☆ 此方と其方・10 ☆


此方と其方・9から

 
 ……と、騒いでいる一同をよそに、そなた、つかさ、ゆたかは、南側に面した大きなガラス戸と網戸を開けた。みなみと両親が普段使っている三足のサンダルを銘々が履き(つかさは率先してみなみの父のものと思しき大きなサンダルを履いて、小柄なそなたとゆたかに相対的に小さなサンダルを譲った)、まだ朝露の名残を残す刈り込まれた芝の上に出て、物干し竿にハンガーとパッチン(正式名称「ピンチハンガー」)をいくつも下げる。ぶら下がっているのは、昨夜に三人が洗濯と室内干しをしていた、十一人分の服と水着とタオル。
 空にはもう、高い所に日が昇り……とはいっても、今は既に夏至から一月余り経過しているため、五月の下旬頃と大して変わらないはず――、
『地球は大気と地表と海洋に蓄熱するため、大陸では一ヶ月、島国では二ヶ月ほど、季節の変化が太陽の高度の変化から遅れるんです』
(知ってるヨ。「台風一過」を分かっていなかった姉さんやつーちゃんは怪しいケド)
『稀な例では、海洋に囲まれた陸地で最大三ヶ月ほど遅れる事がありまして、例えば千葉県の銚子では、三方を海に囲まれているため、冬は比較的温暖でありながら、桜が咲くのは周辺地域より半月は遅れるようです。母と行った時にはまだ三月初めで、真冬の気温と吹きすさぶ暴風のために――』
(はいはい)
 などと脳内みWikiと妄想会話を繰り広げながらも、そなたのハンガーを下げる手は休まない。おかげで、みゆきの水着やらかがみの水着やらを手に取っても、鼻血を出したりせずに普通に干せた。
「よいしょ、っと」
「はい、ゆたかちゃん」
 文字通り背伸びして、高い位置(岩崎家仕様)にある物干し竿に重いパッチンを掛けようとして届かない従妹に、手助けをする親友。先輩らしい事ができて満悦のつかさに対して、ゆたかは子供っぽくむくれるが、可愛くて全く抗議になっていないという重大な事実には気付いていないのだろう。……そこ、Sだとか黒つかさだとか言うな。

