エンフィールドという街は、どういう訳が常に騒動に満ちている。

 当事者達にとっては深刻な物、だがそのほとんどは端から見れば喜劇に過ぎない。

 今夜もそんな喜劇がまた一つ。騒がしいことこの上ない。








エンフィールドの夜の中で

第三部隊隊長シングの日誌

作:たのじ

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<後編>


 「お、落ち着けアルベルト。な、いくらなんでも本気でそんなもん喰らったら死ぬからそれを引っ込めようぜ頼むから引っ込めてくれぇぇぇ!」

「ふふふふふ……安心しろ、シング。せめてもの情けにクレアをたぶらかした罰を与えたらきっちりとどめを刺してやるから……」

“やばい……眼が本気だ……”

「ふっふっふっふっふ……」

 あれから更に街中を逃げ回ったのだが、ついにシングはエレイン橋の上に追いつめられていた。身軽なシングと違ってプロテクターに身を包んでいるにもかかわらず、アルベルトの快足はシングを逃がさなかった。

 もはやシングに出来ることは何もなかった。ふと脳裏に浮かんだ故ノイマン隊長の顔が何か言っているような気がしたが、目の前のアルベルトに対して、今まで何度も自分を励ましてくれたノイマン隊長の思い出は無力だった。

“隊長……部隊を受け継いでおきながらこんなところで倒れる自分を許してください……”
「さあ……」

“クレア、やっぱり俺じゃアルベルトの相手は無理だったよ……”

 閉じたはずの眼に映ったクレアの姿にシングは語りかけた。そのクレアの表情は……。

「く・ら・えぇぇぇぇい!」



 ハルバードの一撃はいつまで待ってもやってこなかった。それとも痛みを感じる間もなく死者のみが通ることを許される門をくぐり抜けたのだろうか。それにしては何も変わったような気はしないし、ガラスの瓶が砕けるような鈍い音と、アルベルトの呻き声が聞こえて……呻き声?

 おそるおそる目を開けたシングが見たものは、後頭部を押さえてしゃがみ込んでいるアルベルト(どういう訳か頭が水を被ったようになっているし、後頭部から血を流しているようにも見える)と、怒気も露わに右手に持った砕けた瓶を振りきった姿勢で仁王立ちしているクレアの姿であった。

「クレア……?……助かったぁ……」

「兄さま……シング様に何をなさっていたのですか?」

「うぐぐぐぐ……」

 怒りに震える声でクレアが問いかける。だがさすがに頑丈なアルベルトも、無防備な後頭部に一撃を喰らってはまともに受け答えをすることは出来なかった。そんなアルベルトに一瞥をくれると、クレアは手に持っていた酒瓶の残骸を投げ捨て、極度の緊張状態から解放された反動で脱力しかけているシングの元へ向かった。

「お怪我はありませんか、シング様?」

 とてとてと形容したくなる軽やかな足音をたててやって来たクレアは、心配そうにシングの顔を覗き込んだ。ちなみに、自分がK.Oした兄には目もくれていない。

「ありがとう、クレア。おかげで何とか生きてるみたいだ……」

「いえ、シング様がご無事で何よりですわ」

「……でも何で、こんな所にいたんだい?もう女の子が出歩いて良い時間じゃないだろう?」

「ええ、それがお料理用のお酒をきらしてしまいまして。まださくら亭も開いている時間ですから、お買い物に出てきたのですわ」

「え?でもここからじゃさくら亭とは方向が違うんじゃないか?」

「はい。ですが帰る途中でこちらからシング様に呼ばれているような気がしまして」

「……よくわかったね……」

 女の子のカンという物の恐ろしさに、若干の寒気を覚えたシングだった。

「ええ、シング様のことですもの」

「へ?」

「だって、私はいつもシング様のことを想っておりますから……」

 いつかと同じように、頬を赤らめながらも反撃を許さない迫力で迫るクレアに、漠然と空恐ろしい物を感じるシング。そんなシングの内心を感じ取ったのか、クレアは一転して目を潤ませた。

「あの……私、ご迷惑でしたか……?」

「あ、いや!そんなことはないよ!こっちこそいつも色々と世話になっちゃって、申し訳ないなー、って思ってた位なんだから!」

「まあ……そんな……」

「シング様のためでしたら……私……」

“くう……アルベルトの妹なのに……こんなにかわいいなんて反則だ……”

 自分から泥沼に墓穴を掘って飛び込んだように感じながらも、他に何も言えなくなってしまうシングだった。しかし、座り込んで見つめ合いながら、考え込んで何も言えなくなてしまった二人の後ろで、動き出した影があった。

「俺は認めんぞぉぉぉぉぉっ!」

「きゃっ!」

「アルベルトぉっ!?」

 まだ後頭部からどくどくと血を流しながらも、アルベルトは腕で上半身を支えつつ絶叫した。まだ眼の焦点があっていないのか目つきがおかしいが、気迫は充分すぎるほど復活していた。

