのかよ?」
楓「あーのーねー、牛車で海道(街道)を走るような無謀な事をしたら全身痛くて一晩眠れなくなるわよ! もちろん、堂衆(寺院で実務を担当する階層で、俗に言う僧兵はここに属する)の分際で牛車に乗るなんて僭越の沙汰は言語道断!」
与一「よーろっぱで馬車が普及するのも、振動を吸収する仕組みができた上で、道を荒らすからといって禁止をせずに上納金付きで認可するようになってからだからな」
玲奈「それによ、あの山を越える道を車が通れると思うか?」

(全員、前方の山を見上げる)

静「箱根山、ですね〜。金太郎さんが小さな頃住んでいたという」
弁慶「……はい、車が通れるとは欠片も思いませんです玲奈さん」
九羅香「それに、車は渡し船に乗せられないし、この時代の普通の橋――板を何枚か掛け渡しただけの所は渡れっこないからね」
観月「橋を造りそれを維持するのには莫大な費用と人手が要りますから、欄干まである立派な橋は、近江の瀬田橋(瀬田の唐橋)みたいな特別な橋だけなのです」
九羅香「橋の話はさておき、あの箱根の山を越えるのはいっつも一苦労だよぉ。わたし的には明らかに、箱根の神様は人間を好いていないと思うんだよねぇ」
与一「しかし山は美しく、里や野にないものが豊富にあるぞ。――そう、物悲しく鳴く鹿とか、涼しげな川のせせらぎとか」
九羅香「うんうん。鹿は膾にすると美味しいし皮を剥げば武具の材料になるし、川の砂利には砂鉄とか砂金とかがあるもんね♪」
一同「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
九羅香「あー! どうしてみんなわたしを無視するのさー!」
観月「聞かないで下さい(汗)。さて、この時代の山によくある事ですけど、箱根は箱根権現(箱根神社)の聖域でもあり、蒸気を上げる温泉やガスで荒れた谷は、現世に現れた地獄とも見なされています。現実にはあくまでも伝承とはいえ、この『少女義経伝』の世界ではどうなのかはご想像の通りでしょう」
静「芦ノ湖の龍さんは穏やかですけど〜、芦之湯や小地獄・大地獄(現在の小涌谷・大涌谷)で何が現れるかは口に出したくないですね〜」
弁慶「…………なあ、ふと思ったんだが」
九羅香「なぁに弁慶?」
弁慶「箱根を越えるっていう事は、やっぱり温泉に入るんだろ?」
九羅香「そーいう事しか考えられないのキミは? 前やその前の鎌倉行きだとわたしはそれどころじゃなかったけど、紅葉や与一からもキミの煩悩の数々は聞いてるよ?」
楓「やっぱりお姉様の裸をやらしい目で舐め回した上に、ここでは言えない事に突入するんでしょ!! それくらいならいっそわたしを!!」
静「……混乱のあまり自爆されているようですけど、指摘しない方が相互の魂の平安のためにも望ましいでしょうか〜?」
弁慶「と、ともかく……箱根の関所を越えるのに、通行手形とかは必要なのか?」
与一「箱根に関所はないが、住んでいる連中が山神への捧げ物と称して通行料を取ろうとするかもしれん。連中は連中なりに当然の事だと思っているようだが、公権力から見ると当然ながら違法行為だ。いわゆる『山賊』というものだな――もちろん、時代が下ると純然たる盗賊も多くなる」
静「ええ、玲奈さんのご同類ですね〜」
玲奈「……身ぐるみ剥いでやろうかこの女」
観月「なおこの地域の関所は、箱根越えより古くからある街道沿いの足柄峠(江戸時代の矢倉沢関所の近く、JR御殿場線よりやや南)にありますが、この時代にはほとんど機能しておりません。念のため」
弁慶「……てゆー事は、箱根を越えなくてもそちらを通ればよかったんじゃないのか?」
紅葉「温泉を無視すると判明した途端に、意気消沈なさいましたわね弁慶様……(汗)」
与一「足柄峠は鎌倉に行くには遠回り過ぎるからな。そんな事より今夜は酒匂の宿(酒匂川河口の東側にある町)に泊まる予定だから、急がんと日が暮れてしまうぞ」
静「この時代箱根にはほとんど集落がありませんから、暖かい家の中で眠るには山を抜けるしかないんですよね〜。では急ぎましょう皆さん、あんど馬さん達〜」
一同「おーっ!」「ひひーん!」
(ぱからっぱからっぱからっ)
弁慶「え!? ってちょっと待てよみんな〜〜〜〜っ!!」


