☆ 初夏に抱いた想い ☆
(後編:夕餉にて)


初夏に抱いた想い(前編:お姉さん達と)から

 
「とゆーワケでねぇ〜」
 きっと端から見ると、嬉しさが滲み出ているはずの私。
「で、いのりお姉ちゃんやまつりお姉ちゃんと仲良くなったんだ〜?」
 いつもの甘く柔らかい笑顔のつかさ。
「うん〜。期待してたけど予想以上の美人さん揃いでいいなーつかさ〜」
「えへへ〜。かがみお姉ちゃんもお母さんも綺麗だけど、……あ、ごめんねこなちゃん」
「いいってば〜。私は一人っ子だけど従姉妹がいるし〜」
 かがみとつかさが柊家に帰ってきて、汗をかいた二人がシャワーを浴びるのを覗き見したいのをなけなしの理性で押し留めて(でも、可愛い声に聞き耳を立ててしまった)、クラスで宿題が出たっていうかがみは自分の部屋へ行ったから、私はつかさの部屋で二人きり。
 並んで、ただ何もせずにゆったりとくつろぐ私とつかさは、とりとめのない女の子同士の会話に耽っていた。いつもお菓子を食べたり本を見たりしているかがみ(だから太ってはダイエットするんだよ。おかげで結構筋力あるんだけど)とは違う、こんな時間を持てるのがつかさだけの魅力。……日が暮れるまで転がっていた時はかがみに散々呆れられた上に、帰るのが遅くなってお父さんにかがみとつかさの事をしつこく聞かれてしまったし、お父さんは「家が神社で巫女さん」って所にやけに食い付いてくるし(いや、最後はちょっと関係ないってば)。
 まあさすがにこの調子で永遠にいるわけにも行かないんで、私は重い腰を上げて、私より十センチちょっと背が高いつかさ――つかさ本人は「二十センチ近くだよこなちゃん」と主張――の温もりから身を離した。
「あ、今日はお泊まりだってあらかじめ言ってあるけど、念のために電話してくるからね」
 と言うと、ちょっと寂しそうにしながらも、聞き分けの良い子犬のようなつかさは、澄んだ泉のように青紫っぽい、純粋さに満ち溢れた大きな瞳で私を見上げる。かがみは釣り目で表情も硬いから、二人だと私が緊張してくつろげない時があるんだけど、つかさは垂れ目で表情も柔らかくて……うー、ダメだ。見入ってしまうと一緒に夕御飯を作れなくなるってば。
「おウチに?」
「うんにゃ。お父さんが仕事ついでに遊びに行ってる都内の友達のトコ」

 
 まだ携帯電話を持っていない私達は、電話したい時は家の電話か公衆電話を使っている。携帯電話は、私は次の試験でお父さんと賭けようと目論んでるところで、つかさはおじさんとおばさんにかがみのも含めてせがんでいる最中らしい。
 しかし、こんな所でダイヤル式の黒電話にお目にかかれるとは思っていなかった。ネット接続できるパソコンもここだとつい最近お目見えしたばかりで、近頃はかがみから私宛てのメールも増えてきたけど、いつの間にか送り先が「泉さん」から「こなた」に変わっていたのは、態度正直過ぎるよかがみー。
「ああ、うんうん。それじゃまた明日ね、みゆき?」
 お父さんに電話するために私が階段の下まで来ると、かがみが階段の下の段に腰掛けて、ちょうど電話を終えたところだった。いつもの下からのアングルも胸を強調するみたいで私は好きだけど、上からも綺麗な髪をじっくり見られて好き。
 で、かがみは浮かべていた。つかさはいつも見ていて私には滅多に見せてくれない、信頼しきった相手と二人で心の奥底まで満たされた笑顔を。ちょっと興奮して紅潮しているのは、まるで好感度が高いギャルゲーのヒロインのよう。かがみには「恋愛もののラノベのヒロインみたい」って表現の方が通じるんだろうけど、ゆくゆくはエロゲーや成人向け漫画の――、
(――ダメじゃん私! まだ十六にもなってないかがみを、たとえ想像抜きでも穢すなんて! せめて相手は私――でもなくて!)
