続・悠久幻想曲・フィクションデータバージョンSS
セリーヌ救出大作戦
(後編)
〈注意〉
この話は松さんの「悠久幻想曲・フィクションデータバージョンSS」の(勝手ながら)続編です。
主人公(2)(第三部隊隊長)の名前は「ベータ」です。
〈中編に戻る〉
>>>5.さようなら野良公安
「ふん……」
野良公安に共通した底の浅い傲慢さを匂わせる、公安局の制服を着たその人物は、サングラスの下の陰険そうな目を、怨念を伴ってぎらりと油壺のように光らせる。
「じょ、女性っ!?」
「む、むしろ医学的見地からすると元女性とでも言うべきでしょうかっ!?」
……無茶苦茶失礼なローラとディアーナの発言はさておき、見た感じでは結構年が行っていそうにも見えるが、外見を年齢に直結させる事の危険性はマリア(逆の意味でだが)でみんな心得ている。残念ながら外見は、アリサのように経験に伴う人格の深みを感じさせるものではなく、時間と共に人間性を錆び付かせたものとしか例えようがなかった。エンフィールド学園のリン教師にも一見似てはいたが、そちらの錆び止め鋼材の皮膜に似た規律正しさとは逆に、ただ単に錆びた屑鉄しか連想させない錆び具合である。
「くっ……使い物にならない部下だけを残して、山菜取りに行っていた隙に忍び寄られるなんてうかつだったかしら?」
「……その残されてた部下は、おばさんを手駒呼ばわりしていたんだけどねぇ」
思わぬ展開に緑灰色の髪のおばさんは歯噛みするが、それでも不敵な態度を崩さずに第三部隊の一同を睨み付けた。
「なかなかやるわね、自警団の隊長さん。でもこのパメラある限り、エンフィールドの治安権力は私企業の手先には渡さないわ!」
「今の自警団は評議会の直属なんだが……ところでパメラって誰だ?」
沈黙が訪れる。
壁から滴る水雫の音が、たまらなく一同の耳に痛い。
「うきいいいいいいっっ!! 何度も何度も顔を合わせる度に性懲りもなく同じパターンを繰り返さないでっっ!!」
「そう言われても知らないものは知らないし……なあトリーシャ」
「……そうだよね。ボクだってこんな人は見覚えないもん」
トリーシャは助けを求めるように他の女性陣を見るが、一斉に全員が首を横に振った。
「とゆー事で、ボクが不確定名を付けちゃっても別に構わないよね?」
「覚えがないのっ!? この公安維持局住民課課長、人呼んで第三部隊隊長の永遠のライバルをっ!!」
とうとうベータにすがり付き、肩当てをぎしぎしと掴む自称パメラ。しかし、「忘れた」や「覚えていない」ではなく、本気で「知らない」第三部隊隊長は、ひたすら怪訝とするばかり。
「永遠のライバル? 何だそれ?」
「髪の色が同じ緑だから、もしかしてディアーナちゃんの親戚じゃないの?」
「知らないってばぁ。無茶言わないでよローラちゃん」
「……あ! 思い出したわ私!」
思い当たる所があったらしいヴァネッサが手をぱん、と合わせると、自称パメラを含む一同は一斉にヴァネッサに注目した。
「そうよ! 私は――」
「名前はパメラ! 女性局員が一人だけだった時には『公安のマドンナ』と呼ばれていたけど、公安局員の人気が赴任してきた私に移ったのを逆恨みして、なった事もない『公安のアイドル』に返り咲こうとしてあれこれどーしようもない嫌がらせを繰り返していた人でしょ多分!」
「――へ?」
あまりの言われように唖然とするおばさんだがそれには構わず、かしまし娘コンビは盛り上がって饒舌さを披露する。
「ああ! 『直轄地から不法投棄された燃えないゴミ』『呼吸するだけで空気の浪費』って昔親しまれてたあのパメラさん?」
「うんうん。パメラさんっていえば、年甲斐もなく変な張りぼてのヴァネッサさん頭を被って街の人に嫌がらせをしていた人だよね?」
「……って、変装看破能力がゼロに等しいトリーシャさんに言われてはおしまいなのではないでしょうか?」
「悪かったね……ってセリーヌさん!?」
トリーシャが驚いて自分の横を見ると、自分の顔より微妙に低めの高さに、見慣れた和やかな顔が微笑んでいた。
