☆ 此方と其方・7 ☆


此方と其方・6から

 
「……安心して、そなた。私、強くなったから」
 そなたに向けられる、双子の姉の真摯な視線と言葉。
 それを受けた双子の妹は、身体の芯を貫かれるような想いを感じた。親友であり、自分達と同じ双子でもある、かがみとつかさにも分からない(と思うが、実は結構悟られていられそうな)、二人だけのすべての繋がり。
「……私と同じだネ。かがみさんと、つーちゃんのおかげで」
 幼い頃は頻繁に見せていた、こなたに対する全幅の信頼を込めて、声を忍ばせ囁くそなた。いつの間にか、かがみとつかさは気を遣ったのか泉姉妹から身を離していて、声はこなただけの耳に入る。
「……みゆきさんとみさきちと峰岸さんは?」
「……茶々を入れるなっ。みーさんもみさおもあやのさんも大事に感じてるけど、『特に』って意味でっ」
 喉を鳴らして忍び笑いする姉と、囁き声まで上ずらせる妹。これでは天然王女・つかさはまだしも、ツンデレ・お姉ちゃん・ロリコン・調教師のスキルを併せ持つかがみ(と、こなたが主張してかがみに調教される)が気付かないわけはなく、そなたに対する行動が怪しい事この上ないこなたにジト目を向けた。
「何をそなたに吹き込んでたのよ、こなた」
 かなたがするように、ごく自然にそなたを抱き寄せて、そなた自身のようにこなたを露骨な疑いの目で見る。とはいっても、かがみやつかさやみゆき相手にはろくでもない事も吹き込むが、相手がそなたなので、「念のために疑う」という程度の姿勢は、妹をいじる兄――いや、姉をとがめる母のよう。みきと似ているその姿にお母さんを重ねてしまうこなたは、いつもみたいにかがみとそなたの関係をいじる事もなく、傍から(特にそなたから)はバレバレの上ずった声で弁解した。……というか、ゆき叔母さんはもちろん、つかさにもみゆきにもあやのにも天原先生にも、それどころかいのりや黒井先生にまでかなたを重ねてしまう癖がこなたにはあるのだが。
「いやー、私は同じ大学にみさきちもいるから、成績で最下位にはなりっこないよって」
(嘘だな絶対。……まあ、追及しても白状するわけないからね)
 と、ごまかす姉。そして何も言わずに、かなたやみきのような慈愛に満ちた眼差しを向けるかがみ。気恥ずかしさと熱のだるさで訂正するどころではないそなたは、ウサギさんリンゴをフォークに刺して食べさせようとするつかさに、要求されるがままに応えている。
「んむっ」
「わぁ〜〜♪」
(つーちゃんの喜び方、まるで小動物に餌をやる子供……いやいや、私を妹に見立ててお姉さんの気分なんだろーな)
 変な妄想を打ち消しながら、リンゴを二切れ食べ終わり、そなたはつかさを見上げながら、かがみより小さめだけどはっきりと分かる胸の膨らみに目移りして――いる場合ではなく、まだ色々と心配そうなつかさを落ち着かせたくて、気楽な話を始めてみる。
「で、つーちゃんの様子は今朝の電話で色々話してもらったんだけど、かがみさんは?」
「お姉ちゃんお姉ちゃーん。そなちゃんがお姉ちゃんの近頃の様子を聞きたいって」
 そなたをよしよししながら、「大人になったらこんな可愛い子供が欲しいなー」とか考えているつかさ(しかも夫の想定が、小さな頃によくおままごとでお父さん役になってくれたかがみだったりする)は、手元をそなたに集中したまま、そなたとかがみのどちらが目当てなのやら、両手をうごめかせて迫るこなたからそなたをガードしようとしている双子の姉に問い掛けた。
「かがみの?」
「急に食い付いてくるわね、こいつ」
 などと口では言いながら、嬉しそうに弟のような、ではなく妹のような女の子その一を、こなた用適正距離まで引き離すかがみ。腰に手を当てたいつもの力強いポーズで、もう片方の手はつかさの手に重ねてそなたをゆっくり休ませるように促しながら近況報告をする。
「まあ、私はもう志望校に受かったし、読書したりゲーセンでシューティングしたり、もちろん二十八日の例祭と来月十日の春の大祭と十五日の八甫鷹宮神社のお祭に向けて、神社の手伝いも多めに入れてるわね」
「春のお祭と八甫のお宮だと、お姉ちゃんと私がお神楽を舞うから見に来てね〜」
 もはや鷹宮催馬楽神楽の観賞の常連になっているこなたとそなたに、つかさが「ウチに遊びに来てね」と同じ調子で誘いを掛けた。かがみが凛々しい(つかさと泉姉妹視点で。姉達の視点では「可愛い」)のはいつもの事だが、つかさも物事に真剣に打ち込むと、双子の姉のように、可愛いよりもかっこいい、同性の目も惹き付ける姿になる。泉姉妹にも神楽を習わないかとの誘いが神社の人達からもあったのだが、こなたもそなたも、「お稚児さんにしか見えなさそうだから」という理由で断り、そうじろうを落涙させゆいに逮捕されかけさせていた。……そなたはともかく、舞っているつかさを真摯な目で(まるでコンサートの平野綾に対するように)見詰め続けていたこなたは別の理由があるのではないかと、かがみとそなたは思っている。
「話を戻すわね。大学を機に一人暮らしってのも考えた事あったんだけど、やっぱり家が居心地良過ぎてダメだし、まつり姉さんを含めて三人分の学費を出す家計の事も考えると気が引けるし、学校が遅くなった時はみゆきんちにお泊まりするのもいいかなって思ってるのよ」
「お泊まり……」
「そうよ、そなたもいざという時は、気兼ねしないで頼ればいいんじゃないかしら。運転免許取りに教習所行くのは、アンタ達に先を越されたけど、学校で大学生割引探すといいって姉さん達が言うから――」