 ひとしきり暴走してからスイッチを切り替えて、幸いにも私の劣情に気付いていない(はずの)かがみに、何気ない様子で「やほー」と声を掛けると、受話器を置いたかがみは、「おーっす」なんてノリの良い返事をしてくれた。胸元と、そこに掛かった綺麗な髪を肩越しに見られるとっておきのアングルを確保した私は、いつもの素っ気ない表情に戻ってしまったかがみを寂しく思いながら、この場で抱き付きたいのを我慢して聞いてみる。
「ねえ、今のはウチのクラスの高良さん?」
「ええ。学級委員の話じゃなくて、ちょっとした世間話よ。私達とこなたが友達だと聞いて嬉しそうね」
 高良さんがいちいち私の事で喜んでくれるのは、私が社交性が少ないからなんだろうけど、かがみ以外と仲良くしてる所を見掛けない高良さんも、私の事を心配できるような立場じゃないと思う。高良さんが高嶺の花なら、私は海溝のハオリムシってくらいの差があるけど。
 高良みゆきさんは、私達のクラスの学級委員で、同じ学級委員をしているかがみの友達。成績が学年でもトップクラスで、勉強以外の知識も豊富で、運動もできるし、童顔巨乳眼鏡っ子というマニアックな――じゃなくて、まああらゆる意味で完璧超人。お母さんの母校だからって理由で陵桜まで来たんだけど、遠くの高校で周りに全然慣れないで心細かったところでかがみに色々教えてもらったりして仲良くなったそうで、近頃は休み時間や放課後に、二人で仲良くしている姿をよく見掛ける。私よりよっぽどかがみにふさわしい相手だと思……いたくないんだけど、比較するとどうしても高良さんに勝てそうもないし。
 ……いけないいけない。別に私とかがみも、かがみと高良さんも百合関係じゃないのに、こんな所で鬱展開に走ってどーする。
 で、そんな自分の暗い気持ちをごまかすために、ゆい姉さんが面白がってる時の猫っぽい口元を真似してみる私。
「かがみってもしかして、高良さんと禁断の関係だったりする?」
「みっ、みゆきとはそんな関係じゃっ!?」
 分かってるけどね、かがみがそう言うのは。たとえ本当にそんな関係でも、かがみは理性のたががきつ過ぎるから、絶対に認めっこないってのをね。でも私にはほんとの事を話してほし――だーかーらっっ、かがみとはそんな関係じゃっ!!
 ああもう、この気持ちを鎮めるには、かがみを徹底的にいじるしかないっ! もし怒られても、距離を取って落ち着けるし! 優しさに甘えっぱなしで罪悪感湧くけど!
