エタメロ・時代劇アワー(後編)


制作・脚本:大橋賢一

<登場人物>

ティナ、若葉、レミット:マリエーナのお姫様。
主人公:食堂可憐亭の主人。実は仕事人のリーダー。
カレン:可憐亭の女将。刀と投げ矢使いの仕事人。
アルザ:可憐亭のタダ飯食らい。格闘家。
リラ:可憐亭の看板娘。参謀兼密偵の仕事人。
カイル:世界征服を企む悪代官。
メイヤー:御用商人トロメア屋の主人。
楊雲、チャンプ、オーガー:トロメア屋の用心棒。
ガーベル:牢屋番。
ウェンディ:魚屋の娘。
長老、キャラット、セロ:八百屋の隠居と孫娘二人。
フォイン:町医者の老婆。
ロクサーヌ:謎の琵琶法師。


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 今は夜。マリエーナの城下町の賑わいも既に静まり返る頃。
 トロメア屋の裏門の側の薄暗い通りに、火蜥蜴、もとい、人影が一つ。
 可憐亭の主人――実は仕事人のリーダーだ。
「準備はいいか?」
「おっけー。別動隊、準備完了」
 仕事人の一員、リラが物陰から現れる。後の二人、アルザとカレンも一緒だ。
「『ばっちぐー』やで。斡旋人を闇討ちして割符手に入れたさかい――」
「これで油断させて中に入ればいいのよ。バレたらさっきみたいに峰打ちすればいいし」
「…………」
 物騒極まる言葉を口にするカレンに、リラが眉をひそめた。
「……血反吐を吐いてのたうち回る峰打ちがどこの世界にあるってのよ?」
「……力任せに刀の峰でぶん殴っただけやからな。ありゃ痛いやろ」
「と、ところでリラちゃん、裏門の警備が手薄ってのは確かなの?」
「大丈夫。あたしも昔、五、六回盗みに入った事があるんだけどさ、裏門の警備は結構手薄で――」
 と、そこで最後の角を曲がり、裏門に通じる道に出る。
 裏門の辺りにはオーガーがざっと二十人以上、長槍や金棒を持って徘徊していた。
「あれー?」
「……昔、五、六回盗みに入った誰かさんのせいじゃないのか?」
 主人の果てしなく冷たい声が、リラに突き刺さる。
「やっぱり頼りにならんなあ」
 アルザがぼそりと口にした言葉も、ぐっさりと。
「ああ、分かったわよ分かりましたよ! ――だったら! あんたがあいつら全部っ!」
 と言って、リラは裏門の端から端までを指差して、最後に主人に指を突きつけ、
「倒してきなさいよっ!」
「無茶言うなああっ!」
「一人一秒として二十秒あれば全部倒せるやないか」
「無思慮と無鉄砲の権化みたいなお前が言っても説得力ないわっ!」
 主人が爆発する。一人冷静なカレンは、静かな眼差しをアルザの方に向けて、
「だったら、アルザちゃん行ってくれる」
「ああっ、冗談や冗談」
「もう……。リラちゃんは? 私も付き合ってあげるけど」
「あ、あーゆー筋肉質の男って苦手なのよねー、あたしって」
 リラが冷や汗を流す。昼間のチャンプとの遭遇が、相当神経にこたえたようだ。
「……そうね。ここは男のコが何とかしなくっちゃ」
 カレンが訳の分からない部品のごてごてと付いた長さ二メートル、直径五十センチほどの金属製の棒を主人に渡す。こんな代物を片手で平然と持ち運んできたというだけで、彼女の腕力の強さをうかがう事ができる。可憐亭で使う食材の買い出しで鍛えた腕は、決して伊達ではない。
「…………で、何しろと?」
「これ、キミが使ってくれる?」
 カレンに促されるままに棒らしき物を握ると、熱く感じるほどの炎の魔力が伝わってくる。
「魔法兵器……?」
「そ。抜け目のないおねーさんは戦利品を利用する事をお勧めするってわけ」
「お、えーアイデアやな。自分の手ぇ汚さんで敵を始末しよる腐れたアイデアやけど」
「…………」
 主人は即座に棒を構えて、無言でアルザに照準を合わせる。
「ああっ、再び冗談や冗談」
「……俺が仲間に尊敬されてないのは絶対気のせいじゃないぞ、絶対に」
 そう話しながら発射準備の作業に戻る主人を、リラが心配気に見る。
「ねえカレン、あいつ大丈夫かな」
「心配いらないわ。うちの主人、普段が尻に敷かれてても情けなくても、最低限やるコトだけはきちんとやってくれるもん」
「……聞こえるぞ」
 と言っても誰も耳に留めてくれないのは、いつもの事である。
「スタンバイOK。5・4・3・2・1……ファイア!」
 主人の声に応えるように棒の先端が白く輝き、光線が撃ち出される。
「ん?」
 不運なオーガーが最後に見たものは、視界を埋め尽くす純白の光だった。
 きゅぼおおおおっ!!