 
『お泊まり』
 その単語を聞いた途端に、もとから少し虚ろだったそなたの瞳が色を失う。
 高良家の居間で、バスローブ姿でくつろぐかがみとみゆき。
 何やら知的な話が弾み、白熱したかがみが身を乗り出すと、至近距離で見詰め合ってしまい、頬を赤らめながら距離を置く。
 歯痒いやり取りで二十四ページ埋まる(ひより熱弁)くらいの展開の末に、二人は抱き合い、かがみはみきに、みゆきはゆかりに抱かれたように安らぎ、いや、それを上回る所まで満たされる。
 かがみがみゆきと唇を合わせるのと共に、みゆきの手がかがみのバスローブの中に滑り込み――、

 
「ま、まさか、かがみさん、みーしゃんと、ど、ど……」
 熱によるものを上回る赤面状態で、舌が回らないそなたの様子を見て、「同居」というより「同棲」と言いたいものと判断したかがみは、妹同然に思っている相手その二の、その一より健康的な肌触りのほっぺをつかんでむにむに。
「それじゃ一人暮らしじゃないわよ。……にしても、まさかそなたにそんな妄想されるなんてね。私がドジした時に『かがみさんもやっぱりつーちゃんのお姉さんだネ』と言ってくれた事があるけど――」
 そこでかがみは悪戯っぽく笑い、いつもつかさやみゆきにしているように、そなたの頭をよしよしと撫でる。
「そなたもやっぱりこなたの妹よね」
「うにゃあああ……」
 また別の理由で、顔を真っ赤にするそなた。
「お姉ちゃんとゆきちゃんは仲良しだけど、そなちゃんも仲良しなんだから、三人でお泊まりすればいいのにねー」
「あううううう……それ以上言わないでつーちゃん……」
 つかさののほほんとした発言が、そなたの想像の中ではレッドゾーンに変換され、もはやヒューズが焼き切れたような状態。可愛い妹がますます可愛い状態になっているのを見たこなたは、ここぞとばかりに――、
「私の真面目バージョンというか、かがみの好みバージョンだって、ウチのクラスの副委員長も言ってたなー」
「副委員長とは結構気が合ってるみたいだけど、知らないうちにどこまで進展してるのさー、ねーさん?」
 ――返り討ちされた。かがみがこなたにやり返すのと同様、この三年間の進歩の成果で。
 鏡映し、というか、まさしく「かがみ映し」のように悪戯っぽく笑うそなたに、こなたは何か言い返そうとする……が、餌を求める柊家の大きな金魚のように口をぱくぱくさせるばかりで、まともな言葉が出てこない。
「へぇ〜。私とそなたには散々『異性の恋人できそうにない』とか言いながら、いつの間に抜け駆けしてたのかしらねー?」
「こ、こなちゃん、いつの間に副委員長くんとそんな仲良くっ!?」
「だーかーらーっ!!」
(姉さんも、やっぱり私の姉さんだヨ?)
 こなたのように笑いながら、そなたは布団に頭までうずめて、そのまま心地良い眠りに沈んで行った。