「かがみは普段は女らしいのに、たまに男らしい所も見せるから、高良さんもそんなかがみに参っちゃったんじゃない?」
「ねえよっ!」
「でもさ、お姉ちゃんと委員長って、いつも一緒でお似合いだよねー。男の子達の視線も、お姉ちゃん達には特別なんだって気付いてた?」
「で、でも、圧倒的な支持を受けたみゆきとは違って、私は票も結構ばらけてたし。それに私には家の仕事があって、みゆきは家が遠いから、学級委員といっても大した事はしてないわよ?」
 私とつかさのコンビネーションの前に、すっかり玩具にされていじられる可愛いかがみ。もう凄い萌え。リアルで同性趣味がない私だけど、もし私が男なら絶対に嫁にするよ。
 そして――お堅いかがみに名前で呼ばれるなんて、この時初めて高良さんに競争意識を燃やしたのかもしれない。……あとまつりさん、「かがみの男ってこなたちゃんでしょ」ってどーいう意味でございましょうか。

 
 で、夕食。今日はお泊まりする予定だから、私も一緒にご相伴させて頂く。
 柊家の食卓を、七人、うち六人は女性という、ウチのお父さんがただおさん――男の人としては背が高くないけど物腰が柔らかい、見た目がいくらかまつりさんとつかさに遺伝している、美人四姉妹のお父さんで神主さん――にみっともなく嫉妬しそうな顔触れが取り囲んでいた。夕食は、一品あたりの量は多いけど、おかずの種類はあまり多くない。やっぱりこの人数の食事をつかさとみきさんだけで作るとなると大変だから、無理言って手伝わせてもらってよかったよ。……手伝う前より調味料が手前に移動してるのが哀しいけど。
 なんて思いながら食卓を眺めていると、計算機を手にしているいのりさんが、私の耳に口を近付け内緒話。いや、いのりさんは別段声を控えてはいないから、内緒話の雰囲気だけ。
「……女性率約85.7%ね。男の子向けのゲームをよくやってるこなたちゃんにとっては嬉しいんじゃない?」
「……どちらかというと異世界の気分です。私はお父さんと……あ、気を使わないで下さいいのりさん。叔母と従姉のお姉さんがしょっちゅう構ってくれましたから」
 構ってほしがるのはゆい姉さんの方だけど、その辺は口を濁しておく。ったく、毎回毎回飲酒運転&スピード超過して、警察の同僚に捕まっても知らないからね。よく成実さんが愛想を尽かさないよ。
 でも、まだ言えない。私には、お父さんやお母さんやお姉さん達が揃っている食卓を「異世界の気分」と思う理由があるなんて。
 かがみとつかさの家族は、片親だからって変な偏見を持つような人達じゃないと思うけど、それでもデリケートな問題を口にするには早過ぎる。
 そんな想いを湛えながら、食卓…………のどこに座ればいいんだろう?
「さて、こなたちゃんはどこに座るかしら?」
 と言ってくれた、目の前にいるのが、かがみやつかさ達のお母さんで、ただおさんの妻でもあるみきさん。普通はみきおばさんとでも呼ぶんだろうけど、いのりさんの年から推測して少なくとも四十代の半ば過ぎとは思えない、かがみを大人びた雰囲気にした年齢不詳の美人さんだから、おばさんと呼ぶと向こうが怒らなくてもこちらが調子狂う。勇気を出していのりさんに聞いたら、「永遠の十七歳とか言ってたわね」って、どこの井上喜久子ですか貴方は。
「えーと、この際ですから、普段とは違う組み合わせなんてどうでしょう?」
「さぁねえ。大勢だから結構適当に座ってるわよ」
「お台所だと両端にお父さんとお母さんで、間に私達が来るし、居間だと上座から、お父さん、お母さん、いのりお姉ちゃんから私までかな?」
「まあこなたは、今のところはお客さんだけど上座扱いにするのは他人行儀だし、私やつかさの近くに定位置を決めておくといいかもしれないわね」
 以上、私の提案と、提案に対するいのりさんとつかさとかがみの回答。「さっ、さすが神職の家……『上座』なんて言葉をリアルで聞くとはっ!?」などとゆー新鮮な驚きも、傍らで「いや常識でしょ」なんてまつりさんに呟かれて台無しにされてしまった。だらしないように見えても、まつりさんも立派に神主さんの娘。そういう礼儀はかがみ並みに身に染み付いているんだ。
