☆ 此方と其方・5 ☆


此方と其方・4から

 
 そして秋の休日。かがみとつかさ達が巫女を務め、ただおが神主を務めている鷹宮神社にて。
 神社がアニメのモデルになったために去年より大勢来ていた参拝者も、夕方近くなり家路へと向かい、すっかり静かな境内の社務所の中に、明かりと大勢の人影が外からも窺えた。

 
 さて、社務所の中では。
「あああああ」
「はぁ……アンタはもうっ」
「げ、元気出してね、こなちゃん?」
 国指定重要文化財である、鷹宮催馬楽神楽。その衣装をまとったかがみとつかさが、小柄で長い髪の巫女の一人を、かがみは「しょうがないわね」という内心を表情と体勢に表して、心の本質と全体的な印象は似ているが表向きの感情と容姿の細部は似ていない双子の妹のつかさはそんなかがみを背伸びして真似して、左右から挟み込んでいた。
「うぅ……一等取ったのに喜べないヨ……」
 七五三の人出の動員に応じて、いつものようにアルバイトで巫女をしているこなたは、折畳み式の椅子に座り込んだまま、重い空気をねっとりと絡み付かせるように落ち込んだままでいる。
 柊家が神職の家系だと知ってから、こなたはかがみとつかさ目当てで巫女のアルバイトを狙い続け、他の家族――特に、神主のただおと普段から巫女をしているいのり――からも受け入れられて、つかさには快諾されたのにかがみには「コスプレ目当てだろ」と誤解され、そなた込みで何とか受け入れてもらった。また今回も一日巫女体験を楽しみにして前夜はネットゲームもチャットも深夜アニメも我慢したこなたは、朝はあれだけ張り切っていたのに、午後の休憩に戻ってきてから精魂尽き果てて頭頂部の癖っ毛もどんな原理なのか萎え果てた有様で、見かねたかがみ達に奥で休ませてもらってはいたのだが……。
「……まったく。いつまで気に病み続けてるのさ姉さんはっ」
 返事が無いただの屍のようなこなたに対して、全く同じ姿に生真面目さを漂わせるそなた。かがみとつかさのようにお互いが最愛の双子の姉妹であるのに、表面的にはいのりとまつりのようにお互いに認めない、こなたの双子の妹は、呆れ切ったのと心からの心配とを込めた言葉を、自分に言い聞かせるように投げ付けた。
 もちろん、社務所にいるのはこの四人だけではない。そなたの近くにいるのは、巫女姿の後輩と、巫女姿でない後輩。泉姉妹と柊姉妹の間あたりの身長をした(つまり、女子の平均よりやや小さい)前者はレンズの大きな眼鏡を掛けて、黒味の強い長髪を結ばずに流し、着ているのは一般的な巫女の衣装。柊姉妹よりも背の高い後者は、背筋のすらりとした、大きな胸に負けないしっかりした体格の持ち主で、金髪碧眼と日差しに弱そうな白いというより薄いピンクの肌は、いつだかこなたが理不尽な理由で張り倒した外国人の男性・マーティン氏とよく似ていた。……というか、どうやら娘である事がほぼ確実らしく、そなたは強制的にこなたを五体投地させた上に、同じコスプレ喫茶にアルバイトを紹介して、日々恥ずかしい思いをさせる事に成功している。
「あの、泉……そなた先輩」
「Um……ソナタ」
「ひよちゃん? パティさんも?」
 かがみとつかさがこなたにしているように、そなたを挟む、田村ひよりと、パトリシア・マーティンことパティ。泉姉妹の従妹であるゆたかの同級生である二人は、こなたと趣味の上での付き合いが深く、パティの「ブンカコウリュウのタメ」という名目で、一緒にアルバイトを申し込んでいた。ひよりは同人誌即売会での経験を買われて、お札や破魔矢を売る窓口の担当にすんなりさせてもらったのだが、問題になったのは日本人ではないパティ。そなたはパティが属する宗教を知らないが、日本に交換留学生として来ている時点で、神社に立ち入らせて問題はなさそうだと判断していたのだが――さすがにいきなりは巫女をやらせてもらえず、パティはごねた所をかがみに一喝される始末で、つかさに取りなされても、巫女が何か説明させられて「マモノをタイジするヒトでス」と言ったせいで、裏方もさせてもらえなかったため、「ヒヨリのツキソイでスよー」と参拝に来ながら、巫女を丸一日堪能し続けていた。