 
 そして――はためく服と水着とタオルが、見上げる格好になるそなたとゆたかにとって、彩りだけでなく光の強度としても眩しい。
 三人がかりの成果を、目を細めて眺めるそなたは、傍らの従妹に声を掛けた。
「楽しかったかい、ゆーちゃん?」
「うん。とっても!」
 従姉の問いに応えて、ゆたかは笑う。今度も「てぃひひひ」と、声は可愛いのに字にするとゆたかの清純なイメージを崩しかねないが、「お姉ちゃん」になれて嬉しいつかさにとっては、まあ、どうでもいいほどではないくらいの意味しかなかった。
「良かったよ〜。酔い止めとか保冷剤とか用意したけど、ゆたかちゃんは大丈夫で。ひよりちゃんは少し気の毒だったけどね」
「ええ。陵桜に入ってから、体調を崩すのも、車酔いも、ほとんどなくなりましたから」
 と、ゆたかに聞いて、つかさは、一昨年の海水浴での悪夢(と言うのはかがみで、つかさは行きも帰りも気絶していた)が脳裏をよぎる。
「え、え〜と、成実さんの運転、凄いもんね。黒井先生とはまた別に」
「じゃなくてですね! いつも身体を気遣ってくれるみなみちゃんと、信頼して見守ってくれるひよりちゃんのおかげで……あ、もちろん、私達を引っ張ってくれるパティちゃんも」
 体格(長身でグラマー)も性格(明るく能天気)も大違いな、二年と少し前から名字が変わった実の姉を持ち出された心の隙間を無意識に突かれて、うっかり心情をぶちまけたゆたかは、真っ赤になって口ごもるが、そんな恥ずかしい告白を前にしても、ほわほわとした「そうなんだー」という感じのつかさに、「もうーっ」と力んでしまう。
(お料理もお裁縫も上手だし、普段はぽんやりしてるのに、いざとなると落ち着きがあって頼もしい先輩なんだけど、こんな所が苦手かも)
 いつも自然体で、構えても調子を崩される、この幼さが先輩らしくない先輩。なのに妙に積極的で、ゆたかやそなたはともかく、こなたはいつも懐かれて、ほんのりとある胸に敗北感を与えられてしまう。
(……やっぱり、かがみ先輩とつかさ先輩は、好きな相手と密着するのが普通なんですよね。そりゃまあ、日頃から、恋人同士みたいなちゅーをしておいて、「双子の姉妹だからノーカウント」だなんて、こなたお姉ちゃんとそなたお姉ちゃんみたいな言い訳をするんだから)
 つかさとそなたを前にして、その双子の姉達が家の中でじゃれ合っている(いや、こなたが一方的にかがみにいじられている)様子も妄想してしまう、こなたとそなたの影響で耳年増になってしまったゆたか。耳を澄ませばこなたの喘ぎ声とかがみの悦楽に満ちた猫撫で声も家から聞こえてきそうだが、もし聞こえたらとても平常心ではいられないので、あえて聞き耳を立てる勇気、いや、無謀はない。
 実の姉のゆいは、近頃は半年も会いに来てくれなかったし(妊娠ドッキリを仕掛けていたそうだが、実際には妊娠せずに引っ込みが付かず、ずるずると先延ばしにしたのだとか)、黒井先生によると週に一回は大宮の飲み屋で絡まれるというし(何故か、神社にお参りに行った時にいた、かがみの大人びたお姉さんまで知っていたのは、まさか知り合いの誰かまで絡まれたのか……いやいや)、電話をしても「あーんきよたかさんきよたかさーん」と単身赴任の夫を恋しがるのが呆れも苛立ちもできない有様なので、柊姉妹の上のお姉さん達を含めての仲の良さにもやきもちをしてしまう。つかさなら何の気兼ねもなく、「ゆたかちゃんも入って三人で」とか言うのだろうが、それはいくら何でも無茶というもの。
 そんな葛藤を知ってか知らずか(こなたは「葛藤という表現自体が緊縛系」だとか口走って、かがみに緊縛された事があったが、さて置き)、そなたは遠い目をして――日差しが目に入りかけ、立っている場所と視線の向きを微妙にずらすと、自然とゆたかを見詰める向きになった。
「ゆーちゃんがみなみちゃんと仲良くなったのは、それが全部ってわけじゃないけど、姉さんと私がみーさんと仲良しだった、って事もあるのかな」
「そだね」
「……あ、私とそなちゃんとか、お姉ちゃんとこなちゃんとかも、私とこなちゃんが先に仲良くなってたから」
 血縁者同士に特有の言葉少ななやり取りに、つかさが補足説明をする。今は仲の良い十一人だが、姉妹や従姉妹、幼馴染を除けば、元から付き合いがあったのは、かがみとみさお・あやのだけで、かがみと二人との関係も、ごく普通の同級生に過ぎなかった。こなたがつかさを誤解で助けようとしなければ、かがみとそなたとみゆきの現実より淡い間柄以外は、きっとそのままの関係で、陵桜の卒業式を最後に二度と会う事はなかっただろう。
 でも、そうではない、こなたに言わせると「ベストエンドのフラグ」は、外人さんに道を聞かれて困っているつかさを、襲われていると勘違いして昇竜拳(自称)で助けたという、たった一つの事実だった。この奇跡そのものの出会いに、つかさとこなただけでなく、双子の姉と妹も感謝している。マーティン氏に申し訳ないという事を除いては。
 そんなわけで、つかさは、正規の神職ではないとはいえ、巫女をしているせいか、人懐っこさの中にちょっぴり神々しいような、魂の底まで見通されていそうな笑みを湛えた。
「みんなが仲良くなったのは、こなちゃんのおかげだよ。それと――お姉ちゃんの」
「ウチの姉さんじゃなくて、つーちゃんのおかげ」