 白い光の中に黒い人影が浮かび――消える。
 超高温の炎はオーガー達を裏門もろとも一気に飲み込み、手近な倉庫の群れにぶつかると、中に貯蔵してあった爆発物に引火して、耳をつんざく轟音と共に、天にも届きそうな火柱を上げた。夜空を真っ赤に染めた大火炎は、風に散らされ炎の雨を降り注がせて、一つ、また一つと家屋を炎の中に飲み込んでいった。
「バーベキュー大会出来そうやなー」
 そういうマイペースな事をアルザが言っている間に、炎はトロメア屋のみならず、周りの建物にまで燃え広がっている。
 焼けただれた門だけが、黒ずんだ地面の上にぽつんと残っていた。
「さあ、今のうちに――」
「何て事すんのよっ!」
 べしっ! と、オーガーが消えた途端に復活したリラが主人の左頬へと平手打ち。その勢いのままに、主人は地面に右頬から叩き付けられた。
「あんたもカレンも状況ちゃんと見てなさいよね!」
「リラちゃん、そんな事より今の隙に入り込むわよ!」
 言うが早いが、というタイミングでカレンが駆け出す。リラもその後にすぐさま続き、アルザもとっととそれに続き、そこにはまだ地面に右頬を接触させたままの主人だけが残された。
「……おい、お前らー……」
 呻くような声で呟いても、聞くものはなし。
 ぱちぱちと生木のはぜる音だけが、耳に痛く残る。
「…………」
 主人は渋々起き上がった。
 そして既に門をくぐってしまった三人の背を追い掛け、門を同じようにくぐりながらこう思うのだ。
 もう、可憐亭の主人辞めよーかな、と。
 切実に、思うのだ。
 頭のどこかで、止めてくれなそーだな、とも思いながら。
 でもって。
「いやあ、なかなか」
 ずるずるときつねうどんをすすりながら、ロクサーヌが側の家の屋根の上から、下で起こっている大騒ぎを見下ろしていた。
「――おっと、七味唐辛子忘れてきちゃいましたね」


 燃え尽きた瓦礫の山を踏み締めながら、仕事人達はトロメア屋の内部に潜入した。
 敷地を広く取ってあったお陰で、トロメア屋の本邸の方には炎は燃え移っていない。
「不幸中の幸い、って奴ね」
(不幸にしたのは誰だよ)
 心の中で主人が呟く。口に出すにはカレンが怖い。
 そんな二人を見て、リラが黙って歩き出す。アルザも何か言いたそうな様子で、しかし何も言わずに歩き出した。
 しかし、とにかく広い。
 代替わりして店が傾くまで、マリエーナ最大の商店として名を馳せただけはある。
 てくてくてく……。
 ……てくてくてく。
「腹減ったー。なあ、もう帰ろ、帰ろ」
「わがまま言わないの、アルザちゃん」
「せやさかい、だだっ広いばかりでなーんもおもろい事あらへんやん。帰ろ帰ろ帰ろ帰ろ帰ろー」
「はい、あーんして」
 そう言ってカレンは、胸元からギーフィの空揚げを取り出してアルザの口に放り込んだ。アルザの口がもぞもぞ動き、空揚げを飲み込む。
「さっ、探そ探そ♪」
 アルザ復活。現金なもんである。
「……単純」
 延々と、愚痴を垂れ流し続けていたリラも、それを見てなのか思考を捕らわれのお姫様探しに切り替え、主人に向き直る。
「で……これじゃあ地下牢の入口が分からないじゃない。ちんたら探してたら夜が明けちゃうわよ」
「それでも地道に探すしか――」
 と言いかけたところで、主人の足元が揺らぐ。
「……うわあああっ!」
 がぽっと地面が崩れ、主人が穴に飲み込まれた。
 一瞬にも永遠にも感じられる落下の時間の後に、全身に伝わる衝撃。
「うぐえおうっ!」
 耳をつんざく叫び声が一瞬主人の耳をかすめ、直後、どさっという音と共に着地する。人間くらいの重さと固さの物が下敷きになり、意外とダメージは少なかった。
「…………ん?」
 主人が目を開いて、辺りを見回すと、そこいは土をくりぬいて作った小さな部屋だった。壁に松明の明かりが点り、扉が一つに鉄格子が一つ。