「はい〜。遅くなってすみません〜」
誰も気付かないうちにセリーヌが、トリーシャのすぐ隣に立っていた。普段ののんびりおっとりした様子から想像できないが、どんな場所でも違和感なく出没するのはセリーヌの特技だったりする。服は少しほこりまみれになってはいるが、それ以外に外傷は見られない。
無事に、しかし唐突に出現したセリーヌに真っ先に反応を返したのは、恋のライバルにして世話を焼いてくれる同居人との再会に喜ぶローラだった。
「わーい♪ 無事だったんだセリーヌさ〜ん!」
「ええ。ローラさんも無事なようで何よりです」
ベータに対する甘え方とは違い、ローラが軽く腰にすがり付くと、それに応えてセリーヌもローラの背中を優しく撫でた。本当はもっと強く抱き締めたかったローラだが、以前それをやって力の加減ができないセリーヌに絞め落とされた事があったため、渋々我慢する事にしていた。
(胸で劣等感に浸るのも嫌だと思うしね)
――と想像する向きもトリーシャにはあるが。
もちろん捕獲すら部下任せだった誘拐の主犯は、自由を取り戻した人質に怯えて、露骨に引きつらせた金切り声で叫ぶ。
「ななななっ! 手錠はどうしたのよあなた!」
「邪魔でしたのでとりあえずちぎりました。あと武器はベータさんに渡して頂いたんですけど、どういうわけかベータさんにもローラさん達にもはぐれてしまいまして、迷惑を掛けたみたいで申し訳ありません」
そう答えてにっこりするセリーヌの両手首には、手錠の残骸が腕輪のようにぶら下がっていた。ついでに手に持つ両手用の大きな剣には何だか嫌な感じの赤黒い汚れもこびり付いているが、それと野良公安とは関連付けない方が精神的に幸せであろう。
「うっわー……セリーヌさんって相変わらず怪力ですね」
「あたしもセリーヌくらい力があれば、リオく――酒樽をメロディに運んでもらわなくてもいいんだけどねぇ」
素直に感動するディアーナと、微妙な危険発言を洩らす由羅。
「セリーヌ様、卑劣な男どもに本当に何もされませんでしたの!? ベータ様に申し上げられないなら私に申し上げ、ではなくおっしゃって下さい!」
「大丈夫ですよ。『本当はあんなワカメばばあに付くつもりはなかったんだけど』とか『仲間を裏切るからお付き合いして下さい』とか『他の連中は死刑にしていいから私だけは見逃して』とか、みんな親切な人達ばかりでした」
「……それって親切とは言えないわよ普通は」
「……何と言うか、よくこれで公安局が潰れてから隠れ家を確保してやって行けたな」
心配と感動のあまり嗚咽が止まらないクレアに、つい冷静に突っ込んでしまうヴァネッサとベータ。
つまりこの時点で、パメラを押さえているのはイヴだけであって。
「――つっ!」
「イ、イヴちゃんっ!?」
いきなり鈍痛を鳩尾に受けたイヴが呻きながらよろめいて、驚くローラの翠の瞳には硝煙がたなびく拳銃を手に持って駆け出すパメラが映る。紫の衣服を朱色に染める姿を直視した、少女の十分の数秒の躊躇を利用して、パメラは他の野良公安には秘密にしていた自分専用の隠し通路を開いた。
「ふん。他の連中がいなくても私さえいれば公安局は不滅――」
「とか言いながら逃げないで下さい。――ディヴァイン・エンブレイス」
「くぱっ!?」
胸を圧迫されたパメラは悲鳴を上げ――ようとしたが、空気が変な具合に洩れて喘ぐ。
「あ……あがっ……!」
「教会に伝わる格闘の技の一つです。……ああ動かないで下さいね〜、肋骨が内臓に刺さると大変な事になりますので」
いつも通りの温和な糸目のまま、パメラの胸に圧迫を加えるセリーヌ。若い女性らしい体の弾力にパメラは嫉妬を覚えながら、まともな呼吸もできずに肺から空気を搾り取られ、顔色はどんどん蒼白くなる。手先が痙攣するのと共に拳銃は床に落ちて、それと同時に暴発して破片がパメラの脛に突き刺さった。
「あぐぅ! 血が、血が〜〜っ!」
「ごめんイヴちゃん! ホーリー・ヒール!」