 
「そうで――え?」
 ゆたかは、「そだね」と姉が同意すると思っていたのに、意表を突かれて声が裏返る。そんな妹には構わず、そなたは双子の姉への愚痴を吐き出した。
「かがみさんは芯が堅くて凛々しいのに、人好きがして可愛いから、微妙に軽薄で人当たりも悪かった、小さな男の子みたいな姉さんとは大違いだヨ。ま、姉さんも、かがみさんやつーちゃん達のおかげで、人間的に成長はしてるんだろうけどさ」
 散々な言われようだが、当たっているのでゆたかは何も言えない――責任感が出てきて社交的になった今は違うはずだから。かがみとこなたについては、ひよりも、「かがみ先輩は両性的で、こなた先輩は無性的」と、分かりやすい比較をしていたのを覚えている。こなたにお仕置きをしたり、みゆきをエスコートしたりする時の男の人っぽさも、つかさに甘えられて拒めなかったり、こなたとそなたに同時に甘えられて可愛い声を上げたりした時の女の人らしさも、ゆたかにとっては魅力的で、同じ女性として羨ましかった。……実は、ゆたかのツインテールは、小さな頃に鷹宮神社にお参りに来た時に、お稚児さんの女の子がしていた髪型が素敵だったから真似をしたのだが、もしかしたらあのお稚児さんがかがみだったのかもしれないと考えると、心の底に温もりを感じる――今は夏なので、むしろ清涼感。
 でも、つかさは、こなたの行状を分かっていないわけではないが、それでも親友なのでそなたに抗議する。自分の姉が大好きなつかさとしては、そなたが姉のこなたに厳しいのが悲しくなって。
「そ、そなちゃん、お姉さんをそんなに悪く言っちゃ」
「でも、かがみさんの、趣味に熱心で積極的なトコを引き出したのは、姉さんのお手柄だと思うヨ」
 つかさの気持ちを百も承知のそなたは、本心からの言葉で、それでも双子の姉を、同じ遺伝子を持つ自身の一部を大好きだと伝える。
「お姉ちゃん――」
「――――」
 即座にゆたかが理解してから、数瞬の間、「?」という、デフォルメすると目が点になったような顔をしていたつかさだが、そなたとこなたの繋がりを理解すると、一気に大輪の花が満開になったような、夏の光にも負けないきらめく笑顔に。
「こなちゃん、羨ましいな。こんなお姉さん思いで、しっかり者で、運動も得意で、とっても可愛いそなちゃんが妹でっ!」
「つ、つーちゃん、色々と柔らか――ぷはっ!」
 背丈が十六センチメートル大きな相手に正面から抱き締められるが、こなたのようになすがままにはされずに抜け出す、日々の鍛錬を欠かさないそなた。つかさも執拗にそなたを好きにする意図はなかったおかげで、お互いに落ち着くまでしばし見詰め合う。
 そこで気付くが、賑やかだった家の中も、今はちょっとだけ静かになって、食卓を片付けている様子。こなたが復帰しなくても、みゆきとみなみ、それにあやのがいるとはいえ、ここでバルサミコ酢を売っているわけにはいかない。
 そなたが視線を移動させると、周りの様子に敏感なゆたかも、味覚と嗅覚以外はあまり自慢にならないつかさも、関心は家の中に戻っている。
 ここで、そなたは――、
「じゃ、そろそろ戻ろっか」
「うんっ」
 つかさとゆたかは声を合わせて、三人で大きめのサンダルの足音を揃えて、姉達と親友達のいる岩崎家の屋内に引き返した。

