☆ 此方と其方・4 ☆


此方と其方・3から

 
「まったくもう。二人とも、いつまでたっても小さな頃と変わらないんだから」
「私達もお母さんも昔から小さ、むぐぐぐ」
「お母さんの前でくらい神妙にしろっ」
 姉妹が階段際でひとしきりエキサイトしてから数分後。
 制服が着崩れたこなたとそなたは、「お母さんごめんなさい」とばかりにうなだれながら、かなたに着衣を着替えさせられていた。居間の隅には、全く同じ大きさと形の制服が三つ、アイロン台の前で並んでいる。うち一つは、この春に陵桜の高等部に入学した、こなたとそなたの従妹であるゆたかの物。実は三人とも背伸びしてやや大きめの制服を買っている――のだが、従姉二人が期待を打ち砕かれたのを見ながらその経験にあえて学んでいないゆたかだったりする。気持ちは分からないでもないが。
 ……で、着替えた服は、普段の二人からはあまり想像できない、みゆきが着ているような、ふわふわした感じの「いかにも女の子」という服だった。ポップカルチャーにアホ毛の先まで浸かったこなたも、武道に入れ込んでいるそなたも、おしゃれに気を使う性格ではないため、二人が着る服の半分ほどはかなたが選んでいる。こなたもそなたも見られるのが恥ずかしくて、友達と遊ぶ時にはまず着ていないが、稀に目撃した際には、かがみは驚き(こなたにはからかうが、そなたには女の子扱いしていない事を申し訳なく思い)、つかさは見とれて(下手をするとそのまま二人をお持ち帰りする勢いで)、みゆきは素直に褒めていた(でも、つかさを止めてはくれない)。
 まずはこなたの裾を整えながら、かなたは微笑む。この辺りの表情の豊かさは、近頃の双子も次第に母親に似てきた部分で、あえて言うなら素直さがこなたよりそなたにやや近い。
「二人で並んでると、雰囲気がそう君とゆきちゃんにそっくりね。こなたがそう君、そなたがゆきちゃん」
 双子の父と、その妹(つまりは双子の叔母)。母にとっては夫とその妹、そして同時に幼馴染。かなたにとってそういう見立てはごく自然なのだろうけど、昔の事を知らない人にとってはその限りではない。
「おかーさん」
 例えば、父親と趣味が似ている長女とか。
「娘として父親似だと言われるのは、かなり複雑な気分なのですケド。確かに私は女らしくないし、胸ぺったんだし、海でそなたとお揃いのスクール水着を着用してからかがみには小学生扱いされるし、ここまではそなたもそーだけど、それに加えて私はオタクでしかも消費専門で二次創作の一つもできないし」
(ねーさん……私まで悲しくなるから自虐ネタは大概にして……)
 うなだれて今にも涙を流しそうなそなたの脳裏には、去年の海辺の旅館で、姉に強引に小学校のスクール水着を着せられた痛々しい記憶が、嫌でも蘇ってくる。ええ、それはもう物凄く嫌な感じで。
(……さすがに今年は受験生だし、あんな恥ずかしい事はもうないよネ)
 夏のほろ苦い思い出を引きずりながら、今年の夏こそは、かがみ達とまともな日々を過ごそうとそなたは決意する。
 ――双子の姉が、「大人の階段」と称して、誕生日にアルバイト先からできるだけきわどいコスチュームを(しかもお揃いで)借り出す計画を進めているのも知らないで。