「何だこりゃ……」
「地下牢だよう」
「え?」
 か細い女の子の声が耳に入り、主人が疑問の声を上げる。
「お兄さん、ボク達を助けに来てくれたの?」
「あ、ええと……うん」
 なんとなく雰囲気から状況を察し、うなずく主人。
「ここにさらわれた人達が閉じ込められているって聞いたんだ。だから……」
「……だったら早く開けてくれませんか?」
 牢屋の隅に座り込んでいた水色の髪の少女が、疑り深そうな視線を主人に浴びせる。
「もしかして……あなた、親切そうな振りをして私達を別の所へ誘拐するんじゃ」
「何でそうなるんだああああ! ――リラ!」
「どーしたの?」
 ぽっかり開いた穴の上から、リラと、ついでにカレンとアルザが主人を見下ろす。
「捕まっている人達が見つかった。何とかしてくれ」
「なーんか御都合主義ねえ。ま、いっけど」
 リラがひらりと飛び下りる。そして鉄格子に向かい、針金を鍵穴にそっと差し込む。
「こんなの子供騙しよ。ほら、開いた」
 リラが牢屋の扉を開け、中に閉じ込められていた五人を解放すると、ぴょこんと二人の子供が飛び出して、子兎のようにリラにすり寄る。多分、キャラットとセロだろう。
「どうもありがと!」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
 甲高い声が地下牢に反響して、非常にやかましい。
「離れなさいよ、うっとうしい!」
「はっはっは。仲が良いのう。うん、いやほんとに仲が良い」
 どこか呑気な老人の声が響く。三人の声が不協和音を醸し出し、リラは頭痛を覚えた。
「あのねじーさんっ」
「仲良き事は美しきかな」
「う〜〜〜〜っ!!」
 狼さながらの唸り声を上げ、――子供と老人は、その程度では止まらない。
「あの……」
「何よっっ!」
 リラに怒鳴りつけられたウェンディ(推定)はびくっと体を震わせ、疑いの目で見る。
「やっぱりあなた達、親切そうな振りをして私達を別の所へ」
「あのねっ! どうして姫様達じゃなくてあんた達がこんなとこにいるのよっ!」
「教えてやろう」
 最後に牢屋から出てきた背筋の伸びた老婆、フォイン(推定)が答える。
「トロメア屋の用心棒どもがわしらをかどわかして、牢屋に閉じ込めておったのじゃ」
「……きっと私達をどこかに売り飛ばして、お金儲けでもするつもりなんです」
 確かにそうなのだが……。
「あ、ところでお姫様達は?」
 リラが、唯一まともな答えが返ってきそうな相手に質問する。
「姫様達はのう、本邸の座敷牢に囚われておる」
「こんな所でぐずぐずしてる場合じゃないわ! 行くわよ、カレン、アルザ!」
「座敷牢ってどこなのー、リラちゃん?」
 相変わらず上から見下ろすカレンに指摘されて、リラの顔面から血の気が抜ける。
「……どこ?」
 そんなリラの手をつんつんとつつくキャラット(推定)。地下牢の扉を指差し、
「ここを出て、え〜と……廊下に標識が出てるから分かると思うよ」
「何て親切な……」
 主人が絶句した。そのお尻の下には、白目を剥いて泡を吹くガーベルの姿。
「うぐぐぐ……がくっ」


 その頃。
 トロメア屋の本邸、座敷牢で、カイルとティナ、若葉の姉妹が対峙していた。
 外には和風の庭が広がり、池に映った星々が美しい。
「カイルさんっ、どうしてこんな事をするんですか!」
「そうですよ」
 若葉が、姉に続いてカイルに詰め寄る。
「私達の小さな頃はいつも、お姉様のおうまさんになったり私のおうまさんになったりして下さったのに……」
「言うなっ! 恥ずかしい!」
 古傷をえぐられ、露骨に顔を赤らめ、牙を剥き出しにして怒鳴るカイル。
「ともかく、お前達は大切な人質だ。マリエーナを征服するまでは生かしておいてやる。……有り難く思うんだな」