 少しむっと来たので――まつりさんに恥ずかしい事をするために、まつりさんを、いつものように仲良く並んでいる妹達の間に割り込ませる。
「まつりさんは、かがみとつかさの間〜」
「わわっ、こなたちゃん!?」
 いきなり大胆な事をされて驚きを隠さないまつりさんの肩に触れた瞬間、ぷにっと柔らかいつかさの肩とは違う、しっかりした手触りが返ってきた。
(……まつりさん、筋肉しっかり付いてるんだ。胸もありそーだし、発育はかがみ以上だよね)
 さすがにこんな所でまつりさんに萌えている場合ではなく、そのまま矛先を双子の妹達へと向ける。
「かがみもつかさも、こんな美人で可愛いお姉さん達がいるのに、二人でばっかりいちゃつくなんて勿体無い真似は、たとえここの神様が許しても私が許さないよ?」
「いちゃつくって何よ」
「お、お姉ちゃん。こなちゃんはいのりお姉ちゃんにもまつりお姉ちゃんにも会ったのは初めてなんだから」
 つかさ……かがみを特別扱いしてる証拠に、かがみだけを単に「お姉ちゃん」と呼んでるヨ。いのりさんもまつりさんも、ちょーっと傷付いてるんじゃないかな。
「確かにかがみとつかさは、二人きりの時はもちろん、いのりやまつりも一緒の時も、二人でくっ付き合ってるな」
 そこでいきなり暴露ですか、ただおさん。おっとりした優しい人ですけど、遠慮のない辺りはつかさそっくりですね。
「えぇえぇ。学校でも毎日お揃いの愛妻弁当を見せ付けてくれまして、夫と妻は交代制ですけど、まるで16年近く連れ添ってる夫婦みたいですヨ」
「でしょ〜? あ、でもお姉ちゃんとはお母さんのお腹の中から一緒だったからもうちょっと長いかな?」
「おっ、お父さんも、こなたの前で変な事言わないでよっ!? それにこなたもつかさも、どこからどう突っ込めばいいのか分からない会話はやめてっ!?」
 あぁ、かがみ可愛いよかがみ。つかさもナチュラルに愛らしいし、ただおさんから予想外の収穫も得られて、もう良質の同人誌(全年齢向け)を発掘した気分。
 そして次はもちろん、私の前ではつかさのお姉さんとしての顔しか見せないかがみをお姉さん達の間に。
「かがみもたまには妹らしく、いのりさんとまつりさんの間で甘えさせてあげるね」
「や、やめなさ、こらっ!」
 かがみは抵抗する間もなく、いのりさんとまつりさんに挟まれてしまう。美人さん二人に挟まれて嬉しくないはずはないに決まってると思ってたのに(私だったら絶対に羨ましい)、姉妹だから照れはするけどそんなに嬉しくはなさそう。さすがにいのりさんにはあまり抵抗しないけど、まつりさんには露骨に嫌がって、胸や太腿やもっと微妙な部分に伸びた手を払ったりしてる(この場合はまつりさんが明らかに悪いし)。こーしてると、肉体的にも精神的にも、まつりさんとかがみが双子に見えるんだよね。
「あんなにちっちゃくてふにふにしてたかがみもこんなに大きくなって、しっかりした子になったけど、まだまだ私から見れば可愛い妹よ?」
「ありがと、こなたちゃんっ。あぁ、お姉ちゃんがかがみに『あーん』させてあげるからね?」
「姉さん達もよしてよっ。特にまつり姉さん!」
 すっかり壊れた二人(特にいろいろ溜まっていたまつりさん)と、おもちゃにされて戸惑うかがみ。そんな様子に満悦していた私に、新たな魔手が忍び寄る。
「こなたちゃんは、お母さんといのりの間ね?」
「わわっ! みきさんっ!?」
 体重が身長相応に軽い私は、四人の娘を育てた腕に包まれていた。後ろから抱きかかえられたから、肩の辺りに二つの柔らかい膨らみも感じる。知らないはずなのに無性に懐かしい感覚に襲われて――、
 いけない。
 みきさんみたいなタイプに、物凄く弱い自分に気付く。そして、自分だけお母さんがいない事が辛くて悲しくて、それで泣いていた自分にも。