『かがみはお堅いよねー。どうせ神道は多神教なんだからキリスト教徒くらいいーじゃんか』
『神道だと『神々の根源は一つ』と説いてるから単純な多神教じゃないし、そーいう分類は今時時代遅れだっていのりさんが言ってたヨ。そもそも、合衆国でキリスト教徒が多いからって、しかも名前がイギリス系かアイルランド系っぽいからって、パティさんがキリスト教徒だとは限らないんだし』
『関東や東北では宗教的にルーズな傾向が強く、すべての都県で『信仰を持っている』と答えた人の比率が全国平均を下回っていたそうですが、浄土真宗が盛んな事で知られる石川県出身のご両親を持たれているこなたさんもあまり関心を持たれていないのは、やはり若年層は信仰に興味が薄いからでしょうか?』
『いや、ウチは宗派違うし、仏壇を買ったのも御仏前にお供えしてるのもお母さんだから。あと姉さん、『ふーん』と関心ないのに脊椎反射はしないで』
『愛知県と富山県以西は信仰を持っている比率が高知県と沖縄県を除いて高く、主流となる宗派も浄土教系が多く、禅宗が盛んな東の方の地域とは一線を画しています。これは仏教が京都から広まった時期を示しているもので――』
 などという会話(?)を、こなたとそなたはみゆきを交えてしていたのだが、それは、パティの巫女服の袴に対する熱弁(ズボン型ではなくスカート型の袴は巫女には邪道らしい)共々置いといて。
「こなた先輩はあー言ってますけど、神事に一等なんてあるんスか?」
「モシくハ、コドモのcontestがfestivalに?」
「じゃなくてさ、体育祭で」
 そなたは遠い目をして、窓の外、境内の林の梢の上の、薄赤色に染まった空を眺める。
 涼しげを通り越してうすら寒い、肌にかさつく嫌な空気。
「姉さんは去年の体育祭の前に、みーさんが障害物競走に『やった事ないので楽しみです』って立候補したら、『みゆきさんは身体の凹凸激しいから障害物競走は無理だよ』とかほざいてね。その後私には『順位を度外視すればあちこち引っ掛かって観客へのサービスに』なんて言うからつい同意――いやそのっ」
「……オンナドウシでsexual harassmentでスか、コナタ。ソナタとユタカのキョウイクにワルいでス」
「……私もお兄ちゃん達がいるから気持ちは分かりますけど、そこで同意までするのが、そなた先輩がこなた先輩と本質が似ている証拠ですね」
「……ワタシにもyounger sisterがイマすカラdon't understandデはナイでスが、ハナシがズレてマスね、ヒヨリ」
「……いや、別にこなた先輩を男の子扱いしてるわけじゃないから……って、そこでなぜ、パティちゃんじゃなくて私の胸を恨みがましく見るんスか、そなた先輩ー」
 色々な意味で憮然とする、趣向が似ているようで少し違う後輩達。どちらかといえば成人指定というよりませた子供のような暴言に、ボーイズラブが好みで、秋葉原より池袋に足しげく通うパティも、ジャンル不問(成人指定含む!)でこなたと違い文字も愛好する(そのせいで、かがみからライトノベルにとどまらず様々な本を薦められてしまう)ひよりも、ただただ呆れ果てるしかなかった。
「で、何で今年になってちびっ子が落ち込んでんだよ、ちびちゃん?」