そこまでの様子に呆然としていたローラは中年女の絶叫で我に返り、既にティンクル・キュアで傷を塞いでいたイヴに神聖魔法を掛けて完全に回復させる。動転が収まったヴァネッサも、自分の拳銃――魔力充填式・再装填不要――を引き抜いて警戒態勢を取った。
「漫才している場合じゃなかったわ! みんな周囲にも注意して!」
という注意の叫びを受けるまでもなく自然に対処していた一同は、ヴァネッサに各人各様の答を返した。
「大丈夫よん。新しい臭いは感知していないわん」
「隠し通路から侵入者排除用のゴーレムが来ていましたけど……狭くなった部分で立ち往生しちゃいましたね」
「ボクが見たあの形式の仕様書だとひたすら融通利かないタイプみたいだから、半永久的に来れないんじゃないかなぁ?」
「転がっている野良公安の連中も、みんなしっかり気絶しているぞ」
「ご無事で何よりでしたわイヴ様。もしもの事がイヴ様にあったら、ローテーションが一日ずつ短縮……いや、私や皆様がどれだけ悲しまれることか……」
「もうワカメおばさんの事はお気になさらずに。私、恥ずかしながら腕力には自信がありますので〜」
「ありがとう皆さん……クレアさんの発言は別として」
服を赤黒く染めたイヴは腹部から覗く素肌を隠すように袖を合わせるが、それでも垣間見える裸を、特にかしましコンビは意識してしまう。しかしさすがにトリーシャもローラも、こんな場面で不満を露呈するような事は、女の子(というか、イヴの場合は女の人)をみんな大切に思っているベータの事を考えると思い留まった。
しかしここには、そんな人がましい奥ゆかしさを全て喪失した、自己顕示欲の塊が約一名。
「名前くらい覚えなさいよ! 私はパメラ、誇り高き公安維持局住民課課長にして未来の……」
興奮して口走ったパメラのすぐ横の石壁に、魔法拳銃の光弾の連射が深々と無数の穴を抉った。
「お黙り」
「…………」
連射音が洞窟にこだまする音を聞きながら、全身の汗腺が開く感覚と共に元住民課課長は沈黙する。
そこで満足した一同の中で唯一、ディアーナは医師見習い(薬剤師の方の免許は最近取れたが)として不承不承だがパメラに応急手当をするが……。
「なあディアーナ」
「へ? 何ですか?」
「キミって相変わらず医療魔法は邪道だって主張して、神聖魔法が苦手なのをごまかしているんじゃないだろうな? ドクターに名前が似ている人だって、『道具は道具だ』って言ってただろ?」
「言葉がきついですよベータさん……。ヤスミンさんに助言を頂いて体質改善用の精霊魔法を先生に教わっていますから、傷の手当てに魔法を使うよりはこちらの方が効率が良いのは変わらないんですけどね」
意外と手際良く、ディアーナは毛抜きで金属片を傷から取り去り、消毒液を吹き付けて、一回限りの回復促進呪文を掛けた包帯をぐいぐいと巻き付けた。どうやらディアーナの手際は、治療対象に対する好意と反比例どころか逆比例しているらしい。普段のベータ達に対する、治療しているのかしていないのかよく分からない状況とは正反対である。もちろんパメラの体の方は、セリーヌに抱き締められて束縛は緩んでいなかった。
「ヴァネッサ〜〜! 馬鹿みたいに見てないでさっさと助けなさい!」
「助ける事はできないわね。政府公安委員会の役員としては」
ヴァネッサは豊かな胸の間に挟まった銀のロケットを取り出し、蓋を開いてから――更に中蓋を開くと、そこには複雑な紋章を刻み込んであった。それを見たパメラは見る間に顔が蒼を通り越して不健康そうに白くなり、膝はがくがくと震え始める。
「そ、それはっ……公安委員会役員の身分証明証……!!」
「ヴァネッサさん、まさか政府の偉い人だったの!?」
百パーセント憧れの視線と共に、興奮したトリーシャはヴァネッサに詰め寄った。どちらかというと、政府の偉い人より有名な役者を見るような目付きに近かったが、あえてヴァネッサは気にしない事にして軽く咳払いする。
「ええそうよ。アルファくんがローラちゃん……ニューフィールド家の王位継承権所持者を目覚めさせてから、彼女の監視を目的に送り込まれたの。直感的に感付かれちゃって、しばらくは敬遠されてたけどね」