 カイルの目が、氷で作られた刃のように冷たく光った。
「……だからどーして、姫に迫らなくちゃならないんですか?」
「何を言う、トロメア屋」
 思い切りあきれ顔のメイヤーに、カイルが憮然として言い返す。
「捕らわれの姫に迫るのは、悪人の美学というものではないか」
「ちょっとっ! だったらどーしてあたしには迫らないのよっ!」
 ただ一人、荒縄で縛られ芋虫状態のレミットが噛み付くように叫んでいる。
「ふん。真面目な顔でガキの相手なんかできるか、ばかばかしい」
「ばかーっ!」
 レミットの叫びは、ものの見事に無視された。
 それから、カイルはぎこちなくティナと若葉の姉妹ににじり寄り、迫る。
「ふふふ俺のものになれ」
 完全な棒読み口調であるが。
「い、嫌ですっ」
「まあそんな。こんな所でプロポーズされても」
 この期に至ってぼけぼけの若葉と緊迫感に溢れたティナ。二人を見比べ、カイルは当然のようにティナに向き直る。
「や、やめて下さいっ。ですからその……!」
 カイルの両手がティナの両肩を、引き寄せようとして掴んだ途端。
「いやああああああああああああああっっ!!」
 ティナの悲鳴と共に放たれた拳が、カイルの顎に命中した。
「ぐああっ!」
 その拳に突き上げられ、カイルの体は放物線を描いて宙を舞う。そして盛大な音を立てながら数々の飾られていた骨董品らしき怪しげな物を巻き込みつつ床の間の壁にぶつかりようやく止まった。
「ああっ!」
 メイヤーが急いで立ち上がり――
「わ、私の大事なアッシリーギの赤絵陶器が!」
 陶器の破片に頬擦りする。無論カイルの事はほったらかし。
「これもそれもあれもっ! みんな私の愛しいコレクションたちいいっ!」
 破損した骨董品類を抱き締め、ううっと声を上げるメイヤーの横で、カイルは、じり、と少しずつ近付いてくる目の据わったティナから、しゃがみ込んだ体勢のままで後ずさった。顔には普段の彼らしからぬ怯えの色が浮かんでいる。
「ひっ……ひとつ聞きたいんだが……」
「何?」
「……なぜ真紅の十センチハイヒールを履いている?」
 カイルの問いに、ふっ、とティナは微笑する。右手には、どこからともなく現れた黒い革の鞭。
 背筋に走った寒気は、決してカイルの気のせいではない。
 証拠に、若葉が芋虫状態のレミットを引きずって屏風の陰に避難している。
「決まっているじゃない。――あなたを踏みつけるためよ! 踏み踏み踏み踏み踏み踏み踏み踏みっ!」
「うぎゃああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!」
「……さあ、お楽しみはこれからよ」
 赤い唇から這い出た赤い舌が鞭を舐め、艶然と微笑む。
 ティナは右手を高く掲げ、そして振り下ろした。


「――ティナ姫!」
 可憐亭の主人が、思い切り襖を開け放って座敷牢に踏み込んだ。
 部屋の中にはなぜか屏風の陰から頭を覗かせている若葉とメイヤー、同じく屏風の陰で顔を背けているレミット、鞭を片手に持っているティナ、そして――
 荒縄で縛り付けられ、服を鞭で引き裂かれたカイルが、天井からぶら下がっている。
「…………」
 事象の因果関係を理解した主人が、硬直する。
「ティナちゃん……?」
 主人の後から部屋に入ったカレンの声に、ティナは我に帰った。
「や、やだ私ったら……はっ、はしたない」
 顔を真っ赤にして、へなへなと座り込んでしまう。その手には、まだ鞭。
「ど、どーゆー訳?」
「ティナお姉様、普段は大人しいけど暴走すると歯止めが利かないの」
「……はあ」
 レミットの言葉も耳に入らず、ただただ目も心もうつろなリラ。
 そんな会話をよそに、主人とティナは二人っきりの世界に浸りきっていた。
「こ、こんな女の事、男の方はお嫌いでしょ?」