 まだ怪訝そうなみさお(巫女姿ではなく、町内会からの手伝いのため普段着)が、あやの(同じく普段着)に肩を揉まれながら、胡散臭げな目でこなたを見てから、子供っぽい、純真というより無邪気という方がよほどふさわしい感じでそなたに声を掛ける。みさおは結局、「ちびちゃん」――そなたとの区別のため、姉のこなたを「ちびっ子」と呼ぶようになり、「紛らわしいヨ。いや、むしろレベルダウンしてるし」というこなたの抗議も無視して、気安いにも程が過ぎて、対人関係に構える傾向のこなたを辟易させる始末。
 で、そなたはというと、ちょっぴり意識が遠くなったような目をして、夢想を帯びた瞳の色を湛えながら、儚げな調子の声であやのとみさおに囁く。
「そうしたら、今年はつーちゃんに『こなちゃんは身体に凹凸が少ないから、障害物競走に向いてるよねー』とか言われてね。みさおは体育委員の仕事してたから見てないかもしれないけど、結局障害物競走は姉さんが一位に」
「私も泉ちゃんのお姉さんの奮闘を見たけど、そんな経緯があったのね……」
「ちっ。それだったらウチはちびちゃんをぶつけて、C組が一位になってたのによ。文化祭こそはB組に負けねーからなっ」
 みさおは拳を握り締め、新たな闘志を心中で燃やしている。――具体的な手段は何一つ考えていないが、あやのやそなたやかがみが考える事になるのは違いない。
 その一方で、去年の経緯を忘れていたつかさに向かって、今のそなたと同じ説明をしていたかがみが、延々と落ち込んでいたこなたに泣き付かれていた。明らかに意図的な行動を取るこなたは、かがみの胸の辺りに、「あーんかがみーん」「ど、どこ触って、あっ、あはぁっ」と、そのうち行ってしまいそうな勢いで、頭を押し付けようとする。
「あーんかがみーん」
「身から出た錆で泣くな。それと毎回私の胸にべたべたして、かなたおばさんに見られたら気まずいでしょーに」
 実際はこんな状態だが、こなたの際限のなさと甘えられると拒めないかがみの性格を知っているそなたは激しく妄想をしてしまい、みさおは単なる子供っぽいやきもちで腹を立て――、
「ちびっ子っ!!」
「ねーさんっ!!」
 みさおとそなたは立ち上がってこなたに制裁しようとするが、そこまで血が上っていない、いつも平常心を欠かさないあやのに止められた。さすがは茶道部、という事もないだろうが。
「みさちゃん、泉ちゃん、大丈夫よ――ほら、妹ちゃんが」
「へ?」
 みさおが目を大きく見開く先には――こなたとかがみを羨ましそうに見ていたつかさが、こなたの背後から寄り添って、簡単に言うと「かがつかサンド」状態にしていた。双子の温もりと柔らかさを押し付けられて、慣れない状態に突入したこなたの立場が一気に逆転する。
「……ああ、つーちゃんは姉さんに懐いてるもんね」
「確か、妹ちゃんはお姉さんに、困ってる所を助けられたんだっけ?」
「妹がちびっ子に懐いてんのは知ってるけどよ、だからってアレはないんじゃね?」
 砂を吐きそうな表情でみさおが眺めるのは、自分から迫るのは得意でも、自分が積極的に迫られるのが苦手で、つかさに抵抗できないこなた。みさおとしては、「何で平然と眺められるんだよお前ら」と、そなたとあやのに言いたい気分になっていた。
「いつもお姉ちゃんにばかり甘えてるけど、たまには私にも甘えてほしいな、こなちゃん?」
「ちょ、ちょっと、これは逆、んうっ……」
 つかさはこなたを、猫を抱えるようにして(それも下手に)、つかさと二人きりで気の緩んだかがみが浮かべるのとよく似た表情で抱き締める。かがみは好き放題にいじるくせに、つかさにはとことん弱いこなたは、加減を知らないつかさの温もりに包まれて、抵抗もできずにただ弄ばれるだけだった。