「そっかぁ。だから用もないのにストーカーみたいにあたしの後をつけていたり、公安局を休職して一年以上も仕事してないのに余裕のある生活をできたりしたわけね?」
「…………それは言わないで。役員に昇格したのもデスクワークのおかげだったし」
情報員の適性のなさを露骨に指摘されていじけ出すヴァネッサだが、それをよそに、生き生きとした由羅は太さも様々なロープや金属ワイヤーを品定めしている。
「というわけで、あなた達を自警団事務所にしょっ引こうかしらん? もちろん罪状は病院のカルテの窃盗容疑と教会の保母セリーヌ・ホワイトスノウの誘拐現行犯、それと自警団に引き渡すべきだった降魔荷電粒子砲試作二号機の不法所持に、今追加された公務執行妨害とイヴに対する傷害罪よ。できる事なら外患誘致を適用して処刑しちゃった方が、酸素の無駄をなくしてこの星のためになると思うんだけどね〜」
「触るんじゃないわよ! 汚らしい獣紛い、しかも色狂いの雌の分際で!」
肩を掴まれて顔を歪めるパメラの態度に……由羅は肉食獣が餌食を弄ぶような微笑を浮かべた。
「自白剤って投与し過ぎると廃人になるんだけど、いっぱいいるから二〜三人くらいは構わないわよディアーナちゃん」
「はーい♪」
「ところでイヴ、このワカメおばさんを色狂いの雌にできちゃう魔法薬なんてないかしら?」
「一応存在はするけど自警団には手持ちがないと思うし、そもそも勿体なくてこんな愚かな人には使いたくないわ」
「むごーっ、むごーっ!」
頭をうなだれながらも手際よくロープとくつわを扱うイヴに縛られてパメラは呻き続けるが、無視されて他の野良公安とお揃いの芋虫状態となった。作業が完了するとイヴはセリーヌを連れて、ヴァネッサ達が突入してきた裏口へと足を進める。
「セリーヌさんを連れて先に戻っているわね。念のためにドクターを呼んでから、第二部隊に出動を頼むわ」
「えぇ〜っ? どーして第三部隊だけじゃダメなんだよ?」
うんざりした表情で、ごろごろ蠢いたり蠢かなかったりする芋虫状態の怪我人の山に目をやりながら、トリーシャは怒りを堪えるように両の拳を握り締めた。自分達が突入した入口の方には、まだ大勢の野良公安が転がっているのだから。
「こんな大勢の容疑者を連行するのは、非常勤の団員ばかりのあたし達には無理でしょ? それに評議会が設立した組織の関係者が集団で犯罪を働いたなんて大っぴらになったら、評議会どころか政府まで巻き込んだ深刻な問題になっちゃうわよ」
「……そーだねローラ」
仕方なく納得する少女だが、ベータは整った容姿を微妙に変化させ、意地悪そうに悪代官笑いを浮かべる。
「この件で評議会に圧力を掛ければ自警団が点を稼げるし、何とかという評議員を社会的に抹殺する事だって夢じゃないしな」
「…………ベータさん、近頃何か黒くない?」
こーいう自警団を学園卒業後の進路に選んでよいものか、悩まずにはいられないトリーシャであった。
>>>6.聖なる抱擁
そして翌日、自警団事務所の第三部隊の控え室にヴァネッサとセリーヌとトリーシャとローラが集まっていた。他の四人は用事があって来られないが、どうせ夜にはさくら亭で散々話をねだられる事だろう。アルファや妻七人にまで突っ込まれると面倒そうなので本当はラ・ルナにでもしたいのだが、トリーシャやローラやヘキサを連れて行くと間違いなく破産するので、自己判断で却下した。
「それで結局、あのおばさんはクラウド医院に入院してるんだね。しかも担当はディアーナさんとヤスミンさんで」
既にパメラの名前を忘れ去ったトリーシャだったが、ヴァネッサは気にせずに、手元の書類を整理しながら話を続ける。
「……ええ。誘拐その他の現行犯で懲役刑になるし、窃盗と不法侵入も裁判で追加する事になるけど」