 
 そなた達が戻ってくると、窓際にいたみなみが――、
「あ、そなた先輩。帰りも自動車を運転されるのですから、それまでゆっくりしていって下さい」
 ――と言ってくれた。恐らくは自分も手伝いに行きたかったのだろうが(家人だし、ゆたかの事も気になるだろうし)、サンダルがなくて表に出られなかったのかもと思うそなた。
「じゃ、お言葉に甘えるネ。姉さんは言われなくても、普段のよーにだらけてるハズだケド」
 と、普段通りに返そうとして――そなたはみなみに見とれてしまう。
 白い磁器のような手触りも良い綺麗な肌、男の子みたいに整った顔立ち、細いけど骨格も筋肉もしっかりした羨ましい長身。胸は平らでも、ゆたかが主張したように腰にはくびれもあるし、胸があっても色気の欠片もないみさおとか、胸は大きくてもまだどこか幼い所が残るパティとかよりも、海では人目を惹いていたようにそなたは思う……人目の男女比はさて置き。
(しかしまあ……みなみちゃんの微笑みはいつも素敵だヨ)
(そなた先輩は可愛いな……小さいけど凛々しくて)
 お互いの思いも知らず、見詰め合い、視線を絡め合わせる、そなたとみなみ。外見は育たなくても内面的に成熟してきたそなたと、容姿と振舞いが先に大人びてしまったみなみ(みゆきと夫婦に見られた時は二人揃ってへこんだ)は、みなみにとってもこなた相手とは別の意味で親しみやすい、まさしく気の置けない仲(という表現の意味を、こなたは「台風一過」と同じく、つかさと揃って誤解していた)。
(かがみさんもギャルゲーの主人公みたいだと姉さんとひよちゃんが言ってるケド、みなみちゃんもゆーちゃんやひよちゃんと――いや、妄想も大概にしないと)
(こなた先輩共々、女の子がいっぱい出てくるゲームの主人公みたいだとひよりとパティが話していたけど、そなた先輩とかがみせ――ええ、えっとそのっ)
 思考が彼岸に行きかけるのを、かぶりを振って阻止するそなた(とみなみ)。そんな妹に対して、妄想を大概にしない姉は、今戻って来た三人を見比べて、嫌な感じに笑う。
「そなたー、つかさとゆーちゃんで両手に花だネー」
「うっさい」
 そしていつも通りの対応。こなたがわざとらしくいじけるのを、かがみが放っておけないのもいつも通り。
「うあああ、あんなにツンデレだったそなたがデレの無いツンにいいいい」
「あーはいはい」
(姉さんも心配で――いやいや、そんなわけないというか、デフォルトで心配しているから改めて心配するわけないというか)
 いつも余計な事ばかり言う姉だが、やはり姉なので、かがみにとってのまつりと同じ程度に慕っているから、心の底がほんのり暖かくなる。絶対に口にはしたくないが。
(自分はコスプレが好きじゃないくせに、近頃はかがみさんが好きそうなコスプレばかりしてっ。「かがみんホイホイ」なんて八坂さんやひよちゃんが言ってたケド、言い返せないヨ、もうっ)
 こなたとかがみのどちらにやきもちを焼いているのか、自分でも分からない。あるいは両方にか。
 そして、みなみは、洗濯物を干してきてくれた三人にまとめてお礼を言う。
「有難うございます、先輩方。ありがと、ゆたか」
「ん、こちらこそ」
「どういたしましてー」
「えへへっ。みなみちゃんちは伯父さんやゆいお姉ちゃんみたいにみんなおっきくていいなー」
 と返す、三人それぞれ。うち一人の双子の姉で、一人の親友で、一人の従姉は、三人をまとめて背後から抱き締めて(親友が大きくて、そちら側の手で持て余しながら)、真面目な顔なのに口元は緩んでいる。
「そなたやつかさとゆーちゃんでお礼を使い分けるなんて、相変わらず堅苦しいヨ、みなみちゃん。つかさもそなたも『妹』なんだから、もっと気安くしてくれていーんだからネ?」
 こなたにそう言われて、みなみは、こなたを見て、つかさを見て、そなたを見て、みゆきとクロスワードパズルに取り組みながらこちらをちらちら気にするかがみと目が合い――、
「……いえ、先輩方には日頃からお世話になってばかりで、こちらから何かをする機会はなかなかありませんでしたから、たまにはこれくら――」
「みなみちゃんはお姉さんを好きだもんね。ゆきちゃんとかウチのお姉ちゃんとか」
 にこやかに話を遮るつかさは、背伸びまでしてみなみの頭を強引に「よしよし」する。みなみは、「か、かららわ、えっと、からかわないで下さっ、そのっ」と、抗弁するにもしようがない。ゆたかはいちいち怒る気もせず、小さな身体から精一杯の溜め息を洩らしていた。
 そんな様子もこなたの「萌え」に合致したのか、幸せそーに親友と後輩を眺める、姉なのに全然姉らしくない身長百四十二センチメートルの姿。自分と同じ容姿のそなたに頬擦りまで加えて、嫌がるが跳ねのけはしない双子の妹を存分に堪能しながら。
「姉さん、暑苦しいヨ。つーちゃんは『こなちゃん達は小さいから小動物と同じで体温高い』って失礼な事言ってたけど、それ抜きでも」
「本気で失礼だと、姉の私も保証するわ」
 憮然として見上げるそなたと、こなたを引き剥がしたついでにふざけて押し倒されそうになるかがみの視線がつかさに向かうと、つかさは慌てて弁解になっていない弁解を始める。
「ひゃうっ!? で、でもこなちゃん、ゆたかちゃんやみなみちゃんより胸があるって自慢してたってゆたかちゃんから聞いたし? でもこなちゃんは、それにそなちゃんも、私やひよりちゃんより胸が小さく、あわわっ!?」
 他人のシークレット情報を次々に暴露する、いつも通りのつかさ。パティとひよりはその様子を生ぬるい目で見守りながら、パティは携帯電話のカメラで、ひよりはデジカメで、ぱちりぱちりと撮影をしていた。
「……アアモウ、ナニがナンだかでス」
「……というか、筋書きが破綻した小説然としてるよね」
 筆者もひよりには言われたくない。
 まあともかく、ようやく口を挟める機会に、背景になりかけていたみゆきも割り込んで話し出す。……一応、背景ではみさおが、「胸ていえばあやのがー」とか「やっぱ兄貴に揉まれると」とか「そう言う柊もちびっ子とちびちゃんに揉まれて」とか言っては、その度に「みーさーちゃん?」と怖い顔をするあやのに黙らされてはいるが。
「そういえばこなたさん、私の胸も『浮力あるよね』と言われるんですけど、泳ぐ時には水が当たって抵抗が強くて、しかも昨日は、前にかがみさんと二人で鷲宮温水プールに行った時より――」
 と、そこまで言ったところで、みゆきは周りから、眼差しを一身に浴びる。
 みなみ、ゆたか、ひより、そしてこなたとそなた。
 共通点は――言うまでもない。
 胸に視線を浴びるように感じるのは、やや背が低いひよりと、かなり背が低い泉家の三人がいるから……いや、みなみは自分より(背丈が)少ししか小さくないはず……。
「……あれ?」
 目が点になったみゆきを間近に取り囲む、幼馴染と小さな双子姉妹。
 やや離れて逃げ道をふさぐもう二人。
 この構図はまさしく――そう、羊狩り。
「ええ、えっと、そのっ」
「……みなみちゃんから吸収を続けて育ったこのけしからんムネを、思う存分揉みしだいていいヨ、ゆーちゃんにひよりん――そして我が妹よ」
「了解、ねーさん。かがみさんと二人きりで何があったのかも詳しく聞きたいし」
「だよねー、そなちゃん。私もお姉ちゃんとの色々を聞きたいなー」
 こなたはいつも眠たげな目を細く見開いて、自分の頭と同じ高さにある、みゆきの形の良い大きな胸を見詰めて、ちらりとアイコンタクトで双子の妹を誘う。
 そなたは双子の姉に応えて、見開いた視線の先にある、みゆきの胸とかがみの胸の間で一瞬目を泳がせるが、いつも通り真面目にみゆきに挑みかかる。
 つかさは当然のようにそなたと同時に動き、自分の方の双子の姉を、こなたから庇うように密着する。
 ゆたかとひよりも無言でみゆきの方を向き、顔を見上げずに、正面の豊かな二つの膨らみを凝視して前進。
 そして、みゆきは逃げようとするが――背後に回り込んでいたみなみが後ろから羽交い絞めにして、その拍子にみゆきの乳房の側面が、みなみの逞しい腕に当たる。
「返して……お姉ちゃん……」
「み、みなみ!?」
 あの世から呼び掛けるようなか細い悲痛な響きは、昨夜の怪談よりも果てしなく恐ろしいが、正面下方からそなたに、右前方の下方からゆたかに、左前方のやや下方からひよりに挑まれているみゆきには、もうそれどころではなかった。