 
「でさ、お父さんは? それにゆーちゃんも」
 かなたを食卓の椅子に掛けさせながら、そなたは聞く。こなたは台所で二人に背を向けながら、何やら思い付いた追加の一品を試している模様。
 双子の父、泉そうじろうは有名な小説家で、締め切りに追われて缶詰にされる事も多い。それでいて夏コミや冬コミやその他諸々のイベント時には締め切りに追われないのだから、執筆速度もスケジュール管理も、凄いのか凄くないのか、妻にも娘達にもいまいち分からない点が多い。
 それはさて置き、かなたは温かいスープを飲みながら、そなたの疑問というか質問というかに答えた。
「夕御飯を作ってくれて、お風呂から上がってくる頃よ。ゆたかちゃんも、そろそろインターネットが終わるはずね」
(おかーさん……その表現変。相変わらずパソコン関係の弱さが滲み出てるネ……)
 母と妹に背中を向けたまま、こなたは心の中でぼやく。高校に入って二年ちょっとの間、そなたと二人でかがみの影響を受け続けたせいか、妹ほどではないものの、ツッコミ癖がすっかり付いてしまった。
(私はボケの側なんだけど、つかさとみゆきさんもボケだし、ツッコミのかがみも、たまにしっかりつかさの『お姉さん』してるからなー)
 ……などと勝手な事も考えながら。
 かなたは外見こそ小学生――いや、せいぜい中学生にしか見えないが、外見がかがみと一卵性の双子に見えてしまうみきお母さんや、下手をするとみゆきの妹に見えかねないゆかりお母さんと同様に、高校生の母親である以上、それなりの年を経ている。ゆき叔母さんの長女のゆいが成人しているから、確か五十歳くらいのはずなのに、普段は全く年を感じさせないのは、自分達の将来を見ているかのようで、例によってこなたは「そなたもかがみも、婚期遅れても十分に男を引っ掛けられるネ」と自分を省みない発言をやらかして報復された事があるくらいだが、たまにこんな所でジェネレーションギャップを感じてしまう。そこもそうじろうにとっては「萌え」らしいが、明らかに拡大解釈だろうそれは。かがみがつかさの些細な仕草全てを「可愛い」と感じているように。
 ……と、こなたはいちいち突っ込まずに聞き流したが、そなたは心配そうに、というか不信感を垂れ流している。
「お父さんはお母さんにも私達にも、目前でパンツだけで歩き回ったり、大画面のテレビでエロゲーをプレイしたり、何かと女性に対するデリカシーが絶滅してるけど、また裸で上がってきたりはしないよね?」
(……それで済んでるなら上々だヨ、そなた)
 もし、かなたが生きていなかったら――そうじろうを止める自信は、いくらそなたと二人でも、こなたには無い。いや、それだけではなくて、幼い頃はこなたより病気がちだったそなたも、もし同じ運命をたどっていたら、こなた一人では、あの無駄に頭脳も運動能力も発達している父親っぽい生物を止める事はできなかっただろう。みゆきを上回る完璧超人なのだが、ダメな方向にも完璧超人なせいで(いや、みゆきもあれはあれで、集中していない物事に鈍かったり、天然王女であるつかさと並ぶ天然女王だったり、歯医者が怖くて通院をサボったり、ダメな部分もそれなりにあるのだが)、妹や上の姪には信頼されているが信用されていないし、娘達の親友には神社に参拝するだけで無闇に警戒されてしまう有様。かがみとみゆきは「ダメ過ぎる人が多い作家としてはまだマシなんだろうけど」「でしょうけど」とか呻いていたが、具体的にどんな比較かは、文学に疎い二人としては怖くて聞きたくない。
「特にゆーちゃんは、ゆき叔母さんからの大切な預かりものなんだから、誤解を受けるような行為は、厳に慎んでもらいたいよネ」
「ゆーちゃんを物扱いとは、どんな高度なプレイですかそなた様?」
「――〜〜っっ!!」
 この期に至っての爆弾発言に、そなたは怒りを通り越し呆れ果てそうになりながら、もう一度何かを通り越して、改めて怒りを覚える。こなたは、つかさやみゆき、ゆたかやみなみには場をわきまえているし、桜庭先生や黒井先生にも気安いがなれなれしくはなく、それ以外の人達(みさおとあやのとか、こなたのクラスの副委員長の男の子とか、ゆたか達をじーっと見ていた田村さんという眼鏡の子とか)には言うまでもないが、かがみと――そして、そなただけには、遠慮も容赦もなしに、振るネタは濃密でオタク丸出し、見せる同人誌はガチ百合、やらせるゲームは成人指定(しかも、画面上のキャラクターは二人にそっくり)、そんな事を平気でしてみせる。
 この前も、柊家でかがみと二人でこなたの話をしているうちに、次第に芽生えた怒りが収まらず、かがみの前で怒りをぶちまけてしまった時――、

 
『あいつは甘えてるのよ。リアルですべてを曝け出すのを理解してくれて、なおかつ、それでも絶対に見捨てたりしない私とそなたに』
『そんなモンかな……かがみさん』
 ややうつ向き気味の所から頭をもたげて、そなたはかがみと見詰め合う。
 こなたと同じ見た目に、瞳に映る光は硬質気味だけど、かがみとつかさに近い素直な輝き。その先にあるのは、深く、どこまでも深い、神秘的で神々しくも感じる、かがみの意志が込められた力強い瞳。
(あ……)
 心ここにあらず、という様子の小柄な少女は、アルコールは入っていないのに熱に浮かされた面持ちで、眼前の、同じ中性的でも、どちらかというと無性的な自分や姉とは対照的な、両性的な女性にもたれ掛かる。
 安らぎを与えてくれる、かがみの柔らかく、温かく、甘い匂いのする中に、姿勢から凛とした力強さも感じる肉体。馴染み深い感覚に落ち着きを覚えたそなたは、瞼を閉じながら自身をかがみに押し付けて――、
『今のそなたみたいに、ね?』
『はうあッ!?』
 双子の姉のように甘えていた自分に気付かされ、背筋を跳ね上げながら、つかさみたいな素っ頓狂な声を上げるそなた。それを優しい目で見詰めていたかがみは、いのりのように悪戯っぽく、みきのように暖かく笑い、そなたは一層顔を赤く火照らせている。
『ふふっ、子猫みたいな姉妹ね。こなたもそなたも、そんな所が、私もつかさもみゆきも大好きよ』
『か、かがみさんこそ、私をつーちゃんに対するみたいにっ!』
『あははっ♪』
 かがみがそなたの小さな身体を抱き締めて、そなたはしなやかな筋肉質の身体をかがみに委ねながら、ちょうど頭の高さに来るかがみの胸の双丘に、つかさが日頃からしているように頭を擦り寄せる。腰をかがみの柔らかい太腿の間に埋め込むと、甘い匂いを漂わせる、母性に満ちた憧れの人は、発育の良い肢体をのけ反らせて、軽い喘ぎを上げながら、胸元に抱き締める力をちょっとだけ強めた。
『かがみさん……』
『んっ、そなっ……そこは敏感だから揉まな、ああんっ。グリグリ押し付けるのもダメ、んううっ』
『お、お姉ちゃんもそなちゃんも昼間から何を〜〜〜〜!?!?』