ちなみに自白剤は使用していない。ディアーナが自白剤を入れた……つもりだったが空気が入ったままの注射器を見せているだけで、パメラは洗いざらい全てを吐いた。昔犯した任務放棄(ラーキン元局長にお仕置きされた)やリオ誘拐(護身獣のビーティに一撃で倒された)やワインテイスティング大会での規則違反(さくら亭に入店拒否を食らった)までばらしてくれたが、尋問役のルーとイヴには「下らん」「無駄な時間を取らせないで」と罵倒されている。
「……とりあえず俺としては、アルに対するアルファの気持ちがよぉぉぉぉっく分かった気分がする」
「あの当時のアルベルトさんも、ほとんどストーカー寸前というかそのものだったものね。でもアルベルトさんはワカメおばさんとは違って、頭を使わない仕事でリカルドおじさまが綱を持っていれば、ちゃんとお仕事もできたわよ」
「その分ヤンさん達が苦労したんだけど。あの一年からしばらくは、風が吹く度にヴォーテックスの遠隔射撃と勘違いして怯えっぱなしだったんだよ?」
無茶苦茶な事を平然と語る地元衆三人を前に、胃壁に痛みを感じるヴァネッサ。公安の同僚、自警団の同僚、ジョートショップ関係者、その他大勢の住民やモンスター達、挙句の果てには魔法の暴発で出会った未来のシープクレストとかいう街の保安局員や、平行世界の学校にいる自分達そっくりの教師や生徒――と、常に絶える事のない胃痛の原因に、全てを放擲したい気分に囚われて、上半身を事務机の書類の上にだらしなく投げ出して、とうとう呻き声を上げだした。
「……ったくもう。どーいう街なのよここは?」
「これでも普通の方ですよ〜。神父様とドクターとアリサさんと旦那様とルークさん、それにパティさんやシーラさんのご両親が引き起こしたあの事件だと……」
「いや、話が長引きそうだからその話は後にして……」
この時を最後に、公安維持局住民課の存在は第三部隊の一同の脳裏から完璧に一掃された。というか、きちんと記憶されていた事は事実上一度もなかったのだが、顔を合わせたのが一年余りの間に合計三回では仕方がない。
合掌。
朝のミーティングを終えて仕事に入る第三部隊……だが、先日の騒ぎがまだ収まっていない今日は、外勤を他の部隊に頼み込む代わりに、内勤の事務や雑用やその他諸々を行っていた。ジョートショップの手伝いを第二部隊に頼んだ際に、モンスター討伐の任務があるにもかかわらず「オレに行かせてくれ〜!」と叫ぶアルベルトが第一部隊での評価を落としたりもしたが、この話には関係ないので省いておこう。
「は〜い。お茶が入りましたよヴァネッサ女史♪」
「お手を煩わせて返す返すもかたじけのう存じますわ、ニューフィールド侯ローラ殿下」
遊び半分に、恭しい儀礼を交し合う王家の血脈の娘と若き政府の役員。ローラの料理はほとんど毒物であるにも関わらず、お茶の方は絶妙という、いまいち訳の分からない長所ゆえに、第三部隊ではお茶汲みはほとんどローラの固定職となっていた。悠然と椅子にもたれているトリーシャはそのせいで、自分とディアーナしかいない時くらいしかお茶を淹れた経験は存在していない。……自分だけならお茶を飲みに第一部隊の詰め所へ行くからである。
「んーっと、今日の葉っぱは『灰色伯爵』?」
「うん♪ 緑茶が欲しかったら『グラッドフィールド』もあるからね」
控え室のお茶は味にうるさいローラが管理しているため、ベータの部屋とは比べる気もしないほど極上の味だった。それを目当てに第一部隊や第二部隊どころか、別に詰め所があるはずの第五部隊まで休憩と称して立ち寄るほどだったが、自警団でほぼ唯一女性隊員がいる場所でもあるので、その辺については差し引く必要があるだろう。
「で、本当にあの『ディヴァイン・エンブレイス』は、暴れると肋骨が内臓に刺さるような代物だったのか?」
粉末茶の程好い苦味を持つ緑の液体を飲み干しながら、ベータはセリーヌに質問する。
「ああ、あれはハッタリです。本来はあのポーズのまま、愛情ウェーブを全身から放って敵意を奪うためのものですから」
「…………」
どー聞いても嘘にしか聞こえないが、相手がセリーヌなので激しく判断に迷うベータだった。