 かがみに萌えてたのも、ツンデレとかいうよりも、かがみの中にある、みきさんから受け継いだ母性を感じたくてなんだろうな。それを言えない私の方が、ホントはツンデレなんだよかがみー。
 そんな私の動揺に気付いたらしい、お姉さん達に軽く束縛されたままのかがみが腰を落として目を合わせ、飼い猫の面白シーンを見る目で微笑する。鏡のようにきらめく碧みがかった瞳は、いつもの強気な感じにも増して悪戯っぽくきらめいて、なぜ女同士なのにここまでドキドキするんだろう。
「お母さんにそんな風にされてると、ウチの五女みたいね、こなた?」
「わ、私、つかさからも妹確定っ!?」
 いくらつかさより小さいとはいえ、果てしないショックを感じる私なんだけど、それでも嫌に感じないのはかがみだから。かがみにとって、私はつかさに近い存在なんだと感じると、五女扱いでも全く不満を感じない。小早川家でゆい姉さんとゆーちゃんの間にいる時を思い出して、ウチに帰ってからたっぷり話をしたくなった。
 苦笑するただおさん。
 強く抱き締めて「甘えていいわよ?」なんて言ってくるみきさん。
 いのりさんは「こなたちゃんは素直な子だもんねー」なんて頭を撫でてくる(そ、それは買い被り過ぎですから)。
 まつりさんは「かがみが私を『お姉ちゃん』って呼んでくれないから、こなたちゃんには『お姉ちゃん』って呼んでほしいな」と、すっかり五女に認定する気分。
 そして、つかさがお姉さん気分で私を抱き締めて言うには。
「うーん、こなちゃんだから長男でも似合うかも?」
 さりげなくひどいねつかさ。長男は男前なかがみで十分じゃない。

 
 こうして食卓に座る順番は、みきさん、私、いのりさん、かがみ、まつりさん、ただおさん、つかさになった(……逃げたねまつりさん)。ちなみにテーブルの短い側になったのは、かがみとつかさ。両側から直にみきさんといのりさんに挟まれる私と、両側から妹を愛でる視線を受けるかがみでは、恥ずかしさは互角といった辺りだろう。
 ここの夕食は、神職の家らしく、きちんと手を合わせ、祈りを捧げてから箸を付ける。ついうっかりフライングしそうになった私は、「しょうがないなーこなちゃん」と、あのつかさに言われてしまった。うう屈辱。
 さて、普段は左手で箸を持ってるかがみとつかさも、今日は改まってるのか右手で箸を持ってるから、両手利きの私も揃って右手で箸を使うんだけど。
「こなたちゃんのお料理も絶品よねもぐもぐ。かがみかつかさのお嫁さんに欲しいくらいだわあむあむ」
「こなたちゃんのご両親の実家は石川県なんだってんぐんぐ? 今度お土産頂戴ねはぐはぐ」
「姉さん達あぐあぐ、そんなにがっつかないでよ恥ずかしいはむはむ」
「こなちゃんにもそのうちお料理教わりたいな〜。私もこなちゃんに色々教えてみたいし〜」
(いのりさんもまつりさんもかがみも、食べるペース速っ!)
 かがみが食い意地張ってると思ってたら、まさかお姉さん達もこんな所が似てたなんて。でも、もし鍋だったりすると気の毒だよつかさが。つかさの様子をちらちら見ながら食べる速度を落としているかがみがいるから、上の二人は気を使わないんだろうけど、これじゃつかさがかがみにばかり懐くのを咎められないよ。
 まあ今回は約三名に取られる心配もなく、つかさものんびりとご飯を食べている。食べる姿も一生懸命で、時々箸からおかずを落としそうになる所が、いかにもつかさって感じで、かがみとは逆に学校での姿と大差なかった。
 もちろん私も、みきさんとつかさの味を堪能しながら、みきさんのお向かいに座っている旦那様に話題を振る。
「いやー、ただおさん」
「何だい、こなたちゃん?」
 性別も年齢も違っても、つかさそっくりのおっとりした印象のお父さん。私には異性を好きになる心の過程がいまいち分かってないけど、かがみそっくりのみきさんが好きになったのはよく分かる。みきさんも、若い頃はツンデレだったのかな?