 
 それから――うつらうつらとしているうちに、眠りが浅くなったり深くなったりを繰り返して、どれだけたった頃だろうか、耳元に、馴染みの深い声がする。
「……なた、そなた」
「……たお姉ちゃん」
「んう?」
 声の主は二人。母と従妹。そなたとは、体格も体型も近く、身体の強さは違う人達。
(お母さん……ゆーちゃん……)
「起きた、そなた?」
「おはよっ、お姉ちゃん」
「やふー、そなたー。熱もだいぶ引いたみたいだネ」
 ぽんやりと目を見開くと、娘を、従姉を、じっと見詰めていた二人。それだけでなく、そなたの双子の姉も近くにごろーんと転がっていた。「みなみちゃんがゆかりおばさんにされたみたいに、変な写真を狙われていたのかも」と、こなたを少し警戒するが、手元のコミック(と枕元のコミックの山)を見て警戒を解く。
 自分に対する気遣いは、かなたとゆたかだけではなく、こなたの分も嬉しい。なのに、身体の弱い二人を心配する心が強過ぎて、厳しい言葉を思わず口にしてしまう。
「ダメだよ、お母さんもゆーちゃんも。私は風邪なんだから部屋に入っちゃ」
 口にしてはいけない――拒絶の意思。
(あ――)
 刹那の後に。
(え、あ)
 深い悲しみを湛えた、かなたの瞳と口元。
 ゆたかはうつむき、きゅっと両手を胸の前で握り締める。
(ち、違うんだヨ、お母さん、ゆーちゃんっ……)
 果てしない後悔が襲い掛かり、罪悪感に押し潰されそうに……、
「そなたっ」
 ……なるより先に、こなたが、組み敷くようにのしかかってきた。
(ね、ねーさ……?)
 そなたと向かい合うこなたの身体は、こちらの熱が下がったからか、ほんのりと小さな男の子みたいな芯の熱さを感じる。細く見える全身にはしっかりと筋肉が付いていて、女の子らしさは余計に感じられない。相手が自分と同じ姿の双子の姉でなければ、胸の動悸の高まりを恋だと気付いて――いや、勘違いしているのかもしれないと思うと、そなたは心の奥に切なさを抱いた。
「…………」
「…………」

 
 お母さんは、身体が弱いのに、死ぬかもしれないのを覚悟して私とそなたを産んだんだヨ?
 小さな頃、そなたも頻繁に熱を出してたから、お父さんの仕事が忙しい時は、自分まで身体を壊すくらいそなたを看病して。……まあ結局は、ゆき叔母さんが一番頼りになったんだケドさ。
 今も、そなたが部屋に入れてくれなかったから、ろくに寝られないほど心配してたのに。熱も引いたんだから、今更感染したりはしないってば。
 ゆーちゃんだって、大好きなお姉ちゃんが元気なくて不安なんだヨ。
 そして、私も――、