「いや、俺としては……少し元気な方が可愛いかな、なんてね」
「やだ……」
 沸騰しそうに真っ赤になり、床に向かってうつむいてしまう。
 そんな光景を面白そうに見詰めているカレンと、あきれ果てたリラ。
「あいつってば、っとに凄い女好きなんだから……」
 はああ、という長い溜め息と共に、リラが呟く。
「……だいいち、あんな台詞でおとされるお姫様もお姫様よ」
「リラちゃんは別?」
「あのねえっ」
 図星を突かれたのか激怒するリラの頭を軽く撫で、カレンは悪戯っぽく微笑む。
「さ、帰ろ。他人の恋路を邪魔するのも何だし」
「待てぇっ!」
 やっとの事でメイヤーに縄を外してもらったカイルが剣を抜き、叫ぶ。
「お……おのれ許さん! この場を見られたからには、貴様ら全員生かして帰さんから、その身で思い知れ! 死んで後悔しろ!」
「あんたが恥を晒しただけでしょーが」
 リラの果てしなく冷たい、どこか投げやりなツッコミ。
「ううううるさい! ……出でよ、我が僕ども!」
「僕って……うちの用心棒なんですけど」
 メイヤーのか細い声は、聞こえているのか聞こえていないのか平然と無視された。
 襖が音も無く、静かに開く。
 そこに現れたのは、見覚えのあり過ぎる姿が一つと、見覚えのない姿が一つ。覆面と外套をまとった筋肉質の男と、黒い長髪と無表情な瞳が印象的な長衣を着た女。
「ふはははは! また会ったな、女よ!」
 見覚えのあり過ぎる方の用心棒が、過剰な自信に満ちた豪快な高笑いを響かせる。
「前回は僅差で敗北したが、今度はそうはいかん!」
「……ここまで悩みがないと、人生幸せでしょうね」
 思い出したくもなかった頭痛がぶり返したリラが呻く。
「油断するな、リラ」
「……え?」
「ふんどし一丁の変質者はともかく」
「誰が変質者だ誰がっ!?」
 非常に不本意そうに叫ぶチャンプに構わず、続ける。
「あの長衣の女性、魔術師だ。しかも凄腕の」
 主人が身構えるのに呼応するように、黒髪の女性は神秘的な瞳で仕事人達を見返す。
「ええ、その通りです。……私の名は楊雲、そこの青年が言われる通りの魔術師です」
「ま、魔法かいな……。うち、むっちゃ苦手やねん」
 アルザの額に、じわりと汗。それを見たカレンが、ぽんとアルザの肩を叩く。
「怖くないわよ、魔法なんて。呪文唱えてる間に峰打ちしちゃえば終わりでしょ?」
 カレンの言葉に、あんたの方が怖いわい、とその場の大半の人間が密かに思った。
「せやさかい、衆人環視の前で寝台に寝た人間を真っ二つにぶった斬ったり箱に入った美女を刀で串刺しにしたりでっかい布で人間包んでケダモノにしたり、そーゆーえらい猟奇的な事するんやろ?」
「……それは手品です」
 ぼそりと冷静に、突っ込みを入れる楊雲。
「あの、私達もお手伝い致しましょうか?」
「……気持ちだけ有り難く受け取らせて頂きます、若葉姫」
「ウジウジしてても仕方ないわね。行くわよっ!」
 カレンは刀を抜き、上段の構えで突撃する。
 そして楊雲も両手で印を結び、最強の呪文を唱えカレンを迎え撃つ。
「いざ来たれ、光輝く神の御手よ。汝らが積悪の報いを与えんがため――」
 ゆっくり開いた両手の中に現れた白い光球に力を込め、
 ごす。
 カレンの峰打ちで、楊雲は撃沈された。
「ごめんねえ。あとで可憐亭のゴハン、オゴってあげるからね」
「く、くそおっ! ……行けっ、第二陣!」
「……だからうちの用心棒」
 メイヤーがぼそりと呟くが、もはや誰も聞いてはいない。
「ふははははは! 行くぞ、青年よ!」
 チャンプはそう言い放つや、どかっと床を蹴り主人に詰め寄る。
「うわわわわわっ!」
 巨体に似合わぬ素早い動きに圧倒され、後ずさりする主人。
「臆したか、青年! この私に恐れを成したかっ!?」
(恐れを成してるのは別の意味でだああああっ!)