 
(なんて事があって、つーちゃんの誤解を解くのは大変だった――いや、多分誤解は解けきってないけど……かがみさんのためにも、今日という今日は許せないヨ、このダメ姉)
 結局怒りが収まらないどころか増幅してしまったそなたは、姉ほど仕草が子供っぽくはないとはいえ、「むぅー!!」とむくれそうな勢いで、目つきは険しく、拳は引き締め、全身が高校に入って以来滅多になかった戦闘態勢に入る。かがみにもたまには気を使うこなたでも、日頃そなたに気を使わなさ過ぎたのが災いして、おまけに台所で背中を向けていては、双子の妹の内心を察する事ができない。
 さすがに母親としてそなたの気持ちを理解していたかなたの身体にすら緊張が走り、「いざとなったら割り込まないと」と悲壮な決意までするその時。
「上がったよー」
 湿気の多い所でくぐもった、やや低い響き。
 お風呂場から、すっかり気分が良くなったと思しきおじさんの声がする。
「へ?」
「はっ!?」
 ガスコンロの火を落としたところで動きが止まるこなたに、かがみがこなたにお仕置きする直前の姿勢で固まるそなた。かなり無駄っぽいが場の空気を和ませようと、こなたは自分を鏡に映したような容姿の相手に向かい、気の利いたジョーク(そなたとかがみにはあまり通用しない)を口にしてみる。
「……お、襲わないでネ?」
「……だだだ誰がッ!?」
 そなたの戦闘態勢に気付いたこなたはうっかりしたゆいかつかさのような顔になり、こなたにお仕置きポーズを見られたそなたはうっかりしたかがみかゆたかのような顔になり、二人の様子にかなたは「ふぅ」と息をついて安堵した。
「ここでそなたは渋々手を引いて、『ちっ、命冥加な奴め』と」
「言わないよ。あ、ゆーちゃんも来るみたい」
 こんな場面でも冗談に走るこなたに、殺気を腰砕けにされたそなたが呆れる間もなく、母娘三人の所に、背が高く痩せている中年の男性と、かなたや娘達よりやや小柄な女の子がやって来た。
 双子の父親のそうじろうと、従妹――そうじろうの妹のゆきの下の娘――の小早川ゆたか。そうじろうは背が高く、とてもこなたとそなたの父親には見えないが、泉家の一卵性双生児がお揃いの目元と泣きぼくろと肌の色合いは、かなたとは違う、紛れもない父親からの遺伝。ゆたかは純真で、頭も良く、時折泥酔して迷惑なゆいとは違って泉家ではいつも歓迎されているが、体質が虚弱で、今でも時々体調を崩して休んでいる――特に体育の授業の翌日に。もっとも、ゆたかは虚弱であっても、かなたほどではないので、日常生活そのものには普段は支障ない。かなたと直接の(少なくとも近縁の)血縁関係にはないから当たり前なのだが。
「おお、お帰りこなたー、そなたー」
「お帰りなさいお姉ちゃん達――」
 と、挨拶をしかけた所で、衝撃的な光景を前にして、ゆたかが固まってしまう。
 そうじろうは――自分より二回りは小さなこなたを抱き上げて、延々と頬擦りをし続けていた。その素早さはとても五十代のおじさんのものとは思えないほどで、下の娘はもちろん、妻でさえ唖然として見上げる事しかできない。
「ああああああ。こなたはいつも可愛いぞー。この抱き心地、かなたと小さな頃のゆきの次に気持ちいいなー」
「髭が痛いヨっ! また髭剃りをサボってたねっ!」
 顔を背けて手足をばたつかせる長女だが、父親はそんなのお構いなしに頬擦りを続けて、こなたの愛くるしさにそうじろうは照れて顔を赤らめる――中年男性の照れる姿は、ぼやかして言うと「お父さんウザい」という辺りだろうか。
「いやー、ちょっと不精にしておいた方が、かなた以外の女性に注目されるのを防げるからね」
「胸が小さく見えるコーディネートをしてるゆい姉さんじゃあるまいし、いくら三次元の大きなお姉さんが見えてても、信憑性のない嘘をつくなー!」