◇腰越◇

弁慶「いたたたた……。それなりに長旅を繰り返して足腰を鍛えたつもりだったけど、箱根を越えた時の筋肉痛がまだ残ってるぞオレ……」
弁慶の馬「ひひーん……」
玲奈「やっぱり図体でかすぎだぞお前。あたし達の時代の馬は気性が荒いけど、大きさは未来の『ぽにー』と同じくらいしかないんだからな」
九羅香「さて、もうすぐ鎌倉だね。前にも言ったけど鎌倉は『万葉集』にも出てくる有名な場所で、昔は鎌倉郡の郡衙や平直方(わたしや政子殿の共通のご先祖)の館があったんだ。室町時代に関東公方がいなくなっちゃうと寂れてしまうけど、沖縄でも『おもろさうし』収録の歌で勝連の町の繁栄を称えるのに引き合いに出されたほどなんだよ」
弁慶「その歌はまだ作られてないぞ……第一尚氏の王様がいたのは本土の南北朝時代頃だし」
九羅香「ごめんごめん。――で、今いるのが腰越。江ノ島のお向かいに近くて、いわば鎌倉の西の入口かな? 史実で『義経』が鎌倉に凱旋した時に、兄上が鎌倉入りを阻んだのもここなんだよね。……げーむ内だと観月ちゃんの事が心配でたまらなかったから、とても凱旋気分どころじゃなかったけど」
紅葉「腰越状は弁慶様が政子様に渡していますけど、史実では大江広元様に渡されたのでは?」
与一「何でもこの世界では、大江殿や三善殿などの京下りの役人は、『ストーリーを複雑にしすぎる』という理由で、『うぇるめいど』と『ぶりっじ』の手の者により、塗籠(土壁を塗った閉鎖的な部屋)に幽閉されていたらしい」

注:そんな事実はありません多分。

玲奈「ま、そーいう頭でっかちな連中にしゃりしゃり出て来られなかったのは有難いけどな」
九羅香「そして史実の『義経』や、もう少し後の時代の一遍上人もココに足止めされた事が示すように、腰越は鎌倉の出入り口の中でも特に重要な場所なんだ。この先の道は険しくて大軍は一度に入れないし、『切通し』といって山に溝を掘って道を通したり、山の斜面を削って崖みたいにしたり、いろいろ工夫しているんだよ」
静「注意しなくてはいけないのは、弁慶さんの時代の切通しとかは、未来の人があれこれ手を加えているという事です〜。山の上を削って整形しているのも、段々畑が混ざっているといいますからね〜」
与一「実際、『七口』と呼ばれる主要な道だけが通り道ではないからな。京の『七口』が合わせて10箇所以上あるのと同じ事だ」
九羅香「ともあれこれだけ防御が完璧なら、源氏も鎌倉も安泰だよね♪」
楓「わたしは鎌倉なんてどーなったっていーけど(ぼそり)」
紅葉「こ、こら楓っ!!」
観月「……『本来の歴史』の具体的な年代を弁慶様から伺った事はないのですけど、鎌倉幕府が滅びるのは、そして鎌倉が廃れるのは一体いつの頃の話なのでしょう?」
弁慶「(約140年後の鎌倉幕府滅亡の際には、地球が寒冷期で海水面が下降していた事もあって、引き潮のときに浅瀬を渡られて突入を許したとも考えられているんだが……とりあえず黙っておいた方がいいかもな)」
観月「……まあ限られた命のわたし達には関わりのなさそうな事でしょうから、あまり思い悩むのはよして下さいな弁慶様?」
弁慶「(……え?)」