 
(なんて、幻聴――というか、むしろ自省なんだって分かってるし)
(なんて、そなたには伝わってるんだろーネ)
 こんな時にも、解熱シートのおかげか頭の中のどこかが冷静な妹と、普段は抑えている妹への愛おしさが高まる姉。
(弱ってる分しおらしく見えて……「いつもより萌える」「こんな顔を普段から見せてもらえるかがみが羨ましい」「ひよりんじゃないけど自重しろ私」の三択だよねー)
(とか妄想してるんだろーな、姉さんは。やっぱり姉さんと私は、お父さんとゆき叔母さんと生き写しだヨお母さん)
『そなたもやっぱりこなたの妹よね』
(うっ)
 こなたのすべてと向き合っているうちに、かがみの言葉が蘇り、そなたの心は複雑になる。円グラフでも表記できないほどの、すさまじい数の思いが、双子の姉に向けられて。
(何だかんだ言っても、かがみさんは姉さんを好きなんだし……いつも感動をブチ壊したり、物事にオチを作りたがるトコさえなければいいのにさ)
 何も言えずに、そなたはこなたを見詰めて、こなたも双子の妹に応えて、顔を触れ合わせて口付けをする。
「んちゅっ♪」
「んむっっ!?」
 いきなりの行為に、そなたの頭の中は一瞬空白になる。あくまでも子供同士がするような口付けで、舌までねじ込まれたりはしなかったものの、こなたがゆっくりと顔を離して、ちろりと舌なめずりをするまで、一卵性双生児の姉の、完全に同一の遺伝子を持つ肉体との結合を、ただ受け入れるがままだった。
「んふふ、ごちそーさま」
「……何するのさねーさんっ!!」
 いくら幼い頃に経験があったとしても、こなたには内緒だが、かがみに甘えた時やつかさに甘えられた時にされたような事をされて、そなたは怒りと衝撃で身体を跳ね起こしたところを、こなたに改めて捕獲された。こなたはそなたを抱き締めて、ちょっとした悪戯心で微妙な所も撫でてみると、ぴくんと軽く、幼げな肢体が身じろぎする。二人の母は夫と自身の交わりを思い浮かべて白い頬を染め、その義理の姪は自身に背丈が(比較的)近い方の親友(の創作と、ちょっとだけ実体験)を連想して義理の伯母よりも赤くなった。
「かがみの真似。そなたは妹なんだから、つかさがするみたいに甘えていーんだよ」
「……かがみさんは変な事をしないし、つーちゃんは可愛いから許されるの。私と姉さんじゃ、子供同士と変わらな――ご、ごめん、お母さんもゆーちゃんもっ!」
 再度のうっかり発言に、慌てふためくそなた。あまりの可愛さが羨ましくて、照れ隠しも忘れてぎゅ〜っと、小さいのに逞しい妹との密着を強めるこなた。「それとも百合展開の期待でもした?」とほくそ笑むこなたに、かなたは「もうっっ」と困り顔で、でも姉妹の仲睦まじさに、ゆたかと顔を合わせて微笑んだ。
(……そう君に、変な所まで似てるから)
 去年の春の晩に、「ゆーちゃんも入れればお父さん好みのちっちゃい子が四人揃っているからなっ!」とか言い出した時の、あの時はなだめる側に回ったが、こなたとそなたの果てしなく冷たかった目を、かなたは今も忘れていない。しばらくは夫を娘と二人きりには絶対にしなかったし、身体がなまっていたこなたにもそなたから時々稽古を付けさせるようにもしたくらいだった。
(結局二人とも、性格は私には似てくれなかったけど、そう君ったら、「こなたは自分を鏡で見ているみたいだ」とか、「そなたに見られているとゆきに見られているみたいで緊張する」とか言ってたし、そう君のためにはかえって良かったのかしら?)
 そう×かな――ではなく、そうかなたは思う。かなたは知る由もないが、こなたとそなたがいるから、そうじろうは、成人指定のゲームでも、小さな少女を凌辱したりする類の物には手を出さなくなって久しい。……とはいっても純愛系なら平気で手を出し、『きら☆すた』とか『赤い目の贄殿遮那』とか『ゼロコンマの使い魔』とか『神舞踊界モノフォニカ』とか『ひだまりスイッチ』とかの純愛系R18同人誌が、ホームステイの子を受け入れるためにそなたが移る予定の、三階の大きな部屋の一角に、山のようにあったりもする。
「つかさが家族以外で好きになる相手は、『お姉ちゃんみたいな人が好き』と『お姉ちゃんになりたい』だから、私達とかゆーちゃん達とかにくっ付いて、特に受けみゆきさんが最高みたいだけど、そなたも受けかがみが最高なトコが同じなんだよねーあだだだだ!」
「自惚れるな姉馬鹿っ!『かがみさんとみーさんを穢すな』とまでは言わないけど、せめてつーちゃんの真面目さくらいは見習えっ!」
「やっぱりそなたもかがみと同じツンデレえひゃあああっ!?」