 父の胸板に顔を押し付けられながら絶叫する長女は、手足をばたつかせて抜け出そうとはするものの、護身用の武道も腕がなまっていては通用するはずがない。いっその事「お父さんキモい」とか言ってやろうかとも思ったが、さすがに母親の前でそーいう発言はまずいので口をつぐむ。
 ゆたかは相変わらず固まったまま、伯父と上の従姉を見比べて――震える声で呟いた。
「……い、いつもだけど、お母さんが伯父さんの事を色々と心配してるのがよく分かりそうな」
 その前で、ゆたかとかなたの前に立ちはだかる位置取りをしたそなたが、半眼になって、世界のすべてを放り投げるような、物憂げな声をめんどくさそうに洩らした。
「……なぜお父さんは、姉さんにばかり性犯罪をしたがるんだろ?」
「そ、そなたお姉ちゃんっ。いくらなんでもお姉ちゃんのお父さんにっ」
 ゆたかがくいくいと袖を引っ張り――頭痛と倦怠感に浸されたそなたは反応する余裕がない。本気で助けようとしないそなたに、こなたは恨めしい視線を向けながら、色々と諦めた調子で、父親の仮面を被った不審者に舌打ちでもしたい気分になっている。
「……そなたはお父さんに報復するからネ。てゆーか、お父さんはその調子で、実の妹、しかも奥さんの幼馴染に猫可愛がりしてたんだ」
「かなたー、娘達が冷たいー。これはやっぱり彼氏ができたのか? お父さんは許さないからなー?」
「はいはい。こなたとそなたは、今のところかがみちゃんとつかさちゃんとみゆきちゃんで満足してるわよ」
 こなたを抱き締めたまま、そうじろうはかなたに泣き付く。むさ苦しいおじさんと、外見は幼女、実年齢はおばさんの女性の取り合わせは、あとの三人にとっては当たり前なので、別に違和感はなかった。
「……でも、伯父さんと義伯母さん、仲がいいよね。まるで新婚さんみたい」
「……お母さんは小学生にしか見えないから、家の外どころか庭でやるのもNGだケド」
「……私達三人の傷口をまとめて抉らないでヨねーさん。私もあれはゆい姉さんに逮捕してほしいし」
 素直に感心する「染まっていない」姪。妹と同じような苦言を呈する「染まりきった」長女。姉にも増してうなだれる「半分染まった」次女。
 そんな子供達の様子をよそに、ようやく満足しきったそうじろうはこなたを放した。
 しかし、そうじろうはそのままかなたを抱き締めて(倫理的には娘よりいいのだろうが、外見的にはあまり変わりない)、だらーとみっともなくほくそ笑んでいる。
「……素早いネ、復活」
 そなたはぼそりと呟いて、「やっぱり泣き真似かよ」などと、つかさやこなたに呆れた時のかがみのように、男口調で考えてしまう。
「何が嬉しいのさ、お父さん」
 こなたの、もはや空気の主要成分である窒素も凍結しそうな冷たい言葉も気にせずに、調子に乗っているそうじろうは、致命的な一言を口にした。
「奥さんと娘四人がいる柊さんも勝ち組だが、俺も負けてはいないっ! ゆーちゃんも入れればお父さん好みのちっちゃい子が四人揃っているからなっ!」
「あなたは最低だ」
 こなたとそなたは台詞まで揃えて、汚らわしいモノを見る目で実の父親を心の底から嫌悪した。高い才能とダメな趣味を併せ持つそうじろうはわざとらしく泣き声を上げて、かなたの薄い胸に顔を押し当てる。夫より四十センチメートルほど背が低い妻は、背中を丸くして泣き付く夫を、小さな頃に近所の男の子に苛められた自分を慰めてくれた「そう君」がしてくれた時と同じように抱き締めた。
「あああああかなたああ。ゆきも小さな頃は素直だったのにいい」
「こーいう場合はそう君が悪いと思うわ。ああもう、ゆきちゃんが見たら、こなたの趣味に怒るそなたみたいになっちゃうわよ?」
 妙に感動的になった光景に、もはやこなたもそなたも突っ込むどころではなく、ゆたかも加えて黙々と夕食の準備に取り掛かった。

 
此方と其方・5へ続く


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