◇由比ヶ浜◇

与一「さて、ワンパターンだがここが由比ヶ浜だ。船で鎌倉に入る時は、ここから陸に上がる事になるな。未来には和賀江島という人工の船着場ができるが、この時代にはまだそんな気の効いた物はないから、その辺の浜に船を引き上げるんだ」
弁慶「あー、それって座礁って言わないか?」
観月「日本や高麗や宋の船は底の竜骨が平らになっていて、浜に上げても横倒しにはならないのです」
紅葉「ですから底の補修をやりやすいですし、淡水に浸けずにフナムシを落とす事ができますわ。……というのも西国での受け売りですけどね」
玲奈「でもよ、船戦が下手くそな坂東武者の連中には宝の持ち腐れじゃないのか?」
与一「坂東の武士の中にも、数は多くないが海に慣れている者はそれなりにいる。例えば三浦家や伊豆の工藤一族などがそうだが、活動範囲でもない西国に連れてきても満足には動けんから、屋島や壇ノ浦では西国の武士から『へっどはんてぃんぐ』するしかなかったようだな」
紅葉「そのような船を持っている方々でしたら、鎌倉を楽に襲えるのでは?」
弁慶「例えば三浦とか。しかも鎌倉のすぐ南まで勢力圏だし、北条が失脚したら鎌倉にとって一番ヤバい相手なんじゃないか?」
静「でも船の侵入るーとは一方にある海岸だけですし〜、船は確かに素早く動けますが、欠点もいろいろあるんですよ〜」
弁慶「ああ。この時代の船は帆船だから、風がないとまともに動けないんだよな?」
静「一応は櫂で漕ぐ事もできますけど、ちょっぴり色をつけて正解という事にしますね〜。それに江戸時代の千石船に比べればずっと小さいのであまり大勢詰め込めませんし、なにより沈没でもすれば乗ってる人はみんな死んじゃいますからね〜。南北朝時代に南朝が出した関東遠征軍が、伊勢を出てすぐに嵐で崩壊したのがそのいい例です〜」
楓「大軍が嵐で全滅するなんて、悲嘆に暮れる前にアホらしくて笑っちゃいそうだわ……そいつらは全滅しなかったからまあいーけど」
観月「瀬戸内海は太平洋や日本海ほど危険ではないので船は盛んに使われますけど、潮の流れが複雑極まりますし、史実の義経様のように遭難する事も稀にありますので、やはり厳重な注意が必要です」
九羅香「ま、まあこーいう理由で、『大勢が』『予定通りに』移動するのには、主に陸路を使っているんだよね」