『こなちゃん可愛いね〜。お姉ちゃん、こなちゃん飼おうよ〜』
(……また変な幻聴がやって来たけど、あり得るヨそれ。つかさは自分が末っ子だから、私やそなたや、近頃はゆーちゃんどころか、みなみちゃんやひよりんにまでお姉さんぶるし)
 とはいえ、近頃は意外と頼もしいお姉さんぶりを発揮しているらしく、つかさによると、「お姉ちゃんの真似をしてるだけなんだけどなぁ、えへへ」という事だが、ゆたかに頼りにされたいからと二人でホラー映画を見てしまい、その晩はかがみのベッドに仲良く潜り込んでいた辺り、どこまで頼もしいのかこなたには疑問。
(でも、つかさも柔らかいよネ。かがみはめりはりがあるけどダイエットのせいで筋肉付いてるし、みさきちは筋肉質で私の趣味じゃないし、峰岸さんは彼氏がいるっていうし)
 つかさの温もりに延々と攻められながら、意識が急速に遠ざかるこなた。やはりそなたの姉なのか、母のかなたにはない女性の柔らかさに弱いようで――いや、明白に弱く、というか弱過ぎ。
「はふぅ……」
「はぁ〜〜んっ♪ 可愛いよこなちゃぁあぁ〜〜〜〜んっっ☆」
 すっかり昇天したこなたを揺さぶりながら、つかさも昇天しそうな緩み顔。そんな似た者同士の二人は、周囲三メートル以内に誰も寄せ付けない結界を作りだしていた。というか、広さに限りのある社務所の中でそんな代物作り出さないで頂きたい。迷惑です。
「Ah……オジャマムシはタイサンしマスねっ」
「ちょ、ちょっと、後片付け手伝って来るっス」
 もちろん、普段なら自分達の趣味に走りたがる後輩達ですら、「Lilyなセンパイたち、excellentでス!」「つか×こなうおおおおっ!」とか口走りたくなるのを必死に抑えて、邪念を鎮めるべくそそくさと離れていた。

 
「まったくもう。こなたもつかさも甘えん坊ね。でさ――」
 近頃はこなたに対してまで甘え癖が付いてしまった(と、かがみは思っている)つかさと、つかさに襲われながら抵抗できないこなたを放置しながら、かがみはみゆきとみなみに、くつろいだ様子で話を向ける。口に埼玉県北部名物のいが饅頭(赤飯をまぶした饅頭。愛知県三河地方の、米粉の餅に餡を包んで餅米の粒を載せた雛祭りのお菓子とは別物)を咥えながらなので、そのうち体重計の前でショックを受けてダイエットを始めそうだが、そこでいつもはからかうこなたは、つかさの胸元に顔をうずめられているのでそれどころではない。
「みなみちゃんはともかく、私はつかさから聞いて知ってたけど――で、本人は去年の事は忘れてた――、でも今更じゃない、そんなの」
 そう言うかがみに、みゆきとみなみはうな垂れながら、おずおずと重い口を開ける。
「ええ。ですけど先程、私の母が迷子になっている所を、こなたさんに案内されまして」
「そこでみゆきさんのお母さんが、私と見比べて、『小さいのに感心ね〜』とこなた先輩を撫でて、おまけに飴玉をあげてから、どうやら再発したようで」
「みゆき……みなみちゃん……夏ほど嫌なわけじゃないけど、ちょっと密着し過ぎじゃない?」
 振袖姿でも、大人顔負けの美貌と身体付きが目を惹くみゆき。
 男の子っぽい洋服でも、くびれを強調しようとする気か、太いベルトをあしらっているみなみ。
 その間で、金の刺繍が入った緋色の狩衣に、下は茶色の袴、頭の横には赤い顔のお面、膝の上には神楽鈴を置いたままのかがみは、狩衣が紫色でお面は白、金の扇子を横の机に置いたままこなたにじゃれ付いているつかさをちらりと見てから、改めて、両側の二人が密着してくるのを持て余していた。
(まさか……家が遠いから巫女のアルバイトを持ち掛けなかったのを怒っているのかしら?)