「かがみはホントに出来の良い立派な娘さんで、いつも勉強を教えてもらって本当に感謝してますよ」
「そーいう神妙な台詞は、世話になった本人に言うべきだと思うけどな。というか普段は『宿題写させてー』ばかりで、努力はしてるつかさを見習いなさいっての」
 いつも通りの厳しいかがみの突っ込みに、ただおさんは苦笑い――するのはともかく、みきさんは「しょうがない子ね」って感じで微笑して、いのりさんは私の頭をくしゃくしゃに撫でて、まつりさんはうずくまって肩を震わせながら笑いがこみ上げている。既に家族全員、主につかさから機密漏洩していたらしい。
 まあ私も、いじけたりつかさを追及したりという無駄な事はせずに、羨ましい身体と顔と頭の中身をしているかがみにお返し。
「どっちかというと、かがみがあの年齢でみきさんにそっくりというのが心配ですけどね」
「お、お前何言うんだよっ!」
 あはは、つかさと私相手のいつものかがみだ。外だと取り澄ましてるけど、家族と一緒のこんな時くらいは素直になって、ね。
「分かるわねその気持ち。根はつかさと同じ甘えんぼなのに、お父さんとお母さんといのり姉さんに甘えてばかりで。私は勉強もいまいちだけど、たまにはかがみに妹らしく甘えてきてほしいわ」
「まつり姉さんは色々といい加減なのよ。いのり姉さんや私の服を勝手に持って行って返さないし。お洗濯の後でお母さんとつかさが選り分けて返してくれるけど」
 かがみん……苦手なのは料理だけだと思ってたら、家事一般もなんだね……。いや、きっといのりさんとまつりさんも……。家族が少なければ私やお父さんみたいに一通りできるようになるんだろうけど、お嫁さんになったら(いのりさんの場合はお婿さんが来たら)大変だろーな。――で、何でかがみの、それも旦那様じゃなくて奥さんに私を想像するのさ。
「あ、そうそう。甘えるっていえばさ」
「何よいのり姉さん」
 いのりさんのさり気ない発言に、かがみは過剰反応する。延々と羞恥プレイされれば当然かもしれないけど、お互いにもっと素直になれば……いや、柊家に、お互いの口元を舐めたり、一緒にお風呂に入ったり、同じ布団で一緒に寝たりする姉妹を増やすのは大問題だし。昼下がりにいのりさんに念押しのために確認したら、やっぱり今のいのりさんは、「普段は」、「かがみやつかさとは」、「一緒にお風呂には入っていない」そうだから(……普段以外は? まつりさんとは? お風呂以外のあれこれは?)。
 で、そこでいのりさんは、かがみをお気に入りのペットを見るような視線と自慢の愛娘を見るような視線を重ね合わせ。
「かがみって、普段の口調は女らしいのに、面倒見ないといけない相手には時々男言葉になる癖があるのよねー。つかさ然り、こなたちゃん然り」
 ――そうだったんだ。
 って、改めて意識すると、私とつかさはかがみを見詰めて、私は――きっとつかさも――胸の奥の心音をやけに大きく感じてしまう。
「い、いのり姉さん……」
「え、えっと、いのりお姉ちゃん。私とお姉ちゃんはそんな関係じゃっ」
 赤面する双子の姉と、赤面を通り過ぎて訳分からない状態になった双子の妹。特に後者、そんな関係ってまさか――?