◇鎌倉・若宮小路◇

弁慶「これで4度目の鎌倉だな。1度目は頼朝にガン付けられるわ2度目は政子に呪い掛けられるわ3度目は魔界状態になるわ、まともな訪問は今回が初めてじゃないのか?」
与一「私はまともな訪問の方が多いのだが……多分この中では少数派なのだろうな」
九羅香「こっちが若宮小路。この辺は普通の町並だけど、あそこの鳥居から先は参道になってて、弁慶の時代にも有名な『段葛』という一段高い道ができてるよ」
弁慶「あれ? 若宮大路じゃないのか?」
楓「鎌倉の関係者が書いた『吾妻鏡』だとそーなってるみたいだけどね、他の記録だと鎌倉の道はみんな、若宮小路とか今小路とかみたいに『〜小路』になってるのよ。気持ちは分からなくもないけど、そーいう辺りが所詮は東夷……なんて言ってると自爆っぽいし、与一に射られるのは嫌だからやめとくわ」
紅葉「それにしても、平泉の賑わいとは比べ物にならないほど静かですわね」
玲奈「そもそもあたし達以外に歩いてる――どころか立ってる奴も座ってる奴も枝から宙吊りになってる奴も一人もいないもんな。なあ静」
静「…………(こくり)」
弁慶「はは。静さんも静かだしな」
静「かかりましたね弁慶さん〜。ワタシが静かにしていれば、必ず弁慶さんがそういうダジャレを言ってくれると思ってましたよ〜」
弁慶「ぐはぁっ!!」
与一「(静と弁慶を無視)賑わっていないのはむしろ当然だろう。この若宮小路は鎌倉を象徴する施設である鶴岡八幡宮の参道、つまりは儀礼用の広場だから、鎌倉殿の屋敷――御所でもなければ通りに向かって門を開ける事はかなわんのだ。そもそも賑わうための道には、段葛などという余計な代物が付いているわけがない」
九羅香「そっか、400年前の京の朱雀大路みたいな物なんだ」
観月「確かに人の活気と感情が、遠くからかすかに響いていますね。そちらが鎌倉の人達の生活の場なのでしょう」
楓「妖魔にあれだけ蹂躙されても立ち上がるなんて、京もそーだったけど、凡下(官位・官職を持たない庶民)って結構しぶといもんだわ。まるで雑草よね」
紅葉「……その無思慮な発言は見逃してあげるけど、後で佐藤流拷問術の鍛錬に付き合ってちょうだいな?」
楓「はうっ!?(汗)」
弁慶「(佐藤姉妹を無視)それと、道の西側より東側の方が高いから、西から攻めてきた敵に対して最終防衛線としても機能するそうだしな」
九羅香「なっ!? わたしも知らなかった関東の最高機密も、未来の歴史研究を知っている弁慶にとっては筒抜け同然!?」
玲奈「なーにが最高機密だよ。そこらの塀だって、鉄砲も大砲もないこの時代じゃ立派な防御施設になるだろ?」
弁慶「まあそーだけど……。ところでこの時代の塀にも、いろいろ突っ込む所があったんだよな?」
静「ええ〜。まずワタシ達の時代の塀は、築地塀という作り方が、最も格式の高いものですね〜」
楓「質の良い土を薄く敷いては撞き固めて、それで何寸かしかない層を幾重にも作って、っていうめんどくさい塀なのよ。だからそんなのは、普通は貴族の御所か社寺にしかないわけ。ゲームの中に出てくるような漆喰塗りの塀は、見た目はいいけど雨に弱いし、石灰石から石灰を取れるようになる前は貝殻を集めて焼かなきゃ材料も確保できなかったから、普通の塀は単なる板塀だったんじゃないかしら?」
弁慶「やるな楓……。オレの『800年前の事を知らない質問役』の後継者だと思っていたのに!」
楓「わたしは同時代人だってば!」
玲奈「まあ楓は辺境の山に籠もって怪しい修行ばかりやってたから、非常識なのは当然だよな」
楓「辺境の山に籠もって怪しい修行ばかりやってたあんたにだけは言われたくなかったわよ玲奈っ!!」
九羅香「……未来の言い伝えによると、北条家の執権の屋敷も板塀だったっていうからねぇ。さて、次はどこ行こーか?」
僧侶姿の男「おお! 誰かと思ったら九羅香ではないか」
弁慶「…………こいつ誰?」
九羅香「わたしの兄の阿野全成だよっ! 確かにゲーム本編には出てこないけど、頼朝兄上とは違ってお母さんも一緒なんだよ!」
弁慶「そうか、あの全成か!」
与一「その通り。九羅香殿の七番目の兄である、あの全成殿だな」
紅葉「ええ。駿河の阿野に所領を持っておられる、あの全成様ですわね」
楓「……紅葉も含めて、あんたら何下らない駄洒落を言ってんのよ(怒)」
弁慶「……とりあえず、義仲の時みたいに『源氏なのか? 名前違うけど』ってボケないだけ大目に見てくれよ……」
全成「頼朝殿が亡くなられて以来、鎌倉では万寿(頼家)殿を押し立てて、安達殿や足利殿などが政を司っておる。平家の遺産として観月殿から頂いた未来の史書により政子殿や時政殿やついでに比企殿が失脚したあおりを受けて、私は暇な毎日を過ごしておるがな。はっはっは」
九羅香「ちなみに全成兄上の奥方は、政子殿の妹なんだよね……アレに比べるとまともだろーけど……」
与一「ちなみにあちらの方に『あった』のが、頼朝殿の屋敷『だった』大蔵御所だ。この世界では妖魔の力に侵蝕されて霊的に汚染されたため、箱根や浅草、日光などの関東でも名立たる社寺から術者を駆り集めて浄化しているらしいが、恐らくは浄化が済んでも大蔵御所が再建される事はないだろう」
楓「とりあえず景時と土佐坊が復活しないよーに、京や奥羽からも応援出してほしいわね」
弁慶「(まあ、御所は本来の歴史でもそのうち移転するから、大きなタイムパラドックスは起こさないだろーけど……)」
全成「ところで弁慶殿、あとで万寿殿がおられる仮の御所に顔を出してもらえんかな? 坂東武者を正しきもののふの道に立ち直らせてくれた功労者として、我ら一同首を長くして待っておるぞ?」
弁慶「いや、オレだと間違いなく打ち首にされそーなんで遠慮しておきます(汗)」