しかし悩むベータには構わず、不意にセリーヌはベータの手をぎゅっと握り――、
「あだだだだだだだ!!」
「す、すいません〜! 力の加減を間違えて〜!」
……力を緩め、手をきゅっと握り直す。
「ベータさん……。私を変質者の魔の手から救って下さって、感謝の言葉もとても思い付けません」
「いや、あれは変質者以前の根源的阿呆だし……むしろ進んで抹殺するのが大宇宙的真理というか……」
「という訳で、言葉ではなく行動で示したいんです」
ここで普段のベータなら、ツッコミ役として「『という訳』って何がだ?」とか返す所だが、既に動転している今のベータにはそんな行動は望むべくもなく、動悸を重ねようとにじり寄るセリーヌの前に、為す術もなく硬直して立ち尽くしていた。例えるならば虎の前の兎……いやかなり違うが。
互いの顔の距離が二十センチメートル。
十五センチメートル。
十センチメートル。
五センチメートル……。
「ちょ、ちょっとセリーヌ……」
「誰にでもない……ベータさんだけへのディヴァイン・エンブレイスを……」
セリーヌが静かに目を閉じて、胸はベータの胸にぽよんと触れるか触れないかの距離に接近し――。
「待った待った待ったぁぁぁぁぁっ!!」
「あたしのお兄ちゃんに、いきなり何してるのよセリーヌさんっっ!!」
いきなり割って入ったトリーシャとローラが、甲高い声を揃えて叫んだ。ヴァネッサもやや遅れ、赤く染まった頬を引きつらせる。
「ちょっとセリーヌさん! それって抜け駆けじゃないかしら!? 私達はアルファくんと妻七人をモデルにして、一週間単位でローテーションを組んでいるはずよ!?」
「……クレア抜きで決めた約束だったから、後で流血沙汰紛いの騒ぎになったんだがな」
呟きながら最後の力を振り絞って逃げようとするベータだったが、普段の姿からは想像できないセリーヌの素早い動きに捕獲される。そしてセリーヌは所有権を主張するように両腕をベータの腰に回して、恥じらいをかなぐり捨てて完全に開き直り状態になった。
「トリーシャさんやローラさんがいつもやっている事で、あれこれ言われる筋合いはありません。というかむしろトリーシャさんは、既に――」
「わーっわーっわーっ!!」
リカルドに知られると殺されかねないあんな事やそんな事を思い出し、ベータと同時に両手をぶんぶん振って黙らせるトリーシャ。もちろんローラはそんな言葉を聞き逃すはずもなく、セリーヌにだけ向けていた嫉妬の視線を、じわ、とトリーシャやヴァネッサにまで拡大させていく。
「そもそもねぇ、トリーシャちゃんもずーずーしいわよぉ」
「何がさ?」
こんな場面では神経を逆撫でしそうな抑揚の、一世紀前の貴族風アクセントを耳にさせられ、トリーシャはこめかみをぴくぴくと震わせる。そこにローラは平然と火をつけ、というよりむしろ、油を流し込んでから盛大にミサイル花火を撃ち込んだ。
「お兄ちゃんにはあたしの夫として、王家復興をあれこれ助けてもらいたいのに♪」
「勝手に予定するなー! ベータさんはボクと愛欲に爛れた生活を送って、子供は最低でも四人は作る予定なんだからー!」
「おっ、王家の血を引くあたしに立場を譲らないわけ!?」
「ボクは北方出身だから、南方にあるこの国の事なんかどうだっていいの!」
「生後一年でエンフィールドに移住したのに、都合のいい時だけ外国出身になってどーいうつもりよ!」
「こういうつもりっ! トリーシャ・ファイナルバスターテンペスト・ディスインテグレイトデストロイ――」
「そっちがそーいうつもりなら、こちらもシーラちゃん直伝のピアノ線と楽譜で――」
ベータの事などお構いなしに、かしましコンビは控え室で乱闘を開始する。チョップが床を砕き、ピアノ線が天井のランプを切り裂く激闘に自警団事務所は大きく揺らぎ、他の部隊の控え室や下のカウンターと講堂、外の練兵場や厩舎からも、団員達の騒ぎ声が次第に大きくなっていく。
「ひ、控え室が……。また隊長会議で第二のバイロン隊長や第四のオーウェル隊長にいびられる……」