「クレア!お前が何を勘違いしたんだか知らんが、俺はこいつとの交際なんぞ認めんぞぉぉぉぉぉっ!」

「兄さま」

「だいたいこんな情けないヤツにお前を任せられるか!確かに第三部隊を守り抜いたのは大したもんだったが……」

「黙ってください!兄さまにどうこう言う権利はありません!」

「私が心配をしてお世話をしようとすれば邪魔者扱いして干渉するなとおっしゃった兄さまに私の事に干渉する権利なんてありません!}

「な……」

 クレアの剣幕とはっきりをした拒絶の言葉に、アルベルトは口を開いたまま何も言えなくなった。そのアルベルトにクレアは追い打ちをかける。

「兄さま、兄さまがなんと言おうとも私はもうシング様と添い遂げようと決めたのです」

「そっ!?」

「おい、クレア!?」

 自分の言葉に頬を赤らめ、世界に入ってしまったクレアに不安を感じてシングは声を掛けた。だがクレアは何も聞こえていないらしく、そのまま言葉を続ける。

「近いうちにシング様と兄さまは義理の兄弟になるのですから、もっと仲良くしてください。喧嘩されては仲裁する私が大変ですわ」

「……添い遂げる……兄弟……」

「あー、アルベルト?大丈夫か?」

 クレアのセリフに受けたショックが大きかったのか、虚空を見つめて何やらぶつぶつと呟くアルベルト。シングが近づいても反応せずに虚ろな眼をしている。ちらりと振り返れば、クレアの方も耳まで赤くなってまだ自分の世界に入っている。

 どちらも気になったが、とりあえずシングはアルベルトの方から声を掛けた。

「なあおいアルベルト、お前は反対みたいだけど……」

「………………」

「クレアもああいってるんだし俺だって真面目に……」

「貴様クレアに何をしたぁぁぁぁぁっ!?」

「なあ!?」

 飛びかかるように立ち上がるアルベルト。突然のことにシングは反応すら出来ずに組み付かれてしまう。

「あのクレアがあんな事言うものか!貴様が何かしたんだな!?そうだろう!」

「おい!なんか激しく勘違いしてないか!?」

「そうに決まってる!貴様知り合いであるのを良いことにクレアに何をしたぁぁぁぁぁ!」

「落ち着け!俺はまだなんにもやってない!」

「それじゃこれから何をする気だぁぁぁぁぁ!」

「ああああああああ、落ち着けアルベルト!」

 力で勝るアルベルトに組み付かれ、シングは振りほどくことも出来ずに振り回されるままになる。

「いい加減にしてください兄さま!」

「ぐおっ!?」

 いい加減頭がもうろうとし始めた頃に、今度は先程とはまた違った鈍い音が響き、シングは自由になった。そして、再び崩れ落ちるアルベルトの向こうで足を高く上げて振り切ったままのクレアのあられもない姿がまだ焦点のぼやけた目に焼き付いた。

「私だってもう大人です!相手の殿方が善い人悪い人かぐらい見分けられるんです!」

「クレア、スカート……」

あら私ったら……とにかく、以後こんな騒ぎはやめてください!」

 指摘されて気がついたのか、そそくさとスカートを押さえながらクレアは続けた。

「さ、シング様。支度は出来ていますから、帰ってお食事にしましょう」

「えーと、アルベルトはほっといて良いのか……?」

「兄さまなら大丈夫でしょう。それより早く帰りませんと、せっかくのお食事が冷えてしまいますわ」

 少しアルベルトに哀れさを感じながらも、微笑みながら手を引くクレアに、何も言えずに従うシングであった。

「今日はシング様のお好きなシチューを作ってみたんです。お口に合えばよろしいんですけど……」

「ああ、それにしても、クレアも結構……強いんだね。アルベルトを一撃だなんて」

「そんな……学校でたしなみ程度に習った護身術ですわ。そんな大したものでは……」

「たしなみであれか……どういう学校だ……?」



「シング様、明日は、お休みですよね?」

「ああ、明日は非番だけど……?」

「ええ……ですから……」

「?何か用事があるのかい?」

「二人で……おでかけしませんか?」



 仲良く寄り添って去っていくシングとクレア。そして二人の姿が見えなくなった後も、エレイン橋の上には血で髪を半ば染めたアルベルトが横たわっていた……。



おわり







 書いた人のたのじです。笑える物を、と思って書いてもまだまだ全然だめでした。目的地はまだ遙か遠く、精進あるのみ。

 パーティーはアル、ルー、ヴァネッサのその後のはず……だったんですが欠片も出ませんでした、ヴァネッサちゃんごめんなさい。構成力がないせいです。

 何やら後書きが愚痴のコーナーになってしまいましたが、もしこのSSを読んで言いたいことがあるという方、是非聞かせてください。

 御意見、ご感想、苦情、文句等々、思ったことがありましたら何でも結構です。下記のアドレスまでメールしてください。お待ちしています。


1998年4月14日 たのじ

E−mailアドレス:a9521341@mn.waseda.ac.jp


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