 びゅんびゅんと風に唸る両腕に押されるように、主人は必死になって後に下がる。
 しかし――いかにトロメア屋の本邸といえど広さには限界があるのであって。
「ほらほら、後がないぞ!」
「……っ」
 主人の背中が窓枠にぶつかる。開け放しの窓の向こうは、庭園の池。
「フライングイクスプローシブスペシャルエクセレントドロオオオップ!!」
 すっ、と主人が横に動いて、フライング以下略を簡単によける。
「どおうわああああああああああああっ!!」
 水しぶきを上げ、チャンプは池に沈んでいった。
「大丈夫かしら……」
 若葉が呑気な声を上げる。
「あの筋肉だからきっと、比重が一を越えてて水に浮かばないのよ」
「ああ、なるほど。賢い子ねえ、レミットって」
 再び呑気な声を上げ、若葉は納得した。
 こうして、戦闘が圧倒的な仕事人側有利で終わりを告げようとしていた、その時。
「何や、つまらんなあ。もっと白熱したおもろい闘いが見れると思うたのに」
 出番がなくて観戦モードに入っているアルザの腹がきゅう、と鳴った。
「あー、腹減った……」
「そこの赤毛の女、こちらの味方になれば、世界征服の暁には腹一杯食わせてやるぞ」
「ほんまか?」
「おお、好きなだけ食わせてやる。……あー、高級レストランはちょっと駄目だが」
 ……一応は代官だろ、あんた。
「く……食い放題……」
 ごくりと唾を飲み、目を輝かせ、アルザがひょこひょことカイルの隣りに回る。
「とゆー訳で、うちはこっちの味方させてもらうわ」
「裏切り者おおおっ!」
 叫ぶ主人に構わずにアルザは身構え――
「行っくで〜!」
「手加減しないわよ、アルザ……」
 リラが長脇差をすらりと抜き、中段の構えで迎え撃つ。
「やあああああああっ!」
 アルザは宙を舞う。天駆ける鳥よりも美しく。
「ほいっ」
 ばき。
 リラが左手で投げたハザンの守護神像が顔面に命中して、アルザは呆気なく気絶した。
「ぶいっ! 正義は勝つ!」
「ああっ、何て事を!」
 メイヤーがリラを睨み付ける。元が垂れ目気味だから、凄味が利いてなおさら怖い。
「あなたには古代の神秘を愛する心というものがないんですかっ!?」
「ンなもんないってば」
 いともあっさりと、答えが返る。
「……さて、メイヤーちゃん」
「…………はい?」
「昔から、こーゆー悪いコにはおしおきって決まってんのよねー♪」
「あの、カレンさんって……」
 笑顔でメイヤーに詰め寄るカレンに怯えるように、主人の後ろに隠れるティナと若葉。それにもかかわらず、カレンは笑顔のまま。
「もう、人聞きの悪いコト言わないでよ。私としては愛の鞭のつもりなんだから」
「……くっ」
 完全に追い詰められたメイヤー。しかし彼女は不敵に笑い、ばさりと右手を振り上げた。


完結編に続く



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