 
「え、えーと、みなみさんにそなたさんに小早川さんに田村さ、んううっ」
「ちょっと、つっ、つかさ、こなた、やめ、あん、あああっ」
 ――結果、みゆきは集団で身体の至る所を揉みしだかれて、前に立ちはだかりみゆきを護ろうとするかがみまで、後輩や妹にみゆきを委ねたつかさとこなたに襲われる。
 甘え、甘えられ、冷房の掛かり始めた室内で絡み合う、割と胸ぺったんな側の六人と、口に出せないよーな状況になっている二人を、胸が大きいのに矛先を免れたパティと、展開に置いて行かれて「もー訳分かんね」というみさおと、ただ汗を垂らして苦笑するしかないあやのが、ソファーに座りながら眺めていた。
「ジョタイモリ……サスガはツカサとコナタでスね。ソナタとユタカもナカナカartisticで」
「……ウチの兄貴との付き合いに、柊の男女関係は絶対に参考にすんなよ、あやの」
「……しませんっ」
 そもそも柊ちゃんは、お兄さんと同じくらい凛々しいけど女の子なんだし。
 さすがにそこまでは口に出せずに、いまいち危なっかしい妹みたいなみさおをなだめながら、あやのはかがみ達を、思慕の想いを込めた温かい目で見守る(=放置する)のだった。