 
 そして何分か後。ゆたかがふと気付くと、冬よりは日が落ちるのが遅くなっているとはいえ、空は赤を主体としたグラデーションに染まっていた。
「えひゃいえひゃい、えはいっればほなはー」
「うるさい姉さん。……で、かがみさんと、つーちゃんは?」
 こちらが少しでも具合が良くなると余計な事ばかり言う双子の姉をお仕置きしながら、そなたは気になっていた事を思い出し、かなたとゆたかにお仕置きポーズのまま向き直る。
「ゆたかちゃんが帰ってくるまで、かがみちゃんはそなたに付きっきりで、つかさちゃんはこなたと一緒に寝ててくれたわ」
「それからしばらくして帰る時に、そなたお姉ちゃんに『お大事にね』って言ってたよ。あとこれ、みなみちゃんと高良先輩からお見舞いだって。それにこっちは、ひよりちゃ――田村さんから」
 一見すると質素だが上品そうな菓子包みと、スポーツドリンクのセットを、ゆたかが枕元に置いてくれる。そのかいがいしい様子を「可愛いなー」と見ながら、あとそなたにお仕置きポーズをさせられながら、こなたは呻いた。
「……ひよりんとの関係の追及はさて置き、ゆーちゃんも、私とそなたのかがみんに、随分べたべたしてたよネ」
「かがみ先輩から頂いた健康祈願のお守りのおかげで、お姉ちゃん達は受験が大丈夫だったんだもの。だから余計にかがみ先輩は気に病んでて、こないだ合格祈願のお礼参りに行った時も、『まつり姉さんが手を抜いたのかしらねー』とか冗談言いながら、しきりにそなたお姉ちゃんを心配してたんだよ」

 
「えーくしょんっ! 私もそなたちゃんから間接的に――」
「うつりはしないわよ。それよりまつり姉さん、夕方のお勤めに行って来て」

 
「……かがみんの中では、まつりさんの扱いはワースト二位なんだ。もちろん最下位はみさきちで」
「みさおも性格悪くはないはずなんだケド、かがみさんは不真面目な人が嫌いだし、あやのさんがみさおに甘いから自分は厳しくしてるんだろうし。ゆい姉さんへの評価が意外と辛くないのは、あれで姉さん、芯は真面目だからネ」
 こなたと同じ大学の同じ学部に合格してしまったみさおに、一抹どころではない不安を抱えながら、そなたはこなたの戒めを緩めた。こなたは同級生ではないので、ごく普通に「やっぱりバカキャラなんだなー」とか、事実だが極めて失礼な事を考えながら、まだ本調子ではないそなたを自身に寄り添わせる。
「わ、悪いヨねーさん」
「姉妹だからいーんだヨ。かがみもいつもやってるコトなんだから、私にはなおさら遠慮する理由ないって」
 もぞもぞ動くそなたと、離れないようにするこなた。観察しながらかなたはくすりと笑い、口元に可愛らしく手を添えてみた。
「やっぱりそなた、かがみちゃんと相思相愛なのね。添い寝をしてくれたかがみちゃんの身体にあんなに甘えて、かがみちゃんも気持ち良さそうにしてたわよ♪」
「……み、見てたのおかーさんっ!?」
 記憶はないが、心当たりのあり過ぎるそなたは、かなたにまで見られていた事に衝撃を受ける。ゆたかは「かがみ先輩……」と顔を真っ赤にしているだけだが、その様子が雄弁に一部始終を語っていた。
「そなたはかがみちゃんのおっぱいが大好きなのに、子供みたいな身体付きのお母さんでごめんね」
 視線を落として、両手を娘達のように薄い胸にあてがって、ちょっぴり目を潤ませている母親。いつもなら余計に口を挟むこなたも、かなたの前ではそんな事はできず、そなたを観察して楽しむどころでもなく、唖然として見守るしかなかった。
「え、あの、えっと、私はかがみさんをそんな目で見てるわけじゃないし、お母さんだってかがみさんにもつーちゃんにもみーさんにも懐かれてるしっ」
 必死で何やら弁解しているそなたの様子に、かなたはくすくすと笑う。まるで、こなたがするように。
「お母さんも羨ましいから、みきさんに甘えちゃおうかな? こなたとそなたが、かがみちゃんに甘えるみたいに?」
(それは不倫ですヨお母さん。時々私やそなたとかがみの恋愛シーンをノリノリで演じてるのに、それでもまだ欲求不満ですか)
 かなたは別にそこまでの事は言っていないはずなのに、こなたは、自分と妹がかがみと交わしたあられもない行為の数々を脳内で再放送しながら、大人同士だからという理由で、余計にパワーアップした想像を展開してしまう。
(お母さんがみきさんの○○を○○○て、お返しにみきさんも○○でお母さんが○○るのを○○ってから――)
 随分と具体的な所まで想像している長女が身体をもぞもぞさせる様子に気付いたかなたは、羞恥が限界に達しているそなたをそろそろ休めさせてあげる事にして、こなたを新たな標的にロックオン。
「あらあら、こなただってつかさちゃんとあんなに可愛がられて」
「おかーさあああんっっ!!」
 そしてこなた沸騰。
「いいなぁ、義伯母さんとお姉ちゃん達。……また後でお母さんにお電話しよっと」
 つい先程のそなたとほとんど同じ弁解を始めるこなたを見ながら、実の姉のゆい譲りのずれた所があるゆたかは、呑気に可愛らしい伸びをしていた。