 家が遠くて、お泊まりも遊びも仲間外れになってしまいがちなみゆきの気を害しているのではないかと、かがみは常日頃から気に病んでいた。姉妹全員が父親に似て気配りが下手な柊家は、それを意識していないまつりとつかさはともかく(つかさがかがみ達に気を利かせているのは、気配りではなく本能)、いのりと、そしてかがみは、過剰なまでに自分の周囲を気にする性格になってしまっていた。とはいえ、温もりを感じる距離で寄り添う二人の、至福の安らぎに浸る表情からは、怒っているわけではないようだけど、下手をすると怒っているより面倒な事になるのではないかと心配になる(例えばつかさやこなたやみさおがするような……)。
「あの、えっと」
 そんな三人を、かがみの正面から眺める、巫女姿の、泉姉妹より少しだけ小さな女の子が一人。小さいとはいえ、かがみとは二歳少々しか離れていないその相手は、こなたより素直で、そなたよりくだけた様子で、真正面から見詰めてきた。背丈の差が姿勢で相殺され、こなたやそなたと同じ翠がかった瞳と、二人とは違う、血が繋がっていないはずのかなたによく似た、柔らかくきめの細かい白い肌。年下の相手(実年齢、外見、精神面、立場のどれでも)に色々な意味で弱いかがみは、ゆたかにはいつもどぎまぎさせられてしまう。
「両手に花ですね、かがみ先輩♪」
「ゆ、ゆたかちゃん、見てたの!?」
 見てたもなにも、同じ社務所の隅で、身体を横にして休んでいたのだが、ゆたかはかがみにだけでなく、みなみにまで近付いて、かがみより背の高いみなみとの間で背丈を相殺しきれていないゆたかは、きらきらした憧れの眼差しがやや上目遣いになり、今度は屈託のない相手に弱いみなみを慌てさせる。
「いいなぁ、みなみちゃん。凛々しくてスタイルの良い美人で、なのにとっても可愛いかがみ先輩に甘えてるなんて。あ、みなみちゃんも可愛いトコが先輩に似てるから、そこで大好きになったのかな?」
「ゆ、ゆたかっ、これはそのっ、確かにかがみ先輩は、綺麗で女らしくて頼もしくて、抱き締めてくれると心が安らいで、えっとっ」
「みなみさんは、ご自身にいろいろな点が似ているかがみさんを、とても慕っていますからね。つかささんが子犬、こなたさんとそなたさんが子猫でしたら、みなみさんは大型犬――みなみさんちのチェリーちゃんみたいですよ」
「みゆきさんまで……っ!?」
 ゆたかとみゆきに褒められて、照れを通り過ぎて揃って悶絶しながら、トマトのように真っ赤なかがみとみなみ。みゆきは二人を慈愛に満ちた瞳で見詰めると、身を少し低くして、「よしよし」といった感じでゆたかの頭を撫でる。他人に、特にこなたには「子供扱いしないでよーっ」とむくれてしまう所なのに、ゆたかはなぜか嫌にならず、そのまま素直に受け入れていた。
「小早川さんも……みなみさんと、それにかがみさん達とも、仲睦まじい間柄になって下さりまして、とても感謝しております」
「わ、私も……」
「有難うございます、高良先輩。ありがと、みなみちゃんっ」
 感謝の言葉を母親のように受け止めるみゆき。
 男友達のように真っ赤になり口をあうあうさせたままのみなみ。
 そんな二人の目の前で小さな巫女は、舞台の上で神楽を舞う姿を見た高揚感をそのままに、つかさがするようにかがみの胸元へ全身を投げ込み、憧れの先輩の身体は、ゆたかにはない弾力で小さな後輩を受け止めた。