「抵抗諦めなさい妹ども。あんたらが生まれた時まだ赤ちゃんだった私はともかく、物心付いてた姉さんは、お母さんの次、お父さんと同じだけ、かがみとつかさを観察してきた時間は長いんだからね」
 なんて偉そうに言うまつりさんが全く動揺してない所からして、かがみとつかさが「そんな関係」じゃないと分かって安心ですヨ。……しかしそこでみきさんとただおさんの「そんな関係」をリアルに思い浮かべてしまったのは、黒歴史として封印処分を行うしかないけどさ。
 で、いのりさんはいつの間にかかがみの真横に接近。大人びて、それに実年齢も離れてるいのりさんだから、肉体的には成長していても精神的には背伸びした子供みたいなかがみとの取り合わせは、髪型も近いゆい姉さんとゆーちゃんを思い起こさせる。まあ、ゆい姉さんもいのりさんと年は近いだろうし、ゆーちゃんもかがみと二つちょっとしか違わないものね。
「そういう可愛い所、私は大好きだぞ?」
「わわっ!」
 かがみの声色を真似たいのりさんが、かがみを不意討ちで膝に抱き寄せて、甘えさせるように頭を胸元に押し付ける。うう、かがみが羨ましい。もちろんいのりさんの胸も。
 ここで真っ先に反応するのはつかさが、と思いきや、叫んだのはまつりさん。ああ、そういえば昼下がりも、かがみやつかさと親密な私との初対面で不機嫌でしたネ。
「ちょ、ちょっとお母さん。私のかがみを姉さんがっ」
「はい。まつりも甘えたいのね」
 み、みきさんまでまつりさんをっ。しかも隣ではいのりさんとかがみが絶賛上演中だから、見てると私まで身体がかーっと熱くなってしまう。
「も、もうお母さん。こなたちゃんもいるのにやめてってばっ」
「まつりはかがみを、いつもいのりやつかさに取られてばかりだから、寂しい時はいのりだけじゃなくて、お母さんにも一緒になってちょうだいね?」
 ……かがみとつかさの過剰なスキンシップは、どーやら柊家の女性全員に通じるものらしかった。ただおさんだって、みきさんと二人きりの時には、その、まあいろいろして、結果として娘を四人も作ってるんだし。エロゲーをプレイするようになってから、つい親ってのをそーいう目で見てしまうから、そんな自分が悲し過ぎ。恨んでも飽き足らないよお父さん。

 
 いのり×かがみとみき×まつりに取り残された私とつかさは、ただおさんと、三人でぽつんとたたずんでいた。さすがに夕食時に甘えさせる以外の行為には達してないから、今の表記は色々正しくないけど。それにつかさのお姉ちゃん達とお母さんはいつの間にか綺麗に完食してたから、この分だと当分放置して、私とつかさで後片付けって事になるだろうね。
「あのー、ただおさん」
「お、お父さんっ。お父さんはお部屋の奥でお母さんに――」
 つかさがえろ発言で自爆する寸前に割り込んで、私はただおさんにお酒――ただおさんとみきさんといのりさん用――を勧めながら言葉を継ぐ。
「こーいう時は、男として肩身が狭くありません?」
「いのりやかがみはよく懐いてくるし、みきとは二人で――いや何でもないからこなたちゃん」
 …………今更気付いてリボンから煙を上げてるつかさはさておき、ただおさん、私がエロゲーをプレイしているとはいえ、高校一年生の女子の前でコメントし辛い事を言わないで下さい。ましてやみきさんはかがみと生き写しなんですから、かがみで変な想像して夜に眠れなくなりそうです。でもまあ、この場は無理矢理スルーしますけどね。
「ウチのお父さんは家でも親戚の前でも私にべたべたするんですけど、お母さんが生――見てたらそんな事は絶対にできなかったですよねー。その場合は、私じゃなくてお母さんにべたべたするのがオチだと思うんですけど」
「な、仲の良いお父さんだねこなちゃん?」
「無理しないでつかさー。そうやってごまかされたら私まで恥ずかしいしー」
 と、気楽に笑ってごまかす私。
 でも。
 今、「生きてたら」と言いかけた所だけじゃなくて、「そんな事は絶対にできなかった」と過去形で表現してたのも、ただおさんは感付いてしまったかもしれない。ただおさんの表情からは分からないけど、無意識に感付いてしまったつかさ似のお父さんだから、ひょっとすると……。
 ごめんなさい、ただおさん。いつか話しますから――私のお母さんが、私を産んでしばらくして亡くなった事を。
 そして、かがみにも。

 
 私達とみゆきさんが親しくなるより前の、私とつかさとかがみがより一層親しくなった、そんな初夏の日。
(終)

 
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