 
「……で、何でその後さっぱりと寝られるんだかこの姉は」
 昼下がり、岩崎家のガレージ前で、泉家の自家用車に寄り掛かりながら、そなたは、柊家の自家用車に頬擦りしているこなたを半眼で眺めたり独りごちたりかぶりを振ったり嘆息したり毒づいたりと、小説に出てくる、新シリーズでいきなり三児の父になっていた魔術学校の校長のような事をしていた。ついでに魔王術で消去したくなる誘惑に駆られかねない、この、頭は悪くないくせに父親と物を賭けないと適当な大学でお茶を濁し(頭は悪いなりに頑張ってようやく入れたはずのみさおに申し訳なく思うが、こなたは「無理して入ってもついていけない事が陵桜で分かったし、甘えんぼのそなたも一人で安心になって来たからネ」と言うので、思わずグーで殴ってしまった)、サボりに血道を上げ、かがみと遊ぶのにつかさを引き込むだけでは足りないとそなたにまで誘いのメールを打たせる、このどーしよーもない、双子である事を何度も後悔し続けた姉は、そんな妹の殺意を子犬のじゃれつき同然に受け流して、話が続かない程度に間を空けてから、そなたの言葉を無視して口を開いた。
「寝る子は育つってゆーケド、そなたは育たないネ」
「一卵性双生児の姉さんがそーいうコト言うのは、自滅以外の何物でもないケドさ」
 きっぱりはっきり、法律の条文よろしく拒絶する、外見が小学六年生当時とほぼ変わらない双子の妹の態度に、外見が小学六年生当時とほぼ変わらない双子の姉は、黒い網掛けを背後に背負ったような空気を漂わせて、後ろ向きに体育座りする。
「そなたに拒絶された……」
「ったく、前にうっかりエレベーターのボタンで開閉間違えて置き去りにした時も思ったけど、アンタは変な所で繊細なんだから。そんなにそなたに構ってほしいのなら、私とつかさみたいにすればいいじゃない」
「…………それは遠慮したいカナ。家だとゆーちゃんとパティの目もあるし、お父さんとお母さんも夏はかなり目に毒で」
 かがみになだめられ、何を思い出したのか――心当たりがないのではなくあり過ぎる――、こなたは珍しく、顔を赤らめてそっぽを向いた。「姉妹揃ってツンデレとはハイレベルだねー」「でスねー」「お姉ちゃん達の何がハイレベルなのかなー、ひよりちゃんにパティちゃん?」「ふぉおっ!? なんてつい成実さんっぽい叫び出たけど気にしちゃダメゆーちゃん!!」「Forbiddenでス、ユタカ!!」などと騒ぎ回る後輩達はさて置き、「かがみとつかさみたいに」ちゅーしたり同衾したりする一卵性双生児の姉妹の、もはや夫婦でしかない行為を妄想したこなたは、かがみに素直に好かれて羨ましい双子の妹の、小柄で細身だけどしっかりした筋肉が付いている(つまり自分と同じで、裸も容易に妄想できてしまう)肢体から少しだけ目をそらしている。
(他人の事は言えないケド、何の妄想をしてるんだか――いや、分かっても具体的な想像はしたくないし)
 双子の姉をいつになく可愛らしいと不覚にも感じてしまったそなたも、のぼせて鼻血が出るのをティッシュで押さえながら、「中身は成長してるヨ」とフォローを入れた。
「見た目は子供、中身は大人かぁ。そなたもなかなかエロ展開を熟知してきたネ」
「姉さんの成長は多々歪んだ所があるから、ゆーちゃんはあんまり見習わないよーに」
「……かもね、そなたお姉ちゃん」
 中天に輝く夏の太陽の下、義伯母から貰った大きめの麦藁帽子の陰で、満悦の笑みを見せる上の従姉と、苦々しさを見せる下の従姉に向かって、ゆたかは苦笑いと共に頭をこくんと縦に振った。