◇鶴岡八幡宮◇

静「ハイ到着です〜。この時代は鎌倉の名所がほとんど揃っていませんから、案内するのもホントに楽ですね〜」
弁慶「本音出し過ぎだよ静さん……」
与一「さて、ここが鶴岡八幡宮だ。『つるおか』ではなくて『つるがおか』だから間違いの無いようにな」
楓「与一……歴史講座の件をまだ気にしてたのね……」
静「鎌倉にはもっと海に近い所に九羅香さんの5代前の頼義さんが勧請した古い八幡宮がありましたけど、挙兵して間もない治承4年(1180)に、頼朝さんが鎌倉の北の外れ、できるであろう町を南に見渡す絶好の『びゅーぽいんと』に、八幡宮を移転させたのがここなんですよ〜。ちなみに正式に石清水八幡から勧請したのは、今から何年か後の建久2年(1191)になりますね〜」
紅葉「わたくし達にとっての『現在』は、文治元年か2年(1185〜1186)でしょうから、あと5〜6年先の話ですわね。……頼朝様は史実より10年以上早く亡くなられてますけど」
九羅香「祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)――つまり応神天皇。弁慶の時代だと実在の確証が取れる所に至っていないっていうんだけど、この時代にそんな事を口に出したら殺されると思った方がいーからね?」
弁慶「しないって。紅葉に散々刺されて身に染みてるし……」
観月「ちなみに八幡信仰が盛んになるのは比較的新しく、東大寺大仏の建立に寄与したのがきっかけとなって中央に進出したと見られているそうです。また歴史上は、道鏡失脚の原因となった偽神託事件でも知られていますね」
楓「ああ、巷の笑い話では称徳帝をめろめろにしたえろ坊主にされてるアレね。弁慶も奈良から1200年前の平城京に飛ばされてれば、2代目道鏡を名乗れたんじゃない?」
弁慶「をいをいをいをいっ!!(汗)」
玲奈「ところでよ、こんな敷居の高そうな所に来て本当に参拝できるのか?」
観月「えぇっと……(ぼそぼそぼそ)」
弁慶「オレ達の時代なら、不審者でもなければ参拝は自由だと思うぞ。まあ拝観料とか、いろいろめんどくさい所もあるけどな」
観月「(ぼそぼそぼそぼそ)」
静「氏子や檀家ではない一般の人が自由にお宮やお寺に参拝できるのは、もっと後の時代の話ですから〜」
観月「(ぼそぼそぼそぼそぼそ)」
九羅香「わたしの名前を出せば入れてくれるかもしれないけど、平泉と親しいわたしだから政治的に面倒な事になりそうだし……」
観月「幸いにもわたしの知り合いの方がおられましたので、すぐに参拝をさせていただけるそうです」
弁慶「サンキュー。……でも何で、こんな所に観月ちゃんの親戚がいるんだ?」
与一「源平の合戦において平家方で戦った武将を供養するため――身も蓋もなく言えば祟られるのが怖くて、滅ぼした一族の縁者に供養をさせているのだ」
観月「もっとも、わたしの縁者ではなく紅葉様・楓様姉妹の縁者でしたけどね」
楓「へ? 何とゆーか悪い予感が……」
僧侶「おや、紅葉に楓。京ではなく鎌倉で出会うとは奇遇だな」
楓「ああああああっ!! 西行おじさんがなぜここにいいっ!?」
紅葉「ああっ! ご無沙汰しておりましたわ西行おじ様!」
弁慶「……ん? どこかで聞いたような名前だなぁ」
玲奈「脳に軽石でも詰まってるのかお前。歌詠みとして未来でも有名な奴だろ?」
弁慶「ああっ! 旧暦の2月15日に死んだ奴!」
(どしゅっ!)
九羅香「『願わくば花の下にて我死なん その如月の望月の頃』だっけ? 突拍子もなく死の宣告をするなんて、西行殿が普通程度に気が長かったら殺されるところだったよ?」
弁慶「自分を標準にするなってば九羅香……というか800年前の人間はこれがデフォルトなのか?」
楓「このおっさん――西行こと佐藤義清は、わたし達佐藤一族の京にある本家、紀伊佐藤家の長だったのよ。弟に長を押し付けてぶらぶらしてるけど、弓矢は達人級だから、変な事を言うと与一がやってるみたいに刺されるからね?」
西行「いやいや、楓は小さい頃から相も変わらず態度が手厳しい……」
静「西行さんは術者としても凄腕で、高野山で人造人間を作り出そうとした事でも有名なんですよ〜」
西行「あの時は白檀を使って失敗しましたけど、知人は乳香を使えば成功していたのではないかというのです。その辺りはどうでしょうかな静殿?」
静「ええ、それは〜(以下長過ぎる上に専門的過ぎるので略)」
玲奈「……なんとゆーか、ものすごく邪術っぽい臭いがするんだけどよ……」
西行「いや失礼。実は東大寺大仏殿の再建のために勧進を募っておりましてな、平泉では秀衡殿と泰衡殿が殺されて騒ぎになるわ、鎌倉に寄れば妖魔が溢れるわ、おかげで今に至るまで奈良に戻れずお世話になってしまいました」
弁慶「ところで西行さん、鎌倉で頼朝から銀の猫を貰った事はあるのか?」
西行「確かに頂きましたけど、中に妖魔を潜ませて寝込みを襲おうという見え透いた罠がありましたから、その辺の子供にやってしまいましたよ。ではそろそろ中に入りましょう」
玲奈「ひでー奴……というかこの時代だと未来より銀の価値が高いから、術を解いてから勧進に回した方がよかったんじゃないのか?」