「この部隊って、第二部隊はともかく、有能危険人物から一番被害を受けている第四部隊からの受けは最悪だものね」
「ええ。前に子供のお遊び呼ばわりされた時に、お返しにトリーシャさんがオーウェル隊長さん同性愛者説を流したくらいで、どうしてあそこまで根に持つんでしょう?」
「それで全然根に持たないとすれば、それは神様とアリサさんくらいよ。……ってセリーヌさん、いい加減ベータくんから手を離しなさいよ!」
そう言うヴァネッサはセリーヌに対抗するように、前からベータに密着した。普段なら同じくらいの背丈なのだが、力が抜けていたベータは顔がヴァネッサの胸元に来てしまい、もはや抵抗できるような状態ではなくなってしまう。
「お断りします。ヴァネッサさんの順番は明日ですから」
「それを言うなら今日はイヴさんの番でしょう! それに抜け駆け禁止というのは、ちょっとくらい手を握ったり一緒にお昼ご飯を食べに行くのは禁止していないはずよ!」
「ご飯を食べに行くのはいいですけど、さくら亭での休憩だけは許しませんよ〜」
「あそこが宿屋も兼ねているからって、その言い方はパティさんに失礼じゃない!?」
「……………………〜っ」
どさり。
四人の女性の喧嘩の渦中で、二人の女性に挟まれながら、全身を真っ赤にしたベータは頭がのぼせて、目眩と共に気を失った。
もちろん介抱する時にまた大騒ぎを起こすのだが、それはまたもや別の話。
〈後書き〉
非常に久し振りの、短編というより中編のお話です。
松さんから頂いた「悠久幻想曲・フィクションデータバージョンSS」の続きのつもりだったのですが、長いこと書きかけで放置した後で執筆を再開したら、やけに長い作品になってしまったような気がします。
フィクションデータ以外にも様々な場所からネタを取っていますので、思い当たる部分でお笑い頂ければと。
2004/1/27、大橋賢一(「悠久書店」店主)
なお、松さんからのご感想と筆者のレスは下の通り。改行は全部詰めていますが、その他はほぼ原文通りです。
(松さん)
フィクションデータ2nd版、大笑いさせていただきました。
しっかり両性具有の上に無自覚に女殺しな台詞を口走るベータとか
不法侵入しまくりな上に煩悩大暴走しているトリーシャとか
実戦よりデスクワークで昇進した(それも結構すごい事なのですが)ヴァネッサとか
いちいち上げていったらきりがないほどにネタが転がってますね(笑)
公安の低能ぶりは・・・まぁ、あんなもんでしょう。
ごく一部例外であるラーキン氏のような「有能常識人物」は自警団でも受け入れられている
でしょうしねぇ。
#有能危険人物は第三部隊送りでしょうし(笑)
#私のSSでも、鼻先であしらわれる程度の存在でした
ここまで容赦ない連中が揃っているのなら、エンフィールドでの犯罪行為はきっと減るでしょうね(笑)
#誰だって、命は惜しい(爆)
それでは、とりとめないですが、こんなところで。
(筆者)
どうも有難うございます。これで本家推奨……とゆーかフィクションデータの大元はココですが(爆)。
ベータ君が壊れていない分トリ子さんが煩悩担当でしたが(笑)、あれはどー見ても妻七人に
染められたのではないかと。
……あとクレアさん、自分で見直すと結構やばげな発言多いかもしれません。
(「野良公安を猫ちゃんの餌に」とか、「イヴがいなければローテーションが短縮」とか)
「パメラって誰だ?」ネタ、実はオフィシャルでもあったりしますが、多くのプレイヤーの感想を
そのまま反映しているのではないかと思われます。
初プレイではほんっとーに1回しか出会わなかったので、鼻先であしらうどころか、そもそも
あしらってすらいませんし(汗)。
こーいうとんでもない第三部隊でも、エンフィールドでは犯罪者もつわもの揃いのような印象が
ありますので、仕事はそうそう減らないかもしれません(一般人にとっては迷惑ですが)。
なにしろ、食堂の酔っ払い対策に戦闘術10レベルが要求される(笑)ような場所ですから。