「かがみ先輩……」
「あっ、ゆたかちゃん、こなたとそなたみたいに……んっ」
 従姉達のように甘えてくるゆたかの動きと感触に、かがみは少しだけ戸惑いを見せるものの、身体は正直なのか、ゆたかを抱き締め、小さな女の子の頭を自分の胸元に押し付ける。
「可愛いわ、ゆたかちゃん……。つかさとこなたとそなたを、同時に抱き締めてるみたい」
「小早川さんの身体の大きさは、泉家のお二人にそっくりですからね。かがみさんとしても、馴染みの深い感触に安心できて、小早川さんを優しく抱き止める事ができるのですね」
「……大人っぽい高良先輩に言われても複雑な気分です。でもお姉ちゃん達が大切にされているのは嬉しいですし、私も仲間入りさせて下さいね」
「ん、もうっ、みゆきも調子いいんだからっ」
 色々と吹っ切れたかがみは、もう他人の目を気にせずに、ゆたかを勢い良く抱き締めて、「え、か、かがみ先輩っ!?」と赤くなるゆたかに何やら囁いて、「はうぅ」と困ったような嬉しい声を上げさせた。みゆきは、「胸が大きくて先輩はずるい」とやきもちを焼くみなみを、かがみに抱き付くように無言で促して、自分もみなみの反対側から、かがみを思い切り抱き締める。
「み、みゆき……みなみちゃん……」
 耳まで真っ赤になり、その耳の奥には自分の血流の鼓動が響くかがみ。みゆきのいい匂いのする柔らかい身体と、みなみの頼もしく少しひんやりした身体とがエスコートする感触に、つかさにハグされたままのこなたとは違い、頭は冷静になりながら、身体の昂りを止められない。
(……こなたが日頃から言ってるみたいに、私は精神的に男っぽいのかしら。いや、こなたの方が男の子っぽいじゃないの。私やつかさが可愛がるとあんなに可愛いのに――)
 必死に現実逃避をするかがみに密着する、みゆきとみなみとゆたか。四人の周囲にも新たな結界が現れて、第一の結界を微笑ましく見守っていた禰宜さんや巫女さんや地元の人達までも、一気に用事を思い出してあたふたし始めた。

 
「むう……眼鏡ちゃんとクールちゃんも、柊を狙ってやがったとは。おまけに、ええっと、ちびちゃん2号まで、ちびっ子の同類だったのかよ」
 みゆきの豊満な肢体と、みなみの引き締まった肢体と、ついでにゆたかの小柄で華奢な肢体を押し付けられて、(親友あるいは先輩として)拒絶も(同性として)陥落もできずに困り果てているかがみ。そんな爛れた光景を呆れた目で見ながら、みさおは自身が恋愛シミュレーションゲームの攻略外キャラクターにされたような気分で苛立つ。しかしいいのか、ゆたかに対してその安直な呼び方は。
「柊ってさー、ホント、女の子が大勢出てくるゲームの主人公みてーに、大勢に好かれて、しかも鈍感なんだよな、あやの!?」
「そ、そうかもね。私とお兄さんだけじゃなくて、私とみさちゃんも、あそこまでべたべたしないと思うな?」
 と、結局は傍観者に落ち着く二人。しかし、双子の姉と同じ巫女姿のそなたは、もう一組のべたべたしている女の子達を眺めながら、世界のすべてを放り投げたような声を上げていた。
「でも、姉さんは相変わらずいやらしいヨ。今はつーちゃんが身を呈して止めてるけど」
(……いや、妹ちゃんはそんな自己犠牲じゃなくて、泉ちゃんのお姉さんが大好きでそういう行為に及んでいるんじゃないかしら?)