 
 色々と煮え立ったこなたとそなたを残して、夕食を作るため、かなたとゆたかは居間に戻る。何となく寂しくなって、そなたが点けたテレビに映るのは、教育テレビの、子供向けのはずなのにどこかシュールな番組。
 日が落ちた事もあり、気だるげな様子のそなたは、布団に潜り込んだこなたの温もりを隣に感じながら、枕元にあった、ちょっと硬くなった塩あんびんを、横に小さく盛ってあるお砂糖に付ける。つかさが作って持ってきてくれた、埼玉県北部特有のお菓子は、塩味(だけ)のあんころ餅といった感じで、ゆっくりと咀嚼すると、餅のほのかな甘みと餡の塩気、そして表面に付いた砂糖の鮮やかな甘さが、身体の中に沁み渡るような感じがした。
「ウチはお父さんもお母さんも石川県出身だから、こーいう地元の人が手作りする食べ物は、かがみさんとつーちゃんが教えてくれるまで、食べた事ほとんどなかったなー」
「お泊まりに来た時も、お母さんの治部煮は好評だったケド、えびす――別名べろべろは溶き卵とだし汁の入った寒天だから、一瞬微妙な表情されたよネー。……まさかつかさが、そこで博識ぶりを示すとは思わなかったし」
 だらだらしながら取り留めのない話をする、回復しかけの病人と、病人よりゆったりとした生活を送っているもう一人だった。
 一つの半分くらいを食べたところで、夕食も近いので、塩あんびんをお皿の上に戻すそなた。夕食は普通に食べられそうな腹具合だったので、他の人達と同じメニューを、こなたに枕元まで持ってきてもらう事にしている。
 それから、そなたはまた布団に肩まですっぽりと埋まり、か細い声で双子の姉に呼び掛けた。
「ねーさん……」
「んうー、何だいそなたー?」
 ゆい姉さんの口癖を真似して、双子の妹に笑い掛けるこなた。そなたはいつものそなたらしくもなく、右手でこなたの左腕をすがり付くようにつかんで、いつもより心細そうな感じの目で上目づかいをしてくる。
 そして、ぼそりと。
「もし私がいなかったら、姉さんは寂しかったのかな」

 
「……っ」
 そなたの口から出る思いがけない言葉に、こなたは息を呑む。
(またそなたはっ。少しでも体調崩すと不安になって、そんな悲しい事を言う度に、私もお母さんもどれだけ辛い思いをするとっ)
 本気で怒りはできないこなたは、同じような事をかがみに言ったらしいそなたが、生きている実感を与えようとしたかがみにされていたような、目撃したかがみの両親――ただおとみきが「女の子同士というのもあるのは分かるけど、その、二人にはまだ早いんじゃないか?」「私もそなたちゃんを好きだけど、かがみがそこまで好きなのはお母さん心配だわ」と言うような事をしかけるが、さっきの口付けの件もあるので我慢する。
(でも、分かるんだよネ。私は社交性がないから、そんなの気にしないつかさはともかく、かがみは怒らせるし、みゆきさんは戸惑わせるし、まともに話せるのは趣味が合うひよりんくらい……いや、私はバーチャルでもBL趣味はないし)
 何度も分かっているはずなのに、こんな事があるまで忘れてしまう、生まれながらに二人の間に刻まれている真実。
 自分が心配するのと同じくらい、この小さな妹は、自分を心配してくれている。
(そなた――)
 心細さが極まったのか、両手で自分の左腕を抱き締めている、普段はゆたかに感じて、かがみとみゆきに感じられている(つかさと、そしてみなみにまで感じられているのは、意地でも認めたくない)、小動物っぽさ満点のそなたをかえりみる。
 分かってさえいれば、言うべき事は一つだけ。
 その結論は――、