 
 それからしばらくして、つかさやみさおやあやのもやって来て、ようやく埼玉県に帰るこなたとそなた達。
 そんな九人を見送るのは、落ち着いた笑顔の中に別離への寂しさを窺わせるみゆきと、寂しげだが再会への期待を孕ませるみなみ。
「『孕ませる』とか『胸に秘める』とか、心境描写もえろすが漂う言い回しオンパレードなんだ、へぇー」
「ナレーションに茶々を入れないでヨ。あ、続けて下さいすみません」
 そして外出から帰って来た、二人のお母さんのゆかりとほのか。お父さん達は用事を済ませて帰ってくるが、あいにく今回は間に合わないらしい。そうじろうなら血の涙を流す所だが、高良氏も岩崎氏もそーいう人ではない、はず、だと信じたい、というか信じさせて下さいにゃもー先生。
「で、では、お邪魔しました、おばさん。おじさんにもよろしくお伝え下さい」
「また来てね、つかさちゃん。ただおさんとみきさんにもよろしく〜」
 持たされたお土産の紙袋を両手にぶら下げたつかさに、みゆきの母のゆかりはいつもの笑顔で言う。みなみの母のほのかの方は、主にゆたか達を見送っていた。
「でも、おばさんじゃなくてゆかりさんの方がいいわ」
「自分の年齢を考えて下さいお母さん。またお正月に親戚達から散々言われますよ」
 厳しい指摘がみゆきから入るが(ほのかとみなみはいつもの事なので聞き流す)、それでもゆかりは、ぷふっと笑いを洩らして、娘の発育の良い身体を観賞する。
 母の顔には、こなたがそなたやかがみをいじる時の笑顔。
 娘の頬には、こなたにいじられるつかさのような冷や汗。
「外見だと私の方が年下だもん。ね、ママ?」
「そ、それは言わないで下さいっ!?」
 昨日の海で男の子にお母さんと間違われた事を持ち出されて、それなりに発育もいいのに子供っぽさが相殺して余りある母の前で、午前中にそなたやゆたか達に揉まれた豊満な肢体に大人の魅力も漂わせる娘は、もう何も弁解できない状態。
(……うう、恨みますつかささん)
 視界の端で慌てるつかさ(恐らく、口を滑らせた張本人)をジト目で見ると、さすがに感付いたつかさは、こなたにいじられたかがみに睨まれた時のようにうろたえて(何かの期待が浮かんでいたように見えたのは錯覚のはず)、ゆかりは気にも留めずに、犬の毛づくろいをするような気分で、つかさの髪をいじり出す。
 追求する気の失せたみゆきは気を取り直して、その保護者である二卵性の双子の姉に向き直った。かがみはいつもの、双子の妹を慈しむのと同じ表情で、夏空を映す「かがみ」さながらに微笑み、みゆきの悩みを吹き飛ばしてくれる。
「それじゃ……またね、みゆき」
「ええ。また学校帰りにいらして下さい、かがみさん」
 かがみはみゆきの博識さとか美貌とかを羨んだり、妬む素振りでからかったりするが、本気で負の感情を抱く事はない。相手を羨むのはみゆきも同じで――いや、それだけに納まらず、聡明さとか、気兼ねせずに男子とも話をできるさばさばした所とか、細かい心づかいとか、男性的な面と女性的な面が同居しているかがみには、同性の自分でも恋慕に近い想いを抱いてしまう。
 で、みゆきはかがみにとっての心のオアシスだが、みゆきにとってもそれは同じ。人の良いみゆきは、こなたやつかさに嫌気が差したりする事はないが、それでも気疲れしたり、話題が通じずに寂しさを感じたりという時もある。そんな時、みゆきはかがみと二人で、色々と知識に関わる話をしたり、落ち着いた雰囲気の場所で安らいだりと、ゆかり曰く「かがみちゃんとのデート」をしていた。
 つい先程も、一緒に昼寝をした時、「つかさとはいつもこうだから」と同じベッドに並んだかがみに――、
『英語だと、『嘘』と『横たわる』がおんなじ『lie』なのよね。積極的に『横たえる』=『lay』の方が、英語としてはお奨めなのかな?』
 と言われた時の、胸の鼓動の高鳴りは、きっと忘れる事ができない。
 硬いけど脆い所があるかがみを、みゆきが柔らかく包み込む、そんな二人は、こな&そなが妄想するような――、

 
『んっ……ちゅぷっ……』
『んぁあ……かっ、かがみさん……』
『可愛い声ね……こんなに硬くしちゃって、さ』
『ひゃうっ。……私をこんなにしたかがみさんがいけないんですっ』
『愛してるわ、みゆき……』
『あっ、ああっ、あああっ』