 延々と、飽きずにこなたを愛玩し続けるつかさ。つかさは最初は熱心でもそのうちバテてくる気質なので、かがみもそなたも放置しているのだが、こなたに対する愛着は非常に強く、初対面の瞬間から一度たりともバテていない事を、二人揃って失念している。
 とりあえず、「うにゃああ」とか「へにゃあ」とか呻き声が洩れる惨状から視線を逸らす三人。「はぁんっ」とか「んうぅっ」とか喘ぎ声が洩れる光景が五感に――いや、見たり聞いたりだけで、嗅いだり味わったり触れたりはさすがにしない――入りかけるが、それでも必死で意識から締め出す。
「他人の事は言えねーだろちびちゃん。柊は、私に胸をつかまれたら動転して張り倒すし、ちびっ子に胸をつかまれたらお仕置きするけど、つかさやちびちゃんに胸を――いや、他の所をつかまれたりその他色々されても、嫌な顔一つしないじゃねーか」
「で、でもかがみさんは、優しくて、頼もしくて、抱き締めてくれる感覚が、ゆーちゃんとこのゆきおばさんとそっくりでっ」
 必死に言い訳以外の何物でもない事を口走り墓穴を掘り続ける、泉そなた十八歳。あやのはそなたの頭を撫でて、自分の姉がみさおを撫でる時の様子を思い出しながら微笑んだ。
「泉ちゃん、柊ちゃんの恋人みたいよ? いや、むしろ奥さん?」
「そっ、そのっ、あやのさんっ。私とかがみさんはそんな関係ではなくっ、つーちゃんとかがみさんみたいな、姉妹というか母娘というかっ」
 無駄な弁解を続けるそなたに、みさおはべたべたする兄とあやのを前にしたようなもどかしさにいらいらして、頭と視線をそむけて一言ぼそりと。
「この淫獣ピンクめ」
「い……っ!?」
 あまりな言いように、名状しがたい感情を覚えるそなた。「海のものとも山のものともつかない異形のもの」だの「さては日本国民じゃないな」だの言われるよりも、様々な意味でひどさを感じる。
「ななな何で、エロゲーやってる姉さんじゃなくて私が、そのっ!」
「ちびちゃんだって、ちびっ子以上にエロいじゃねーかよ。特に柊には、兄貴が読んでる青年誌並みに」
 ぷち。
「……ちょっと外出なヨ、この背景」
「わ――――っ!! 静まれ静まれちびちゃーんっ!!」
 自然体でゆらりと立ち上がり、戦闘態勢に入るそなた。そなたに何度も懲りずに喧嘩を売って怒らせては、完膚なきまでにぐちゃぐちゃにぼろ負けしているみさおは、必死に両手を振り回して、思いとどまってもらおうとする。
「まあまあまあまあまあまあ。みさちゃんも泉ちゃんに悪気はないんだし」
「止めないで、あやのさん。悪気があれば反省できるけど、悪気のないみさおには、反省するのに要する倫理観念が欠如してるんだから」
 完全に目が据わったそなたを前にして、何を言われているのか理解できないみさおは、それでも文字通り必死に、眼前の小柄な猛獣を大人しくさせようとする。まあ十中八九無駄だけど。
「倫理なんたらはともかく、道場で先生の次に強いちびちゃんにやられちゃ、体罰通り越して単なる暴力だろー!?」
「日頃からみさおは、私やかがみさんに失礼な言動が多過ぎるし、宿題はいつも『あやのに柊にちびちゃん、教えてくりー』ばっかだし、あと他にも数え切れないほど姉さんやつーちゃんやみーさんにも――!!」
 不意にそなたは床を蹴り、みさおの死角から瞬間移動したように懐に飛び込み、その挙動のまま拳を軽く打ちこみながら、一瞬の釣り合いの崩れを利用して脚払いを掛け(袴がズボン型なので脚の動きを阻害しない)、運動能力が優れているが武道では素人のみさおを、受け身が取れずに倒れても安全な場所へ転ばせた。無言のままそなたは踵をみさおのみぞおちへ打ち込み、声も出せずに悶絶するみさおにそのまま、殺傷力は無くても抵抗力を奪うような攻撃の連打を機械的に続けて続けて続けて、そして続け続ける。
「や――め――ろ――!?!?」
「ああっ、みさちゃ――んっ!?」
 こちらはこちらで、余人の入る余地を与えない空間が生じており、逃亡したままのひよりやパティや禰宜さんや巫女さんやおばさんやおじいちゃんや小さな女の子やおにーさんが復帰するどころではないようだった。

 
此方と其方・6へ続く


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『らき☆すた』:(C)美水かがみ/角川書店/らっきー☆ぱらだいす