 
西行「さてと、この先が厳密な意味での境内です。北条政子とかゆー奴が神域を穢していたそうですが、既に清め終わっているので安全ですよ」
九羅香「自分もちょっぴり偉いだけの身分のくせに、態度大きくない西行殿って?」
弁慶「ま、まあそれは見解の違いって奴で……。でも何で、神社なのにお寺みたいな塔があるんだ?」
観月「八幡宮は『神に昇格した人』を祀っている、いわば廟(みたまや)としての性格が強い場所なので、神職ではなく僧侶が主に仕えている事も多いのです。菅原道真公を祀った天満宮も、仕えているのは僧侶が多いですしね」
楓「与一が『南無八幡大菩薩』って祈ってるのも、単に神仏混淆してるんじゃなくて、そーいう理由があるからなのね」
与一「『南無天照大神』『南無大国主命』などとは言わんしな。そういう事で鶴岡八幡宮は、明治初期の神仏分離により寺院としての性質が取り除かれる前は、寺だか社だかよく分からん所だったのだ」

 
静「え〜、この先にありますのは右手が源氏池、左手が平家池でございま〜す」
弁慶「観光できて嬉しいのか静さん? 何だかバスガイドみたいだなぁ」
紅葉「源氏池は3つある島が『惨』、すなわち『むごたらしい目に遭う』という意味を、平家池は4つある島が『嗣』、すなわち『代々継承される』という意味を、それぞれ込めている事で有名ですわね」
九羅香「……一般に言われているのは逆なんだけど、どーせ語呂合わせだから何とでも言えるしね」

 
静「そしてこの先に、史実のワタシが義経さんへのらぶこーるを込めた舞を披露した若宮などの様々な施設があって、さらに先の石段を登ると拝殿や本殿が拝めます〜」
弁慶「ちなみに、ゲーム本編ではオレに向けた舞になってるけどな。しかも歴史講座だと静さんと楓は百合妄想まっしぐらだったし」
楓「やかましい(怒)。でもあの舞って、拝殿で舞ったんじゃなかったのね?」
観月「史実はさておきゲーム内での解釈としては、鎌倉全体を魔界に堕として妖魔の王2号こと頼朝様の支配下に置くには、町の北側中央を儀式の場とする必要があったからと思われます」
西行「中心となる者を北側中央に置くのは、唐渡りの術から来ていますな。その上で鶴岡八幡宮の敷地が儀式に必要でも、八幡神の力と繋がっている本殿や拝殿は、儀式にとってはむしろ邪魔な存在でしかなかったでしょう」
静「だから神様の力の影響の弱い若宮を儀式の場にしたというわけなんですね〜。論点を改めて整理して下さってとても助かりました〜」
玲奈「……なあ九羅香、あの呪文って一体何なんだよ?」
九羅香「呪文じゃないー! とりあえず難しい話!」
与一「やれやれ。あの戦いの時は政子殿まで遠くて移動力の低い私は大変だったが、今日は八幡神の神前で頼朝殿や知盛殿達の後生を祈る事にしよう。遺族の前で言うのもなんだが、弔いは生き残った者の義務だからな」
九羅香「そーだね。泣いてばかりじゃ兄上や父上や知盛殿や清盛殿や、それにわたし達共通のご先祖様の八幡神様に叱られちゃうから」
観月「ええ。秀衡様や義仲様や、もっと大勢の方のためにも」
楓「……景時や土佐坊や敦盛は?」
九羅香「……う。それは極めて厳しいかも(汗)」
紅葉「ではその前に、石段の脇に銀杏の種でも埋めておきましょうか。歴史が変わって九羅香様の甥がここで殺される事はないのでしょうけど気分の問題として」
西行「すまないが紅葉、その辺りは全成殿が毎朝土を掘り返して木が生えないようにしておるぞ?」
紅葉「…………くっ。やりますわね全成様!」
弁慶「……何やってるんだか紅葉は。とゆーか全成さんも同レベルだけど(呆)」


第十二章〜義経東下り(下)〜へ続く


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