 
「変わらないと思うヨー?」
「ちょっ!?」
 果てしなく気楽な口調に、拍子抜けしたそなたは、大きく肩を落として脱力する。こなたは、愛する妹(かがみがつかさに対するように)のおとがいを軽く撫でて、自分と同じいつものポーカーフェイスの口元を指先で笑みの形になるようにいじり、こなた自身も同じ表情をしてみた。
「だって、それが最初からなら比較のしようもないし――ゆい姉さんとゆーちゃんもいるし、かがみとつかさとみゆきさんを一人占めできるし」
「姉さんは際限がないから、私がかがみさんもつーちゃんもみーさんも護れてよかったヨ」
「いやいや」
 予想通りの憮然とした妹に、姉が覚えるのは、泉が湧くように溢れんばかりの愛情と感謝。とはいっても、意図的に際どい所のあるこなたと、本能的に同類のそなたなので、ちょっとばかり熱情だの情欲だのが混じっているように見える感は否めない。
「私が際限ないのは、やり過ぎてもそなたが止めてくれると信頼してだねー。そなたがいない場だと、かがみにもこんな、そなたがしたがるよーな事はやんないヨー、多分」
「甘えるな調子に乗るな押し倒すなっ。……あぁもう、言いたい事ばかりでどこから突っ込めばいーものやら」
 言葉は迷惑そうだが、まんざらでもなさそうな、妹のくせに姉のように振舞う双子の片割れに、姉は、「一生かけて言えばいいヨ?」と、笑みを不敵な様子に変える。
 二人で揃って寝転ぶと、窓の外には、まだお日様を惜しむように、赤みをかすかに帯びた夜空が見える。どこに生えているのか、気の早い桃の花の香りも、ほのかに鼻腔をくすぐっていた。
「春だネ、姉さん」
「春だヨ、そなた」
 いつしか二人は、向かい合いながら目を閉じて、教育テレビを心地良い眠りのBGMにしたまま、かなたとゆたかが食事を持ってくるまで寝続けていた。

 
「んふふー、そなたー。かがみが男装してると、すっかりお嫁さんだネー」
「つーちゃん……お願い、ねーさんを小動物扱いするのはよしてヨー」
 ……一体何の夢を見ているのか、それどころかその直前の会話も、寝姿を母と従妹に見られていた衝撃で吹き飛んでしまったけど――次の日の寝ざめはやたらと良かった、という事だけは確かだった。


〜おまけデータ〜

※そなたとこなたの共通点と、かなたの昔のデータとの共通点は省いています。

泉そなた
学力   ☆☆☆.5
運動   ☆☆☆☆☆☆
オタク  ☆☆.5
家事   ☆
胸    ☆
趣味   武道、アクションゲーム、教養番組
好き   鶏肉、ヨーグルト、早寝早起き
嫌い   骨の多い魚、薬(特に粉薬)、お父さん&姉さんの趣味
好きな色 緑、茶色、空色
得意科目 体育(好き)、日本史
苦手科目 英語、家庭科

 ご覧の通りの、「此方と其方」主役の片割れ。「こなたの真面目バージョン・かがみの好みバージョン」との感想を頂きました。かなたが健在なうえに、そなたという突っ込み役がいるので、本作のこなたは原作よりゆるい感じに育っています。……まあ、かがみとつかさみたいに「本質が近い」という設定にしてしまったせいで、かがみに「甘える」のがやり過ぎになる事が頻繁なのですが(汗)。学力は高めで、運動も素質+努力でこなたを上回りますが、家事はかがみ以上に苦手なので、この点だけはこなたも姉の威厳を発揮できるようです。

泉かなた(本作内)
学力   ☆☆☆☆
運動   0.5
オタク  ☆☆
家事   ☆☆☆☆
胸    ☆.5
趣味   料理、絵画、家庭菜園
好き   果物、子供達&姪達とその友達、クロスワードパズル
嫌い   強い刺激、夫の成人向けゲーム
好きな色 白、青、紫
得意科目 美術(上手になった)
苦手科目 体育、情報処理(パソコンが苦手)

 無事に出産を経験して、虚弱な体を抱えながら(そうじろうやゆきに支えられ)娘達を見守ってきたお母さんです。今は日常生活を送れる程度にはなりましたが、双子が小さな頃は寝たり起きたりの毎日だったので、本作のこなたも家事をこなせるようになりました。当然、娘達がお互いに仲が良いように、みきとは非常に親しい関係です。


 
此方と其方・8へ続く


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