 
 ――などという展開はなく(万が一本当にそういう関係でも人目は忍ぶだろうし)、普通に見送り、そして見送られていた。
「またおいで下さいね、かがみさん。学校が遅くなった時には、お電話して下されば駅までお迎えにあがりますから」
「い、いやむしろ、みゆきの方が夜道を歩くのに付き添いがいるんじゃ……ってこら、そんなに胸を押し付けないでって」
 ……どこまでが傍から見て「普通」なのか、つかさとこなたとそなたのせいで、お互い感覚がおかしくなっているのかもしれないとも、かがみは一瞬考えるが、みゆきが可愛いので考えない事にした。
 こなたが運転する、乗り慣れた泉家の自動車に乗り込みながら、ゆたかは(先程の記憶が残っているのか)うっすらと頬の血色を良くして、尊敬する先輩達が心を通わせるさまを見入っている。
「やっぱり仲良しだね、お姉ちゃん達と高良先輩」
「ゆかりさんも『かがみちゃんかつかさちゃんかこなたちゃんかそなたちゃんを、お婿さんでもお嫁さんでもいいから欲しいわ〜』と言っていたけど、ウチも小早川さんをお嫁さんにしたくなるわね、みなみ」
「え、ええ、喜んでぜひとも、って私は何を言ってっ!?」
「そこらへんを詳しくあがはっ!?」
「ダメでスよヒヨリー。シノブコイってヤツでス、シノブコイ」
 と、やはり別方向に賑やかな後輩達。

 
 こんな騒ぎに、いつものように呆れながら、鷲宮四天王の一員こと、日下部みさおと峰岸あやのは、柊家の自動車の後部トランクの扉を開けて、荷物を放り込んでいた。
「もう完全にアウェーだな私ら。ここは眼鏡ちゃんとクールちゃんの固有結界だぜ」
「泉ちゃんに見せてもらった『まどか★マキナ』風に言うと、これが本当の『わけがわからないよ』なのかしらね」
 そう微笑むあやの――だが、その表情に寂しさがよぎるのを見たみさおは、あやのの柔らかい身体を、少し強めに抱き締めた。空のお弁当箱の山を抱えていたあやのは一瞬バランスを崩し、みさおに寄り掛かる形になる。
「みさちゃん?」
「いーんだよ、あやの。さびしんぼの柊とは違って、あやのには私と兄貴が付いてるってヴぁ」
 元から男の子っぽいせいか、兄に少し似ているみさおの筋肉質の身体を感じて(あとちょっと汗っぽいけどそれは気にせず)、あやのはそっと幼馴染に顔を近付ける。
「……お兄さんの事はあんまり言わないでね? 黒井先生じゃないけど、泉ちゃん達は夢を見過ぎちゃう事あるから」
「へーへー」
 何か言いたげな、こなたからうつったようなにやけ顔の、未来の義理の妹を見て、あやのは可愛い頬を引っ張ってやった。

 
 ――ずっと私達は、私、みさちゃん、みさちゃんのお兄さん、ウチのお姉さんの四人で完結していた。
 でも、その代わりに、柊ちゃんと中学校で知り合ってからずっと、柊ちゃんと心の底からの繋がりを持てなかった。
「柊ちゃんには妹ちゃんがいるから」と、ずっと心に言い訳をしていたけど、いーちゃんも泉ちゃんも高良ちゃんも、そんな私とみさちゃんより、柊ちゃんともひーちゃんとも、「非日常」のゆーことみほちゃんとまりちゃんとななちゃんみたいに、一生の友達になっていた。そして今は、小早川ちゃん達とも(特にひーちゃんと田村ちゃん)絆を強めている。
 これから何十年も時間があるはずだけど、それでも、これまでの五年間、柊ちゃんの事も、ひーちゃんの事も、よく知らなかったのが、後悔してもしきれない。もちろん、三年間の泉ちゃん達との事も。

 
 ――そこで思ったの。
 柊ちゃんが泉ちゃんの、ひーちゃんがいーちゃんの殻を破ったように見えていたけど、泉ちゃんもいーちゃんも自分で殻を破ろうと頑張ったから、今みたいにいられるんだ、と(あ、高良ちゃんも忘れてないからね?)。
 だから、私も、みさちゃんも、柊ちゃん達との間の殻をしっかり割ろうって。
 すべての機装少女を殺戮機械になる運命から救うほどの願いではないし、私でも無理な願いではない。
 そう、今からでも遅くない。もう何も恐くな……くはないかな(特にみさちゃん)。
 柊ちゃん達とは年月を(全くではなしに)いくらか無駄にはしてしまったけど、もうこれからは一日たりとも無駄なんかじゃない。

 
「ね、みさちゃん?」
「くかー」
 ……とりあえず、帰ったらみさちゃんに、絶対進んでいない宿題の発破を掛けてあげないとね?

 
此方と其方・11へ続く


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『らき☆すた』:(C)美水かがみ/角川書店/らっきー☆ぱらだいす